3.水晶に映る転生勇者
「お、おま……殿下、なんでコレを先に出さな……さっきも、奴は行方知れずだって!」
「都市連合で行方を知ってる人はいないって言ったんだよ? 嘘は言ってなーい」
「お前〜っ!!」
「あはははは! その顔その顔、その顔が見たかった〜っ!」
一瞬でも王女をいい人だと思った自分を呪ってから、エフォートはかじりつくように羊皮紙をめくっていく。しばらくして。
「コイツか!?」
資料をめくる手が止まった。
記載されてるのは明らかに異常なステータス数値。
「……レベルの桁が違う」
冒険者ギルドが正式に噛んでいるとなれば、ステータス鑑定の偽証はできないはずではあるが。
エフォートはページの最後に、【追加資料・影写魔晶あり】の記載を見つけた。
「サフィ! この影写魔晶は!?」
「んふふ、もちろん持ってきてるよ!」
もはや敬語もぶっ飛んでるエフォートに、ウッキウキで応える王女。
おもむろに自分のスカートの中に手を突っ込む。
「開け、我が秘せし扉よ!」
そして、大人の拳3個分ほどの大きさの水晶をひとつ、取り出した。
「ど、どこから出して」
「〈アイテム・ボックス〉の魔法に決まってるでしょ。使えるの秘密なんだから、隠してるの」
「俺には秘密じゃないでしょ! いやもう、貸して下さい!」
ひったくるように水晶を奪うと、エフォートは魔力を流し込み影写魔法を起動する。
中空に写しだされたのは、荒れ果てた岩山らしき場所に立っている、一人の金髪の青年。
(間違いない……あいつだ)
五年経って成長しているが、あの人を喰ったような表情に女と見まがうばかりの美貌は、間違えようがない。エフォートは無意識に拳を強く握りしめる。
影写に必要な魔力を流し込んだ魔晶は、デスクの上に置いた。
『やれやれ。こんな見世物みたいな真似、嫌いなんだけどね』
『仕方がないニャ。ご主人様のステータスじゃ、何か不正をしたと思われてもしょうがニャいんだから。改竄できない影写魔法で証明するしかニャいの。ほら、もう撮ってるニャ』
姿は見えないが、覚えのある女の声も聞こえる。
声に促され、渋々といった風を演じながら、青年は魔晶影写の正面に立った。
『面倒だなぁ。えーと、シロウ・モチヅキだ。魔王を倒す勇者、俺がやってあげるよ』
不遜な物言い。エフォートはギリッと歯嚙みする。
「シロウ・モチヅキ……それが、コイツの名前……」
「聞きなれない響きの名前よね。ライトノベルの主人公みたい」
「ああ」
サフィーネの言葉にエフォートは頷く。
「やっぱりコイツは、ゲンダイニホンから来た転生勇者……!」
『選定の儀とか面倒だからさ。このビデオ……ああ影写か。これ見てさっさと決めてくれよ』
「何をするつもりだ……ん?」
シロウの背後、奥の岩山の方から複数の人影が飛び跳ねるように迫ってきた。
『シロウ様〜』
『シロウ殿っ!』
それは全て女性で、各々に鎧やローブを纏い、戦斧や槍などで武装している。
先頭の体に見合わない大きさの戦斧を掲げた女戦士が、シロウの側に降り立った。
『シロウ様、まもなく来ますよ』
『ありがとう、よくやってくれた』
シロウは女戦士のウェーブがかった赤髪をくしゃくしゃと撫でる。
女戦士の嬉しそうに張った胸には、鎧の隙間から奴隷紋がのぞいている。
『……ルース、ずるい。自分ばかり』
『そうじゃ、妾たちも頑張ったのだから!』
追ってきた騎士、魔術師風の女性たちが口々に文句を言う。
揃いも揃って、みなスタイルの良い美女ばかりだ。
中には年端もいかない幼女や、エルフまでいる。
エフォートより先にこの影写を既に見ていたサフィーネだが、不潔なものを見るように眉をひそめた。
「転生勇者って、女囲わないと死ぬ呪いでもかかってんのかしら。ねえフォート」
エフォートは、影写を食い入るように見ている。
――何よ、男ってやっぱりハーレムは羨ましいもんなの?
そんな軽口を叩く真似を、サフィーネはしない。
誰を探しているのか知っているから。
「あっ」
エフォートは小さく声をあげる。
『どいてどいて〜』
叫び声とともに、上から少女が降ってきた。
少女というにはやや大人びてはいる。栗色の髪。大きな瞳。
「ああ……」
ブロードソードを構え、凛々しく立つその姿。
五年振りであっても、エフォートは見間違うことはない。
彼がこれまで人生を賭け、昼夜を問わず努力し、さらなる魔術を習得して、地位を得て、難解な魔導書を解読してきたその理由。
さらに、美しくなっている。
「リリン……!」
サフィーネは彼の横顔から目を逸らさなかった。
分かっていたことだから。
そしてこれからも、向き合っていかなければならないことだから。
『予定通りっ! 来るよシロウ、準備して!』
ゴゴゴ……と地響きの音とともに影写が揺れる。
次いで爆音とともに地面の下から、巨大な漆黒のドラゴンが姿を現した。
『ガルルォォォォーン!!!』
「なっ……プルート・ドラゴン!?」
魔族領の奥深く、深淵の山脈にのみ極少数が生息しているとされる冥竜の出現に、エフォートは驚く。
古竜の一種とされ、国をひとつ滅ぼせる力を持つとすら言われた災害級の魔物。
ならばこの影写の場所は魔族領なのか。そしてこの危険極まりない魔物を、わざわざ呼び寄せたというのか。
影写の中で、プルートドラゴンの口に黒い光が集まる。
「ブレス!? 危ないリリン!」
「ちょ、ちょっと待ってフォート!」
影写の中に向かって反射魔法を展開しかけたエフォートを、慌ててデスクから飛び降りて止めるサフィーネ。
「影写! これ影写だから!」
「止めるなサフィ! 俺は今度こそッ……!」
掴まれた腕を強引に振り払う。
「きゃっ」
「!」
サフィーネは勢いでよろけ、デスクにぶつかりそうになる。
我に返ったエフォートが咄嗟に支えて、なんとか大事に至らなかった。
「ご、ごめ……申し訳ありません、サフィーネ様」
「ううん。こういう影写があるって、最初に伝えておくべきだった」
エフォートの謝罪に、サフィーネは静かに首を横に振る。
「そうだよね。フォートは五年間、この子を守れるように魔法を研究してきたんだ。冷静でいられるはずない。ごめん」
「……どうして姫様が謝るんですか」
そんな二人のやり取りの間に、影写の中ではリリンがプルート・ドラゴンにブレスを放たれる前に、中空に跳ねていた。
『はああっ!』
『グオオオオ!!』
『させないよ、裂空斬!』
五年前より更に人間離れした跳躍力でドラゴンの眼前まで飛び上がり、ブレスエネルギーを溜めた顎めがけて、斬撃を横から叩き込んだ。回転を効かせた強烈な一撃。
『ゴガァッ!?』
竜鱗を断つことは適わなかったが、直後に放たれたブレスは大きく狙いを逸らされ、岩山を削り取る。
爆風の余波に金髪を揺らしながら、シロウ・モチヅキは笑みを浮かべてリリンを見ていた。
『このおっ!』
リリンは吠え、空中で身体をさらに回転させる。
『闘竜返しの……剣技ぃぃぃ!!』
横を抜けていったブレスエネルギーも利用し、連続カウンター攻撃を繰り出す。
脳天に闘気を纏ったブロードソードの一撃を受け、プルート・ドラゴンはぐらりとよろめいた。
「なん……だ……あの動き……」
衝撃的な影写に、エフォートは王女を支えた姿勢のまま絶句する。
「リリンさんは、もともと強い剣士だったんでしょう?」
「あそこまで人間離れしていない!」
サフィーネの問いを即座に否定する。
五年の月日が経ち、エフォートも魔術師としてかつてと比べものにならないレベルに達したが、それと比べてもリリンの成長は異常に思えた。
『おいおい、リリン。これは俺のパフォーマンスなんだぜ。主役を喰わないでくれよ』
『ああっ、シロウごめん! あたしついうっかり』
『ついうっかりでプルート・ドラゴンをはたく頼もしい女は、お前くらいだな』
シロウに髪をくしゃりと撫でられ、リリンは恥ずかしそうに、そしてそれ以上に嬉しそうに、微笑む。
「……」
エフォートに掴まれたままの肩が痛い。けれどサフィーネは何も言わない。
――ねえ、貴方がそんな苦しそうな顔で見つめているあの子の表情。
――心の中でそれと同じ顔で、貴方をずっと見ている人間もいるんだよ。
そんなことを、決して言わない。
『グルルルルル……ヴァオオオオオオン!!』
リリンの攻撃にたじろいだものの、大したダメージは受けていない冥竜は大きく吠えた。それは影写越しでも精神を竦まされそうなバインド・ボイス。
だが影写の中でシロウはもちろん、彼を取り囲む女達も煩そうに一瞥をくれるだけだ。
『じゃ、せいぜい一次審査くらい通るように、張り切ってみるかな』
シロウは肩を回しながら、冥竜の前に歩み出た。
『ググ……ゴガアアァアアアアッ!!』
人間ごときに遅れをとり、プライドが傷ついた冥竜が突っ込んでくる。
竜鱗に人の刃は通らない。
竜鱗に人の魔法は通じない。
竜はただ圧倒的な暴力で、その牙を突き立てればよいだけだ。
あるいは巨大な体躯それだけで、矮小な人間どもを押し潰す質量兵器になりうる。
『足元がお留守だぜ』
シロウの呟きとともに、プルート・ドラゴンの足下に前触れもなく広大なクレーターが発生した。
『ガアッ!?』
重力に引かれ落下する冥竜。
だが膨大な魔力と巨大な翼で天空を翔けるドラゴンに、落とし穴などは無意味、のはずだった。
『翔ばせるかよ、〈ガイアス・フォール〉』
穿たれた大地に蓋をするように、冥竜の頭上にその体躯を上回る巨大な岩塊が出現した。
『グオオオン!!』
竜の咢からダークブレスが速射され、岩塊は落下する前に撃ち砕かれる。
しかし。
『うるせえな、〈グロリアス・ノヴァ〉』
祝福された光が爆散し、闇のブレスをかき消して砕石とともに冥竜を射った。
聖なる輝きにより、闇属性であるプルート・ドラゴンの竜鱗は魔法防御力を喪っている。
先の地属性魔法で製成された岩石が、次々とその身に食い込んでいく。
『熱いのは好きか?〈メギド・ピラー〉』
破滅の炎が天と地を繋ぐ柱となって、冥竜を焼き潰す。
焦熱は竜鱗が砕かれた場所から体内に入り込み、竜の身体を内側からも焼いていく。
『それとも冷たいのがいいか?〈グレイシャル・ピリオド〉』
あらゆる生物の生存を認めない絶対の冷気が、冥竜の時を制止させる。
猛烈な温度差による攻撃は物理的な耐性を超え、ドラゴンの竜鱗がほぼ全て破壊された。
『くははははっ!! 痺れるやつにしとくかぁ!?〈カラミティ・ボルト〉ぉぉ!!』
災厄の雷が降り注ぐ。あらゆる魔法・物理防御力を失っている冥竜の体を、電撃が駆け巡る。
古竜種として有り余る生命力は、かの者を長く苦しめるだけの地獄の時間に他ならない。
『もう一発!』
『ガアアァッ』
『もう一発ッッ!!』
『ゴガアァァアアア!』
『まだ喰らってみるかよっオイッッ!!!』
『グギャアアァアアアアァアアアァアア!!!』
それはもはや戦いではなかった。
一方的な蹂躙。
プルート・ドラゴンはもはや原型をとどめていない。
焼け焦げた肉を、骨を、臓物をさらけ出し、災害級の魔物たる偉容は微塵も残されていなかった。
勇者たらんとする者が、人を超え、竜を超える力を誇示する為だけの、残酷な供物。
「う……」
既に見ていたはずのサフィーネも、〈カラミティ・ボルト〉の光が影写の中で輝いた時から、エフォートの腕を強く掴んでいる。
「今……戦略級を……何回、撃ったんだ……?」
エフォートは無意識で王女の肩を抱き続けながら、影写の凄惨な光景に絶句していた。
サフィーネは恐る恐る問いかける。
「フォート、これ、とんでもない事してるんだよね」
「ええ……戦闘級や戦術級を超える、大魔法です」
答えるエフォートの額には、冷や汗が浮かんでいる。
「戦略級大魔法。本来なら国家規模の魔術師集団が、数ヶ月をかけて膨大な
簡潔な説明に、サフィーネはコクンと頷く。そんな凄まじい魔法を跳ね返したエフォートへの尊敬を隠しながら。
「それをこの男は、無詠唱でこそありませんでしたが、呪文とも呼べないふざけた戯言だけで連発したんです。しかも効果範囲をドラゴンを落とした大穴に限定して、その分威力を倍加して。こんなこと……人間に可能なのか……」
『ガ……ア……』
影写の中では、地に倒れ伏し瀕死となったプルート・ドラゴンが、ヨロヨロと首を持ち上げていた。
醜い姿となった竜の顎が開かれ、弱々しくではあるが黒光が集まり始める。
誇りにかけて一矢報いんと、ブレスによる一撃を目論んでいた。しかし。
『……はっ。竜族のブレスも魔法の一種だったな。ダメだぜ、そんな
シロウの前に、黒い光の粒子が集まり始める。弱々しいプルート・ドラゴンのものと比較にならない程の、光量と規模。
「まさかっ!?」
『ガ……ガア……ガアアッ……!』
『もっと、こうだろ?』
竜の息吹が、双方より同時に放たれる。結果は火を見るよりも明らかだ。
『はいお終い。情けないね、古竜の末席に連なる種族のくせにさ』
冥竜プルート・ドラゴン。
その誇りと命は、自らと同じ力によって滅ぼされた。
「古竜の……ブレスまで……」
エフォートは呻く。目眩がしていた。
「……フォート」
「なんですか……」
「私はいいんだけど、いつまでこの姿勢?」
突き飛ばしてしまったサフィーネを支えてから、影写に集中してずっと肩を抱き続けたままだったエフォート。
王女の指摘に慌てて離れた。
「ご、ごめ……申し訳ありません」
「謝らなくていいのに。……ねえ」
サフィーネはにっこり笑ってから、真面目な顔に戻り問いかける。
「最後の……
「いいえ。術者本人にしか可視化されません。ですが、五年前もそうでしたが、この男には見えるようです……それに」
エフォートはこれまで学んできた魔術常識を否定するような発言を、せざるを得ない。
「奴は見ただけで式を理解し、真似することができるようです。それも相手より高いレベルで」
数々の戦略級魔法も、そうして盗み取ってきたものだろう。
「カラミティ・ボルト」のほか、いずれの魔法も近年の国家間戦争で使用された記録のあるものばかりだった。
影写は続いている。
『とまあ、俺の実力はこんなもんだ』
『ご主人様、結局全部、魔法だったニャン。剣術の方は良かったニャンか?』
影写を撮っているらしい女の声が問いかけ、シロウは舌を出す。
『いけね、忘れてた。まあ城に行ったら披露してやるよ。……これ見てもまだ選定なんて茶番、やるつもりだったらな』
どこまでも不遜な態度でシロウは笑う。もっともそれだけの実力は、確かに証明していたが。
『じゃあ終わりだ、ニャリス』
『はいニャ』
シロウの周りに、リリンをはじめ女達が駆け寄ってくる。
『シロウ、かっこよかったよ』
シロウに話しかける姦しい女達の声が聞こえる中、リリンの言葉を最後に、ぶつんと影写は途切れた。
少しの間、沈黙が続く。先に口を開いたのはサフィーネだった。
「かっこよかった……かなあ……? 単に弱いものイジメしてただけに見えたけど」
「冥竜プルート・ドラゴンが弱いものだと言えるんでしたらね」
「強い弱いって相対的なものでしょ? あの男を基準にしたらドラゴンは圧倒的に弱かった」
その言葉には応えず、エフォートは背を向けて椅子に座り、デスクに向かう。
彼の背に向けて、サフィーネは言葉を重ねる。
「力を誇示するために弱者を痛めつける行為。それをかっこいいって言える感性を、私は疑う」
「リリンはっ……」
ダン、とデスクを叩くエフォート。
「リリンは操られてるんだ……! あいつの奴隷になってしまっているから、だから」
「フォートらしくないよ。隷属魔法は思考まで縛らない。主人に逆らう行動が出来なくなるだけで、禁則行為の罰である激痛を覚悟すれば、主人の悪口くらいは言える」
「なら、精神操作の魔法を上掛けされてるんだ。〈魅了〉とか〈傀儡〉とか、そういうっ……!」
「……うん、そうだね。きっとそうだね」
それ以上は語らない。
エフォートは分かっていることを、サフィーネは知っている。
そしてサフィーネに気づかれていることも、エフォートには分かっている。
「申し訳ありません、サフィーネ様。少しだけ、ひとりにして貰えますか」
「……少しだけね。勇者が決まるってなったら、〈王家承継魔導図書群〉の事とか、打ち合わせなきゃいけないこと沢山あるから」
「はい」
サフィーネは影写魔晶と選定候補者の資料を回収してから、静かに研究室の出口へ向かう。
「待って下さい」
ドアノブに手をかけたところで、背後から声をかけられた。
振り返ると、エフォートは泣き出しそうな顔でサフィーネを見ている。
「……ありがとう、サフィ。その資料を持ち出すのは危険だったはずだ。俺の為にすまない」
――ああもう。
――どうしてこのタイミングで。
――そんな顔で。
――その名前で私を呼んで。
――敬語を捨てて声をかけてくれるのか。
サフィーネは、決してそんな感情を表に出してはならない。
「なに言ってんの? この世界を転生勇者の遊び場にさせない為でしょ?」
「……ああ」
「私は私で、打てる手は打っておくから。リリンさんも、絶対にとり戻そうね」
そう言ってサフィーネ王女は、自分の顔を見せないように素早く研究室を出て行った。
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