76.サイゴの精霊術士(1)
『報告はそれで全部かな? エルミー君』
「うん。陰険魔術師は、倒せなかった。モチヅキ様は、しばらく、戦闘不能」
『なんともね。我らが国が認めた勇者様は、随分と繊細でいらっしゃる』
シロウとエルミーは、シルヴィアの術により国境付近の砦に帰還した。
国境付近といっても、(現時点でシロウ達には知り得ないことだが)エフォート達が現在進んでいる都市連合との国境とは離れた場所にある。
このままでは、会敵することはないだろう。
情緒不安定のシロウをシルヴィアに任せ、エルミーは、別室で通信魔晶を使い王都のハーミットに連絡を入れた。シロウの為にも、その必要があると考えたからだ。
『私への報告が、何故モチヅキ殿の為になるんだい? それほど私が信頼を得ていたとは、寡聞にして知らなかったが』
「モチヅキ様は、弱い。だから国の、あなたの庇護が、必要」
『ほう。だが反射の魔術師にすら勝てない勇者様では、とうてい魔王にも届かないだろう。国が守る価値もないが?』
「嘘。あなたはまだ、いやむしろ、利用価値があると、思ってる」
『……ははははっ』
通信魔晶の向こうで、ハーミットは愉快そうに笑う。
エルミーはこの新国王が嫌いでは無い。シロウやエフォートとは異なる種類の強さを持っているからだ。
『なるほどね。エルミー君はモチヅキ殿の奴隷であり、彼の不利になることはできない。だからその裁量の範囲で、やりたい事をやろうというんだね。そのしたたかさは悪くないよ』
「なら、ワタシの望み、分かるでしょう」
『ああ。私もこのまま妹達を逃してしまうのは癪だからね』
ハーミットはもったいつけた間を取ってから、エルミーの望むことを口にする。
『レオニング達の移動ルートを特定しよう。また人手も何人か貸し出す。仕留めてみるかい?
「言われる、までもないよ」
エルミーは答えると、薄く笑った。
***
「こちらの行動を読まれたっていうの……? 本当に補給を必要としたわけじゃないのに」
兄の顔が脳裏に浮かび、サフィーネは歯軋りする。
行軍ルートに補給可能な集落は幾つかあった。だがサフィーネは補給の重要性を理解しつつ、会敵を回避する為その選択肢を捨てたのだ。
ひとつには、ビスハ兵の優秀さがあった。
この強行軍で、なおかつ本隊から離れればリリンの
今回村に立ち寄ったのは、補給を行い行軍するパターン、行わないパターン両方で考えて、もっとも不要なタイミングだったからだ。
それをピンポイントで見破られた。
サフィーネの思考が完全にハーミットの手のひらの上という現れだ。
「術を解いて、姿を見せて。無関係な村人の、命は惜しい、でしょ?」
エルミーは周囲を見回して、脅しをかける。
少なくとも一見しては、彼女に迷いはなさそうだ。
「……レオニング、どうする?」
ルースが小声で問いかける。
「村人を見捨てて、さっさとこの場を離脱する」
「本気か!?」
「俺はな。だがそれができない人間が、少なくとも三人以上いるからな」
「えっ」
エフォートが深いため息を吐くのと、その二人の声は同時だった。
「エルミーッ!」
「やめなさい!」
「おいお前っ! ふざけんなよ!」
リリンが精霊術を解き、サフィーネとエリオットの兄妹とともに姿を現した。
「どうしてこんな真似っ……シロウはどうしたの? この村の人は関係ないじゃない!」
「エルミーさん、失望しました。兄に唆されたのですか?」
「卑怯な事はやめろっ、俺が相手だ!」
「……でたね、予測通り、だよ」
口々にエルミーを非難するリリンやサフィーネ達に、エルフの精霊術士はニッと笑った。
一方、エフォートは〈インビジブル〉の効果を自分とルース、そしてエルカードに限定して継続している。
「……お前は飛び出さないんだな、エルカード」
「僕は、彼女の事を分かっているから。エルミーは口でなんて言っても、無関係な人を巻き込むような子じゃないよ。……君がリリンさんやサフィーネさんを理解しているようにね」
エルカードはそう言いながら、エルミーの隙を窺っている。
エフォートは「だといいがな」と短く応じると、ルースを指でちょいちょいと呼び寄せた。
エルミーがリリンを睨みつける。
「リリン。あなたまで、裏切ったの?」
「そんなはずないじゃないっ! 聞いてエルミー、シロウには時間が必要なの。だからエフォート達は一度、国外に追い出すんだ! そうすればしばらく時間が稼げて、その間にシロウも立ち直れる!」
「バカみたい。そしたらその間に、陰険魔術師たちは、承継図書を全部、覚えちゃう。そしたら、ワタシたちに、勝ち目なくなる」
「勝ち目ってなんの!? 魔王を倒して世界を救うなら、べつにシロウがやらなくてもエフォート達でいいじゃない! シロウはあたし達と一緒に、どこか違う場所で幸せに」
「それ、本気で、言ってる?」
エルミーは
「ワタシ達は、魔王を倒して、この世界を、手に入れる。自由に生きる力を、手に入れるんだ。……〈魔旋・サラマンダー〉」
エルミーは精霊術を解き放った。
リリン達ではなく、誰もいない空間へ。
「ぐっ!?」
空間が軋み破裂する音。
反射壁が砕かれ、エフォートが姿を現してしまった。
「魔旋を纏った精霊術だと……!
驚愕しているエフォートに、杖を回してエルミーは笑う。
「シロウが、作ってたのは、一本だけじゃない」
「どうして俺の位置が分かった?」
「女を囮に、自分は陰で、コソコソ動く。あなたのやり方、もう分かった。いるとわかれば、〈インビジブル〉破るのは、簡単」
そしてエルミーは再び
「させるかっ!」
エリオットが飛び掛かろうとした時だった。
「動くな、エリオット王子!」
フードの男が村の子どもを捕らえ、首筋に剣を突きつけて叫ぶ。
男は素人ではなく、絶妙の間合いでエリオットと距離を取り子どもを盾にしていた。
「なっ……卑怯だぞ!」
「……っ!」
「おっと、あなたもだサフィーネ王女」
別の男が、また村の女性を人質にサフィーネに告げる。
「あなたが〈銃〉という武器を使うのは知っている。スカートの下に入れた手をゆっくり抜いて、そのまま頭の上に上げろ」
「ちっ」
サフィーネはおとなしく、男の言葉に従った。
見ればさらに複数の男達が、それぞれに距離をおいた場所で人質を取っている。
その手際を見て、フードの男たちは兄が使う闇ギルド「ライト・ハイド」の者だと、王女は確信した。
並の技量ではない相手だ。
「じゃあ、一対一の勝負、だよ。陰険魔術師。本隊が、離れた場所にいるの、確認してる。今頃、別働隊が、交戦中。援護待っても、無駄」
エルミーは勝ち誇り笑う。
エフォートは舌打ちして身構えた。
「また人質を取って一対一か。シロウの仲間になると皆、同じような卑怯者になるのか」
「あなたに、言われたくない。女の陰に、隠れて戦う男! 〈魔旋・
放たれる閃光の精霊術。
「反射しか、能のないヤツ! ワタシの敵じゃ!!」
「舐めるなっ!」
エフォートが対応する前に、彼女が動いた。
「魔旋ぇん!!」
栗色の髪の剣士の一撃で、光球は砕け散る。
「やめてエルミー! あたし達が戦う理由はないっ!」
「リリン! 裏切者め!」
「違うっ!」
「モチヅキ様の為、戦うワタシを、邪魔できるのは! 隷属魔法、解除されてるからッ! それが、裏切りの証拠!」
「あたしはまだシロウと繋がってる!」
リリンは叫び、自身の胸をはだけさせた。そこには確かに奴隷紋が、黒い稲妻を発して罰則術式を起動させていた。
「なっ……それで、どうして、動け」
「〈
「何を」
「六年前! エルカードが森を焼いたのは、あなたを谷から出したくない彼の本心の現れだって言われたんでしょう!?」
リリンは聖霊獣の封印の前でエルカードから聞いた話を、そして自身がケノンのより深い〈精霊の声〉で聞いた真実を、告げる。
「それはウソよ! 確かにエルカードは、あなたとずっと谷にいたかった。でも同時に、あなたの夢も応援してた! それは矛盾してても、どっちも本当の気持ち! 裏切りなんかじゃない!」
「……でも結局、エルカードは、ワタシを束縛すること、選んだ。だから聖霊獣を、呼び起こした。ニャリスの、シルヴィアの術に、負けたなんて。そんなの言い訳。力のない者の、言い訳」
「……力が無くったって!」
かつて。
リリンの幼馴染は、力が足りなくて彼女を守りきれなかった。
それをリリンは見捨てられたと思い込み、シロウにそう刷り込まれ、幼馴染を蔑むようになった。
そんな自分に、こんなことを言う資格はない。
欠片もない。
そんな事は分かっている。
でも。だからこそ。
「力が無くったって、大事にしたい気持ちが無くなるわけじゃない! だからこそもっと強くなって、今度こそ守るんだって、そう思ってくれたんだ!! だから……だからあたしは! エルミーに同じ間違いをしてほしくないんだ!!」
「……あなた、なに、言ってるの?」
エルミーは吐き捨てる。
苛々していた。感情のままに叫ぶ目の前の少女に。
「なんだか、勝手に、自分の事に、重ねてるけど。ワタシは分かってる、そんなこと。あなたが言う、ことぐらい」
話しながら、さらにエルフの精霊術士は苛立ちを募らせる。
「なんなの? 今更、良い子ちゃんぶる、つもり? あなただって、シロウの力に、転んだ。あの、圧倒的な力に。違うとは、言わせない」
「……エルミー?」
「ワタシを自由に、してくれる力。世界まで自由に、できる力。ワタシはあの力の、奴隷になった」
「エルミー、エルミー聞いて! エルカードは」
「モチヅキ様の指示で、シルヴィアとニャリスに、全部の行動、操られてたんでしょ。証拠隠滅で、エルカード自身ごと、聖霊獣と封印させた」
「なっ……知ってて!」
「それもモチヅキ様が、ワタシを手に入れる為、したこと。ワタシの力に、それだけ価値、あったってこと。アハハッ」
ケラケラと笑うエルミー。
リリンは背中に冷たいものが走る。
「……狂ってる……」
「お互い様でしょ。今更、なに言ってるの?」
エルミー冷たく嘲笑う。
その時、黙って事態の推移を見守っていたエフォートの耳元に、小さな声が響いた。
(ダメだレオニング、フードの連中、それぞれ距離があり過ぎる。人質に犠牲を出さないで、一度に制圧するのは無理だっ)
(分かったルース。こっちでチャンスを作る。お前はそれを見逃すな)
(……了解っ)
エフォートはエルミーを睨みつけた。
「よく喋るんだな、エルミー。つまりお前自身、そうやって懸命に自分を誤魔化してるわけだ」
「エフォート!?」
「……なに?」
突然口を挟んできたエフォートに、リリンは慌てる。
「シロウの強さの奴隷になった? なら今のお前がまだ奴の奴隷に甘んじている理由はなんだ。俺なら、お前の隷属契約を解除できるぞ?」
「……黙れ」
「それはつまり、お前の六年間が間違っていたという証明だがな。でも安心するといい。それでもエルカードはお前を許すだろう。お前が弱いと蔑んできた男はな。さあ、一度の敗北で心が壊れたシロウとエルカード、どちらが強い? どちらに力がある?」
「黙れって、言ってる!! 〈魔旋・ケツアルクアトル〉!!」
「しまっ……!」
リリンの剣は間に合わず、横を通過させてしまう。
「エフォートッ!」
「大丈夫だリリン! 〈リフレクト・ブラスト〉!!」
シロウの魔旋と互角に撃ち合うエフォートの奥義が、竜巻を纏った大蛇を迎撃した。
大気を震わせる大音響の中、エルミーはなおも叫ぶ。
「〈魔旋・イフリート〉! 〈魔旋・ヴォルト〉! 〈魔旋・ルミニス・ルキス〉! ……モチヅキ様の為、死ねえっ!! 反射の魔術師!!」
反射対策している
「そうだ、俺は反射の魔術師だ。お前の狂気もすべて、跳ね返してやる!!」
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