69.誰が主役だって?
「……読めた」
「えっ、なにを?」
荒れ狂う聖霊獣の
「属性変容のパターンだ。要は光の三原色と同じ、三つの属性を掛け合わせて聖属性を作り出し、それぞれの強弱で
「そ、そんなの、ほとんど無限にパターンがあるじゃないかっ! 反射なんてできない……」
「いや。ヤツの体に複数あった三色のオーブ、あれのオン・オフの組み合わせだ。赤・青・緑それぞれ36ずつあった」
「観察してたの!?」
「36×36×36。たったの四万六千六百五十六通りだ。それに対応する反射魔法の
恐ろしい数のスクリプトが同時にエフォートの前に展開される。
それはサポートしているミンミンにも可視化され、反射の魔術師がいかに非常識なことをやろうとしているか、理解できた。
「ま、待ってよっ……! こんなのボクの計算が追いつかない! それに魔力がいくらあっても足りないよ!」
「できなければ死ぬだけだ。利害が一致してるだろ? ミンミン!」
エフォートは振り返り、ぎこちなく笑った。
ミンミンを勇気づける為の、慣れない軽口と笑顔。
幼女は思わず吹き出しそうになってしまう。
(そっか。こういう覚悟がある人だから、お姫様は)
「……力の根源、魔の泉! 今こそ溢れ器を満たせ! 〈マインド・アップ〉!」
ミンミンは
「……あれっ? レオニングさん、この
「それは省略しないでくれ。問題ない、俺の反射式はすべてこの
そして、ついに四万六千六百五十六通りの反射
「よしっ! いくぞミンミン!」
「うん!」
「ソーサリー!」
「リフレクトぉ!!」
大気を切り裂く大音響と共に反射壁が展開され、〈グロリアス・ノヴァ〉が反射される!
グギャアアアアアア!!
そして聖霊獣の巨体は、空前の大爆発に包まれた。
ギギャア!
グルウラアアアァアアアアア!!
倒れ、大地をのたうちまわる聖霊獣エル・グローリア。
王国の歴史を超えるであろう長さのその生において、このような痛みを味わったことはなかっただろう。
エフォートはふうっと息を吐いた。
「
グルゥ……
ギギャアア……
動きが鈍くなり、やがて静かになるエル・グローリア。
死んだわけではないようだが、しばらく身動きできないようだった。
「よし、エルカードを呼んで再封印させる。……ああその前に、コイツの角を少し削り取っておかないとな」
「角? なんで」
「知らないのか。真偽の程は確かじゃないが、聖霊獣の角にはある伝承があって……」
エフォートが話しかけた時だった。
パチパチパチパチ……
日が沈み始めた夕刻の森に、乾いた拍手の音が響く。
「……っ!!」
ミンミンは息を飲み、恐怖に身を竦めエフォートの背中に隠れた。
反射の魔術師は、少し離れた場所に現れた拍手の主を忌々しげに睨みつける。
「……随分と暢気な登場だな」
「よく言うだろ? 主役は遅れてやってくるってやつだ」
転生チート勇者はヘラヘラと笑った。
「俺様の手のひらで踊ってるとも知らずに、ご苦労なこったな。テメエは嵌められたんだよ! 聖霊獣との戦いで魔力は空っぽだろ? もう万に一つもテメエに勝ち目はねえ! どうだ、陰険姑息ヤロウが逆に策にハマった気分はよお!」
ラーゼリオン王城での屈辱は返したと、シロウは会心の笑みで言い放つ。
「……べつに」
「はあ!?」
だが言われた方の反応は、彼が期待したものとは違っていた。
「特に何も思うところはない。最初から分かっていたことだしな」
「テメエ……強がってんじゃねえ! これを見ても、まだんなこと言えるかよ!?」
パチンと指を鳴らすシロウ。その合図で、まるで黒い霧のような蝙蝠の群れが何処からか現れた。
それはシロウの横でヒトの形を為す。
「やれやれ、吸血鬼使いの荒いご主人様じゃ」
そしてシルヴィアの前に、蝙蝠が運んできた別の人影がいくつも並んだ。その正体は。
「……お姫様ぁ!」
エフォートの後ろでミンミンが悲鳴を上げる。
サフィーネ、エリオット、ガラフ、そしてルース、エルカードの五人が、茫然自失の表情で立っていたのだ。
「すまぬな、五人とも傀儡眼を掛けさせてもらったのじゃ」
「……」
「謝ること、ない、シルヴィア。モチヅキ様に、立てついて、殺されないだけ、マシ。ね、リリン?」
「……そうだね」
そしてエルミーとリリンの二人も、その後ろに立っていた。
エルミーは、チラリとエルカードに視線を移す。
「……生きて、たんだね……」
「へあっはっはっは!」
シロウはまた、ヘラヘラと愉快そうに笑い声を上げる。
「と、いうわけだぁ! テメエの仲間はみんなシルヴィアの操り人形! オマケにテメエは魔力切れ! ははは、絶対絶命とはまさにこの事だなあ! はあっはっは!」
「……さっきお前は、なんて言った?」
「はああ?」
「主役は遅れてやってくる? お前の世界の主役は、敵を絶対絶命まで追い込んでからじゃないと登場しない臆病者なのか」
「……テメエ」
「誰が主役だって? ……それともう一つ。俺の仲間はみんな吸血鬼の支配下と言ったが、それはルースも俺の仲間と認めるという事だな?」
「なっ?」
「なら、今ここにミンミンがいる。俺の仲間はみな吸血鬼の支配下、というのは誤りだな」
「ベラベラベラベラ、いつまでも減らず口叩いてんじゃねえ! ……ミンミン!」
「ひっ!」
シロウがギロリとミンミンを睨む。
「テメエなんで、そこにいやがる! 命令だ、早くこっちに来い!」
「ぼ……ボクは……」
命令に応えず、ミンミンはエフォートにしがみついた。
「!? 隷属契約が解除されてるだと!?」
「ボクは……もうお前の奴隷なんかじゃないっ! お前なんかに従わないっ!」
「なっ!?」
明確に否定され、シロウは絶句する。
「……なんだ、テメエ本当に、あのミンミンか?」
性格も変わっているミンミンに、シロウは怪訝な顔を向けた。
「坊や。ミンミンは
シルヴィアの言葉に、シロウは少しの間を開けてから納得した。
「そうか、そうか。テメエは別人なんだな。……なら仕方ねえ、もう用済みだ。クソ魔術師と一緒に消えろ」
シロウは鬼の形相になり、一歩前に足を踏み出す。
エフォートが庇うようにミンミンの前に立った。
「テメエ……マジに承継図書から奴隷解放の魔法を手に入れたってことか」
「ああ。ルースももうお前の奴隷じゃない」
「どいつもこいつも……頭にくるぜ。だがもうこれで終わりだ」
また一歩前に出るシロウ。
エフォートはミンミンを守りながら、ジリッと下がる。
シロウは下卑た笑いを浮かべた。
「反射の魔術師さんよ、ラストバトルらしく最後は正々堂々と一騎打ちといこうぜえ。俺に勝ったらお姫さんも、仲間もみんな解放してやる。ミンミンも自由だ」
「これが本当にラストバトルなら、ありがたいがな。……罠にかけて魔力を削り、人質まで取ってから正々堂々とは、素晴らしい言語感覚の勇者様だ」
「ぬかしてんじゃねえ!」
シロウはすっと右手を横に挙げる。
そして纏われるのは、物理・魔法両方の属性を帯び高速回転する魔力の渦・〈魔旋〉。
魔力回転が一定速度を超えてしまえば、エフォートが残された魔力で反射壁を展開しても容易く打ち砕ける力。
魔法単体での混合属性ならいざ知らず、物理・魔法両方の属性を持つこの技は、いかにエフォートでも反射は不可能である。
「簡単には殺さねえ。痛めつけて! さんざん嬲って苦しませて! 地面に頭を擦りつけて命乞いさせて身も心も屈服させてから、粉々にしてやる!! 跡形も残さず! 人の原型も留めず! この世の地獄をフルコースで味わせてから殺してやるぞ!!」
「シロウ・モチヅキ、お前は」
溢れ出る狂気に、エフォートは眉をひそめる。
「オレから女を奪いやがって……テメエは絶対に許さねえ!!」
「……ミンミン、下がっていてくれ」
エフォートに促され、ミンミンは不安げな表情を浮かべながら後ろに下がる。
そして、チラリとサフィーネたちに視線を向けた。
「ミンミンよ!」
その幼女に向かって、シルヴィアが声をかける。
「先ほどはしてやられたが、もうその手は通用せぬのじゃ。そなたが〈マインド・リフレッシュ〉で王女たちを傀儡眼から解除しようとする気配あらば、この者たちは即座に殺す!」
ミンミンはビクッとして身を竦めた。
「シルヴィア……」
「妾にも
「どうして、承継魔法の〈ナイトメア・バインド〉から逃れて……」
「もともと長続きせぬ魔法だったじゃろう? それにいくら承継魔法でも、破ることが不可能という程ではなかったのじゃ」
ミンミンは顔面蒼白になり、またエフォートを見る。
エフォートも幼女を見返し、二人は視線を交わした。
「……」
「……」
「さあ! じゃあ最後のショーを始めるぜえ! エフォート・フィン・レオニングよおっ!」
シロウは地面を蹴って、エフォートに襲いかかった。
「レオニングさんっ!」
同時に、ミンミンがエフォートに向かって
それは小さな石。魔力増幅のウロボロスの魔石だ。
エフォートが受け取ると同時に、シロウの右拳が突き出される!
「おらぁっ! 魔旋!!」
「リフレクト・ブラスト!!」
リフレクト・ブラストは、王城でも使ったエフォートの奥の手。
何百という反射壁を重ねて叩きつける攻撃魔法だ。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!
不快な音が響き渡る。
それはラーゼリオン王城宝物庫での戦いの再現だ。
違う点は、エフォートがウロボロスの魔石を持っていること。
シロウの魔旋は反射壁を砕き続けるが、それ以上のスピードでエフォートは反射壁を繰り出し続ける!
「ちぃっ! オレがミンミンに渡しといた魔石かよ!?」
「今度は俺のリフレクト・ブラストの方が速いぞ!!」
「ぬかせ! 転生勇者を舐めんじゃねえ、残り少ねえテメエの魔力、すぐに削り取ってやんよぉ!!」
金属が軋み破砕され続けるような破壊音の中で、二人の意地の激突が続く。
その二人を見つめる者たち。その中に、栗色の髪の少女がいた。
もっと幼い頃に好意を抱いていた幼馴染の少年と、異世界から生まれ変わってきた今愛している男の戦い。
リリンはその戦いを見つめるのと同時に、先の聖霊獣との戦いの前にエルフの青年から言われたことを思い出していた。
***
聖霊獣エル・グローリアの復活を目撃した時。
エルカードはリリンに言った。
「もう時間がない……リリンさん、君に
「……これ以上エフォートに力を渡されるくらいなら、引き受けるわよっ! でもあたし、本当に精霊術なんか使えないわよ!?」
「大丈夫。どうやらエントもケノンもシェイドも、君のことは嫌いじゃないらしい」
「えっ?」
「この三体はレアな精霊で、能力が希有な分、契約できる者も限られてる。でもリリンさん、愚かなくらいに純粋な君と、みんな相性がいいみたいなんだ」
「待って。今、愚かって言った?」
「エントは平穏をもたらす力。聖霊獣みたいな荒ぶる存在を封じる他に、混乱や恐慌、怒りや恐れ、痛みを鎮める力がある」
「ちょっと」
「シェイドは存在を隠す力。普通の魔法で言ったら〈インビジブル〉みたいな能力だね。後はケノン。これが今の君には一番重要かもしれない。持っている能力は、さっきも話した通り〈精霊の声〉。相手の心の闇まで探ることまでできる。これで君は知った方がいい、あの男シロウの本性を」
「シロウの……」
「それから君が見捨てられたと思っている、幼馴染のこともね。じゃあ、いくよ?」
「待って、そんな一方的に! だいたい契約したところで、どうやって使えばいいのよ!!」
「心配しなくていい。これだけの相性の良さなら、センスとか勘とかでなんとかなる。大規模な術とかはしばらく無理だと思うけど、その辺は頑張って」
「無茶苦茶だよ!!」
そしてリリンは、訳も分からないまま強引に、三体の精霊の契約を委譲された。
今はその身に、彼女を好きだという平穏と闇の精霊が住み着いている。
***
「シロウ……エフォート、あたし分からないよ……だから」
リリンの体から、ケノンがスルリと抜け出した。
そのままでは傍らの吸血鬼や精霊術士に気づかれると、シェイドがコッソリと隠してくれる。
そして、リリンは〈精霊の声〉を聞き始めた。
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