116.さようなら

 エフォートは自身の生み出した反射魔法の構築式スクリプトを、転生勇者シロウ・モチヅキに見られ対策されることを恐れた。

 その為、たとえ無意識に反射を使ったとしても同時に〈不可視インビジブル〉の構築式スクリプトがオートで立ち上がるように、長い年月をかけ徹底的に研究と訓練を重ねたのだ。

 複雑極まりないその構築式は誰にでも描けるものではなく、エフォートをして反射魔法以外の構築式を隠すことは不可能だった。


 だが承継魔法〈構築式無限マルチ・スクリプト並行展開・エクスパンド〉を得たエフォートは、更に研究を重ね、一定のレベル以上の魔術師や魔法士であれば構築式スクリプト隠しの〈不可視インビジブル〉を並列起動できるよう、技術の一般化に成功した。

 そしてそれは、呪術使いであるニャリスにも扱えるものであった。


 都市連合で戦いの準備をしていた時。

 エフォートとニャリスは、こんな会話している。


「すごいな、ニャリス。畑違いの魔法技術をここまで扱えるなんて」

「こっちの台詞ニャ。本来なら膨大な魔力を必要とする〈構築式無限マルチ・スクリプト並行展開・エクスパンド〉を、ここまで省エネ化するニャんて……これならどんな魔法も呪術も、構築式スクリプトを見られずに済むかもしれないニャ」

「……ニャリス。君の力量なら、もう一つの承継魔法も扱えるかもしれない」

「ニャ?」

「今回、二正面作戦は避けられないかもしれない。呪術へのアレンジが死ぬ程大変だろうが、ぜひニャリスに覚えてほしい魔法があるんだ」


 それがラビとガイルス、そしてリリンの母を隷属魔法から解放した呪術版の魂魄快癒ソウル・リフレッシュだった。


 ***


「たった2日で承継魔法の構築式スクリプトを呪術に変換しろとか、反射の魔術師は悪魔だったニャン……ゲンダイニホンの『ブラック企業』って、きっとあんな感じの職場ニャ……」

「でも、おかげで私達は助かった。ありがとうニャリス」

「ラビが礼を言うなんて気色悪いニャ」

「お互い様よ、一族の裏切り者のあんたに助けられるなんてね」


 ラビは奪った剣を振るい、次々とラーゼリオン王国兵たちを倒していく。

 ニャリスの広域呪術によるデバフ効果で敵の動きを鈍らせているとはいえ、恐ろしい程の技量だ。


「かっ……神の雷隊は何をしている!? 敵は少数、さっさと撃ち殺せぇ!!」

「ダメです! 射線上に味方が……この混戦では撃てません!!」


 突如陣営の内部に姿を現したニャリスは、ラビとガイルズを解放した後、そのまま戦闘を開始した。

 王国兵にリリンの狙撃をさせない為だ。

 量産された対物ライフルを装備した部隊は、軍団長ヴォルフラムの指揮下でかなりの訓練を積んでいた。だが初の実戦がこんな大混戦では、ものの役に立つはずがない。

 ラビもニャリスと共闘し、そしてガイルズもまた。


「あらニャリスちゃん、だったら大陸一クリーンな職場、冒険者ギルドに来ればいいでござーます! あなたなら大歓迎でござーますわ!」

「正気ですかい、マスター! ギルドがクリーンな職場ぁ!?」

「まだ洗脳が解けてねーんですか? マスター!」


 その周囲にギルドのSランク冒険者達を率い、共に戦っていた。


「ったく。うちのギルマスがただヤられてるワケがねえ、なんかの作戦のハズだって無理に従軍して様子見てたらよぉ!」

「ホントにハーミットのボンボン王に負けて操られてたとか、情けねーですなあ! マスター!」

「うるさいでござーます! アンタたち!」


 冒険者たちは軽口を叩き合いながら、王国兵たちを次々と無力化していく。


「——ニャリスちゃん!」


 自身もまた一人王国兵を打ち倒したガイルズは叫ぶ。


「状況は理解してるでござーます! ここは……!」

「ニャ! 転生勇者とハーミット王が分かれてる今が好機ニャ! 離脱の予定だったけど……!」


 ニャリスは応える。思惑が一致していることを確認した二人はニッと笑った。


「今、この場で!」

「ハーミットを倒すニャ!」

「ちょっ……ちょっと待って下さいマスター! ニャリスも!」


 泡を喰ってラビが叫んだ。


「いくらなんでも、この数を相手に……それに、リリン一人に勇者を相手させる訳には」

「心配いらニャいよ、ラビ」


 ニャリスは不敵に微笑む。


「王国軍……神の雷隊をこっちで引き受ければ、リリンはシロウ・モチヅキと一対一ニャ。迷いを残していた時なら違ったけど、本気になった今のリリンは……」


 ズバン! と魔旋を纏った曲刀シミターを一振りして一部隊をなぎ払うニャリス。


「たとえ転生チート勇者が相手でも、負けはしないニャ」


 そう断言して、片目を瞑った。


 ***


「裂空斬・乱!!」


 リリンが放った無数の斬撃が、一切の容赦なくシロウに襲いかかる。


「ま、魔旋へぇんッ!!」


 折れた歯が再生途中のシロウは情けない声で叫び、物理魔法混合属性の力場を展開する。


「なあ!?」


 だがエフォートのリフレクト・ブラストにも勝る威力だった転生勇者の技は、リリンの乱撃によっていとも容易く打ち破られた。


「ちいッ!」


 それでも全ての斬撃を回避し切ったのは、チート勇者ならではの身体能力だ。


「リリン、てめへっ!? ……マジか、マジでオレをっ……!?」

「殺すよ。三度は言わない、あたしは今ここで、あんたとの繋がりを全部断つ!!」

「また……またオレを捨てて……他の男に逃げるのかよぉぉ!! 理子ぉぉっ!!」


 シロウの魔力が常識外のスピードで高まり、一瞬で魔術構築式スクリプトが編み上げられる!


「認めねへぇっ! 〈ガイアス・フォール〉!!」

「あたしはもう理子じゃない!! 平穏の精霊エントッ!!」


 精霊の声でシロウの行動を読んでいたリリンは、間髪入れず戦略級魔法すら無効化する精霊術を解き放った。

 大地の力を極大化し、万倍の重力で巨岩を落とす大魔法が、リリンの頭上で消滅していく。


「無駄だよシロウ! あんたの魔法はあたしには効かな……え?」

「くッくっくっ……ひゃあっはっはっは! 甘え、甘えんだよぉ! リリぃン!!」


 超重力と巨岩が、いつまでも完全に消えない。

 エントの効果範囲に入るなり消滅はしているのだが、すぐさまシロウが膨大な魔力を注ぎ込み、構築式を再起動し続けているのだ。


「オレの魔力は無限だ! テメエの方はどうかなぁ? いくら精霊がマナ喰いで、術者の魔力消費が少ねえっつっても限度があんだろぉ!?」

「……」


 エントの展開を維持できなくなった瞬間に、リリンは肉片すら残さずに潰れてしまうだろう。


「ひゃはははは! 浮気女はっ……オレを捨てる女はみんな! ミンチになって潰れろおお!」

「……だったら、魔力が尽きる前にッ!」


 リリンは精霊術の発動を維持しながら、レーヴァテインを構え直し歩み出る。


「そうはいくかっての」


 シロウはひょいと何もない空間に手を伸ばし、無詠唱で発動した〈アイテム・ボックス〉からそれ・・を取り出した。


 ガガガガガッ!!


「――!」


 連続した破裂音とともに足元に土煙が起こり、リリンは足を止める。


「それ、サフィーネと同じ……」

「あんなラノベ知識で作ったオモチャと、一緒にすんなよ」


 確かにシロウが手にしていた物は、サフィーネが道具創造アイテム・クリエイションで創り出した銃とは形がまるで違っていた。

 リリンはシロウの戦力を把握するために、再び精霊の声を聞く。


「……М921ヘビーバレル……アサルト・カービン??」

「その通りだ。はっ、説明が省けて楽でいいなオイ」


 アサルトライフルの銃口をリリンに向け狙いを定めながら、舌なめずりする。


「米軍納入モデルの新型だ。精度、速射性、威力、ぜんぶ桁が違うぜぇ」


 シロウは愉快そうにケラケラ笑う。

 情緒が極めて不安定で、躁鬱のような状態だ。


「リリン、テメエと正々堂々の剣の勝負なんざしてやらねえ。コイツで一方的に嬲ってやるぜぇ、オレつええってヤツだぁ!」

「高度な銃の知識……ハーミットが、ゲンダイニホンの記憶を思い出したのね」

「ハァ? 何のことだ」


 シロウの内心を読んだリリンの言葉に、当のシロウが首を傾げる。


「なぁんでハーミットが、日本のことを知ってるんだよ。んなわけねーだろバカか」

「……ハーミットは、モチヅキハルトでしょ」

「まだそんな与太話を信じてんのか。ありえねえっつってんだろぉ?」

「……自分で言ってて、辻褄が合わないと思わない?」

「だからぁああ! 何の話だよぉおおおお!!」


 ガガガガガッ!!


 またヒステリーを起こしたシロウが、アサルトライフルの引き金を引いた。

 辛うじて残っていた理性で照準は外していたようで、銃弾はリリンのはるか後方に着弾する。

 わずかにかすめた銃弾がリリンの頬を薙ぎ、血が滲む。


「……いや、都合の悪い事実から逃げて、目を背けているだけなのね」


 リリンは冷静だった。

 ケノンの力でシロウの心を読んでいるからだけではない。

 出会ってから五年の間。ここまでシロウが小さく見えたのは初めてだった。


「……哀れな男。転生しても何も変わらなかったんだね」

「なっ」

「『異世界転生して努力しないでオレつええ?』……どんなチート能力を得たとしても、自分自身が変わらなければ、何も変わらないわ」

「……り」


 シロウはライフルを構えながら、ガクガクと震えだす。


「理子……本当に、理子なのか……?」

「だから違うって言ってるでしょう」


 極めて冷静な口調で答えると、リリンは向けられている銃口に一切動じずに、栗色の髪をかき上げた。


「ケノンであなたの声を聞き過ぎて、なんだか中途半端に思い出しちゃってるみたいだけど……」


 そして強い意志に満ちた瞳で、転生勇者を睨みつける。


「お母さんと、そしてテレサのお陰で、自分を取り戻せた」


 二人とも今際の際に、自由に生きてと言ってくれた。その言葉が今になって、リリンを支える。


「あたしはリリン。現代日本の理子でもなければ、もう奴隷のリリンでもない」


 右手を胸の前に掲げる。

 同時にリリンは〈ガイアス・フォール〉に集中していた平穏の精霊エントの力を、ほんの一部だけ手の甲に這わせた。

 それだけで、既に形だけとなっていた奴隷紋はサラサラと塵となって肌から消えていく。


「あたしはリリン・フィン・カレリオン。この世界の住人で、そして」


 ふと思いつき、彼女は薄く笑った。


「反射の魔術師エフォート・フィン・レオニングに片想いしてる、彼の幼馴染だよ」


 それはもっとも効果的に、シロウを狂わせる一言だった。


「うがあああああああああ!!!」


 絶叫したシロウが今度こそ正確に狙いを定め、発砲しようとしたその瞬間。

 リリンは片手でレーヴァテインを振りかざし、必殺の剣撃を放った。


「裂空斬・雷破鷲爪!!」


 稲妻にも勝る鷲の爪。

 裂空斬奥義の一つ、雷破鷲爪はスピードに特化した技だ。何人も避けることは能わず。その剣先の速度は音速を軽く超え、光に迫る。


「ぐっ!?」


 ギィィンッ!!


 シロウはとっさに銃を捨て、マスター・ソードで受け止めざるをえない。


「しまっ……ざけんなあああ!!」

「裂空斬——」


 吠えるシロウに向かって、顔の横に柄を構える『八相の構え』でリリンが迫る。


「——竜破羅刹ッ!!」


 竜鱗すら砕く鬼神の刃。

 雷破鷲爪と対を成すこの奥義は、力に特化した技。何人も防ぐこと能わず。その一撃は、まさに悪鬼を駆逐する羅刹が剣。


 ガオォォン!!


「ぐっ……ざけんなぁぁ! ルース以上のバカ力かっ……おおお!! ふざけんなふざけんなふざけんなよぉおおっ!」


 正面から受け止めてみせたシロウだったが、マスター・ソードごとギリギリと押し込まれ、このままでは膂力で負けると悟り、身体を横に捌いて斬撃を受け流した。


「どうだクソビッチが!! 今度はこっちが切り刻ん——」

「裂空斬・命破廻天!!」


 捌かれた剣の勢いを殺さず、リリンはそのまま身体ごと回転させ、反撃に転じようとしたシロウの死角から連撃を繰り出す。


「がはっ! こ、コイツ!?」


 瞬間移動が如きスピードで、リリンの間合いから飛び下がるシロウ。脇腹を裂かれ血を流している。


「……けど浅え! その程度じゃこのオレは」

「裂空斬・瞬破一角!」


 間合いを取って仕切り直そうとしたシロウを無視して、リリンは転生勇者の瞬発力に勝るとも劣らない速度で詰め寄り突きを繰り出す!


「がああっ」


 肩を貫かれたシロウ。

 だがそのままギンとリリンを睨みつけ、自らのダメージを無視してマスター・ソードを振り下ろす!


「ビッチがああっ!」

「闘竜返しッ!!」


 リリンはシロウを貫いた剣を抜かずにそのまま薙ぎ払い、肩口を斬り飛ばしてそのままマスター・ソードを受けそして斬り返す!


「ごあああっ!?」

「これで最後ッ……!」


 真正面にレーヴァテインを構え、リリンは意識を集中する。

 今まで一度も成功しなかった技が、今なら使えると確信できた。


(——さよなら、シロウ)


 心の中で小さく呟き、そして。


「雷竜命瞬! 四破・裂空斬ぁぁぁぁん!!!」


 そして雷の速さで竜の力が、命の輪廻のように瞬いて。

 裂空斬の秘技が転生チート勇者をズタズタに斬り裂いた。


「……あなたは弱すぎたんだ」


 レーヴァテインを鞘に納め、リリンは口に出してまた呟いた。

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