9.潜む悪意とヴァンパイア

 魔術研究院の貴賓室で、グランは豪勢な昼食をとっていた。

 専属の料理人を連れてきて研究院の厨房で作らせた贅を尽くした料理は、彼にとってはいつもの事だ。

 ラーゼリオンにおいて国王と並ぶ権勢を誇る、女神教の高司祭。

 彼が畏れる人物は神聖帝国ガーランドの皇帝と、並び立つ女神教最高位の教皇ぐらいのものである。


「ふん……だがな」


 グランは肉に喰らい付きながら、午後からの勇者選定の儀について思いを馳せる。

 影写魔晶に映っていた、シロウ・モチヅキという候補者。

 戦略級魔法を連発し、冥竜プルートドラゴンを赤子のように捻るあの男を配下にできれば、敵の攻撃を反射するしか能がない禁忌の魔術師など、問題にならない手駒となるだろう。

 そうなれば、帝国に戻った暁には教皇にすら手が届く地位を手にできる。

 グランはワインを水代わりに煽り、ニヤリと笑った。


「随分、楽しそうじゃの?」

「!!」


 突然、グランと給仕以外に誰もいない貴賓室に女の声が響いた。


「何者だ!?」


 グランは室内を見回すが、女の姿などどこにもない。

 次の瞬間、給仕の者がパタリと倒れ、いびきをかき始めた。


「おい、どうした! 誰か」

「無駄じゃ、生臭坊主」


 声に反応してグランが顔を上げると、部屋の中央、その天井に蝙蝠が一匹ぶら下がっていることに気がついた。

 最初に部屋を見回した時には何もなかったはずだ。


「……魔族か」

「あんな魔王の犬どもと同じにするでない」


 蝙蝠の姿が黒い霧に変わる。

 そして霧の中から、やたらと露出の多い服を着た妖艶な美女が姿を現した。


「妾は吸血鬼シルヴィア。お主がちょっかいを出しておる金髪坊やの連れ合いじゃ」

「シロウ・モチヅキの……む?」


 近づいてくるシルヴィアから距離をとろうとしたが、足が思うように動かないことにグランは気づく。


「……〈麻痺パラライズ〉の魔眼か」

「ほう、流石は生臭でも女神教の坊主。口は動くか」


 シルヴィアは老人の顎に指をそっとあてる。


「妾は忠告に来たのじゃ。其方、先日は金髪坊やに無駄な脅迫をしてきおったな」


 王前会議の後、グランは当然のように裏から手を回していた。

 会議ではシロウの立場は魔術研究院預かりで合意したが、そのような約束を暢気に守るほど温くない。

 大陸中に広がる女神教のネットワークを駆使し、ラーゼリオン王国に向かっているシロウ達を捕捉。

 そして忠告を入れたのだ。

 選定の儀では、教会に属する立場を明言せよ。

 さもなくば女神教は、今後一切シロウ・モチヅキ一行を支持しないと。

 強大な力を持つシロウ本人は意に介さないだろうが、その仲間にも累が及ぶとなれば話は違うだろう。

 だから忠告は『シロウ・モチヅキ一行』としたのだ。


「姑息な男じゃ。だが無駄なこと。先の砦の一件で、妾たちパーティの誰一人として教会の助力など必要ないことは分かったであろう。女神の奇跡は教会の専売特許でもあるまい。現にミンミンの力はそなた達の司祭を遥かに凌駕しておる」


 回復、治癒の奇跡は女神の力。

 だが教会に属さねば使えないというわけではない。女神を信奉し、禁忌を冒していなければよいのだ。

 教会という「組織」に組する必要はない。


 ましてやシロウには、とシルヴィアは鼻で笑う。


「逆にこちらから忠告じゃ。この国は、金髪坊やの力なくして魔王にも都市連合にも対抗できぬ。教会が我が身可愛くば、選定の儀で余計な真似をせぬことじゃ」


 それだけ宣言すると、シルヴィアの身体の輪郭が黒く霞み、そのまま霧と化していく。

 霧は一か所に集まると蝙蝠に姿を変え、そのまま開いた窓から外へと飛び去っていった。

 〈麻痺〉の魔眼の効果が切れたグランは、その場に膝を突き倒れこむ。


「……やっかいな化け物が仲間であったか。だが」


 脂汗を掻きながら、それでも薄く笑う高司祭。

 そこにノックの音が響いた。


「入れ」

「失礼しましゅ……お父様!?」

「そう呼ぶなと何度言えばわかる」


 部屋に入ってきたのはカリン・マリオン。

 給仕の者が倒れ大いびきをかいている横で、高司祭が膝を突き脂汗を流している様子を見てパニックに陥りかける。


「だ、だだだ誰か人を」

「落ち着け馬鹿者。要らぬ心配をするな」


 グランは立ち上がり、妾に産ませた娘を見下ろす。


「それより、時間か?」

「は、はい……まもなく選定の儀を始めますので、実験観測所へお越しを」

「カリンよ。聞きたい事がある」


 たどたどしく話すカリンを遮って、グランは声を掛ける。


「シロウ・モチヅキ一行をその目で見たか?」

「は、はい」

「その中に、女の回復術師はいたか?」

「……いました。すごいです。ヴァンパイアのかけた精神汚染を一文節でディスペルして……あ! すみません、シロウ殿の仲間にヴァンパイアがいたんです! 信じられないかもしれませんが、本当に」

「わかっておる」


 直接会っていなければ、グランも俄かに信じなかっただろうが。

 だが重要なのはそこではない。


「してその回復術師。年の頃は?」

「はっ? ……ええと、アタシよりも少し下、十歳いかないくらいの女の子でした。ああでも姫様みたいな人もいらっしゃるので、わかりませんけど」


 外見から自分と同年代だと思っていたサフィーネ王女が実は五歳も年上だったことから、同じ人族でも見た目はあてにならないと、カリンは最近自信がない。


「そうか。それで小娘は回復術師を見て、何か言うておったか」

「え? こ、こむすめ……?」

「サフィーネだ」

「殿下は、シロウ殿と少し揉めてらっしゃいましたが、回復術師さんのことは特に何も……」

「わかった」


 グランはニヤリと笑う。

 恐れる必要はまるで無いと。

 シロウ・モチヅキがどれだけ驚異的な力を持ち、サフィーネが、いやリーゲルト王やハーミット王子が何を企んでいたとしても。

 この大陸のすべては女神の、女神教の掌の上であるのだから。


 ***


 蝙蝠の姿で空を飛び、選定の儀が行われる魔術実験場を見下ろすシルヴィア。

 下で精霊術士のエルミーもチェックしているだろうが、周囲に防護結界が発動準備されている以外、特に不自然なところは見つけられない。

 しいて言えば中央になんらかの魔法陣が敷かれた形跡があるが、ここがそもそも魔術の実験場であるというのならば、痕跡が残るのは仕方ないだろう。

 公正に競い合いが行われるのであれば、シロウは問題なく他の候補者たちを圧倒し、勇者に選ばれるはずだ。


(ん……? いや、あれは)


 実験場の石畳、その奥にただの魔法陣の痕跡と呼ぶには不自然な魔力の流れを見つけた。

 なにか特定の魔力が、それと認識をされないよう乱されている。


(念の為、近くに寄って『鑑定』する必要があるかの)


 偵察を終えたシルヴィアは、混乱を避ける為に魔術研究院からやや離れた人気のない場所に降り立ち、蝙蝠から人の姿へ戻る。

 そして徒歩で研究院に向かう途中、街中で一人の子どもが道の向かいから歩いてきたことに気がついた。

 真っ黒いボロきれの服を着た、幼い女の子。


(ふん、こんな城下町でも貧民の子か。やはり人族が戦争に明け暮れるこの国、あの金髪坊や無くして未来などないわ)


 シルヴィアがその幼子とすれ違い様。


「……吾とキャラが被るのじゃ、年若い吸血鬼よ。早々に退場せい」

「何っ!?」


 振り返って少女を見る。

 ぐらりとその視界が歪んだ。


***


 魔術実験場。

 魔術研究院の敷地内に、研究棟に隣接する形で作られている。

 円形闘技場コロシアムに類似した建築物であり、円形実験場の周りを堅牢な結界で覆えるよう魔術構築式を内蔵した魔晶が配置されている。

 その外側を囲む形で、四階建ての観測所が建てられていた。


 十数人の勇者候補たちが、その円形実験場の中央に集められている。

 観測所にはリーゲルト王、ハーミット、エリオットの両王子、王国軍団長ヴォルフラム、冒険者ギルドマスターガイルス、そして女神教高司祭グランなどが立ち並び、実験場を見下ろしていた。


 勇者候補たちの前に、サフィーネが歩み出る。

 そして魔術研究院筆頭魔術師であるエフォートは、その後ろに付き従っていた。


「……他の候補者の方々も、それなりに残ってくださいましたわね」

「準備はできています。始めましょう殿下」


 エフォートの言葉に頷き、サフィーネは銀鈴のように通る声を上げる。


「それではこれより、ラーゼリオン国王リーゲルトの名のもとに、勇者選定の儀を執り行います! 候補者の皆様には指名する順で御前試合を行って頂き、その結果如何で」

「その前に」


 シロウ・モチヅキが仲間の女達を背にして前に出てきた。

 エフォートは警戒し、サフィーネの前に立っていつでも魔術を放てるよう構える。


「なんでしょうかシロウ殿。選定の儀には参加して下さると」

「シルヴィアをどこへやった?」

「はい?」


 シロウの唐突な言葉を、サフィーネは一瞬理解できなかった。

 それはエフォートも同じだ。


「誰ですか?」

「俺の仲間、黒衣のヴァンパイアだ! 時間になっても戻らない。どこへ連れてった?」

「何をおっしゃっているのですか、私たちは何も……」


 そこでハッとしたサフィーネが、観測所のグラン高司祭を見上げた。

 高慢な態度の老人が表情も変えずにこちらを見下ろしている。

 その佇まいから何を考えているのか窺い知ることはできないが、強大なシロウの力を巡って策謀が水面下で蠢いている可能性があった。

 だがこの場でサフィーネに何ができるわけもない。


「……私どもは何も存じません。お仲間とはぐれられたのですか? それでは配下の者達に探させましょう。ですが時間もありますので、選定の儀はこのまま進めさせて頂き」

「ふざけないでよ!」


 リリンが、淡々と答えるサフィーネに突っかかってきた。


「人質なんて卑怯よ! シルヴィアを返せ!」

「人質とはなんのことですか? おっしゃる意味がわかりません」


 実際に何も知らないサフィーネには答えようがない。

 なおも掴みかかろうとするリリンの肩に、シロウが後ろから手をかけて止めた。


「もういい、リリン」

「シロウ、でも」

「シルヴィアほどの使い手を拐す使い奴がいるって事だろ。……リリンから聞いたぜ。エフォート・フィン・レオニングってのはお前か?」


 王女を庇うように立っているエフォートの前に、シロウはツカツカと歩み寄り睨みつけた。

 その表情からは、先程の大広間でのヘラヘラ笑いは消えている。

 碧眼の双眸が、エフォートの黒の瞳を射抜いた。


「……ああ、俺がエフォートだ」

「さっきはよくも恥をかかせてくれたな」

「何のことだ? 儀を始める。王女殿下の指示に従え」

「それはテメエ次第だ。シルヴィアを返せ。それとも今すぐ大暴れして、この国を滅ぼしてやろうか?」

「そんな事を」

「オレにできないと思うか?」


 凄みをきかせるシロウ。

 エフォートは即座に彼の本気を理解した。

 戦略級魔法を乱発できるこの男なら、本当に一人で王国を壊滅させることも容易いだろう。

 で、あれば。


「……ならあのヴァンパイアは、永遠に帰ってこないぞ」


 エフォートは不敵な笑みを浮かべる。この状況を利用するしかないと。


「やっぱりテメエの仕業だったか」

「ちょ、ちょっと待ってください! エフォート殿、何を!?」


 誰より狼狽したのはサフィーネだったが、今は説明することもできない。

 すぐに察してくれるだろうと、エフォートは続ける。


「王女殿下は関係ない。俺も何も知らない」

「しらばっくれるな。オレのパワーレべリングを唯一必要としなかったシルヴィアを捕らえるなんて、無詠唱反射魔法を持つテメエ以外の誰にできる?」

「俺にもそんな真似はできない。だがお前が正当に勇者選定の儀を受け、公認勇者になるのなら。あの吸血鬼の奴隷を探すことに、王女殿下もこの国も力を惜しまないだろう」

「はあ?」

「……たとえ教会が妨害しても、だ」


 最後の台詞は小さい声で観測所には聞こえないように、エフォートは呟く。

 彼の言わんとすることを理解したシロウは舌打ちした。


「……テメエ、オレからリリンを取り返したいんだろう? 何を考えてやがる」

「憶えてたのか? 五年前のことを」

「リリンに言われて思い出しただけだ。そうでなきゃテメエみてえな序盤の引き立て役、誰が憶えてるってんだ」

「なら賭けのことも聞いてるな?」

「……ふざけた野郎だ。いいぜ乗ってやる。だが賭け金が足りねえな」


 今度はシロウが不敵に笑った。

 エフォートの顔が強張る。


「何だと?」

「リリンは大事な仲間だ。テメエの反射魔法程度じゃ釣り合いが取れねえ」

「なら何を」

「もちろんシルヴィアは返してもらう。それと……後ろのお姫様も、オレの仲間に貰おうか」

「……!」

「当然、奴隷契約してもらうぜ?」


 舌舐めずりをして笑うシロウ。

 その後ろでは、仲間の女達が呆れたように頭を抱えている。

 サフィーネを奴隷にするなど、そんな条件は絶対に認めないとエフォートは叫ぼうとしたところで。


「いいですわ。いずれにせよ救国の勇者に王女が身を捧げるのは、自然な成り行きですからね」

「殿下!?」


 サフィーネが承諾してしまう。


「決まりだな。さっさと始めろ、すぐ終わらせてやる」


 くるりと背を向けて、シロウはエフォートたちから離れる。

 エフォートはサフィーネに駆け寄って声を荒げようとするが、王女はすっと人差し指を立て、エフォートの口先に突きつけた。


(心配しないでフォート。いざという時は計画通りに)

(……分かりました。でもそんな必要ないよう、ここで決着をつけます)


 小声を交わし合った後にサフィーネは頷くと、他の候補者たちにも聞こえるように声を張った。


「お待たせしました、選定の儀を始めます! 皆様一度、円形実験場の外にお降りください。防護結界を発動させた後、一対一の模擬戦を順に行って参ります!」


 それぞれに石造りの円形実験場の外に降りる候補者たち。

 だがその中央で、シロウだけが一人動かない。


「シロウ様?」

「お兄ちゃん、どーしたの?」


 女戦士ルース、回復術師ミンミンが声を掛ける。

 シロウは笑った。


「お前達は手分けしてシルヴィアを探しててくれ。オレが選ばれたところで、ヤロウが約束を守るとは限らねえからな」

「しかしシロウ殿」

「モチヅキ様も、危険」


 女騎士テレサ、精霊術士エルミーが不安げに表情を曇らせる。


「おいおい、オレを誰だと思ってんだ? お前達のご主人様だぞ?」

「……大丈夫、行ってみんな。シロウのことはあたしが守るから」


 リリンが腰の剣の柄を揺らして、宣言した。


「おい何言ってるリリン、お前も皆と一緒に行くんだ」

「エフォートはあたしの昔馴染み。いざという時は、責任を持ってあたしが倒すから」


 〈主人〉の命令に逆らう覚悟を見せるリリン。

 だが奴隷紋の戒めは発動しない。それは主を想うがゆえの信念だからだ。


「……あーあ。リリンはこうなると、シロウ様が言ってもテコでも動かねえからな」

「お姉ちゃんずるい。……でもしょうがないよね」


 ルースは呆れ、ミンミンは拗ねる。

 だがそれでも真一文字に口を結んで堅い意志を見せるリリンを、好ましく見つめている。

 それはテレサにエルミーも同様だった。

 ニャリスがふうっと息を吐く。


「わかった、ご主人様のことはリリンに任せるニャ。ウチらはシルヴィアを必ず見つけるニャ」

「頼むニャリス。お前らも無茶するな」

「承知した、シロウ殿」

「リリンの世話、よろしくモチヅキ様」

「ちょ……逆でしょ逆、エルミー!」


 慣れた会話を交わした後、シロウの仲間たちはリリンを残し風のように実験場を去ってった。


「……シロウ殿。もうよろしいですか?」

「ああ」


 促すサフィーネを一瞥した後、シロウはリリンの肩を叩く。


「リリン、手出しは無用だ。下がってろ」

「わかった、今はね」


 リリンは王女を睨みつけてから、素直に円形実験場から降りた。

 だがシロウ自身は、実験場の中央から動く気配を見せない。サフィーネが口を開く。


「いえシロウ殿、貴方も一度降りて下さい。一戦目は貴方ではなく」

「王女様よぉ、このオレがここまで従ってやってんだ。次はそっちが言うことをきく番だぜ」

「は?」


 シロウはふてぶてしくニヤリと笑う。


「一組ずつ順番にとか時間の無駄だ。その間にシルヴィアに危険が迫るかもしれねえ。おい、空気も読まねえでこの場に残ったマヌケな候補者ども! 全員まとめて俺が相手だ、掛かってこい」

「っ……!」


 豪胆なその発言を、エフォートとサフィーネは予測しなかったわけではない。

 いや、むしろ期待していた。


「いいんじゃねえですか? 王女殿下ぁ」


 王女が答える前に、粗野な大声が響いた。

 声を発したのは、フルフェイスの兜を被った完全武装の大柄な戦士。

 シロウは男の正体に気が付き僅かに感嘆する。


「……へえ。その声、まさかテメエが残るとはなあ?」


 それは先程と違い、金色に輝く鎧を身にまとった冒険者ギルド最強の男。すべてを物理で叩き潰す、アイアン・プレッシャーだった。


「シルヴィアに睨まれて漏らしてた、情けねーオッサンじゃねえか」

「……ああ、その通りだ」


 顔の前面まで覆った兜のせいで、シロウの挑発を肯定するアイアン・プレッシャーの表情は窺い知れない。


「だからこそ、俺はもう逃げるわけにはいかねえんだ。俺の、いやこの国の本当の力を、テメエに見せてやるまではな!」


 先に女騎士テレサに砕かれた戦斧よりも更に巨大なバトルアックスを構え、戦士は叫んだ。

 その背後で、他の勇者候補たちも次々と円形実験場の石畳の上に上がり、剣を、弓を、杖を構えてシロウと対峙する。


「ははっ。オッサン嫌いじゃないぜ、そういうの。……開け」


 シロウの呟きとともに彼の横の空間が歪んだ。そこに手を突っ込み、取り出されのは柄に禍々しい装飾が施されたブロードソード。


「……<アイテム・ボックス>を、たった一文節で」


 ごくりと唾を飲むサフィーネ。自らも周囲に隠して苦労して習得した魔法を、呼吸するように容易く使うシロウに改めて実力の差を感じる。

 シロウはヒュンと剣を回してから、切っ先をアイアン・プレッシャーに向けた。


「お姫様よ、お互い合意の上だ。バトルロイヤル形式で始めさせてもらうぜ? 構わないよなあ!」


 ニヤリを笑って楽しげにシロウは叫ぶ。

 サフィーネは自分を庇って前に立つエフォートが振り返らないことから、覚悟を決めた。


「……分かりました。エフォート殿、お願いします」

「問題ありません」


 エフォートの返答を受け、サフィーネは実験場を降りて防護結界の外へと出る。

 進行を引き継いだエフォートは声を張り上げた。


「審判は俺が勤める。俺への攻撃は失格とするのでそのつもりで」

「けっ。当たっても反射すりゃいいだろが」

「他にも失格とする行為がある」


 シロウの挑発を無視してエフォートは続ける。


「実験場の外側、防護結界に向けた故意の攻撃。張られているのは大魔法も止める結界だが、物理は通すので注意を」

「魔法特化の結界か、まあまあの出来だな。一撃なら戦略級にも耐えるか」


 結界を値踏みするシロウ。エフォートは更に続ける。


「後は戦意を失った者への攻撃。即死以外のダメージは臨席している女神教司祭と回復術師が治癒する。その救護活動を決して妨害しないこと。以上だ。……それでは」


 説明を終えると、エフォートは指先を揃えて右手を振り上げた。

 そして。


(フォート……お願い、無事で)

(シロウ、こんな卑怯な奴らの企みなんかブッ飛ばして!!)


 女たちの想いが交錯する中で、勢いよく振り下ろした。


「勇者選定の儀……始めっ!」

「おぉぉぉぉっ!」

「ぶっ殺してやるっ!!」


 転生勇者は壮絶に笑う。


「掛かってこい、咬ませ犬ども!」


 一対多数のバトルロイヤルが始まった。

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