12.王国の魔術師VS転生勇者・咬ませ犬の牙が届く時

「初手からいっくぜえ、まずは痺れるコイツだ! 反射できんならしてみやがれ、<カラミティ・ボルト>ぉ!! ……何ッ!?」


 轟音とともに解き放たれた、戦略級大魔法<カラミティ・ボルト>。

 最大規模なら都市ひとつを滅ぼしうる災厄の雷は、シロウの常識を超える魔法技術により効果範囲を限定されている。

 ——だがそれはシロウ自身の真上、何もない空間に撃ち出された。

 術者の戸惑いと共に。


「な、なんだ?」

「なにが起こったでごーざますか!?」


 観測所で軍団長ヴォルフラムやガイルズが狼狽える。

 彼らの視点では、魔術実験場の防護結界内に巨大な稲妻の柱が立ったようにしか見えなかった。

 柱の先は天を突き刺し、雲を四散させている。


「ほう……」


 ハーミットは、シロウが自分から魔術の矛先を上空に逸らしたことを察し、感嘆の呟きを漏らした。


「ちっ。おい待てレオニング。実験場の結界が――」

「焼き尽くせ〈フレイム・バースト〉」


 シロウの言葉を遮って、エフォートの戦術級魔法が炸裂する。

 一個中隊を全滅させる威力の魔法は、しかしシロウがほぼ無意識に発動させるレジストにより無効化された。


「待てっつってんだよ! 防御結界が弱ま――」

「〈フレイム・バースト〉」


 ゴォォンッ!


「ちょ、てめ」

「〈フレイム・バースト〉〈フレイム・バースト〉〈フレイム・バースト〉」


 ゴォォン! ゴォォン! ゴォォォォン!!


 円柱状の結界内を炎の嵐が吹き荒れる。

 だが完璧な魔法防御により、炎熱はシロウの髪の毛一本焦がすことはない。


「うぜええええ! なんなんだテメエ! 凍えろ〈グレイシャル・ピリオ――〉」


 爆炎が瞬時に消え失せる。

 だがそれは氷結の戦略級大魔法による影響ではない。

 シロウの魔法が発動する前にエフォート自身が連発を止めたのだ。

 全ての生命活動を停止させる絶対冷気が、決闘開始の直後、突然弱くなった防護結界を突き破って周囲を巻き込むように。

 彼の仲間であるリリンをも巻き込むように。


「こいつ……!」


 シロウは強引に魔法を停止させざるを得ない。

 だが一文節で描いた構築式に既に魔力は注ぎ込まれている。その段階で戦略級魔法の発動を止める代償は大きい。

 行き場を失った攻性の魔力はシロウに逆流し、術者へ無視できないダメージを与える。


「く……テメエ、わざとか。こんな方法でオレの魔法を封じて……どんだけ卑怯な」

「〈フレイム・バースト〉」


 ガォォン!


 再び、爆炎魔法を連打し始めるエフォート。

 術者自身とレジストを継続しているシロウの周囲を除き、紅蓮の嵐が実験場内を蹂躙する。


「〈フレイム・バースト〉……なんのことだ? シロウ・モチヅキ。この実験場は強固な魔術結界に包まれている。俺の戦術魔法になんとか耐える程度にはな」

「選定の儀ん時はもっと強かったろうが!」

「結界維持の魔力が足りなかったな、反省する。〈フレイム・バースト〉」


 言っている事とやっている事が一致しないエフォートは、容赦なく結界内を炎の地獄に変えていく。


「けっ……無駄だ無駄だレオニング! いくらオレの大魔法を封じたところで、テメエの魔法なんざオレにとっちゃあマッチの火より物足りねえよ!」


 だが炎はシロウに届かない。

 大魔法の強制中断で若干のダメージは与えたが、それでも魔力の炎は容易くレジストされ、消滅していく。


「雑魚がいくら背伸びしても届きゃしねえんだ! 魔力の無駄使いをせいぜい続けろ! ガス欠起こした時がテメエの最後だ、反射魔法ごと捻り潰してやるぜ」

「楽しみだ」


 止まることのない爆炎の嵐。

 結界の外にいる者たちには二人の会話は聞こえない。


「まずは順調、といったところですかな?」


 固唾を飲んで見守るサフィーネに声をかけてきたのは、先程の選定の儀でシロウと戦った老魔術師だ。

 至近距離で杖の爆発を受けた腕に火傷を負っているが、大したことはなく治癒も受けていない。


「ええ。シロウはその気になれば、いつでもエフォート殿の魔法を無視して反撃できるはず。それをしないのは、自分の優位性を知らしめる為。示威行為です」

「その間に……上手くいきますかな」

「いってもらわないと困ります。でも、師匠」

「分かっております殿下。最後の仕込みを確認して参りましょう」


 老魔術師はサフィーネに頷くと、実験場を離れて歩き出した。王城の方角へと。


(……おかしい)


 シロウは薄ら笑いのまま、内心で訝しむ。


(あのジジイ魔術師を経由して、時間干渉なんつー大魔法を使ったのは間違いなくコイツだ。そのうえ鎧の小細工に、据え置き型の防護結界へ出力干渉。今の戦術級規模の魔法乱発……俺みてーに無限の魔力でもない限り、とっくに魔力が底をついてるはず……)


 さらに、見えるはずの魔術構築式がエフォートの魔法に限っては見えないものがある。

 何か仕掛けがあるはずと、シロウは足元を見た。

 ここはエフォート・フィン・レオニングのお膝元。魔術実験場に仕込みをするのは容易いだろう。

 だがシロウの仲間たちの事前調査で、怪しい点はなかったはずだ。


(……いや)


 実験場の石畳は選定の儀での戦闘、および今のフレイム・バーストの嵐でかなり削れてきている。

 今の状態ならシロウに見ることができた。

 一定の魔力認識を阻害する特殊な鉱石を混ぜ込んだ石畳。

 そして、その下に複雑に敷かれた魔術構築式。

 その要所要所には。


(……魔力増幅の秘宝、ウロボロスの魔石か! こんなものを隠してやがった!)


「くっ……くははははっ……!」

「何がおかしい」

「またまたタネが割れたぜ、レオニングさんよお。こんだけの仕掛け作るのにどれだけ時間と労力、資金をかけやがった」


 炎の中でシロウは笑う。エフォートは表情を崩さない。


「図星だよなぁ?  魔力撹乱に増幅の秘石。撹乱の方はともかく、ウロボロスの魔石は相当貴重だ。オレ1人倒す為にこの規模の罠とか、どんだけ暇人だテメエ」

「……ベラベラとよく喋る男だ。〈フレイム・バースト〉」

「いい加減ウゼェ。もう終わりにすんぞ」


 増幅の魔石を使っているのなら、エフォートの魔力消費はかなり抑えられているのだろう。

 このままではキリがないと、シロウは決着をつけるべくエフォートに向かって足を踏み出した。


「……遅過ぎだ、馬鹿」

「あぁ?」


 踏み出したシロウの膝がガクッと折れる。片膝をつき視界が歪む。


「な……なに? 力が入らな……精神魔法か!? このオレに!?」


 シロウはかろうじて顔を上げ、エフォートを睨む。

 魔術師は口の端を持ち上げて僅かに笑った。


「……炎が燃えるときに必要なものを知っているか? 『酸素』だ」

「な、に?」


 シロウにとっての異世界人から、らしくない単語が飛び出す。


「対魔法で弱体した防護結界が、対物理では逆に強化された事に気づかなかったのか。今ここは擬似的な閉鎖空間だ」


 その言葉で、シロウは優越感を得る為に浪費した時間がそのままエフォートの罠だったことにようやく気がついた。

 エフォートは膝をつくシロウを見下ろして続ける。


「閉ざされた空間で炎を燃やし続けたらどうなる? 酸素はあっという間に食い尽くされて、中にいる人間は酸欠状態だ。」


 そして嘲笑とともに告げる。


「『これ、小学生の理科レベルの豆知識な』」

「てっ……テメエ!?」


 異世界転生主人公のお株を奪われたシロウは、叫んだ。


「まさか、テメエも転生——!?」

「そんなわけないだろう。知識さえあればこの程度、誰でも思いつく。〈フレイム・バースト〉」


 ガォォン!


 炎は届かない。

 だが周囲の酸素はますます喰われ、シロウの頭は酸欠でガンガン痛む。

 シロウは自らに治癒魔法を試みるが、怪我や病気を治癒する高位の回復魔法も、『脳に酸素が送られない』状況を好転することはできなかった。

 エフォートを見ると、彼の周囲にだけ風魔法が舞っている。

 己にのみ酸素を供給しているのだ。エフォートはかつて苦手だった属性の魔法も克服していた。


「この、クソ野郎……」

「俺を、俺たちを見下して嘲笑う。自己顕示欲の塊のようなお前の思考はお見通しだ。前世でなんの力もなかった男が、異世界で力を得てはしゃぎ回る。まるであの魔導書ライトノベルの主人公だな」

「!! な、な、……」

「お前も何か『転生特典』として『チート能力』を貰ったのか? それでこの世界のクソ女神の掌で踊っているのか。己の欲望のまま世界の理を乱して笑う、下らない男だ」

「ざっっ……けんなあっ!!」


 ブチ切れたシロウが、掌をエフォートに向ける。

 放とうとしているのは得意の戦略級大魔法。

 酸素不足で上手く回らない頭で、シロウは威力を収束できるか自信はない。

 過剰な破壊力はエフォートの背後の観測所はおろか、城下町の一部まで跡形もなく消滅させるだろう。だが知ったことか、リリンの位置は自分の斜め後ろだ。


「ヴァンパイアを探している仲間がいるかもしれないぞ?」

「……!」


 シロウの思考を読んだエフォートが意地悪く呟く。

 だがシロウはもう止まらない。


「……るっせええ!!」

(アイツらなら、直撃でなければ耐えるはず! ミンミンもいる!)


 仲間の回復術師なら、命さえあればどんな状態になっても治癒ができる。それよりも今は、現代日本の知識を持つこの男を必ず殺す! 最大火力で! とシロウが魔術構築式を完成させようとした次の瞬間。


「貫け〈アイシクル・ランス〉」


 先にエフォートから魔法が放たれた。

 それは鋭い一本の氷の槍。他愛のない戦闘級魔法。

 シロウならばたとえ大魔法の発動中であっても問題なくレジストできる。

 だがその標的は、シロウではなかった。


「えっ」


 エフォートが放った氷槍の軌道は、シロウの斜め後ろ。

 そこにはこの場で唯一、彼を応援する者。


(リリンを狙ったぁっ!?)


 シロウは狼狽し、慌てて横を通り過ぎた氷槍魔法を打ち消そうとする。


「〈リフレクト〉」


 ギィン!


 氷槍は見えない壁に当たったように鋭角に軌道を変えた。

 魔術師エフォート・フィン・レオニングの本領、正確な反射攻撃。

 本当の標的は当然の如くシロウ・モチヅキだ。

 目測を誤ったシロウのレジストは間に合わない。


「があッ!?」


 王国の魔術師による氷槍は、異世界転生してきた男の胸を貫通する。


「……シロウーッ!!」


 リリンの悲鳴が魔術研究院に木霊した。


(やった……!)


 サフィーネはその横で、拳を強く握る。

 リリンの叫びに胸が痛むが、これは為さねばならぬことだった。

 エフォートの為だけではなく、王国の姫として。

 この世界に住まう者として。

 幼馴染の悲鳴を聞きながら、エフォートはシロウに歩み寄った。


「極度の低酸素状態で正常な判断ができなかっただろう。弱まったとはいえ、戦術級の〈フレイム・バースト〉を遮断している実験場の防護結界が、戦闘級の〈アイシクル・ランス〉を防げないはずがない。お前は慌てる必要などなかった……いや、それ以前に」

「テメ……がはッ」


 血反吐を吐いて倒れるシロウを、エフォートは静かに見下ろす。


「……!! シロウに手を出すなっ! エフォートぉぉ!!」


 我に返ったリリンが、剣を抜いて飛び出した。

 防護結界を破って実験場に上り、エフォートに斬り掛かる。


 ギィン!


「ああっ!」


 全力の斬撃を同じ強さで反射され、リリンはまた場外へと弾き飛ばされた。


「この俺がリリンを傷つけるはずがない、大切な幼馴染を」


(くくっ……その幼馴染を容赦なく弾き飛ばす覚悟があって、よく言うね……)


 観測所の上階で、ハーミットは笑う。

 フレイム・バーストの爆音が止んだとはいえ、呟くように喋っているエフォートの声が、この距離で聞こえるわけがない。

 だがハーミットには分かっていた。唇を読んでいるのだ。

 だから、先に結界内でシロウとエフォートが話していた内容もすべて把握している。


(いったいいくつの罠を張っていたんだい? エフォート・フィン・レオニング。プライドの高いシロウ・モチヅキを挑発し続け、自分の優位を証明することに固執させて……呼吸と判断力を奪って強引に隙を作ってみせた。さすが、我が妹サフィーネが心を奪われるだけのことはある。君は本当に面白い)


「……こ……の……雑魚、が……」

「シロウ・モチヅキ。お前は俺のことを知らない。だが俺はお前のことをよく知っている。この5年間、お前とリリンのことだけ考えて生きてきたからな。あの魔導書ライトノベルも一言一句覚えるほどに読ませてもらったよ」


 淡々と語るエフォートの言葉はもはや聞こえていないのか、シロウは肺を貫かれ夥しい量の吐血をしながら、掌をエフォートに向ける。


「……死……ね……!」


 自分への治癒魔法も覚束ないのに、エフォートへの攻撃魔法の構築式スクリプトを描こうとしているのだ。


「怖いな。このままでは殺されてしまう」


 冷静極まりない口調で呟くと、エフォートはシロウの頭上に手を掲げる。


「彼の者に氷鋼の裁きを」


 九本の氷槍が、中空に現れる。


「<アイシクル・ランス・クルセイド>」

「ガアァァアッ!?」


 ダモクレスの槍は容赦なく降り注ぎ、絶命寸前のシロウの全身を次々と串刺しにした。


 ——エフォート・フィン・レオニング。

 その執念の牙は、ついに転生チート勇者へと届いたのだった。

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