10.勇者選定の戦い(1)

 転生者、シロウ・モチヅキ。

 魔術実験場という戦いのリングに上がった彼以外の勇者候補は十二名。その全員がシロウの敵だった。

 いずれも王国軍、冒険者ギルド、女神教で名の知れた凄腕ぞろい。魔術研究院所属の者もいる。

 大広間での一件でシロウの力量が常識外であることは理解しているから、それぞれ単独で仕掛けることはなく、各々が得意とする技や術をもって、コンビネーションでシロウに挑んでいく。


「大地よ、巌の力を貸せ! 岩礫よ、敵を撃て! <ストーン・バレット>」

「疾っ!」


 老魔術師が一般的な尺度なら驚異的な速さで戦術魔法を魔法を放ち、軍の弓兵は弓矢を速射する。当然、それぞれ着弾点をずらして回避スペースをなくした範囲攻撃。


「ほいっ」


 タン、と軽くつま先で石畳を軽く叩くシロウ。

 眼前に迫った弓矢と石礫は、巻き上がった風魔法により容易く逸らされた。


「ディフレクト・アロー!? 無詠唱だとっ!?」


 飛び道具に対処する隙を狙って飛び込んでいた剣士、獣闘士は躊躇するが、それでも間髪入れず二方向からロングソードの斬撃、獣人の尖爪による蹴撃を放った。


「いっけね、まーた魔法使っちまった」


 達人たちの連撃は空を切る。

 シロウはいつのまにか剣士と獣闘士の背中に回っていた。


「なっ……」

「剣の腕見せるんだった。どーも忘れっぽくてね」


 冗談のように呟きながらシロウのブロードソードが閃く。

 剣士の片腕と獣闘士の片足が、ほぼ同時に斬り飛ばされた。

 剣士の方は頑強な甲冑ごと紙のように斬り裂かれている。


「ぐはっ」

「がああっ!」

「いってらー」


 シロウは強烈な回し蹴りで二人を場外に控える女神教司祭の目の前まで吹っ飛ばした。

 慌てて司祭たちは回復魔法を始める。

 その隙に、今度は冒険者ギルド推薦の魔術師の魔法が完成した。


「地よ捕えよ、埋めよ沈めよ、死泥の腐土よ! <ペリデイション・マッド>」


 シロウの足元の石畳が泥沼に変わる。


「おっ?」

「よくもトーマスをっ!!」

「喰らいやがれっ!!」


 そこに弓術士の新たな弓矢と、投擲用のトマホークが襲いかかった。

 泥沼に脚を取られていては、回避も不可能な攻撃。


「はは、軽い軽い」


 ギンギンギン!!

 光のように走る剣閃が、シロウに迫る矢もトマホークも全て跳ね返した。


「ごっ!?」

「がっ!?」


 弾かれた矢とトマホークは正確に持ち主の元へと返る。

 ただしその手にではなく肉体に食い込む形で。


「ぐほぉっ!」

「ぎゃ……!」

「あ、ズボン泥まみれっ」


 そして斬撃はシロウ自身の足元の泥沼へも煌めいた。

 泥沼は一瞬にして跳ね飛ばされ、変化していた泥の分だけ石畳が抉れた形に戻る。


「洗濯大変だって、オレがエルミーに怒られんだからな!」

「なあっ!?」


 自慢の魔法を容易く消し飛ばされた魔術師の眼前に、瞬間移動のごとくシロウが現れた。

 地を蹴り移動しただけなのだが、空間を飛び越えたと認識されても無理はないほどの神速。


「ぐ、あ……」


 一刀のもとに魔術師は斬り倒され、場外へと蹴り出された。


「やっべ、もう五人やっちった。あんまり簡単に片づけっと、王様とかお姫様にアッピールできねーかもな」


 自分を囲む残り七人を見回して、シロウは舌なめずりする。


「ホラホラお前ら頭使え? 少しは愉しませろって」


 挑発的に笑いながら剣先をひらひらさせるシロウに、候補者たちはたじろぐ。


(速い……けど、対応できないわけじゃない)


 シロウの動きを凝視していたエフォートは、残った者たちに視線を移す。


(近接戦闘職が四人、遠距離攻撃職が一人、魔術師一人、精霊術士一人……いけるか?)


 エフォートの視線に気づいた者がいた。

 それはシロウからもっとも離れた位置に立つ、最初に石礫の魔法を使った年配の魔術師。

 あらかじめ膨大な魔力を蓄積しておいた杖を構えて、呪文を唱え始める。


「星霜の理より外れよ、刻まれし幾何なる定めに幽玄の慈悲を希う。その流れ揺蕩いし、忘却の賢者……」

「おお? ジジイ、なんだその構築式スクリプト


 興味深そうに声を上げると、シロウはその魔術師に向かって歩き出す。


「ふんふん……すげえ、時間に干渉する戦術級魔法かよ! けどとんでもねえ魔力が必要なはずだぞ? そのペースじゃ三日はかかんじゃねーのか」

「魔術師を守れっ! 近寄らせるな!!」


 アイアン・プレッシャーが叫ぶと、自ら先頭にシロウへと突っ込む。

 他三人の戦士系の候補者たちも、シロウを囲むように迫った。


「おおおっ!!」

「ふーん、そこの式を省略すんのか。え? ああなるほどなー」


 アイアン・プレッシャーを含め四人の戦士が、シロウの周囲から猛攻を仕掛ける。

 斬撃、刺突、殴打、連撃。

 しかしシロウは魔術師の構築式スクリプトを読み取りながら、熟練の男達のコンビネーションをまるで意に介さず、躱し、掻い潜り、受け流し、跳ね返す。


「コイツッ……」

「く、この!」

「ふざけやがって!」

「死ねっ! クソがっ!」


 自分達を無視して時空魔法の構築式に集中しているシロウに、戦士たちはプライドを傷つけられ攻撃のスピードを上げる。

 だが、まるで舞踏を舞っているように軽やかに動く金髪の青年に、その攻撃は掠ることすらない。


「おいおいソコ端折ったら成立しねえだろ!? あ、杖に式を収納してんのか、いやでも展開してねえ……」

「このガキ、舐めんなぁああ!!」

「ああもううるせえ!!」


 構築式スクリプトを熱心に解読していたシロウは、視界を塞ぐ形で入ってきたアイアン・プレッシャーとの間合いを瞬時に詰め、一刀を振るった。

 ギィン!


「あり?」


 斬撃は金色の鎧により受け止められている。

 シロウにとっては意外な結果に、目を丸くする。


「オレのマスター・ソードを防いだ? なんだその鎧」

「おりゃあ!!」


 動きが止まったシロウに、アイアン・プレッシャーの巨大アックスが振るわれる。

 斧ではなく剣の間合いで近かったため、威力は最大ではない。

 だがそれでも『すべてを物理で叩き潰す』異名を持つ男の一撃。

 それは破壊の暴風だ。


「フツーの耐魔法鎧アンチ・マジック・メイルに見えっけど、なんでだ?」

「何!?」


 子どもが戯れに振るった棒を掴むように、シロウは容易くアイアン・プレッシャーのアックスを片手で掴みとっていた。

 彼の興味は今度は金色の鎧に移っている。


「魔術で強化されてんだろうけど、物理防御の構築式スクリプトなんざ見当たらねえぞ……?」

「隙あり!!」

「死ねえ!!」


 シロウの背後から戦士三人が、それぞれ剣や槍を突き出す。


「うるせえ」


 無造作に放たれた掌底の三連撃。

 それは膨大な魔力を物理的な衝撃波に転じて放つ奥義のひとつだ。


「なっ!?」


 見た事のない技に驚愕するエフォート。戦士たちは呻き声を漏らす間もなく、場外へと吹っ飛ばされる。


「アンドレ、キール、ネルガ! くそ、テメエ放しやがれ……!」


 片手で斧を掴まれながら自分の鎧を凝視されているアイアン・プレッシャーは、ピクリとも動かない斧を諦めて、渾身の拳を放つ。


「ほら動くなって」


 容易く拳を掴みとると、シロウはその手首を返した。

 アイアン・プレッシャーの巨体は自分の腕力を利用されて、地面へと叩き伏せられる。


「ぐあっ!!」


 仰向けに倒したアイアン・プレッシャーに馬乗りになり押さえつけ、シロウはその鎧をまじまじと観察する。


「あったあった! 耐魔の構築式スクリプトの奥に別の式を隠してんのか。でもこりゃあ……?」

「シロウッ! そんな事してる場合じゃっ!?」


 意識をすべて金色の鎧に向けているシロウに向かって、リリンが叫んだ。


「……かの者に枷を、汝の支配より解放し、進捗を遅滞せしめん。<タイム・アンカー>」

「やっべ! って待て、なんでそんだけの構築式スクリプトで発動す……る……ん……」


 詠唱が終了し完成した魔術構築式に膨大な魔力が流れ込み、シロウに向かって時空魔法が発動した。

 一個人を周囲の時間の流れから独立させ、遅らせる高度な時空魔法。

 シロウは読み取っていた構築式スクリプトからレジストを試みたが、未完成に見えた構築式からの逆算では成功せず、その動きが極端に緩やかになる。


「今だ、撃て!!」


 シロウに抑えつけられたままのアイアンプレッシャーが叫ぶ。


「でもお前、その位置じゃ……!」


 呼びかけられた候補者たちが困惑する。

 時間が遅くなってもシロウの腕力が衰えるわけではなく、アイアン・プレッシャーは組み伏せられた下から抜け出せないのだ。


「いいから撃て! 俺はこの鎧で大丈夫だ、それよりこいつを仕留めろ!!」


 アイアン・プレッシャーは逆にシロウの腕を、逃れられないように強く掴む。


「……分かった!」


 弓を持った戦士が、天に向かって矢を引き絞った。

 傍で精霊術士がその矢に向かって両手のひらを向け、属性付与をかける。


光の精霊ウィル・オ・ウィスプよ、かの者に力を! 全てを貫く幾千の閃きを! 汝の名は光破、万天の星に命ずる、降り注ぎ我らが敵を撃て!!」


 冒険者の弓矢が光に包まれる。

 次の瞬間、番えられた矢の他に光の矢が無数に現れた。


光属性付与エンチャント! いつでもいけるぞ!」

「よしいっけえええ! 奥義、アローレイン!!」


 天空に向けて無数の光の矢が放たれた。

 上空で収束。そしてシロウとアイアン・プレッシャーに向かって、さらに数十倍の数の光の矢が雨のように降り注いだ。

 閃光と爆音。実験場の石畳も破壊され、舞い上がった粉塵が視界を塞ぐ。


「やったか?」


 粉塵を見つめながら思わず呟くエフォート。しかし。


「……駄目だぜ反射の魔術師さんよ。その台詞、やってねえフラグだ」

 

 舞い上がった粉塵が風に流され視界に入ってきたのは、アイアン・プレッシャーの巨体を片手で持ち上げたシロウの姿。頭のアローレインから傘のようにして身を守っていた。

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