117.異世界転生チート勇者

 ラーゼリオン王国軍の大軍勢を相手に、僅かな味方だけでハーミット国王の御車に向かい、激闘を繰り広げながら突き進んでいくニャリス。

 隠形の呪術で身を隠して進めればよかったのだが、さすがに一度その術で逃げられていたハーミットは、ニャリスの呪術に対策を施していた。

 御車の近くでは、隠形に対して妨害術式が仕組まれていたのだ。

 ガイルスとラビの磔台に同じ妨害術式を仕込んでおかなかったのは、救出の為に近づいたこちらをライト・ハイドの新術で操っていたガイルズ達に捕らえさせる為だったのだろう。


(それもリリンの平穏の精霊エントで吹き飛ばせたはずニャけど……そのリリンは勇者で足止めする、という作戦だったニャ、きっと)


「魔旋!! ……ニャ?」


 また曲刀シミターを振るい王国兵をまとめて吹き飛ばしたところで、一羽の蝙蝠がふっとニャリスの耳元を飛び、そして去っていく。


「リリンが?」


 ニャリスは思わず口に出して呟いた。


(時間がニャい……!)


「ラビ! マスター・ガイルズ!」


 ニャリスは近くで戦っている仲間に向かって叫ぶ。


「今からウチは呪いを全開にするニャ、その隙に突貫するニャ!」

「なっ!?」

「待つでござーます、ニャリスちゃん! まだ距離が……ここからでは届かないでござーます! もう少し近づいてから」

「そんな暇はニャい! いくニャ!」


 ニャリスがガイルズの制止も聞かずに魔力を集中し始めたその時。


「させるか! 近衛隊、前へ! 総員『神の轟雷』構えぇぇ!」


 一人の将軍が叫んだ。それはラーゼリオン王国軍団長・ヴォルフラムだ。

 いつの間にか隊列を組んでいた部下たちが、一斉にライフルを構える。

 そのライフルは、一般の王国兵が手にしていた量産品とは形状が違った。

 ニャリス達には知りようがなかったが、それはシロウが持っていたライフルと同型のМ921ヘビーバレル、アサルト・カービンだ。


「お、お待ちください軍団長! 連中はまだ味方の中にいます、このままでは味方ごと——」


 ヴォルフラムの指示に慌てた副官が制止する。だが。


「構わぬ! このままでは国王陛下の御身に危険が及ぶ! 何十人かの兵の犠牲で済めば安いものだ!」

「……ヴォルフラム?」


 旧知の軍団長の彼らしからぬ命令に、遠くからその声を聞き取ったガイルスが不審を覚える。だが、そんなことを考えている暇などない。


「まずい! このままじゃ……」

「まかせて下さいよ、マスター!」


 ギルドのSランク冒険者の一人が、アサルト・カービンを構えた近衛隊の前に飛び出す。


「慈悲深き女神よ! 汝の力もて我が前に聖なる盾を……〈神聖防護プロテクト〉!!」


 高位の防御魔法壁を出現させる。

 Sランクの魔術師である彼の実力をもってすれば、戦闘級の魔法はもちろんのこと、戦術級の魔法でも防ぐことのできる防壁だ。


「放てぇ!!」


 ガガガガガガガガガガッ!


「がああっ!?」


 だが、米軍納入モデルの新型ライフルが放ったフルメタルジャケットは、Sランクの実力者の防壁をあっさりと打ち砕いた。


「あぶないニャリス! ……ぐうっ!?」

「ラビ!?」


 呪術に集中しようとしていたニャリスは、回避が遅れる。そこを救ったのがラビだった。

 だが、代償は大きい。


「まったく……ノロマな、猫だ…」

「ラビ! ラビ!」


 身を投げ出してニャリスを伏せさせたラビの胸は、無数の弾丸に撃ち抜かれていた。

 この出血では助からない。

 理性ではニャリスは理解していたが。


「ニャリスちゃん! 隷属解放の呪術をっ!」


 近衛隊から比較的距離があった為にかろうじて回避できたガイルズが、叫ぶ。


「軍団長のヴォルフラムはライト・ハイドに操られてるでござーますッ! 術を解けば近衛隊に隙が」

「何言ってるニャ! それよりラビが……早く回復術士を!」

「ニャリス! 分かっているはずだ!!」


 道化を捨てたガイルズの口調に、ニャリスは息を飲む。

 分かっている。そんなことは言われなくても分かっている、とニャリスは唇をかんだ。


「第二射! 構え!!」


 ヴォルフラムの指示が飛び、アサルトカービンを手にした兵たちは自身もまるで冷酷な機械のように、正確に銃口を向ける。


「……ニャリス……お願い、世界を……」

「ラビ……」

「ライト・ハイドや……あの狂った王に、女神に……この世界、渡さ、ない……で……」

「——!!」


 覚悟は決めていたはずだ。

 あの転生勇者の元を去った時に。

 何を犠牲にしようとも、己が目的を達成すると。


「……ニャァアアアアアアアアッ!!!」


 常軌を逸した呪いの波動が、戦場を覆いつくした。


 ***


「戦闘が……」


 シロウとの戦いに集中していたリリンは、ようやく半包囲されていたラーゼリオン軍が隊列を乱し、戦闘状態に入っていることに気が付いた。


「ニャリスがラビ達を助けてくれたんだ! いけない、早く加勢に行かないと——」


 慌てて駆けだそうとした瞬間、その声は響いた。


『お兄ちゃん』

「——ッ!?」


 リリンの背筋に冷たいものが走る。

 聞き覚えのある声。

 仲間だった可愛らしい少女の声だ。

 だが今は、闇から響く死神の声にも等しく思えた。


『また負けちゃったんだねえ。さすがにここまで細切れだと、自力で復活も怪しいよねっ。でも大丈夫だ! ボクが何度だって、コンテニューしてあげるからっ』

「そんな……」


 白い幼女がスタッフを振るう。


『〈リザレクション・ヒール〉っ!』

「どうして!? ミンミン!!」


 悲鳴のようなリリンの叫び声が響く中で、逆回しの映像のようにシロウの肉片が一か所に集まり、人の形を形成していく。


「……よぉくも、やってくれたなぁ……この代償は、高くつくぜぇ……」


 怨嗟の唸り声をあげて、転生勇者は甦った。


「ケケッ……〈ガイアス・フォール〉」

「くううっ!!??」


 再び超重力が、リリンを襲った。

 慌てて平穏の精霊エントの力を強化するが、完全には重力を消しきることができない。見上げれば、巨岩が前より更に大きさを増してリリンを圧し潰そうと迫っている。


「え、エントが消すより速いスピードで……!?」

「オレをおいてぇ……どぉーこーに……行こうとしたぁ……? 理子ぉ……?」


おどろおどろしいマスター・ソードを手に、リリンの前にシロウは立ち塞がった。


「いや、リリンかぁ……? もうどっちでもいいかぁ……」

「し、シロウ」

「忘れたのかぁ? 女神に選ばれし転生勇者……このオレは絶対に死なねえ。不死身なんだよぉ」

『ちょっとお兄ちゃん? 今回はボクのお陰ってこと、忘れないでよねっ』

「おお、そうだそうだ。ミンミン、よく戻ってきてくれたなぁ」


 ガシガシとミンミンの頭を撫でるシロウ。


『当然でしょっ。まったくもう。お兄ちゃんはボクがいないとダメなんだからっ』

「へへっ……そうだよ、これだよこれぇ! ひははっ、主人公とヒロインはこうでなくっちゃなぁ!」


 だらしない顔で、シロウは喜びを隠せない。

 そんな転生勇者に頭を撫でさせながら、ミンミン——『白の幼女』はチラリとリリンを見て、ヌタリと笑った。


(——ミンミンじゃない! ここにいるのは……女神だ!!)


 リリンは直感的に悟った。


「そんな、なんで……やめてよ!」


 そしてまた悲鳴のように叫ぶ。


「なんてことを……今すぐミンミンから出て行って!!」

「ああん、なんだぁ?」


 絶叫するリリンに、シロウは不快な顔を向ける。


「離れなさいシロウ! ミンミンはっ……」


 リリンがエフォート達と行動を共にするようになっても、リリンとミンミンの間には距離があった。

 ミンミンはずっと、リリンはサフィーネの邪魔になる存在だと思っていたのだ。

 だから都市連合にいる間も、二人は直接会話をすることはほとんどなかった。

 だが、リリンには精霊の声で聞こえていた。

 ミンミンが女神に奪われた幼少期を、エフォートの元にいることで取り戻していったことを。

 冗談めかしながらもエフォートをお父さんと呼び、それを受け入れてもらうことで居場所を得て、安心感を抱いていたことを。


「ミンミンは、あんたなんかの妹じゃない!! エフォートの娘なんだ! ミンミン自身がそれを望んで——」

「〈ガイアス・フォール〉ぁぁあああ!!」


 リリンが言い切らないうちに、シロウが魔法を更に強化させた。


「ぐ!? ぐうううう!? エントッ……!」

「ぎゃはははははっ、もう喋んなリリぃン! 女の嫉妬はみっともねえぞぉ?」


 舌なめずりして嗤うシロウに、リリンは舌打ちする。


「なにを……無茶苦茶なことをぉおおお! 裂空斬——」


 超重力に耐えながら。リリンはレーヴァテインを構え直す。

 怒りが自分の力を倍加させていると、リリンには思えた。


「——雷竜乱破ぁぁ!!」


 雷破鷲爪の速さで竜破羅刹の剣撃が、裂空斬・乱の手数でシロウに襲い掛かった。


「ケッ……ぐはあ!?」


 シロウはマスター・ソードでの防御を試みたが、乱撃を捌き切ることがことができず、再びその身はバラバラに斬り飛ばされる。


『〈リザレクション・ヒール〉っ!』

「なぁんてな」


 軽薄な声を上げながら、シロウはまたも甦った。女神の奇跡によって。


「無駄無駄ぁ。ミンミンがいる限り、オレは負けねえんだよっ! なあ!」

『うん、お兄ちゃんっ! ……ねえ、リリン』


 シロウに向かって愛らしい笑顔を向けてから。次に白の幼女はリリンに向かって、またヌタリと嗤う。


『裂空斬の新技バンバン出して、それがまったく意味がないってどんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?』

「黙れぇ! 裂空……ぐううっ!」


 エントを全開にしてなお、超重力はますます強くなる。

 もうリリンは立っているだけでやっとだ。


『あははっ! ムリムリ、ただでさえ桁外れなお兄ちゃんの魔力を、ボクが〈マインド・アップ〉で増幅してるんだから! それでも——』

「ああああああ!!」


 ジャキン! とレーヴァテインを構えるリリン。気迫が目に見えるほどに、神殺しの剣に集中されている。


『それでも動くことができて、そのうえ……』

「あたしは負けない! 裂空斬——」

魔幻界ラーゼリオンの秘技まで使えるのは……』

「——蒼天崩牙ぁぁ!!」


 裂帛の気合とともに放たれた剣撃が、上空の戦略級魔法を空間ごと粉々に打ち砕く。そして、砕かれた空間が不可視の刃となってシロウへと降り注いだ。


「なあぁ!? オレの魔法がぁ!?」

神聖防護プロテクトっ』


 まさに異世界の剣技、シロウが困惑する程の秘技だったが、白の幼女が一瞬で張った防御結界によって阻まれる。


『リリン。これほどの力、あなたやっぱり目覚めた……のかしらぁ?』


 かつての分体としてのミンミンの口調を捨て、白の幼女は嬌声を上げた。


「……ミンミン? おい、どうした?」


 態度が変わった幼女に戸惑うシロウだったが、リリンも幼女もそれを無視する。


「……なんのこと?」

『まだとぼけるかしらぁ? 自覚がないとは言わせないかしら、リ・リ・ン。いや、園原理子ぉ?』

「……」

「おい! お前らオレを無視すんな!」

『皮肉なものねえ。過去を捨て、今を生きるとようやく決意できたのに。その途端に忌まわしい魂の記憶が蘇って、転生勇者としてのチート能力を手に入れるなんて』

「……そうね、確かに皮肉ね」


 リリンはレーヴァテインをヒュンと振ると、その切っ先を白の幼女に向けて突きつける。


「でも、あたしはシロウとは違う。力を手にしたからといって、自分の欲望のまま奪う側に回るなんて、バカな真似はしないわ」

「お……お前ら、何を言って……」

「だから、女神様?」


 状況を理解できないシロウの相手など二の次だ、と。リリンはニタニタと嗤い続けている女神を睨みつけ、そして。


「あたしは転生チート勇者の力をもって、自分自身を否定してみせるわ。まずはこの世界の大切な子、ミンミンを必ず返してもらう!」


 自らを召喚した存在に、そう宣言した。


 ***


「よくここまで辿り着いたね、マスター・ガイルズ。それにニャリス君」


 王の御車から姿を現した男は、そう言って微笑んだ。


「ハーミット王……よくもヴォルフラムまで、人形にしてくれたでござーますね」


 ギリ、と歯噛みしてガイルズは男を睨みつけた。

 その後ろではニャリスが、曲刀を油断なく構えている。


 ニャリスの呪術版〈魂魄快癒ソウル・リフレッシュ〉により、ヴォルフラム軍団長および軍の要職にいた者たちはライト・ハイドの支配から逃れた。

 その後、軍は混乱を来たし、その隙にガイルズとニャリスは王の御車まで辿り着くことができたのだ。


「何を怒っているんだい? ガイルズ。王国兵はすなわち国王の手足。どのみち王の命令に従うのが定めだ。術の支配下にあろうがなかろうが、大した違いはないだろう」

「そのような考えをする者を、もはや王とは呼べぬのだ!」


 ガイルズは剣を突きつけて叫ぶ。

 男は意に介さず、薄い笑みを浮かべたままだ。


「だったらどうする。私を殺すかい? ラーゼリオンの国王たる私が死ねば、あの無能な転生勇者は魔王に勝つことなどできないだろう。反射の魔術師に魔王を倒してもらうのかい? マスターは知らぬだろうが、エフォート・フィン・レオニングもまた異世界からの転生者だ。あの者が魔王を倒せば、この世界は彼の所有物となるのだよ?」

「……ハーミット王、あなたは何を言っ」

「違う、この男はハーミットじゃないニャ」


 ガイルスの言葉を遮り、ニャリスは指摘した。


「えっ……まさか、ニャリスちゃん」

「ほう。どうしてそう思うんだい?」

「ハーミットにしては策が雑過ぎたニャ。姑息な人質作戦に、リリンの母親を利用する品のニャい行動。そのうえウチの呪術対策は陰行に対してだけで、軍の司令官を直接操るなんて愚策。ハーミットなら、直接支配なんてしなくても、あの軍団長程度なら口先だけで好きに動かせたはずニャ」


 ニャリスの言葉を聞きハッとして、ガイルズは目を見開き男を見る。

 ニャリスは続ける。


「まるで、ラーゼリオン軍が負けたとしても、どうでもいい……そんな感じだったニャ」


 パチ、パチ、パチ……


 乾いた拍手の音が響いた。

 周囲の王国兵たちも、驚愕の目で男を見ている。


「いやあ、さすがは猫の獣人だ。よい勘をしている。いかにも我はハーミットに非ず」


 ハーミットの姿が歪んだ。

 強力な幻視の魔法が解けていっているのだ。

 そして姿を現したのは。


「器の名はクレイム・フィン・レオニング。しかしてその実存は、光が隠せし者〈ライト・ハイド〉。そなたらが呼ぶラーゼリオンの怨霊なるぞ。キハハハッ……!」


 次の瞬間、可視化されたおぞましい魔力がクレイムを中心に吹き荒んだ。

 レベルの低い者はそれだけで精神にダメージを受け、周囲の王国兵たちは次々と意識を失っていく。


「ら、ライト・ハイドッ……おのれっ!」

「本物のハーミットはどうしたニャ!」


 ガイルズとニャリスの叫びに、クレイムはニイと笑った。


「本物のハーミット王は今頃、魔王を倒したところだろうね。何しろ、彼もまた異世界転生チート勇者。……世界を手にする資格を持つ存在だからさ」


 運命は、最悪の方向へと転がり続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る