73.あなたには役割がある
「ボクは反対だ。リリンの提案には乗るべきじゃない」
時間は半日巻き戻り、リリンが助力の提案を残してキャンプを出ていった後。
その提案を受けるかどうか、話し合いが持たれた。
メンバーはエフォート、サフィーネ、エリオット。
ギール、ガラフ、ミカ。
そしてルース、ミンミンの八名だ。
ビスハ兵たちの代表であるギール。
エルミーに片腕を斬り飛ばされたが、ミカがその片腕を回収してきており、ミンミンによる治癒魔法で接合に成功していた。
まだ完全とは言えないため、今は添え木と包帯で固定して、話し合いに臨んでいた。
リリンがエルカードから譲渡された三体の闇と平穏の精霊。
その一つシェイドによる隠行の精霊術で、都市連合との国境に敷かれているラーゼリオン王国軍の陣地を抜けて亡命する。
リリンの提案は、エルフの谷を目指した最初の目的通りのプランだ。
谷に報告に戻る前、エルカードはシェイドの他に〈インビジブル〉級の精霊術は無いと言っていた。
つまり、リリンの提案に乗る以外に当初の計画に沿う方法はないのだ。
だがミンミンは、反対の声を上げた。
「どうしてだよ」
ミンミンの横に座っているルースは、首を傾げる。
「これで国外に出られれば、ミンミンはもう自由。目的は達成だろ? シロウ様に怯えずに、関わらないで生きていけるじゃないか」
「ルースは黙ってて。どうせあなたはレオニングさんの決めた事に従うだけなんでしょ」
「それはまあ、アタシはついて行くって決めたし。レオニングを信頼してるから」
「それは思考の放棄って言うんだよ。大事な選択を相手任せにすることは、信頼って言わない。怠惰って言うんだ」
「あ〜その顔で難しい言葉並べないでくれ〜」
幼い少女に論破されて、ルースは髪を搔きむしる。
「なら、ルースはどう思うの?」
尋ねたのはサフィーネだ。
「五年、あのリリンと仲間として行動してきた貴女の目から見て。彼女を信じていいと思う? 彼女に裏切られたら私たちは、王国軍の真ん中で取り囲まれることになるのよ」
思考を放棄していると言われたからか、ルースは少し考えてから口を開いた。
「……リリンはいいヤツだ」
「答えになってないよ」
ミンミンがアッサリと切り捨てる。
「最後まで聞いてくれって! リリンは純粋過ぎるっていうか、一度信じるとこうなっちゃうとこがあるだろ」
ルースは両手のひらを顔の両横で縦に揃え、視野が狭い仕草をする。
「だからこそ曲がった事は嫌いなヤツだ。罠にかけて騙そうとなんてしないし、できないと思う」
「今日実際に、あの男の愚策の片棒を担いだでしょ」
「分かって言ってるだろミンミン? あれはあくまでシロウ様の命令があったからだよ。今回の提案はどう考えてもリリンの独断だ」
「……分からないよ」
ミンミンは安易に決めつけない。
「確かにあの男の意思じゃないとは思う。あの壊れっぷりで、そんな指示出す余裕はなかっただろうしね」
「ほらあ!」
「でもシルヴィアは? 逃げる時に何か言ってたよね。それにリリンも通信魔晶を持ってるはず。例のハーミット新国王は? 誰かがリリンに指示を出している可能性はある」
「それは……」
「確定的に言えるのは、リリンの行動原理はすべてあの男の為ってこと。ならその提案が危険な事は、間違いない」
ミンミンは目を伏せて話を聞いているエフォートを見た。
「リリンは追い出そう。なんなら明日の朝を待たずに出発すればいい。〈精霊の声〉はやっかいだけど、探知を反射する
一息に話したところで、ギールが片手を上げた。
「……それでどこに向かうって言うんだ、お嬢ちゃん。対策されてる〈インビジブル〉以外の身を隠す魔法がなきゃ、都市連合には行けないんだぞ」
「うん。どこにも向かわない」
「は?」
「エルフィード大森林のどこに隠れて、みんなの力の回復と訓練、それに承継図書の解封を進めるんだ。今回の戦いで分かった。レオニングさんの反射を要にちゃんと作成を立てれば、ボク達はあの男に勝てる。あいつさえ倒せば、もう魔王を倒せるのはレオニングさんとお姫様しかいないんだ。王国は二人を受け入れるしかなくなる」
話しているうちに熱が入ってきたミンミンは、いつの間にか話し合いの輪の真ん中に立っていた。
「お姫様が犯罪者みたいに逃げ回って亡命なんて、そんなの間違ってるよ。あの男を倒して、堂々と王家に復帰するべきなんだ!」
「ミンちゃん」
「そうでしょ、お姫様!」
真剣そのもので熱弁するミンミンに、サフィーネは優しく微笑む。
「ありがとう。ミンちゃんの気持ちはすっごく嬉しい」
「だったら!」
「ミンミン、安心したよ。お前にもまだ子どもらしいところがあったんだな」
その横でエフォートも顔を上げて、(彼を知らない者には絶対に分からないだろうが)本心からホッとしたような表情でミンミンを見ていた。
「レオニングさん……?」
「ダメなんだ。その方法は取れない」
「どうして?」
「大きな理由は二つ。一つ、今のままではシロウを殺しきれない。ヤツには〈女神の奇跡〉がある。あの不死身を攻略しない限り、今日のように追い詰めてもまた逃げられてしまう」
「それは……承継図書の解封を進めていけば、何か方法が」
「あるかもしれないが、ないかもしれない。そして二つ目。こちらの方がよほど問題だ。いつまでも王国内にいる俺たちを」
「ハーミットが見逃すはずがないわ」
途中でサフィーネが言葉を引き継いだ。
「お姫様……」
「ミンちゃん。うまく説明できないのだけど、ある意味でハーミットはシロウより危険なの。たとえシロウがしばらく弱ったままだとしても、私たちが王国内にいる限り、安住の地は無いわ」
「……なんで? ボクも協力するから! レオニングさんとお姫様にボクが力を貸したらなら、たとえ王国軍全体が相手だって負けないでしょう!?」
「そうかもしれないね。でも、たとえば暗殺集団が相手なら?」
「えっ?」
サフィーネの問いかけに、ミンミンは言葉に詰まる。
「昼夜を問わずに間断なく、自爆覚悟の暗殺者が送り込まれる。並行して私たちの誰かの弱みを握られ、裏切りを誘われる。食べ物に毒を入れられる」
「そ、そんなのボクがいれば」
「それが何日も、何ヶ月も続いても? その間に軍の総攻撃があっても?」
「……それは」
「それができるだけの物量を、組織を、ハーミットは持っているの」
ミンミンは俯き、黙り込んだ。
その健気な幼女を、サフィーネは優しく抱き締める。
「ありがとう、ミンちゃん。私を心配してくれてるんだよね。リリンと一緒に居させられないって」
「……お姫様……!」
気持ちを察してくれる王女に、ミンミンは肩を震わせた。
「本当にありがとう。だから私にも、覚悟ができたよ。……フォート」
「サフィすまない。リリンの提案を受けたい、彼女の同行を許してくれ。都市連合への亡命には、シェイドの力が必要だ」
意を決して言おうとした事を先に言われ、サフィーネは目をパチパチとさせた。
エフォートは真面目な顔で続ける。
「気を使って、サフィから言おうとしてくれたんだろ? 俺を甘やかさないでくれ。君を苦しめる決断だ、これは俺の口から言わなきゃいけない」
どこまでも真面目な想い人に、サフィーネは思わず苦笑した。
「フォート。どうしてリリンの同行が、私を苦しめる決断になるの?」
「え……えっ?」
一瞬慌てるエフォートに、サフィーネはいたずらっぽく笑って、彼の胸に額をコツンと当てる。
「冗談だよ、気を使ってくれて嬉しい。ありがとうフォート」
「あ、いや……」
「もともと他に、選択肢なんかなかったしね。フォートがそうして気にしてくれてることが分かれば、私は充分だよ」
サフィーネはその姿勢のまま、静かに呟いた。
下を向かれてくっつかれている形のエフォートは、どう対応していいか分からない。
周りを見ると、ニヤニヤ顔のガラフにエリオット。ギールは咳払いをして顔を背ける。
ミカは目をキラキラさせて、ルースは指を咥えて羨ましそうに、エフォート達を見ていた。
衆目の中でますます、エフォートはどうしていいか分からなくなった。
「……レオニングさんっ!」
「ぅはいっ!」
中々に間抜けな声を上げ飛び跳ねるエフォート。大声を上げたのはミンミンだ。
「条件があります!」
「なんでお前が条件を出す立場なんだよぉ」
「ガラフ、今はいいから静かにしてるべ」
話し合いの当初からミンミンが中心にいることが不思議で仕方がなかったガラフ。
その疑問はもっともなのだが、ビスハで一番空気を読める少女ミカが、なんとか少年を抑えた。
「レオニングさん、リリンを同行させるなら、あなたには演じてもらいたい役割があります!」
「や、役割?」
エフォートはミンミンが何を言い出すのか予測できず、動揺する。
「お姫様を不安にさせないでほしいんです。ルースごときに小揺るぐあなたには、役割を自覚してもらう必要があります。リリンには一切の隙を見せてはダメなんです!」
「レオニング、アタシに小揺るいでたの!?」
「俺がいつ小揺るいだ!? 俺はちゃんとっ!」
「ちゃんとなんですか?」
「……っ」
森に入ってすぐの時、サフィーネにキスをした。
そんな事を大声で言う訳にもいかず、エフォートは横を向く。
一方でサフィーネは下を向き、俯いたまま震えていた。
笑いを堪えているのか、恥ずかしがっているのか。
「とにかく。エフォート・フィン・レオニングさん! あなたは」
ミンミンはわざとらしく咳払いをする。
「あなたの役割は、サフィーネ姫様の夫です!!」
ぶふぅおっ!
吹き出す一同。
固まるエフォート。
「そしてお姫様、あなたはレオニングさんの妻なんです!」
ごぉんっ!
地面に頭を打ちつけるサフィーネ。
頬は赤を通り越して真紅に染まる。
「そして、まあ、ボクは……その、二人の娘って役割を、ひ、引き受けてあげても構わない、よ」
こっそりと本命の要望を差し込むミンミン。
策士ばりに捻じ込まれたその言葉を、ガラフは聞き逃さなかった。
こうして今後の方針が確定。
翌朝、戻ってきたリリンに提案を受ける事を告げ、一行は都市連合との国境へ向かう準備を始めた。
***
都市連合への移動準備とキャンプ撤収作業の途中、エルフの谷へ事態の報告に行っていたエルカードが戻ってきた。
「良かった、まだ出発してなかった」
服装が変わっている。
六年の間、聖霊獣の封印とともに繋がれボロを纏っていたエルカードだったが、女王に許されたのか、谷でシルヴィアに眠らされていた他のエルフたちと同じ緩いローブのような服を着ている。
身を清めたエルフの青年はかなりの美形で、ビスハの数人の女性がキャアと嬌声を上げていた。
衰えた筋肉もなんらかの精霊術により回復されたのか、足取りも確かだった。
エルカードは、サフィーネとエフォートがミカに手伝ってもらって銃器の装備を確認しているところにやってきた。
「うわ、これが全部〈神の雷〉ですか。いろんな形があるんですね」
「一応、秘密にしたいので。あまり見ないで下さるとありがたいですわ」
「そ、そうですよね、失礼しました……」
エルフの谷への示威行為として、わざと見せていたサフィーネは、薄く笑う。
「そうだ、エルフの女王より、サフィーネ王女殿下へ伝言です」
エルカードは姿勢を正した。
いわく。
この度のラーゼリオン王国内乱にエルフィード大森林を巻き込んだ件について、本来なら全面戦争もありえる許されざる暴挙だが、エルフの一族に連なるエルミーが吸血鬼に手を貸していたという点、復活したエル・グローリアが森を焼いた実行犯を滅して再び眠りについた点を考慮し、不問に伏す。
とのことだった。
「どーゆーことだべ?」
「お互いに後ろ暗いとこあるから、無かったことにしようって意味ね」
首を傾げるミカに、サフィーネはわかりやすく身も蓋も無い解説をした。
エフォートが頷く。
「エルフの谷の女王も、二度もいいように谷を蹂躙されて面目が丸潰れだろう。これ以上、事を荒立てる気はないということだ」
サフィーネはエフォートと目を合わせてから、エルカードに一礼した。
「エルカードさん、お取り次ぎありがとうございます。女王陛下には、私たちはすぐに此処を立ちます。ご心配なくとお伝え下さい。あと……」
王女は一度言葉を切ってから、ニッと笑う。
「そちらから見れば、王国の内乱でどちらも変わらないと思いますが。森を焼いたのはハーミット新国王の一派です。実行犯は『ライト・ハイド』という名の闇ギルド。ご興味がおありでしたらお調べを、と」
「わかりました。精霊に伝えさせます」
これはサフィーネの兄への嫌がらせである。
その真の意味を介するものは、エフォートまで含めてこの場に存在しない。
サフィーネの孤独な政争の一端を表していた。
「それでサフィーネ王女殿下。僕もひとつお願いがあるのです」
エルカードの真剣な眼差しに、サフィーネは彼が言わんとすることを悟る。
「エルミーのことね」
「はい。僕は彼女をシロウから取り戻したい。だから殿下達の仲間に入れてもらいたいんです」
「私達はこれから都市連合に亡命して、シロウ達から離れることになります。ついてきても、エルミーを取り返す目的からは一時的にですが遠くなりますよ?」
「そうは思いません」
「えっ?」
王女の言葉を即座に否定したエルカードに、エフォートは怪訝な顔を向ける。
「どういう意味だ」
「彼女がこのままで終わるはずがない。実際に同行する時期は短いと思います。どうかご許可を頂けないでしょうか」
何かを確信しているエルカード。エフォートとサフィーネは、顔を見合わせた。
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