15.その後の顛末、そして

「……そ、それでは王前会議を始めます。議題は、ラーゼリオン王国が認める勇者の決定、です……」


 異様な緊張感の中で、進行役の執政官は見ていて気の毒になりそうなほど萎縮しながら、絞り出すように宣言する。


「間違っているぞ執政官。議題はシロウ・モチヅキの勇者公認に伴う今後の魔王対策。その為の権限移譲についてだ」


 女神教高司祭グランが傍若無人な態度で断定した。

 執政官は泡を喰って、リーゲルト王とグランの間で視線を行き来させる。

 その直後。


「オッサン分かってんじゃねーか。そうそう、無駄な会議とか必要ねえから。ちゃっちゃと進めちゃって」

「お、おっさん……」


 豪奢な造りの長机に足を乗せ、ふんぞり返っていたシロウ。

 その放言にグランは鼻白んだ。


「言葉が過ぎるのではないかな? モチヅキ殿」


 諌めるように口を挟んだのは軍団長のヴォルフラムだ。

 口髭を蓄え貫禄のある壮年の軍人だが、常々、彼は教会に対しては弱腰である。

 それは軍と教会の力関係に理由があった。

 怪我を負った軍人を治癒する回復術師の多くが、教会の司祭を師として仰ぎ治癒魔法を習得している。

 教会の軍への影響力が強くなってしまうのは必然であった。

 その軍の長であるヴォルフラムもまた、敬虔な女神教の信者であり、ラーゼリオンにおける教会のトップに頭が上がらないのだ。


「いかに貴公が女神様の祝福を受けし者とはいえ、グラン殿もこのラーゼリオンにおいては女神教の」

「よいのだ、ヴォルフラム」

「は? しかしそれでは、教会の威厳が」

「よいのだ」


 なおも言い募ろうとしたヴォルフラムだったが、当のグランがよいと言うのでは、それ以上シロウを諌めることはできない。


「しかしもかかしもないだろー?」

「そーよそーよ、なーんでお兄ちゃんが、そんな生臭坊主に下手に出る必要があんのよ!」

「何様の、つもり」


 オーガ混じりの女戦士と幼女の回復術師、エルフの精霊術師が声を上げる。

 シロウの背後には、仲間パーティの女たちが全員勢揃いしていた。

 グランは、シロウの腕を抱えて文句を言ってきた回復術師の幼女に目を止める。そして唾を飲んでから視線を逸らした。

 シルヴィアはそのグランの挙動を注意深く見ている。

 自分達に教会の傘下に入れと脅してきた女神教高司祭。

 今はしおらしくしているが、狡猾な人族の長の一人。油断していい相手ではない。

 いったい何をどこまで、知っているのか。


「ところでヴォルフラムよ」

「はっ」


 リーゲルト王が初めて口を開き、低い声で問いかける。


「なぜそなたが教会の威厳を気にする?」


 ヴォルフラムの顔色が変わった。


「は……。いえ、他意はございません。この世界に住まう者として、女神教に敬意を表するのは当然でございます」

「そうでござーますか? それにしてはヴォルフラム殿、選定の儀より前から妙に高司祭の屋敷へお通いのようでしたが?」


 ギルドマスター・ガイルズが冷やかすように横槍を入れた。

 ヴォルフラムはギッと睨みつける。


「黙れ、女男」

「ふん、まあよい。エリオットよ」


 王は横に控える息子に視線を移した。


「はいっ」

「あの者たちはまだか」

「えーと兄ちゃんが、ハーミット王子が迎えにいってる。もうすぐ……あ、来た来た」


 大会議室の入口で兵の動きが慌ただしくなったところで、見張りの一人が声を上げた。


「ハーミット王子、御入室です!」

「ど、どうぞ」


 執政官が応えるとドアが開く。

 入ってきたハーミット王子の後に続くのは、暗い表情で俯いている王女サフィーネ。

 そして魔力を封じる特別製の石錠で両手首を封じられた、反射の魔術師エフォート・フィン・レオニングだった。


 ***


 二日前。

 選定の儀の最後に行われたシロウとエフォートの決闘は、リリンの乱入により決着がうやむやのまま中断された。

 実験場でシロウの姿を隠され、またしてもエフォートの卑劣な罠でシロウが危機に陥ったと思い込んだリリンが、シルヴィアの制止も聞かずに飛び込んだのだ。


 女神の祝福によりシロウは致命傷からも回復できることを、リリンはこの日まで知らなかった。

 だから復活したとはいえ、無数の氷槍で串刺しされシロウが殺されたと一度思い込んだ心理的影響が大きかった。

 破ることは難しいと思われたエフォートの反射魔法はあっさり砕け、その先にあった身体を貫く。


「……フォートぉぉ!!!」


 叫び声を上げて実験場にあがったサフィーネは、エフォートに駆け寄った。

 リリンは、思わずエフォートに刺さった剣を抜こうとする。


「抜くな!! 出血して即死する!!」


 王女の幼い容姿から信じられないほどの鋭い声に、リリンはビクっとして手を止めた。


「回復術師! 司祭の皆さん! エフォート殿に早く治癒魔法を!」


 王女の指示を受けて、司祭たちと魔術研究院所属の回復術師が慌てて実験場に上ってくる。


「……サ、フィ……」


 ぐったりしているエフォートが、傍らで膝をつくサフィーネの右腕をぐっと掴んだ。


「……ごめん……結局、君に……」

「フォート。大丈夫、必ず」


 サフィーネは掴んでいるエフォートの手の上からさらに自分の手を重ね、彼の魔力を感じる。


「なにをやっている」


 シロウが傍まで歩み寄るってくると、エフォートは王女を掴んでいた手をずるりと落とし、気を失った。

 駆け寄ってきた回復術師が割って入る。


「王女殿下、お下がりください。後は我々が」


 遅れてきた司祭たちも、治癒魔法を開始する。

 シロウは冷ややかな目でその様子を見てから、幼馴染を刺して手を震わせてるリリンの肩を抱いた。


「リリン」

「……シロウ、あたし……また、こいつがシロウを嵌めようとしてるって……だから、助けようと……邪魔する、つもりじゃ……」

「オレにまかせとけっていったろ? ピンチでもなんでもなかったっつーの」

「でも……」

「大丈夫だ。あのヤロウは死なねえよ」


 治癒魔法を受けているエフォートを見て、シロウは忌々しげに吐き捨てる。


「オレと違って一ヶ所刺されただけだ。それにあの位置に重要な内臓はねえ」

「え?」

「ヤロウ、わざとお前に刺されたんだ。決闘を終わらせる為にな」

「え? え?」

「オレを直接倒せねえから、仲間に邪魔させる形で幕を引かせたんだ。これでオレの反則負けだと言い張るつもりだろ。どこまでも卑怯な野郎だ……シルヴィア」


 リリンを抱きながら、シロウは近づいてきた黒衣の妖艶美女に声を掛ける。


「坊や、まんまとしてやられたの」

「ああ。むかつくぜ」

「坊やが治癒してやったらどうじゃ。一瞬で治せるじゃろ?」

「……」


 無理矢理エフォートを治して、そして決闘を再開する。

 それはシロウも考えたが、どうもエフォートはこちらの手を読みに読んで、周到に準備しているようだった。

 そして、そんなことよりも。


「リリン。こっちの世界では学校で燃焼について習うか?」

「ね、ねんしょう?」

「酸素が燃えて、二酸化炭素が発生するとか」

「さんそ? にたんさかんそ?」


 目を白黒させるリリン。

 決して頭が良くないとはいえ、十二歳まで貴族として学院にも通っていたはずのリリンだ。

 彼女がまるで知らないということは、少なくとも一般的な知識ではないだろうと、シロウは考えた。


「そうだシルヴィア。お前どこに行ってたんだよ。ヤロウの仲間に攫われたんじゃねーのか?」

「すまぬ、ちょっと道に迷ってしまっておったのじゃ」

「お前がぁ? 道にぃ!?」


 ありえない答えにシロウは唖然とするが、先に確認したいことがあった。


「……まあその話は後だ。シルヴィア、<鑑定眼>を使ってくれ。あの魔術師ヤロウ、オレの転生を知ってやがった。現代日本の知識も持ってやがる。あいつ何者だ?」

「……」

「シルヴィア?」

「あ、ああ。……少し待つのじゃ」


 シルヴィアは治療を受けているエフォートに向けて、<鑑定眼>を使用した。

 その後、長い沈黙が続く。


「……」

「どうしたシルヴィア、視えないのか」

「いや、そうではない」


 沈黙しているシルヴィア。

 何か考え込んでいる様子に引っかかるものを感じたが、シロウはそれでも大人しく待った。

 やがて吸血鬼は口を開く。


「……不審な点はないのじゃ。ラーゼリオン王国の魔術師。禁忌を冒して治癒魔法の適正がない分、魔力総量は人並み外れて多い。だがそれだけじゃ」

「禁忌ってなんだ?」


 シロウの疑問に、シルヴィアは答える。


「女神教では、魔力を行使してよいのは五歳を過ぎてからと定められておる。それより前に魔法を覚えてしまっては、女神の加護を受けられずに回復魔法を使えなくなるのじゃ」

「へえ。オレは使えたけどな」

「それは、そなたが女神の祝福を受けた者だからじゃ。幼い時より魔法の訓練をすれば、その分魔力操作には長ける。エフォート・フィン・レオニングもそうして高い魔力適正を持ったということじゃな」

「それって転生モノにありがちな、赤ん坊の頃から意識があって……てやつじゃねーか! じゃあやっぱり、ヤロウも転生――」

「金髪坊やがこの世界に転生できたのは、女神の導きという話じゃったな?」

「え? ああ」

「レオニングは女神の祝福を受けておらぬ。それは間違いない」

「……そうか、この世界の輪廻はアイツが管理してるって話だったな。なら転生者じゃねえってことだ……じゃなんであのヤロウ、現代日本の知識を持ってやがる」


 その秘密を暴いてからでなければ、シロウはエフォートに手を出すのに躊躇いがあった。

 今回のような屈辱をまた受けさせられては、たまったものではない。

 見る限りエフォートは重傷だ。あの回復術師と司祭たちの腕では、治癒に少なくとも二日はかかるだろう。

 ならその時間を有効に使わせてもらおうと考えた。


「シロウ・モチヅキ殿」


 観測所の方から、高貴そうな服装の美形青年が歩み寄って、声をかけてきた。

 笑顔の割にするどい瞳の輝きから、只者ではないことがシロウには分かる。


「何者だ」

「ハーミット・フィル・ラーゼリオン。この国の第一王子です。この度は選定の儀で混乱を招き、大変申し訳ありませんでした。ぜひ貴公とお話しをさせて頂きたく――」

「勝手な真似をするな、若造! ……モチヅキ殿、失礼した」


 ハーミットの背中から、また別の男が声を掛けてきた。恰幅の良い老人。

 シルヴィアは露骨に顔をしかめ、気をつけろとシロウに囁く。


「儂は女神教高司祭グランである。此度のことは、すべて王家の不手際による」

「ああ、うっせえうっせえ! テメエら全員、話は聞いてやる!」


 グランの言葉を遮って、シロウは叫んだ。


「だからあの男、エフォート・フィン・レオニングの事も教えやがれ。まずはそっからだ」


 そしてエフォートが意識を失っている間に、話は進んでいくこととなる。

 選定の儀で大きな混乱を招き、失敗した王女サフィーネも置き去りにして。


 ――少なくとも、傍からはそう見えていた。

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