74.ミンミンVSガラフ

 エルフィード大森林から都市連合との国境に出発する、前夜の話。


「なあ、寝るのちょっと待てよ」


 話し合いを終えて、ミンミンが割り振られたテントに潜り込もうとした時のことだった。


「……なに? グレムリン混じり。ボクもう眠いんだけど」

「ああ、お子ちゃまだからこんな夜中まで起きてたら、そりゃあ眠いだろーな」


 ガラフの挑発的な物言いに、カチンとくるミンミン。


「……何か用なの?」

「さっきのアレ、訂正しろよ」

「アレ?」


 ガラフはビスハ兵の中では年少で小柄だが、さすがに九歳のミンミンよりは背が高い。

 幼女の近くに歩み寄ってくると、上から見下ろす形になる。


「フォートのニイちゃんとお姫様の、娘になるとかなんとか言ったやつ」

「ああ、あれ。……なんで?」

「なんでって。だいたいオマエ、国外に出る為に一時的に同行してただけじゃなかったのかよ」

「それは撤回したよ」

「んな簡単に」

「簡単じゃないよ。で? なんでそんな事をわざわざ言いに来たわけ?」

「えっと、それは……ニイちゃん達のメイワクになるだろ。ニイちゃん達は、デッカいことやろうとしてんだ。オマエは邪魔になるような真似、すんなよな」

「意味が分からない。百歩譲ってボクがあの二人と家族になることが迷惑になるとして。どうしてそれをあなたが決めるの?」

「どうしてって……」

「他人に言われる筋合いはないよ。もしレオニングさんかお姫様が迷惑だって言うなら、ボクはいつだって引き下がる。それなら文句ないでしょ」

「そんなの、あの二人が言うはずがないじゃんか!」

「なら問題ないね。話は終わりバイバイ」


 ミンミンは背を向ける。

 もともとガラフが、口でミンミンに敵うはずがないのだ。


「待てよ、ズルいぞ! ニイちゃん達が優しいからって調子に乗るなよなっ、卑怯者!」


 幼女のテントに入ろうとした動きが、ピタリと止まった。

 真顔でクルリと振り返る。


「取り消して」

「は? な、なんだよ急に」

「ボクは人の気持ちを利用するなんて、卑怯な真似はしない。取り消して」

「近い近い近い! なんだよ事実だろ! ウブなニイちゃん達を夫だ妻だってからかって、その隙に自分の言いたいこと言ってさ! ……ニイちゃん達の家族になるのはオイラが先なんだっ! オイラが一番、ニイちゃんの役に立ってるんだっ! 急に来て邪魔すんなよチクショウ!」


 謎の迫力でガラフに迫っていたミンミンは、少年の本音を聞いてまた動きを止めた。

 そして、ブフッと吹き出す。


「わっ……なんだよオマエ! 汚ないなあ!」

「ゴメンゴメン、あははっ……」


 ミンミンは笑う。

 そして、ようやく自覚した。

 自分は浮かれ、気が逸り、視野が狭くなり、はしゃいでいたのだ。

 その自分と同じ感情を持つ少年を見てようやく、己を客観視することができた。

 何が女神に三年取り憑かれて、子どもらしさを失った、だ。

 十分以上に子どもじゃないか。

 自分を守ってくれるあの二人を独り占めしたいなんて。

 自分が協力すれば万能だなんて。

 エフォートにまだまだ子どもで安心したと、そう言われても仕方がない。


「いつまで笑ってんだオマエ! ああもう……勝負しろ!」

「勝負?」


 もうミンミンは、ガラフに対する悪感情はない。

 なんならこの奇妙であったかいパーティの先輩として、敬意を払ってもいい。

 何しろガラフは実力的にも、凄まじい魔力総量に回復速度、そして承継魔法や遠隔魔法に即対応する勘の良さを持つ、天才少年なのだ。


「勝負って、なんの?」

「なんの!? なんのって……ええと、あれだ、どっちがニイちゃん達の役に立てるかだ!」


 可愛すぎて笑ってしまう。ミンミンはもう少しだけこの少年と遊ばせてもらうことにした。


「どっちが役に立つって……魔術師と回復術師、役割が違うのにどうやって決めるの?」

「えっ?」


 絶句するガラフ。

 何も考えていなかったのだ。

 ミンミンはクスリと笑う。


「じゃあ、こういうのはどうかな?」


 幼女は正面からガラフの手をとって、指と指をずらして手を握る。

 いわゆる恋人繋ぎだ。


「なっ、なにすんだっ」


 ガラフは突然のことに照れて手を抜こうとするが、ミンミンは離さない。


「静かにして。昼間、あなたと魔術同期シンクロしたの覚える?」

「あ、ああ……なんか変な感じだった」

「あれの、言ってみれば主導権争いをするの。見える?」


 二人の間に小さな魔術構築式スクリプトが描き出される。

 それは同期している二人にしか可視化されない、輝く魔術の軌跡。


「見えるけど……なんだこの式? これなんの魔法?」

「なんの魔法でもないよ。魔力を流して起動・発動しても、何も効果もない。ほら」


 効果のない魔法が形式的に発動し、そして構築式スクリプトは光の粒子に変わって消滅する。


「ね? 意味がなくて効果もなくても、魔術構築式スクリプトとしては成立してるから、魔力を消費して起動して、魔法が発動して消滅する。ガラフもできる?」

「そんなん簡単だよ。ほら」


 容易くガラフは、真似をしてみせた。


「……!」


 しかも、ミンミンが見本として描いた構築式スクリプトよりも複雑で大きなものを、より速くだ。


(やっぱり凄く勘がいい、この子……)


 ミンミンは自分よりは年上のガラフを、内心でこの子呼ばわりして驚く。


「で? これでどうすんだよ」

「うん。これで、自分が構築式スクリプトを描いたら相手が発動して消す、相手が構築式スクリプトを描いたら自分が発動して消す、をやり合うの。ルールは意味のある構築式スクリプトはダメね。効果が発動しちゃうから。あと式として成立してないとダメ。起動できない魔術構築式スクリプトはアウトってこと」

「おもしれーな……どうすれば勝ちなんだ?」

「これって、お互いに自分の構築式スクリプト描きながら、同時に相手の構築式スクリプト消していくんだけど、どこかでバランスが崩れて最終的に一方がずっと式を描いて、一方が消すばっかりになっちゃうんだよ。自分の魔術構築式スクリプトが多くなっていった方が勝ち」

「なるほどなー。うん、うん……単純な構築式スクリプトなら消費魔力も少なくて一瞬で発動して消されちゃうけど、複雑なやつなら魔力も食うし発動に時間もかかる……」

「でも、複雑で大きい魔術構築式スクリプトをのんきにダラダラ描いてたら、その間に相手の構築式スクリプトの数がどんどん増えていっちゃう」

魔術構築式スクリプトの展開速度と起動速度の勝負ってことか……!」

「あとは創造性だね。意味はないけど発動はする構築式スクリプトって、結構描くの大変だよ?」


 説明を聞いていたガラフは、目を輝かせて興奮に震えている。


「うっわー! メッチャ面白そう! 早くやろうぜ! おっしゃ、ぜってえ負けねえ!」


 ミンミンはガラフの食いつきの良さに微笑む。


「よし、じゃあ始めようか。行くよっスタート!」

「げ! いきなし3つ同時描き!?」

「基本だよ基本っ」

「にゃろっ!」

「うええ?? なんで初見の構築式スクリプト一発で消せるの??」


 スクリプト・ゲームを撃ち合う二人。

 初めはガラフを楽しませ喜んでいたミンミンだったが、すぐに自分自身が楽しくなってきた。


 このスクリプト・ゲーム。ミンミンは五歳を過ぎて回復術師の修行を行っていた頃に、よく同期シンクロを使える熟練者に仲介されて、大人も交えて行っていた。

 相手と魔法で会話をするかのようで、ミンミンは楽しくて仕方なかった。だか無類の強さを誇った彼女を、大人も含め対戦者たちはみな、不気味に思い嫌っていった。

 苦い思い出もあるゲームだった。

 だが。


「おりゃどーだ! オイラ特製・三連積層型スクリプトッ! ニイちゃんの反射魔法を真似したやつだ、そう簡単には」

「それ知ってる。こうやると連鎖発動できるんだよね」

「うわしまった! オート起動の式まで真似しちった!」

「じゃあこんなんどお?」

「え? ええ? これ何枚重なってんのの!? ああもう、とりゃー!!」

「ちょ、こら! 魔力ゴリ押しの力技で発動すんなっ!!」

「へへんどーだ! ってもうそんな次の式!?」


 天才児が真に欲しくてたまらないものが、同じレベルの友人だという。

 この二人の少年少女は、得がたい出会いをしていた。


「ええーい!」

「とりゃあああっ」


 二人の間に、そして周囲に、夜空に、無数の魔術構築式スクリプトの輝きが広がり、そして消えていく。


「なんだッ!? この異常な魔力の高まりはっ!」


 あまりに高密度な魔力を感知して、エフォートが飛び出してきた。

 打ち合わせをしていたサフィーネも後から追ってくる。


「ガラフに、ミンミン? これは……なんだ、スクリプト・ゲームをやっているのか」


 敵襲かと思い焦っていたエフォートは、その正体を知ってホッとする。


「スクリプト・ゲーム? ああ、そういえば私も、空間魔法の師匠にやらされたなあ」


 懐かしそうに眺めるサフィーネ。

 当の二人はすっかりゲームに夢中だ。


「ほらほらガラフ、そこの式を端折ったから成立してないよ?」

「あ、やべっ……ミンちょっと待てってば!」

「待たない~。って、また魔力量で無理矢理ッ!? 一枚の構築式スクリプトじゃ時間稼ぎにもならないじゃない!」

「いまだーっ!」


 ガラフとミンミンは夢中になり過ぎて、そもそもの勝負の原因になった二人がすぐ側に立っていることに、気づきもしない。


「サフィ」


 エフォートは夜空の下で、王女に向かって手を伸ばした。


「えっ?」


 少し驚きつつ、素直に差し出された手を取るサフィーネ。

 エフォートは珍しく、いたずらっぽく笑う。


「少し覗かせてもらおう、きっと凄いのが見えるよ」

「えっ? えっ?」


 エフォートはまず、サフィーネと魔術同期シンクロする。

 そしてガラフの肩にそっと手を置き、二人の同期シンクロに介入した。


「わあっ……!」


 サフィーネの視界には、夜空いっぱいに魔術構築式スクリプトの輝きが、大きなステンドグラスのように広がった。

 それは花火のように美しく、咲いては散っていく魔術の光の饗宴。


「すごく綺麗だね、フォート……!」

「ああ綺麗だ、サフィ」


 サフィーネはミンミンの肩にも手を置く。


 エフォートとサフィーネは手を繋ぎながら、二人の子どもたちが創り出す輝きの芸術をいつまでもいつまでも眺めていた。

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