62.エルミーの過去(1)
エルフの寿命は長い。
だが谷に住むエルフ族の中でも、エルミーは最年少の若いエルフだった。
「ジジイ、ババア、ばっかり。嫌になっちゃう」
「ははっ、まあそう言わないで。みんなはエルミーの事を好きなんだから」
寿命のスパンは異なるものの、人族がそうであるようにエルフ族もまた、歳を経れば経るほど変化を嫌う。谷に住まうエルフ族はそういった保守的な者が大半を占めており、だから革新的な考えを持ち変化を求めた少数のエルフは、精霊術や身体能力を生かして冒険者となって、谷を出ていく者が多かった。
若く、新鮮な体験を求めるエルミーもまた、同じように谷を出て行くつもりだった。だが。
「ズルい。どうして、ワタシばっかり」
「仕方がないよ。みんな君を」
「好きなんかじゃ、ない。ワタシが、怖いだけ」
最高峰の力を誇る精霊達に生まれつき愛され特筆した能力を持っていたエルミーを、谷から出すことをエルフの一族は良しとしなかった。
万一、王国の力となって谷に攻め入られたら。その疑念を払拭することが出来なかったのである。
「谷に敵対とか、しないって。精霊に、誓ってるのに」
「あの人たちには理解できないんだよ、エルミーの若さが」
若さとは危うさ。変化を好み停滞を嫌う。エルミーがいくら一族への恭順を誓ったところで、谷を出ることは許可されなかった。
「だったら、いっそのこと。隷属魔法でも使って、逆らえなくすれば、いい」
「エルフがそんな野蛮な真似するはずないよ。人族じゃないんだから」
そんなエルミーの愚痴をいつも聞いていたのは、婚約者のエルカード。
一族の掟で決められた婚約だったが、エルカードが谷で二番目に若く、また一族にとって過激な発言を繰り返すエルミーを否定することなく許容していたこともあって、恋人と呼んで差し支えのない間柄だった。
エルミーが谷の倦んだ生活に飽き飽きし、エルカードがそれを宥める。そんなことを繰り返していた六年前のある日。
エルフィード大森林に、異邦者が現れたのだ。
***
「へーい! なんだよなんだよ、エルフの谷っつーから、美男はともかくスラッとした美女どもがもっとわんさか居て、派手なの想像してたんだけどな!」
現れたのは金髪の少年。
黒衣の妖艶な美女とグラマーな猫の獣人を引き連れ、彼は唐突にエルフの谷ね姿を見せた。
「……其の方ら、何者だ? なぜ森の精霊達に気づかれもせず、ここに来れたのだ」
一族の長たるエルフの女王が、来訪者たちに問いかける。
女王は谷でもっとも長い時を生きてきた最年長のエルフだったが、見た目は人族で言えば二十代そこそこの、見目麗しい気品に満ちた女性だ。
だがそのエルフの女王の魅力は、金髪の少年には通じなかったようだった。
「うーん……オレ、ロリババアもすっげえストライクなんだけど。なんかそそらねえな、アンタ。面白味に欠ける。うん、ロリババア枠はやっぱシルヴィアで充分だ」
「これ。誰が面白ロリババアじゃ」
「……貴様、吸血鬼……!? しかも、真祖か!?」
シルヴィアを見たエルフの女王が驚愕する。
その後で女王は改めて、吸血鬼を従えた不気味な少年を、マジマジと見つめた。
「……オレを探るんじゃねえ」
バン、と足を踏み鳴らす少年。精霊の声を聞いていた女王は、使役していた精霊達をまるで埃を払うかのように容易く弾き飛ばされ、グラリと身体を揺らした。
「なっ……バカな、何者だお前は!? ただの人族では、見た目通りの年齢ではないな!?」
「そっちほど歳食ってねーよ。つかオレが幾つかなんて、関係ねーだろ。マジむかつくぜ」
シロウは苛つきを隠さず、周囲を見回した。
そこにいるのは、女王に付き従い弓を、細剣を、杖を構え警戒しているエルフたち。
「……こいつは名刺代わりだ、〈ガイアス・フォール〉」
ドゴォン! と彼らが立っていた地面ごと、超重力が襲い円形のクレーターが発生した。
「なっ……なにッ!?」
ぽっかりと、女王が立っていた空間だけを残して、地に大穴が穿たれている。
「ぐぅぅっ……!」
「ぎ……が……!」
女王以外のエルフたちは、穴の底で自分の何十倍もの重力に耐えながら、地にへばりつき身動き一つ取れずにいた。
「そんな、戦略級を……無詠唱で!?」
「分かってっと思うけどな、女王サマよ。いつでも皆んな、プチッといけるぜえ?」
シロウは絶妙な加減をしながらニヤリと笑う。
「ちょ、ご主人様! やり過ぎニャ!」
「人のことを勝手に探ろうとした、罰だよ」
慌てるニャリスに、シロウは吐き捨てる。それでもニャリスは言い募った。
「それでも、急に押しかけたのはこっちニャ! 暴れるのはご主人様の要求が断られてからでいいニャ!」
「……ちっ、分かったよニャリス。じゃあさっさと用事を済ませるか。……頼むぜ」
重力魔法を解き、シロウはエルフ達を解放した。
ほっと胸を撫で下ろしたニャリスは、青い顔をしている女王の前へと歩み出た。
「すみまニャいんですが、女王様。ウチたちを聖霊獣エル・グローリアの封印まで案内してほしいニャ」
「……何故だ?」
「それは」
「うっせえ。しのごの言わずに案内しろ、殺すぞ」
転生者であることを半ば見破られた形になり、シロウは本気で森を焼くことも辞さない勢いだった。
エルフの女王は、目の前の少年がエルフの谷を滅亡させる力を持っていることを悟る。
「……わかった」
そして女王は、仲間のエルフに目配せする。それは
***
抱いた印象は、苛烈の一言。
エルミーにとってその少年は、輝く金色の髪と同じ、退屈な灰色の世界を切り裂く光に思えた。
「だ、大丈夫? エルミー」
「エルカード、心配なら、下がってて。連中の目的は、
「で、でも僕が隠さなきゃ、あいつらに気づかれちゃうよ」
女王が使わせた精霊の指示に従い、遠目からシロウ一行を確認したエルミー。
かなり離れた距離からでも、その少年の異様さを実感できた。
精霊たちが、彼に近づこうとしないのだ。
女王からの伝言では、足踏み一発で〈
精霊術士でなければ感知することもできないはずの微精霊。魔力を目視でもできなければ不可能な芸当だ。
(女王の指示は、あの三人を、一撃で仕留めること)
猫の獣人はともかく、金髪の少年は正体不明。そして残りの一人は吸血鬼の真祖だ。最大の精霊術を行使しなければ倒せないだろう。
その為には、微精霊の気配も察知するあの少年から隠れて
「……確かに、エルカードの協力、必要」
「でしょ?」
「じゃあ、さっそくお願い」
「え?」
「ワタシを連中から、隠して。早くしないと、聖霊獣の封印まで、行かれちゃう」
女王は不審を持たれないように、シロウ達を本当に
あの封印は、解こうと思えば簡単に解けてしまう。彼らの狙いがなんであれ、曲がりなりにも森の守護者たるエルフの一族に連なる者としては、見逃すわけにはいかなかった。
「う、うん……エルミー」
「なに?」
「なんとかあの人達、殺さないようにできる?」
「……は?」
こんな時に何の冗談かと、エルミーは振り返ったが、気弱な恋人が真剣そのものの顔をしている事にため息をついた。
「あのね、女王様の精霊の声、聞いたでしょ?」
「うん。でも
「当たり前。レジストなんて、不可能」
「そんなの可哀想だよ、エルミーの力を見せつけたら、きっと降伏してくれる。僕はエルミーに人殺しはさせたくないんだ」
脳内お花畑の恋人の発言に、エルミーは頭を抱えた。
何を馬鹿なことを言っているのだろう。戦略級を無詠唱で使える力を持つ者が、聖霊獣のところへ案内しろとやってきたのだ。目的は間違いなく、その国を滅ぼしうるとも言われる強大な力。
そんな事で簡単に降伏するはずなどないのに。
「エルカード。君のその優しさは、嫌いじゃない、けど」
「エルミー」
「ワタシには、物足りない」
「……エルミー?」
「あいつらは、侵略者。殺さなきゃ、いけない」
「エルミー……なんで」
迫られて、エルカードは引き攣った声を出す。
「なんでエルミーは……笑っているの?」
それは変化を歓迎する、波乱に狂喜する、危険な少女の笑顔だった。
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