6.転生勇者とヒロインズ・バラエティー

 王都ラーゼリオン。

 王城を囲む形で広がっている城下町を、さらに長大な城壁に囲まれている。

 四方の街道を繋ぐ大平原という貿易の要衝に位置するこの都市は、軍事拠点としては地理的に不利な場所にあった。

 しかし、国の八方に置かれた軍事要塞には合計で万に届く軍が配備され、敵国が国境を越えることを阻んでいた。

 たとえ突破されたとしても、王都を囲む物理的にも魔術的にも強化された城壁が敵軍を阻止しているうちに、要塞を出た駐留軍が背後を突き、敵を挟撃する事が可能だ。

 圧倒的な軍事力を持つ王国だからこそ可能な、国防策である。

 実際に、二年前に都市連合が戦略級魔法を駆使して攻め込んでくるまでは、長きに渡り敵の侵略を許すことはなかったのだ。

 国境での小競り合いこそ絶えなかったものの、ラーゼリオン王国は強固な立場を維持してきた。

 しかし。都市連合が国境を突破できるまで軍事力を拡大し、さらにラーゼリオンを狙う魔王の復活も近づいている現在。

 この国は、亡国の危機に向かって緩やかに歩みを進めていた。


 騒ぎはまず、国境の軍事要塞で起こった。

 男性は1人だけ、他はすべて美女ばかりという異様な冒険者パーティが、関所で兵士の検問を無視して突破したのだ。

 要塞から軍の兵隊たちが出て力ずくで制止したものの、逆に女冒険者たちの手によって次々に無力化されてしまう。

 命を賭してでも止めろ、と指揮官が命令を出そうとしたその時、パーティ唯一の男がようやく通行許可証を示したという。

 許可証の裁定者はラーゼリオン王国軍団長ヴォルフラム。勇者選定の儀に出席する為、シロウ・モチヅキとその一行の通行を許可すると。


「意味のないパフォーマンスを……」


 報せを聞いたエフォートは、拳を握りしめた。


「必要のない騒ぎを起こして、どういうつもりだ!?」

「軍部には効果あったようですわね。あの要塞の守備隊は、練度が高いことで有名でした。それを容易く制圧できるパーティを従えて、もう勇者は彼で決まりだと噂になってるようです」

「人格は関係ないんですか」

「それが問題にならないくらい、実力の差を見せられたということでしょう」


 淡々と話すサフィーネの口調は、お淑やか王女モード。

 他の研究員や選定の儀の進行を手伝う王国兵、執政官、それに女神教司祭たちの目があるからだ。


 エフォートとサフィーネは今、魔術研究院の大広間に隣接する控室にいる。

 今日は勇者選定の儀、当日。

 大広間には既に多くの勇者候補者たちが集まっていた。


「他の勇者候補の皆様にも動揺が広がっていますわ。まもなく、シロウ・モチヅキ一行が到着します。選定の儀を前にまた騒ぎを起こさなければよいのですが」


 サフィーネがため息を漏らしたところで、カリン・マリオンが控え室へと飛び込んできた。


「失礼しまじゅ……っ!」


 また激しく噛んでから、慌てて報告する。


「さ、最後の勇者候補の方、いらっしゃいました! なんかたくさん女の人、連れてます!」


 サフィーネの危惧はすぐに現実になるのだった。


  ***


「どうも! かませ犬の皆さんこんにちはー。毎度おなじみ引き立て役ご苦労さんです。いやぁ尊敬するよ。俺なら恥ずかしくてとっくに逃げ出してるね! 面の顔が厚いってマジ羨ましい!」


 七人の美女を引き連れ、シロウ・モチヅキは魔術研究院の大広間に姿を現した。

 定刻を過ぎ、ほぼすべての候補者が集まる中で最後に到着したにも関わらず、悪びれもせず朗々と言い放つ。一斉に向けられた視線がもしも矢になるのならば、シロウは既にハリネズミだ。


「ご主人様、そうやって喧嘩売りまくる態度は悪い癖ニャン」


 猫の女獣人がシロウを嗜めようとする。だが、


「そうか? この国ヘタレな男が多すぎ、シロウ様に喝を入れられてもしかたないわ」

「そうだそうだ、ルースの言う通りボクのお兄ちゃん悪くない! ニャリスは黙っててよ!」

「ミンミン、それは酷だろう。ニャリスはシロウ殿がまた余計なトラブルを起こさないよう、良かれと思って言っておるのだ」

「……テレサが正解。あとミンミン、モチヅキ様は、貴女のお兄ちゃんじゃ、ない」

「ふはははは、ムキになるでないエルミー。それに小娘たちも騒ぐな。このような愚物ども金髪坊やの敵ではない。好きに振舞えばよいのだ!」


 シロウを取り囲むように立つ女たちが、口ぐちに騒ぎ立てる。

 そして。


「……来たのか!?」


 騒ぎを聞きつけ大広間に飛び込んできたエフォートの存在など、意識もせず。関知もせず。興味もなく。


「シルヴィア、わかってるね! そう、勇者はシロウで決まりなんだから」


 大きく頷いて笑ったのは、シロウのパーティで最後に口を開いた美女。

 集められた他の勇者候補や、王国の人間たちを一顧だにせずに。

 健康的な色気を振りまく大きな瞳の愛らしい剣士は、栗色の髪を揺らして言い放った。


「選定の儀なんて無意味でくっだらない事に、シロウが気を使う必要なんてないんだよ!」


 五年ぶりの再会。

 すべては幼馴染の彼女の為にやってきたこと。

 そんな幼馴染の第一声が、自分を全否定する言葉だった。


(……リリン……リリン!!)


 声を掛けたい。叫びたい。君はそこにいては駄目なんだと。

 隣にいる男は異邦人であり、この世界を遊び場のようにしか考えていない。

 彼にこの世界を救わせては駄目なのだと。

 しかし、今はまだ何も伝えることはできない。


 拳を握りしめ肩を震わせているエフォートを見て、隣でサフィーネが思わず長年被り続けてきた淑女の仮面を脱ぎ捨てかけたとき。


「女どもぁ、聞き捨てなんねえぞ」


 集まっていた勇者候補のうちの一人が、声を荒げシロウ一向に詰めよった。

 その男は、ギルド推薦のSランク冒険者。

 筋骨隆々の生粋の戦士で、『すべてを物理で叩き潰す』アイアン・プレッシャーの異名を持つ有名人だ。たった一人でゴブリン・ロード率いる千の魔物から地方の村を守ったという逸話まである。


「無意味で下らないのはどっちなのか、選定の前に俺が試してやろうか!?」

「や、やめろオイ! こいつら、ギルドマスターが言ってた連中だ」


 仲間らしい別の冒険者が制止するが、アイアン・プレッシャーは止まらない。


「ああ? プルート・ドラゴンを一人で殺ったって奴か? んなもんホラに決まってるだろうが。こんなゾロゾロ女ばっかり連れた優男に、んなマネできるわきゃ」

「ごめ、もう限界……! アハハハハッ……!」


 金髪の青年が唐突に噴き出し、腹を抱えて爆笑し始めた。


「なっ!?」

「テンプレ……! 絡み方が、あまりにもテンプレ過ぎて……!」


 大広間に響き渡る声で笑うシロウ。他の女たちもクスクスと嘲笑している。


「てんぷれ……? 訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞオラァ!」


 言葉の意味は分からなくとも、馬鹿にされたことだけは理解できたアイアン・プレッシャーは、シロウへ殴りかかった。

 怒りに任せた拳でも、超一流の戦士による打突。ゴブリンやワーウルフ程度の魔物なら充分屠れる威力だ。しかし。


 「何をしている?」


 巨大な戦斧を背負い、防御力に疑問符が付きそうな露出の多い鎧をまとった女戦士が、横から掌で超重量級の一撃を受け止めていた。

 そのままガシリ、と拳を握りこむ。


「っ……この女!?」

「シロウ様に何をするつもりだった? この豚」


 ゾワリとした気配が放たれる。

 それは大広間にいる誰にでも分かる、明確な殺意。


「!! やめなさ……」

「待って下さい」


 彼女たちの異常な力を知るサフィーネは慌てて止めに入ろうとするが、その腕をエフォートに掴まれた。


「フォ……エフォート殿?」


 王女を制止したエフォートは、コクンと頷いてから、サフィーネの腕を放して小声で呪文を詠唱する。

 周囲の目がアイアン・プレッシャーと女戦士に集まっているうちに、エフォート一人の姿は誰にも気づかれぬうちに掻き消えた。

 彼の意図を察したサフィーネは、この場は静観することを決める。 


「こ、この女、なんて馬鹿力……オーガか!?」


 女戦士に拳を握られたまま、万力のように締め上げられるアイアン・プレッシャーは脂汗を流し苦痛の喘ぎを漏らす。


「なんっ……ちょっぴし混ざってるだけだ! この見てくれだけの豚野郎がぁぁ!」


 そのまま、巨漢のアイアン・プレッシャーを人形のように容易く投げ飛ばした。


(亜人混ざりのパワー系戦士。確か名前はルース、S級冒険者以上の腕力か。それに……胸元にはリリンと同じ奴隷紋)


「うおあっ!?」


 投げ飛ばされたの巨体が大広間の壁に激突する寸前に、エルフの精霊術士が手にした小さいワンドを一振りする。


風精霊シルフ、お願い」


 室内で突風がゴウッと巻き、アイアン・プレッシャーが空中で制止した。その後、床にどしんと落ちる。


「……壁壊したら駄目。馬鹿力オーガさん」

「だからオーガなのは全部じゃないって! エルミー!」


 殴りかかってきた男のことなどもはや眼中になく、女たちは笑い合う。


(エルミー。緑の髪に長い耳は純血のエルフ族か。今の魔法……精霊術士だな)


「て、てめえら……!」


 衆目の中で恥をかかされたアイアン・プレッシャーは、背にしていたバトル・アックスを引き抜いた。


「もう許さねえ! 一人残らず叩きのめしてや」

「抜いた以上は容赦せぬ」


 女騎士が動いた。

 神速とはまさにこの事。アイアン・プレッシャーが振りかぶったバトルアックスは、突撃槍の一撃で粉々に破壊された。


「あっ……? なっ!?」

「冒険者同士、殺意を持って得物を抜けばそれは決闘。言い訳は聞かぬぞ」


(白銀のプレートメイル……こいつは神聖帝国ガーランドの女騎士か。銀の鎧ということは騎士位は相当高い筈。そんな奴までシロウの仲間に……)


「聞くニャ、テレサ」


 横から猫の女獣人が、女騎士の槍を掴んだ。


「マジメが過ぎるニャ。砦で充分に暴れたニャン。デモンストレーションはもう必要ニャいんだから」

「しかしこの男は我らに、シロウ殿に敵意を」


 騎士テレサは不服げにランスに力を込めるが、軽く握られているだけに見える猫の手は、ビクともしない。


「く、ニャリス……」

「無駄ニャ。ウチの呪いにテレサは抵抗できニャい。諦めて大人しくするニャ」


 テレサは抵抗を止めて、素直に引き下がった。

 ほっとするニャリス。


(昔、俺を気絶させた獣人ニャリス。やはり呪術使いだったか。曲刀も使う呪術剣士とは、やっかいだな。奴にも奴隷紋が……まさか全員、奴隷契約をしているのか)


「ふざけんなぁぁ! テメエらあああ」


 激昂したアイアン・プレッシャーが吠えた。

 背を向けているニャリスに向かって襲いかかる。

 その丸太のように太い腕が獣人の首を打ち据えようとした瞬間。


「いいかげんにせよ、人間風情が」

「かはっ!?」


 見えない稲妻に打たれたかのように、その動きは止まった。

 歩み出たのは、もはや服の意味を為していないほど表面積の少ない布地の服に、漆黒のマントを纏った妖艶美女。

 露わになった胸元にはまた、堂々と奴隷紋が見えている。


「命を救われたことにも気づかぬ愚物か? 妾はニャリスのように優しくはないぞ」

「か……は……ひっ……」


(こいつ!? 確かシルヴィアと呼ばれてた……いったい何が起きている!?)


 黒衣の美女シルヴィアは呪文も唱えておらず、ただその両目だけが紅く輝いている。

 見据えられているアイアン・プレッシャーは、ただガクガクと身体を震わせて、立ち竦む。そして腰を抜かして、床にへたり込んだ。


「はっ……は、はひっ……」


 顔を真っ青にして、目の焦点もあっていない。

 冒険者ギルドのSランク、戦闘力においては王国内で比肩する者もいない筈の男は、ただひたすらに恐怖に震え、身動きすらできずにいた。


(この女、人間じゃない。無詠唱での精神操作魔法<恐怖フィアー>……そうか、ヴァンパイアか!)


「ねーねー、シルヴィア。このままだとおっさん、壊れちゃうよ?」


 白いローブの幼女が、シルヴィアのマントの裾を引っ張った。


「む? 廃人は流石にやりすぎか。ミンミン、リフレッシュしてやれ」

「はーい」


 ミンミンは手にした杖の先を、へたり込んでいるアイアン・プレッシャーに向ける。


「元気出してっ、<マインド・リフレッシュ(小)>~!」


 女神の奇跡が発動し、精神汚染を緩和する回復魔法が放たれた。


「は……は……?……」


 男は徐々に体の震えが収まり、意識も戻ってくる。だが女達の姿を改めて認識すると、情けなく尻餅をついたまま壁際まで後ずさりした。


「ひいいっ」

「……ミンミン? もしかして加減したのかえ?」

「だって魔力もったいないもーん。シルヴィアの<恐怖フィアー>ってすっごくつおいからメンドクサイし、死ななきゃいいでしょ?」

「お主が一番、怖い女じゃの」


 女たちはまた笑い合った。


(ヴァンパイアの<恐怖フィアー>を一文節でディスペルしただと!? この幼女何者だ?)


 女たちの中心で、シロウ・モチヅキもまた愉快そうに恐怖に震えたアイアン・プレッシャーを嘲笑している。

 対して大広間に集まっている勇者候補たちの他、関係者一同には言葉を発する者もない。アイアン・プレッシャーの実力を知っている彼らは、そのSランク冒険者が手も足も出ずに嬲り者にされた現状に、ただただ動揺するばかりだ。

 しかも、どうやって嬲り者にされたのか、その方法が分かった者も少ない。魔法に長けた者にしか、女たちが何をしたのか知覚もできなかったのだ。


 そんな中でたった一人、シロウのパーティの実力を冷静に分析をしている者がいた。

 もちろん姿を消しているエフォートだ。

 アイアン・プレッシャーには申し訳なかったが、シロウの取り巻きの実力はどうしても知っておく必要があった。

 そして想像していた通り、全員並大抵の使い手ではなかった。特に最後の幼女。


(精神操作系は複雑なスクリプトを要求される。解除も簡単じゃない、膨大な魔力が必要だ。一人でやるなら、俺のように禁忌を冒す必要があるほど)


 それなのに。


(この幼女が使ったのは女神の奇跡、回復魔法だ。これは、まさか……!?)


 騒ぎが一段落して、シロウのパーティの戦力分析というエフォートの狙いは最低限、達成された。

 合図があったわけではないが、彼女はそう判断する。


「……そこまでにして頂けますか? シロウ・モチヅキ殿」


人壁をかき分け、王女サフィーネ・フィル・ラーゼリオンがシロウたちの前に歩み出た。

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