11.勇者選定の戦い(2)

「<タイムアンカー>が破られたのか……?」

「なんでテメエが驚く? まるで自分が仕掛けた魔法が破られたみてーなツラしてるぞ」


 エフォートの呟きを聞き逃さなかったシロウが、ニヤニヤと笑いながら指摘する。


「シロウッ! 大丈夫なの!?」

「ああリリン、問題ねえ」


 シロウは盾にしたアイアンプレッシャーを、ずしんと足元に落とす。

 そして場外から心配しているリリンに向かって微笑んだ。


「つか問題あるわけねーだろ? 何年オレの仲間をやってんだよ」

「そ、そうだよね。わかってるんだけど……」

「お前の幼馴染の陰険な罠で、オレがどうにかなるとか思ったか?」

「思わないよ! さっすがシロウ!」


 リリンは安堵して笑うと、キッと表情を変えて憎しみの目でエフォートを睨む。


「どうだエフォート! シロウにアンタたちの卑怯な手なんか通じないんだから!」

(違う、<タイムアンカー>は今でもかかっている)


 エフォートはデバフを維持する呪文を引き続き詠唱をしている老魔術師に視線を向け、確認する。

 シロウのように構築式まで見えるわけではないが、魔力を感じ取ることのできるシロウにも、どのような魔法が仕掛けられているかは理解できるのだ。

 ましてこの魔法の出所は。

 自分と魔術師の間を行き来するエフォートの視線から、シロウは察する。


「さすがラーゼリオンでトップの魔術師様だ。ご推察の通り、<タイムアンカー>は絶賛継続中。オレじゃなきゃ蜂の巣になるとこだったぜ」

「お、俺を盾に、しやがっ……」


 アイアンプレッシャーがシロウの足元で呻く。

 対物理にも強化されたアンチ・マジック・メイルにより、<アロー・レイン>の威力は大きく減衰されていたものの、衝撃までは防ぎきれなかったのだ


「うっせ黙ってろ」

「ぐはっ!」


 そのアイアンプレッシャーを踏みつけ、シロウはとうとうと語り続ける。


「今でもオレの時間だけ遅れている。お前らの言葉はすっげえ早口で聞こえるぜ。だからオレも超早口でしゃべってんだ。どうだ、そっちには普通に聞こえるだろう?」


 簡単に言っているが、それがどれだけ異常なことか。

 エフォートは改めて目の前の男の非常識さに背筋が凍る。

 遅れた時間の流れにありながら、周囲との時間差を正確に把握して合わせているというのだ。


「デバフかけられたところで、元々のステータスが高けりゃ問題ねーってことだな」

「……この……化け物がぁっ!」


 踏みつけられたままのアイアンプレッシャーが、強引に仰向けになりシロウの足にしがみ付いた。


「オイオイお前、プライドはねーのか」

「うるせえ、テメエを倒せんならどうでもいい! おいお前ら、もう一度さっきの技だ、今度こそ放さねえ!! ……があっ!?」


 シロウはしがみ付いたアイアンプレッシャーに膝を落とし、そのまま強く圧力をかけた。

 金色の鎧がベコンと凹む。


「こ……こいつ、なんて力……がっ!?」


 鎧にヒビが入る。


「馬鹿な!?」

「だからなんでテメーが焦るんだっつーの。地金が丸見えだぜ?」


 思わず声を上げたエフォートに視線を向けながら、シロウはアイアン・プレッシャーを踏みつける脚にギリギリと力を込めていく。


「タネは割れたぜエフォート・フィン・レオニング。この鎧自体はただのアンチ・マジック・メイルだ。国宝級の代物だろうが、物理耐性は俺のマスター・ソードにしてみりゃ紙同然のはずだ。仕掛けは耐魔の構築式の奥に隠したもうひとつのスクリプト。……テメエの防御魔法を遠隔で発動させる、魔力受信の構築式だ。器用な真似をする奴だな」


 バキッ、メキッと金色の鎧がひしゃげていき、アイアンプレッシャーの肉体を圧し潰す。


「ぐふぉっ!」

「だから遠隔発動の構築式に干渉すりゃあ、簡単に潰せるってこった」


フルフェイスの兜の隙間から血反吐が吐かれた。


「やめろ貴様ッ!!」

「いいかげんにっ……光の精霊よ!!」


 アロー・レインを放った二人組が、それぞれ弓矢と精霊術を放つ。

 精霊術の方は光の精霊ウィル・オ・ウィスプの力を借りる高度な術だ。

 しかし。


「お前らもういいよ、ご苦労さん」


 シロウは迫る弓矢と光の攻撃に合わせて、またも無造作に掌底を放つ。

 さっきも三人の手練れの戦士を場外まで吹き飛ばした、魔力を物理衝撃波に変換して放つ技だ。


「ぐああっ!」

「ごふっ!」


 衝撃波は矢と光の精霊を粉々に打ち砕き、そのまま二人の全身を撃ち据えて場外まで吹き飛ばした。


「……魔法でも武術でもない……その技はなんだ?」


 エフォートが冷や汗をかきながら思わず呟く。

 その戸惑う様子にシロウは満足そうな笑みを浮かべた。


「初めて見るか? ……そうか、テメエはオレの動画を見たんだな。だから大魔法の対策と、オレが見せると言ってた剣術への防御は講じてたってわけか。こんな玩具コイツに使わせてよ」

「がああっ!」


 アイアン・プレッシャーの鎧がさらに押し潰される。鎧の隙間から夥しい量の血液が溢れ出していた。


「やめろ! 彼はもう戦えない、それ以上は失格にするぞ!!」

「わーかったよ。ほれ」


 踏みつけた脚を上げると、シロウは壊れた玩具のようにアイアン・プレッシャーの巨体を蹴り飛ばした。時間遅延の魔法詠唱を続け続けている、魔術師の方向へ。


「なっ……!?」


 鎧をまとった巨躯が宙を飛び、物量兵器のように魔術師を襲う。


 ガィン!


 激突する直前で、アイアン・プレッシャーの身体は不自然な角度で跳ね飛んだ。

 魔術師に衝突することはなく、斜めに逸れて場外の女神教司祭の元へと転がされる。


「……反射魔法だな。審判が手を貸すのは反則じゃねーのか、エフォートさんよ」


 ニヤニヤ笑いが止まらないシロウは、黙して反論しないエフォートに向かって続ける。


「うまく隠したつもりだろうが、そこのジジイの杖にも鎧と同じ魔力受信のスクリプトが見えたぜ。つまり<タイム・アンカー>も今の反射も、全部テメエが遠隔で使ってるってことだ」

「……さっきから心外だな、シロウ・モチヅキ。その老魔術師は魔術研究院のベテランだ。タイム・アンカーもアイアン・プレッシャーの防御強化も、今の反射もすべて彼によるものだ」

「んな言い訳通じるかよ」

「なら俺の方に構築式スクリプトは見えたか?」

「……だったら動かぬ証拠をつきつけてやるぜ」


 突然シロウが、老魔術師の方へと駆け出した。

 時空魔法の影響で、先程のような瞬間移動の如きスピードではない。だから横から見ていたエフォートにも反応できた。

 エフォートは老魔術師の杖に仕込んでいた遠隔魔法を経由し、魔法を発動させる。


(<エクスプロージョン>)


 無詠唱の爆発魔法。転生勇者ならいざ知らず、エフォートでは威力は微々たるものだ。だが殺傷目的でなければ問題はない。


「うっ!」

「何!?」


 爆発したのは老魔術師の手にしていた杖。

 その余波で魔術師は実験場の外へと転げ落ち、杖を奪おうとしていたシロウは実験場の縁で踏みとどまった。


「……テメエ、証拠隠滅か」

「なんのことだ? ……魔法に失敗して自滅するなんて、我が研究院の魔術師としては残念な結果だ。タイムアンカーの効果もなくなってしまった」


 エフォートはニヤリと笑う。

 忌々しげにシロウが睨みつけてくるが、意に介する必要はない。


「見事だシロウ・モチヅキ、他の勇者候補はすべて敗北。お前の勝ちだ」


 エフォートが手を挙げて宣言すると同時に、サフィーネが実験場の石畳の上へと飛び乗った。

 観測所の上階から見下ろしている王たちに向かって声を張り上げる。


「これにて、勇者選定の儀を終了します! この地に集められた勇者候補の中で、シロウ・モチヅキがもっとも優れた者であると証明されました。王家、並びに女神教、冒険者ギルドに申し上げます、この結果をもってラーゼリオン公認勇者をご検討いただきたく」

「待てこらぁ!」


 サフィーネの言葉を遮って吠えたのは、勝利を認められたはずのシロウだった。


「こんな不完全燃焼で納得できるか!」


 その声を背中で聞いて、エフォートは薄く笑う。

 シロウ・モチヅキの自己顕示欲と嗜虐性の強さは、影写魔法で既に見ていた。

 彼が自分を挑発してきたエフォートを屈服させられず、圧倒的な実力差を証明できないまま終了すれば、こうなることは分かっていた。


「俺と決闘しろ! エフォート・フィン・レオニング!」

「待ってくださいシロウ殿。そんな必要は」

「ちょっとシロウ! そんな奴相手にする必要ない!」


 サフィーネやリリンの制止で収まるはずもなく、シロウはエフォートに喰ってかかる。


「うっせえ、こんな茶番で終わらせてたまるか! テメエ、そのすまし顔を今すぐ叩きのめしてやる!」

「それは俺に負けたら、勇者選定から降りるということか?」

「ありえねえけどな!」

「……シロウ殿はこう言っておりますが、いかがでしょうか皆様!」


 サフィーネは観測所の上階に向かって、声を上げた。


「……いかがいたしましょう父上。シロウ・モチヅキの優秀さは既に証明されたと思いますが」


 ハーミットはリーゲルト王に伺いを立てる。

 だが王が答える前にグラン高司祭が口を挟んだ。


「よいのではないかな。エフォート・フィン・レオニングは王国随一、救国の魔術師。だが彼も倒せないような男では、魔王も倒せようはずがない」

「けーどグラン様、危険じゃこざーませんか?」


 懸念を示したのはギルドマスター・ガイルズ。

 自分のギルドに所属する高ランク冒険者たちが赤子のように捻られ、シロウの強大さは誰よりも痛感していた。


「高レベル同士の決闘では、いずれかの命が失われる可能性がござーます。いくら女神教の司祭でも即死では復活はさせられないでしょう? 勇者に届き得ないとはいえ、エフォート殿ほどの実力者、命を落とせば王国の損失ではござーませんか?」


 ガイルズの反論をグランは鼻で笑う。


「なにを余計な心配を。すべての攻撃を跳ね返す反射の魔術師が、簡単にやられるはずがないではないか」


(教会にとってエフォート殿は禁忌を冒した上で国を救った忌まわしい存在。ここで勇者に倒されてくれれば儲けものというわけか)


 ハーミットはグランの隠すつもりもない思惑を内心で嗤う。


(果たしてそう上手くいくかな。我が妹の想い人も、相当に性格が悪いよ)


「……よかろう。シロウ・モチヅキとエフォート・フィン・レオニングの決闘を認める。モチヅキが勝利した暁には、ラーゼリオン公認の勇者と定めよう」


 リーゲルト王が宣言し、ハーミットは弟に向かって頷いた。

 エリオットは観測所から身を乗り出し、階下の妹に向かって声を張り上げる。


「サフィーネ、決闘認めるって! シロウが勝ったら勇者だってよ!」


 第二王子の言葉に頷くと、サフィーネは改めてエフォートの顔を見た。

 エフォートは静かにシロウに視線を合わせ、シロウはふてぶてしい表情でエフォートを睨んでいる。


「最初からこうしてりゃよかったなあ、レオニング。賭けも分かり易くなるってもんだぜ」

「……シロウ・モチヅキ。これでお前を潰す大義名分を得た。覚悟しろ」

「言ってろボケが。反射魔法とお姫様はオレが貰ってやるから、安心して死んでろ」

「こちらの台詞だ。リリンは返してもらう。……この世界もな」

「ああ?」


 二人の威嚇し合いを耳にしながら、サフィーネは震えそうになる声を必死で押さえながら宣言する。


「二人の決闘は王の名によって認められました。そ、それでは立会人、および審判は私が」

「審判は不要です、殿下」

「フォ……エフォート殿」


 計画通りだが、サフィーネには本当にこのままでいいのか確信が持てない。

 王国の凄腕十二人がかりに、エフォートの仕込みを駆使しても倒せなかった相手。

 このまま一対一で戦わせていいのか。


「これは模擬戦ではなく決闘です。敗北は戦意喪失か戦闘不能のみ」

「お姫さんよぉ、おとなしく待ってな。このガキぶっ殺してすぐオレの仲間にしてやっからな」


 シロウは舌舐めずりする。

 エフォートが頷くと、サフィーネは仕方なく実験場を降り防護結界の外に出た。

 ここまできて止まることなどできないのだ。

 リリンが叫ぶ。


「シロウ気を付けて、エフォートはきっとまた卑怯な真似を!」

「まかせとけ!」


 シロウはヒュンと手にした剣、マスター・ソードを一振りして切っ先をエフォートに突きつけた。

 対してエフォートは無手。杖も何も手にしてはいない。


「あん? テメエまさか素手のつもりか」

「あいにく俺の魔力に耐える杖がない」

「……チッ」


 シロウは剣を持つ手を放す。落下した剣は空中で掻き消えるように消失した。

 無詠唱で<アイテムボックス>の空間内に収納したのだ。


(なにもかも思い通りに動いてくれて……助かるよシロウ・モチヅキ)


 内心で笑うエフォート。


「それではシロウ・モチヅキ、エフォート・フィン・レオニング、両名の決闘を……開始するっ!」


 サフィーネの悲鳴のような叫びと共に、ついにエフォート宿願の戦いが始まった。

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