108.水晶が告げる未来

「まずはデックス議員。私たち本人たちを目の前にして、堂々とラーゼリオンに引き渡す提案をなさるその勇気と無遠慮に、敬意を表しますわ」


 そう言って微笑み、サフィーネは頭を下げる。

 デックスは憎々しげに王女を睨みつけた。


「蛮族の王女め……実力でどうにでもなると言いたげだな! だが此方が何の対策も取っていないと思ったか!?」


 デックスは叫ぶと、懐から通信魔晶を取り出した。


「連合が誇る魔法兵団の指揮権は、貴様が篭絡した議長ではなくわたくしが完全に掌握している! 評議会が始まった直後より、議場は完全に包囲されているのだ! この魔晶に一声かけるだけで——」

「トーラス兵団長ぉ〜」


 ダグラスが、そのデックスが手にしていた魔晶に向かって声を上げた。

 そしてパチンと指を鳴らすと同時に、議場のドアが開く。

 現れたのは、魔法兵団の軍服を纏った一人の兵士。

 先日、エフォートがキャロルと戦った際に実験場に突入してきた、魔防第三小隊の隊長だった人物だ。


「なっ……なに? 誰だお前は!」


 自分が知らないその顔を見て泡を食うデックスと対称的に、ダグラスは軽薄そうに笑う。


「くくくっ……トーラス兵団長ぉ、魔法兵団の撤収は?」

「はい、滞りなく。既に通常の警備体制へと戻っております」


 敬礼でダグラスの問いに応えるトーラス。

 その眼前に、デックスは駆け寄った。


「バカなぁっ! お前が兵団長だと!? 違う! 兵団長はギャザリンク殿だ!」

「馬鹿はどっちかなぁ、デックス君。クソ親父に繋がっていた野郎の役職を、そのままにしておく筈ないでしょお?」

「し、しかしっ……証拠が無かったと、先日の軍法会議で不問になったではないか!?」

「お前みたいな潜在的反乱分子を釣る餌として、泳がせといたに決まってんだろぉ。証拠なんざ、そこの有能なトーラス君がバッチリ掴んでだんだ。とっくにギャザリンクは更迭済みだよ。な? トーラス君っ」

「恐縮です」


 新たな魔法兵団長に大抜擢された元小隊長は、あの前議長のクーデター未遂の混乱のさなか、自分達の身分を守ってくれたダグラスに忠誠を誓っていた。


「で、まんまと釣りあがってくれた訳だ。これからラーゼリオンと魔王の両軍と戦うっつーのに、身内に不穏分子を残しておくわけにはいかないからなあ」

「く……!」

「そういうわけです、デックス議員。聡明なるレイ議長の手のひらで、貴方は踊っていたに過ぎませんわ」


 微笑むサフィーネに、何故かダグラスが顔を顰める。


「うげぇ……よく言うよ。最初にデックスとギャザリンクの企みを見抜いたのは、王女殿下だろぉ……他国に乗り込んできた直後に内情把握しやがって、怖え女」

「何かおっしゃいましたか?」

「いーえ、何にもぉ」

「だがっ……それでも! こちらが評議員の過半数は抑えていたはずだっ!」


 デックスはなおも喚く。


「おい、メナス議員! グザバ議員! さっきから黙っていないで、何か言ったらどうだ!! お前たちも賛同して——」

「何をおっしゃっているのか、小職には分かりかねますな。グザバ殿、分かりますか?」

「いえ。さっぱりですなメナス殿」

「なっ!?」


 共謀していたはずの議員たちはしれっと応え、デックスは絶句する。


「……女神教」


 そしてサフィーネの呟いた一言に、更に凍りついた。


「デックス議員。貴方は女神教の指示を受け、今回のラーゼリオンの要求に応えるべく動いていたのでしょう。貴方が敬虔な女神教信徒で、教会内でも高い位にいることは存じ上げております」


 銀鈴のように通る声で、サフィーネは続ける。


「女神教の命令を受けて、連合の命運を決定付けようとする。それは誇り高き都市連合評議会への侮辱ですわ」

「……なにを、知ったような口を! 小娘が!!」


 デックスはサフィーネに掴みかからんばかりに詰め寄る。

 だが、その前にスッと立ち塞がった一人の魔術師を前に、途端に足を止めた。


「り、反射の悪魔リフレクト・デビル……っ!」


 魔術も使用していないエフォートの迫力に足を止められたデックスは、反射の悪魔に怯えつつ、何とか口を開く。


「……わ、わたくしは都市連合を裏切ったわけではない! ラーゼリオンの要求に従うこと、それだけが今回連合が生き延びる唯一の道なのだ!! そう、女神様はわたくしにご神託をっ!」

「それは違います。先程も申しましたが、貴方に接触してきた女神教は、既にハーミット新王の手に落ちています」


 エフォートの前に歩み出たサフィーネが、断言する。


「なに?」

「神聖帝国にある女神教本部ならともかく。王国にある下部組織は、いまやあの男の支配下にあると言っていいでしょう」

「し、信じられるか! 戯言をっ」。

「戯言ではありません」


 顔色が変わるデックスに、王女は淡々と続ける。


「ラーゼリオン王国において王に匹敵する権力を持っていた高司祭グランは、女神の怒りを買い失脚しました。その隙を見逃す兄ではありません。国王の立場に立ち〈ライト・ハイド〉の力も得て、彼は女神教に冒険者ギルドも実質的な支配下に置きました。これは都市連合ルトリア市にある女神教およびギルド支部に、確認を取っています。お疑いになるのなら、貴方にその『ご神託』を持ってきた女神教司祭に直接聞いてみればよいでしょう」

「そん……な……」

「貴方はハーミットに利用されたのです」


 項垂れるデックス。

 反論する気力も奪われ、その手足は絶望に震えていた。


「トーラス兵団長」

「はっ。かしこまりました」


 副議長タリア・ハートに指示され、トーラスはデックス議員を拘束する。

 そして議場から退出していった。


「……サフィーネ殿下」


 様子を見守っていた評議員の一人が、すっと手を挙げた。

 デックスの企てに加担していなかった議員だ。


「時間が惜しいので、さっそく話を先に進めて頂いてよろしいでしょうか。デックスに取り込まれそうだった評議員たちに告げたという、連合がこの苦境を乗り越えるたったひとつの優れたやり方という計画を、教えて下さい」

「……もちろんです。ではエフォート殿、お願いします」

「かしこまりました、殿下」


 サフィーネに促され、エフォートは懐から影写魔晶を取り出した。

 一般的な魔術師や魔法士にとっては膨大な、エフォートにとっては片手間で可能な程度の魔力が流し込まれ、魔晶に内包された魔術構築式スクリプトが起動する。

 そして空中に、都市連合を中心とした周辺国家を含む地図が映し出された。


「ご説明するまでもなく、中央がここ都市連合の領土。東にラーゼリオン王国、西に魔王とその軍勢が控える『焼き尽くされた大地ザ・バーンド・アース』が広がっています」


 空中に浮かぶ地図の映像は、サフィーネの言葉に合わせて順番に、都市連合の領土が青、ラーゼリオン王国が黄、焼き尽くされた大地ザ・バーンド・アースが赤で明滅する。


「まもなく、ラーゼリオン王都から王国軍が出発する見込みです。その数は五十万を下らず。過去最大規模での進軍となるでしょう。そして当然、女神の加護を持つ転生勇者が、その先頭に立っているはずです」


 合わせて、ラーゼリオン領に▲の印が多数出現し、隊列を組んでゆっくりと連合領に向けて移動を開始した。

 隊列の先頭には星型のマーク。そこに小さなウインドウが開いて、金髪の見目麗しい青年の顔が映し出された。


「転生勇者の名前はシロウ・モチヅキ。彼は無限の魔力を持ち、不死身です。また一目見た魔法を完全にコピーして、それ以上の威力で撃ち返すこともできます」

「な、なんと……」

「さらに新王ハーミットは、私の承継魔法の一部を盗み出しました。〈神の雷〉を一定数量産し、軍に配備していると思われます」

「そ、それは本当か? 〈神の雷〉とは、先日我が国のふざけた女魔法士キディング・ウィッチの魔法防御を打ち破った魔術兵器のことだろう!?」


 現在のラーゼリオンの戦力について、既に情報を得ていた者は改めて、初めて知る者は驚愕と絶望の声を漏らした。


「……対して」


 サフィーネは構わずに続ける。


「西の焼き尽くされた大地ザ・バーンド・アースに一夜にして現れた、魔王城とその軍勢。都市連合の専門部隊および、ビスハ勇兵隊による偵察によれば、集まっている魔物の数はおよそ七十万とのことです」


 今度は西の魔王領に、◆印が大量に出現する。

 その中央には黒い城の文様。言うまでもなく魔王城を現していた。


「七十万!? 王国軍以上か!?」

「〈魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード〉の何回分……いや何十回分だ……」

「いや、いやいや、もちろんそれも問題だが……」

「さっきから……コレは……」

「いったいどういう仕組みだ……?」


 相変わらず評議会議員たちの間で騒めきが起こり続けているが、それは王女の説明する内容に対してだけではなかった。


「魔晶の影写に合わせて、王女が喋っているんだよな……?」

「いや違う。明らかに反射魔法士リフレクターが魔力操作をして、影写が切り替わっているぞ」

「バカな……影写魔法は魔晶が記憶した風景か、対になる魔晶が取り込んだ風景を再現するだけの魔法だぞ!?」


 魔晶に魔力を流しながら、刻々と変化する複雑な構築式スクリプトを淡々と描き続けているエフォートの魔法技術。

 ある程度の魔法知識を持つ議員たちは感嘆を禁じえなかった。


「ただし、特に魔王軍の場合は単純に数イコール戦力とはなりません」


 それをサフィーネは当然の事のように、淡々と続ける。


「ゴブリン一体と古竜一体では比べるべくもないですから。〈魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード〉を思い浮かべた方もいらっしゃいましたが、今回の魔王軍はそれとは根本的に異なると考えて下さい。魔物や魔族はすべて、魔王の付属品です。戦力の構成比で考えれば、魔物の軍勢に対し魔王本体が占める割合は99対1か、999対1。あるいは桁が四つ五つ違うかもしれません……ともあれ、魔王を倒さない限り軍勢そのものの数に意味はありません」

「よろしいですか?」


 ひとりの議員が手を挙げた。

 先程、デックスが退場した後に話を進めろと言った議員だ。


「聞けば聞くほど、状況は絶望的だと分かりました。さっきから反射魔法士リフレクター殿の魔法技術を誇示されて、対応策はあると匂わせてらっしゃいますけれど。正直申しまして、とても一個人の魔法士にどうこうできる状況とは思えません」

「……その懸念はもっともですわ」


 エフォートに超技術を説明なしに行使させている意図を見抜かれたサフィーネだったが、動揺もせずに微笑む。


「ここまでは、エフォートの実力を含めてあくまで前提です。これより計画を説明いたします」

「聞かせて下さい。半数以上の議員に、貴女がたを人身御供に連合を守るという提案を退けさせた計画を」


 思慮深そうな議員は、そう促した。


 ***


「ま、マジか……」

「すご……い……これが、魔幻界の魔法技術……!」


 ガラフとミンミンは、仰向けに倒れ呟いた。

 二人とも息が上がっており、魔力枯渇マジック・エンプティを引き起こしかけている。


「いやいや、驚くのはこっちだよ……!」


 倒れた二人に水を差し出し介抱しながら、エリオットが目を丸くしていた。


「ミンミンちゃんが取り込んじゃった分以外の承継図書を、二人で分担したとはいえ全部覚え切っちゃうとはね」

「ま……フォートのニイちゃんにばっかり負担をかけるわけには、いかねーもん……オイラたちだって」

「魔王の分体相手に、ボクたちは呼吸もできないくらいだった……あんな無様、お父さんたちの前でもう二度と見せたくない」


 少年少女はそう言って顔を見合わせると、寝転がったまま腕を伸ばし手を繋いだ。


「この力があれば、必ずニイちゃんたちの役に立てる……! やるぞ、ミン!」

「うん、ガラフ! 必ず……必ず魔王を、あの偽物の勇者を、そしてボクを乗っ取っていたあの女神を、倒してみせる!」


 生粋のこの世界の住人である、幼子二人。

 魔幻界ラーゼリオンから来た魂を持つ青年エリオットは、そんな二人を眩しそうに見つめていた。


 ***


 魔晶が映し出した地図上で、ルトリア市に出現した多数の○印が隊列を組んで西に移動した。


「最初に打倒すべきは魔王です。ラーゼリオン王国軍は、五十万を超す大軍勢。連合領に到着するまで少なくとも十日はかかります。その前に魔王を倒してしまうのです。そうすれば勇者と王国軍は、軍事行動の正当性と大義名分を失います」

「……簡単に言ってくれる」


 サフィーネの言葉に、また別の議員が呟いた。


「七十万の魔物の軍勢、その頂点に立つ魔王。それをたった十日でどうやって討伐するというのだ?」

「ええ、まずはこの影写を見て下さい。……エフォート殿」

「はい」


 王女の指示で、エフォートは魔晶に新たな構築式スクリプトを打ち込んだ。


『——続きは吾が、喋ってやろうじゃねえかァ』


 魔晶越しでも、聞く者の魂を凍らせるような声が響いた。

 議員たちが一斉に身を固くする。


『アルティメット・リフレクト!!』

『おいおい、今日は挨拶だけだって。無粋な真似をすんなっつーのぉ』

「……これは先日、復活した魔王が分体を送り込んできた時の影写です」


 先にサフィーネから計画を打ち明けられていた議員たちも、この映像は初めて見る。全員が魔王の異様な威圧感にショックを受けていた。

 ある者は身を震わせ、ある者は椅子ごと後ろに倒れこんでいる。


「私とエフォート殿は、既にラーゼリオンで魔王の分体と接触していました。そしてその自己顕示欲の強い性質を知っていたのです。決戦前に必ず、また姿を現す。そう確信していた私たちは罠を張っておきました。それがこの影写魔晶です」

「……今、影写でレオニング殿の反射が破られたようだが?」


 そんな中、例によって先程から事情を知らない議員たちを代表して質問してきた議員が、冷汗をかきながらも影写を凝視し、聞いてくる。


「あらゆる攻撃を跳ね返す、最強の反射魔法。だが魔王には、その分体にすら通じなかったということですか?」

「おいおい、ニルセン君。まずは最後まで王女様の話を聞こうぜぇ。短気なのはお前さんの悪い癖だよぉ」


 ダグラスが横から軽口を挟む。


「議長は黙っていて下さい。王女殿下たちに貸しを作ってしまった議長には、今のこの場では何の説得力もありません」

「な、ちょ、お前っ」

「レイ議長」


 あからさまにこちらを無視したニルセンに、思わずダグラスは前のめりになる。だがそれを副議長のタリアが止めた。

 ニルセンとダグラス、タリアの視線が交錯する。


「……ええ、ニルセン議員のおっしゃる通り、この時点ではエフォート殿の反射は通じませんでした」


 ニコリと笑ってサフィーネがニルセンの言葉を肯定した。


「なっ……聞いていないぞ!」


 悲鳴のような声を上げて立ち上がったのは、別のデックスとともに裏切る予定だった議員の一人だ。


「儂は、反射の悪魔リフレクト・デビルに魔王を倒す手段があるというから、デックスの誘いを断って……!」

「ええ、あります。この影写がその証拠です」

「はあ!? 反射が通じなかった影写がどうして——」


 取り乱している議員に、サフィーネは変わらず余裕の笑み。


「魔王は愚かにも、戦いの前に手の内を晒してくれたのです。どうやってフォートの反射を破ってみせたのかを。……ハート副議長」

「はい」

「もう一度、魔法兵団の団長さんを呼んで頂けますか?」

「わかりました」


 タリアが、手元に置いていたベルを操作する。

 簡単な合図を送るだけの魔道具だ。すぐに「失礼します」という声とともに、トーラス兵団長が姿を現した。


「トーラスさん」


 サフィーネが改めて、丁寧なお辞儀をする。


「この影写について、魔法兵団で取り組んでいることをご説明して頂けますか?」

「はっ。現在、兵団所属の魔法士および魔術ギルドは、総力を挙げて魔王の力の解析を行っております。そしてレオニング殿の協力もあり、ついにその能力を魔術構築式スクリプトの形で再現することに成功しました」

「ど……どういうことだ?」

「なるほどね」


 トーラスの言葉に、取り乱していた議員は首を傾げる。

 一方その横でニルセンは納得して頷いた。


「魔王の力を構築式として理解した。それはつまり、レオニング殿の反射魔法で対応が可能になったということだな?」

「その通りだ、ニルセン議員」


 エフォート本人が立ち上がり、その問いに応えた。


「この国の魔法士たちは本当に優秀だ。承継魔法のひとつ〈構築式無限マルチ・スクリプト並行展開エクスパンド〉を教えただけで、飛躍的に魔法技術が高まった。彼らの努力のおかげで、魔王の力の解析に成功した」


 やや興奮したように、エフォートは告げる。

 こと魔法の研究に関して言えば、彼は情熱的な年相応の青年なのだ。


「さすがに魔力の桁が違い過ぎて、再現までは不可能だが……魔王の行使する力の理論を理解はできた。構築式を理解した以上、俺に……俺たちに反射できないものはない」


 エフォートはトーラスと視線を交わし、ともに頷く。


「分体と本体では出力パワーは桁違いだろう。だが根本の魔法原理ロジックは同じはずだ。これでもう、俺たちに魔王の力は通じない」


 これまでで一番大きなどよめきが、議員たちから起こった。

 ニルセンも頷く。


「ああ。より詳細な理論ロジックについては後で伺うとして……魔王に対抗することができるいう事は、信じよう」

「ああ……そうだな」

「すごいぞ、都市連合が、魔王と倒す英雄の国となるのだ!」


 あまりの戦略的不利に絶望し、王女たちに懐疑的だった評議員たちも、彼の言葉に次々に同意した。

 再び、ニルセンとダグラス、タリアが視線を交わす。


(……うまくいったわね)


 内心でサフィーネは胸をなでおろした。

 会議で最初に疑義を呈した者が同意することで、流れを決定づける。

 これはあらかじめダグラスとタリアが、ニルセンを説得し仕組んでいたことだった。


「だが、魔王軍はそれでいいとして。ラーゼリオン王国軍はどうするつもりだ?」


 議員たちの興奮が落ち着いたところで、ニルセンがまた口を開いた。


「十日以内に魔王を倒すことができたとして、我が軍もレオニング殿も無傷というわけにはいかないだろう。疲弊したところを、後背から王国軍に襲われることになる」


 その言葉に再び静まり返る議場。


「転生勇者は大義名分を失い戦列に加わらないかもしれないが、王国軍は違うだろう。もともと敵対国だ、がら空きになったルトリア市に侵攻してくるのは間違いない」


 だが、これも予定していた議題の流れだった。


「魔王を倒した国への侵略……他の周辺国家が納得しないだろう」


 別の議員が希望的観測を口にしたが、それにはサフィーネが首を横に振った。


「いいえ。そんなお人よしな考えをする兄ではありません。それに転生勇者にしても、彼の人となりを考慮すれば、手柄を横取りされ逆上して連合に襲いかかってくるでしょうね」


 正確に言えばエフォートに、であるが。サフィーネは口にしなかった。


「な、なら、どうするというのだ!」


 また不穏な空気に包まれる議場。

 ダグラスが、ニィと笑う。


「落ち着けってみんな。そこで、このお偉い国の出番っつーわけだよぉ」

『……待たせ過ぎだ、ルトリアの小僧が』


 またも、議場全体に魔晶を通した声が響いた。

 それは先の魔王とは質の異なる威圧感に満ちた、重厚な響きを持った男の声。

 議場は水を打ったように静まり返り、氷のような緊張感に支配される。


「……影写、繋ぎます」


 タリアが卓上の仕掛けを操作した。

 エフォートが手にしていた物とは異なる。円卓の中央に設置されていた通信魔晶が輝き始める。

 そして中空に、その姿が映し出された。

 ダグラスが立ち上がり、魔晶に向かって一礼する。


「お久しぶりです、神聖帝国ガーランド皇帝……ベルガルド陛下。魔晶通信にお応え下さり、恐悦至極です」

『黙れ。貴様のような浅薄な小僧に応えたわけではない』


 影写に映し出された大陸の最高権力者は、ダグラスの礼を一蹴する。

そして魔晶越しに、一人の女性に視線を移した。


『余は、未来の愛娘に乞われたから応えたのだ。……久しいな、サフィーネ嬢よ』

「恐縮です……陛下」


 拳をギュッと握り、サフィーネは答える。

 顔は麗しく笑っているが、微かに震えている声と、肩。

 エフォートはその背中を見守ることしかできない。


『そなたがラーゼリオンを捨てた知らせを聞いても、息子は今でも待っておるぞ。無論、余もだ。……この戦が終わったら帝国に来るがよい。それが』


 影写の向こうで、皇帝は蓄えた白髭を揺らして豪快に笑った。


『そなた達が魔王を倒す間、ラーゼリオンを帝国が足止めする条件だ』

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