18.「俺はお前を否定する」

「そいつはこの世界の人間じゃない、異世界から転生してきた異邦人だ! この世界に関わらせちゃいけない奴なんだ!」


 エフォートは叫ぶ、彼にとっての真実を。

 だがその言葉は誰の胸にも届かない。


「往生際が悪いのね、エフォート」

「……リリン」


 鎖に繋がれたエフォートの前に、リリンが歩み寄った。


「あんた、お姫さんを魔法で脅して手篭めにしてたのね。最低」

「……シロウと奴隷契約をしている君たちに、それを言えるのか?」

「シロウとあんたを一緒にするなっ!」


 パシン、と平手打ちの音が響いた。


「……一緒だろう。奴隷にしているということはつまり、彼は君たちを心の底からは信用していないということだ」

「まだ言うかっ」

「リリン」


 二度目の平手打ちを制止したのは、シロウだった。

 その横にはサフィーネが付き従っている。

 シロウは優越感に浸った表情でエフォートを見下ろす。


「レオニング。オレが異世界から転生した異邦人だと言ったな。それがオレを勇者と認めない根拠か?」

「……そうだ。この世界はこの世界に住まう者が守るべきだ。ここはお前達の遊び場じゃない」

「そんなのは、根拠にならねえんだよなあ」


 シロウは振り返り、ハーミットやグラン達を見回した。


「な、に……?」


 ハーミットが頷く。


「レオニング。君が言ったことはもう、皆知っている。シロウ殿がみずから語ってくれたよ。彼が我々を遥かに上回る文明の持つゲンダイニホンという世界からやってきたこと。君が傷を負って意識を失っている間にね」


 ハーミットが穏やかに言う。

 グランも、ガイルズも、ヴォルフラムにも驚きはなく、ハーミットの言葉は真実であることは明らかだった。


「そんな……それでいいんですか!? この世界は!」

「確かにここに住まう者として恥ずかしいよ。だがそれで魔王を倒し、王国を守れるのであれば。我々はそれを受け入れる」

「女神の祝福を受けし者ならば、なおさらだ。禁忌の魔術師に出番などない」


 ハーミットとグランの言葉に、エフォートは歯噛みする。


「それでは……このシロウ・モチヅキが暴走したらどうするのですか! 承継魔導図書を得て、更に手の付けられなくなったこの男が、魔王のようにこの世界を滅ぼすことだってありうる!」

「んなこたあしねーよ」


 ポリポリと頭を掻くシロウ。

 その横でサフィーネが口を開く。


「エフォート殿。貴方はリリンさんをシロウ様に取られて、怒りに目が曇っておられるのです。私は常々、そう感じておりました。シロウ様を信じましょう?」

「……殿下……」


 エフォートは力なくうなだれ、その瞳から輝きは消え失せた。


「レオニング。結局テメエはオレの引き立て役だ。雑魚だ。噛ませ犬に過ぎねえんだよ。……だから聞きてえんだけどよ」


 シロウがうなだれるエフォートの元にしゃがみ込み、詰問する。


「テメエ、なんでオレが転生者だと分かった。なんで現代日本の知識を持ってやがる?」

「……なんのことだ」

「しらばっくれんな。決闘の時にテメエが言ってたことだ。それに聞いたぜ? テメエはお姫さんを通して、国民皆保険や農業制度、病原菌対策、この世界じゃありえない知識を王国に伝えたそうだな。オレの先回りをしたつもりか? 転生勇者であるオレの価値を下げようって腹だったんだろう」

「……」

「吐け。なんで現代日本の知識を知っている?」


 シロウはエフォートの胸ぐらを掴み問い質す。

 だがエフォートは答えず、その顔に唾を吐いた。


「シロウ様!」

「モチヅキ殿!」

「ご主人様!」


 仲間の女たちが殺気立つ。


「……テメエ」

「どうしてそれを知りたがる? 異世界の優れた叡智を独り占めしたいからか? この世界での優位を守りたいからか? やはりお前はこの世界を救いたいんじゃない。ただ文明の遅れたこの世界で、優越感に浸っていたいだけだ。自分の努力で手にしたわけでもないくせに、故郷の智恵を我が物として誇りたいだけだ。前世のお前はよほど無力な存在だったんだろう。借り物の智恵と力で誰にでも勝てる世界は楽しいか? そんなお前が恐れるものは、自分と同じ知識と力を持つ者だ。俺が怖いか? 残念だな、俺はお前を否定する。これからも。反射の魔法も絶対に渡さない。これは俺が努力して得た力だ。お前が『チート能力』でスクリプトを盗み見て得てきたような力じゃない」


 シロウはエフォートの胸ぐらを掴んだ手を放した。

 反射の魔術師の言葉は、どんな攻撃魔法よりも深く、深くシロウにダメージを与えていた。

 いつもの軽薄な笑みは消え、顔色は青白い。

 だがその後に怒りの血潮が顔に満ちて、シロウは今度は真っ赤になった。

 そして。


「……死ね」


 殺気が膨れ上がった。


「!!……エフォート殿は不思議な魔導書を持っていて!」


 飛びつくようにシロウの腕をギュッと抱き、サフィーネが叫んだ。


「そっ、それを〈ライトノベル〉と呼んでいました! エフォート殿はその〈ライトノベル〉を解読されて、得た知識を私に教えて下さったんです!」


 王女の言葉を聞いて、シロウから放たれようとしてた魔法の気配が止まる。

 シロウは厳しい表情のままエフォートを睨み続けていた。


「ラノベだと……なんでそんなもの、テメエが持ってやがる。いやどうしてこの世界にあるんだ?」

「拾った。何故この世界にあるかは知らない。お前が持ってきたんじゃないのか?」

「あくまでとぼける気か。……お姫さんよ」

「は、はい!」


 答える気のないエフォートを無視して、シロウはサフィーネに問いかける。


「ラノベは今どこにある? そいつで得た知識はもう、王国にすべて渡したのか?」

「……魔導書は何冊もありました。私が伝えた異世界の叡智は、その中の一部に過ぎないかと。今、魔導書がどこにあるかは……エフォート殿しかご存知ないと思います」


 王女の答えを聞き、シロウはまたエフォートを睨む。


「どこだ」

「言うと思うか? まあ俺が死んだら誰かが見つけるだろう。この世界の言葉に翻訳した解説書と一緒にな」


 シロウははっとして、周囲を見回した。

 衆目は集まっている。ましてリーゲルト王を始めとする王族、教会、ギルド、王国軍、この国の中枢にいる者たちばかりだ。


「シロウ殿」


 ハーミットが静かに声を掛けてきた。

 その穏やかな表情の裏のしたり顔が透けて見えて、シロウは内心で舌打ちする。


「異世界の叡智が書かれた書物について話されているのですね。大丈夫です。彼を処刑した後にでも、我々が必ず探し出します。ご安心下さい」


(それじゃ意味ねえから焦ってんだろがっ!)


 この野郎、分かってるくせにと目の前の優男をぶん殴りたくなるが、せっかくここまでいい流れだったのが無駄になってしまうと、シロウは思いとどまる。

 シロウが仲間たちの能力を使えば、今の魔法を封じられたエフォートの口を割ることは容易い。

 だがそれをこんな衆人環視の中で行えば、ラノベの情報が漏れてしまうだろう。

 ご丁寧にエフォートの翻訳解説付きだというそれが王国の手に渡れば、シロウの価値は半減してしまう。


「……こいつの処刑は、勝手にすんじゃねえ」

「ほう、さすがシロウ殿。自分を殺そうとした者にまで慈悲を授けるなど、さすがです」

「勝手に言ってろ。……話は終わりだな、じゃあ次は承継魔導図書群だ。さっさと案内しやがれ」


 もう興味はないと装い、シロウはエフォートに背を向けた。


「お、お待ち下さい、勇者様」


 情けない声を上げたのは、まったく会議を進行していない進行役の執政官。


「まだ、王前会議が終了したわけでは……というか、議事進行がもう滅茶苦茶で」

「うぜえ! オレ勇者、こいつ罪人、以上! ハイ次、魔王倒してやっから城の宝まで連れてけ!」

「あ、あの、そ、それは」


 勢いに押され執政官は泡を喰う。


「そう逸るな、勇者よ」


 ゆっくりと口を開いたのは、リーゲルト王だった。


「王家承継魔導図書群の宝物庫は、解析不能な古代魔術により厳重に封印されておる。王族の血を持つもの四人が、定められた位置に月と太陽がある時にしか開封できぬ」

「うっぜえなあ。うぜえ祭りだなこの国。その定められた時ってのはいつなんだよ!?」

「安心せよ、明日の未明だ。その時に宝物庫開封の儀を行う。儀式の後に魔導図書を引き渡そう」

「……ちっ。わーったよ。んじゃそん時一緒に、お姫様も貰ってくぜ」

「な、に?」


 この時初めて、ほとんど感情を見せることのないリーゲルトが、僅かな動揺を見せた。


「オレが勇者になったら、お姫さんはオレの仲間になる。そういう約束だったんだよ。なあ?」


 シロウに話を振られて、サフィーネは花が咲いたように笑い、喜ぶ。


「……はい! 本当に仲間にして頂けるのですね、嬉しいです!」

「封印解くのに王家の血が必要ってんなら、その前に余計なスクリプトは入れねー方がいいな。お姫さん、隷属契約は宝物庫を開けた後でしてやるぜ」

「はい! 楽しみです!」


 満面の笑みで答える娘の姿を見て、リーゲルトは何も言葉を発せずにいた。


「おし、じゃあ今日のとこは終わり! 解散解散! リリン、みんな、飯行くぞ飯!」

「うん!」

「ああ」


 連れだって出て行こうとするシロウ一行を、執政官が慌てて止める。


「おお、お待ちを! 宴の用意をしております。そちらにご案内しますので」

「いらねー。テメエらの辛気臭えツラ見ながら固いパンやら肉やら食えるか」

「お兄ちゃん、ご飯作るのも上手なんだよー」


 即座に拒否して、シロウが大会議室を出ようとしたその時。


「異世界の料理か。ショウガヤキか? テリヤキチキンか? ギュウドンか?」

「……テメエの挑発にはもう乗らねーよ。大人しく牢屋に入ってろ」


 わざとらしく現代日本の言葉を使ってくるエフォートに向かって、シロウはお返しとばかりに唾を吐く。


「犯罪者レオニングを大封魔結界牢に投獄しろ。急げ」


 ヴォルフラムが、またいざこざが起こりかねないと急ぎ部下に向かって指示を出した。


「待て、シロウ・モチヅキ。頼みがある」

「あん? 聞くわきゃねーだろ。 ……けど面白え。試しに言ってみな」


 今まで常に上から目線だったエフォートから出た頼みという言葉に、シロウは興味を引かれる。


「サフィーネ殿下に隷属魔法をかけるのはやめてくれ。奴隷にしないでくれ」

「……はっ! テメエ、マジで言ってんのか?」


 シロウは爆笑した。

 リリンがその横で呆れたように溜息をつく。


「あんた……自分がお姫さんに何したか分かってる? どの口が言うのそれ?」

「シロウ頼む。リリンの事もだ。仲間にするのはいい、ただ奴隷だけはもうやめてくれ」

「ちょっ、あたしの話なのに、あたしを無視しないで!」


 リリン本人には目もくれず、エフォートはシロウに向かって頭を下げる。


「はははっ、痛快だなおい。人の意思を無視してんのはどっちだ? それにあんだけオレを罵倒しておいて今更、虫の良すぎる話だと思わねーか?」


 土下座しているエフォートを、シロウは見下ろして嘲笑う。


「……何故だ。お前の元いた世界では、奴隷制は過去の遺物で悪とされているはず。人権という優れた概念を持つまで至った世界で育ちながら、どうして」

「人権? はっ……そんなもんオレには無かった」

「なに?」


 刹那、シロウは彼らしからぬ憂いを帯びた表情を見せる。

 それは仲間の女たちも同様だった。だかシロウはすぐにいつもの人を小馬鹿にした調子へと戻る。


「……郷に入っては郷に従えって言うだろ? こっちじゃ奴隷制はいたって当たり前。オレはいたずらにこの世界のルールを否定する気はねえ」

「それを否定している国だってある」

「都市連合のことか? 敵対していながら何を言ってやがる。奴隷解放を謳って攻めてきたあの国を、撃退したのはテメエだろうが。救国の魔術師さんよぉ?」

「だからだ! 俺たちはこの国に、世界のルールに縛られている。だがお前は違う、外から来た人間だ。何者にも縛られない力だってある。それなのに何故、奴隷などという考えを認める!」

「ウゼエ野郎だな。テメエと議論する気はねえが、奴隷制はこの世界で多くの国の根幹に根付いてんだ。急に無くせば大混乱が起きる。いいじゃねえか、絶対に裏切ることのない契約みてえなモンだ。無理矢理に奴隷にすんのは間違いだけどな、合意の上だったり刑罰としてだったら、認めていいもんだと思うぜ?」


 饒舌に語るシロウ。

 それは故郷のモラルと反する奴隷制について、すでに彼の中で理論武装が済んでいたということを意味していた。


「シロウ殿の仰る通りだ」


 話を聞いていたハーミットが口を挟む。


「理想論は素晴らしいが、この国から奴隷を無くすことは不可能だ。レオニング、君は都市連合に思想が傾倒しているね。ますます君を許すことができなくなった」

「ハーミット王子! 貴方は妹がシロウの奴隷になってもいいとおっしゃるのですか?」

「それが彼女の意志ならね」


 あっさりと答えるハーミット。後ろでエリオットが「えっ」と声を漏らした。

 サフィーネが歩み出る。


「エフォート殿、私ならばよいのです。シロウ様の、勇者様のお望みならば、喜んで従います。それが国の為にもなりましょう」

「で、殿下……」


 シロウがそのサフィーネの頭をガシッと掴んだ。


「殊勝な心がけだ、お姫さんよ。安心しな、奴隷とはいえ俺たちはみんな仲間だ。なあ!」

「そうよそうよ!」

「シロウ様は良い奴だ。なんにも心配することはねーよ」

「むしろ、今よりいい人生、待ってる」


 女たちは口ぐちにシロウに賛同する。

 エフォートはギラッとシロウを睨んだ。


「シロウ、お前は」

「それに言っとくけどな、オレだって万能じゃねえ。一度魂に刻まれた隷属魔法は、その主にしか解けねえことは知ってるだろう? オレにも隷属対象を移管するのが精一杯だ。リリンの他にもルース、テレサはもうディスペルができねえ、これは仕方ねえことなんだ。なら仲間は皆、同じ立場がいい」


 オーガ混じりの女戦士と帝国の女騎士が、シロウの後ろで小さく頷いていた。


「……ふっ」


 エフォートは、言質を取ったと微かに笑い、口を開く。


「言い訳は山ほど用意してあるんだな」

「んだと?」

「承継魔導図書群に、隷属魔法を解除できる魔術構築式スクリプトがあるとしたらどうだ」

「な……に?」


 シロウは固まった。その隙をエフォートは逃さない。


「俺の見立てでは必ずある。承継魔導図書群は魔王に対抗する為のものだ。古い文献に、魔王は見るだけで相手の魂を縛る〈魔眼〉に似た力を持つとある。魂に影響する魔法に干渉する方法が、必ず載っているはずだ。シロウ、リリン達を奴隷から解放することは可能なんだ」

「……うるせえ。テメエに指図される謂われはねえ」

「指図じゃない。『できない』なんて言い訳はもう通じないと言っているんだ」

「なっ……」

魔導書ラノベみたいな奴隷ハーレムは、お前の意思一つでやめられる。仕方なくの奴隷契約なんだろう? だったらすぐに解放すればいいだけだ」


 皮肉たっぷりのエフォートの言葉に、シロウが限界を迎えた。

 その拳が、エフォートの顔面を捉える。


「クソがっ! 黙りやがれこの雑魚が!! カスが!!」


 シロウに殴られたエフォートは、鎖の限界まで飛ばされた。

 繋がれた腕が軋み、苦痛に顔を歪めるエフォート。だがすぐに笑う。


「……語彙が貧困な奴だ」

「黙れっつってんだ!!」


 そしてエフォート以上に、シロウの方が精神的にダメージを負っていた。


「テメエごときに何が分かる! このオレの何が!」

「異世界転生して俺強え、美少女みんな俺の物、の最中だろう。分かりやすく底の浅い奴だ」

「ーーっ!」


 シロウが暴発する前に、仲間たちが動いた。

 次の瞬間、斧が、曲刀が、槍が、風魔法が、杖が、剣が、エフォートを組み伏せ地面に頭を押しつけていた。


「いい加減にしろよ、あんた」

「ぐっ……!」


 ルースが斧の柄でエフォートの頭を石の床に押さえつけ、頭蓋骨を軋ませる。


「ウチらは理由もなく、ご主人様に従ったりしないニャン」

「これ以上シロウ殿への、そして我らへの愚弄は許さぬ」

「何も知らないの、そっち」

「お兄ちゃん虐めるな! さいてー! さいてー!」

「……本当に、最低」


 女たちは口々に、転生勇者を擁護する。その言葉に落ち着きを取り戻したのか、シロウは仲間たちの肩を叩いた。


「あんがとよ、お前ら。……もういい、こんなヤロウに俺たちの関係を理解できるわけがねえ、ほっとけ。……行くぞお前たち」


 吐き捨てると、シロウはエフォートに背を向けた。

 仲間たちと連れだって会議室の出口へと向かう。


「……待て、何度でも言うぞシロウ」


 エフォートは残る痛みを堪えながら体を起こす。


「ゲンダイニホン人のお前が、奴隷を認めるのか!?」

「……ああ認めるさ! 俺はもう日本人じゃねえんだ!!」


 シロウは振り向くことなく、今度こそ大会議室を出て行った。

 女たちも続き、最後にリリンがエフォートに振り返る。


「……余計なお世話よエフォート。さよなら、もう二度と会うことはないでしょうね」


 そう言って、エフォートの反応を確認することもなく立ち去った。

 残されるエフォートを、王国軍の兵士たちがぐるりと取り囲んだ。


「エフォート・フィン・レオニング。結界牢へ移送する。歩け」


 槍の石突に小突かれ、エフォートは抵抗せずに歩き出す。

 すれ違うサフィーネと視線が交わされることもない。

 交わす必要もないからだ。

 そのままエフォートは、大封魔結界牢へと投獄された。


 ***


「本当にいいのかい? サフィーネ」


 ほとんどの者が退出し、最後に残っていたサフィーネにハーミットが声を掛けた。


「何がですか? 世界を救ってくださる勇者様の仲間になれるのです。これほど嬉しいことはございませんわ。私が嫁ぐ予定でしたガーランドの王子には申し訳ないと思いますが」

「そんな問題じゃない。いくら相手が勇者でも、奴隷に身をやつせばもう王族ではいられない。君は何を考えて――」

「お兄様」


 サフィーネは兄の瞳をじっと覗き込んだ。


「お父様をよろしくお願い致します。この国の舵取りを誤らぬよう」

「……サフィーネ。私は今ほど君が恐ろしいと思ったことはない。私の読みが正しければ君は、君たちは」


 すっと人差し指を立てて、兄の唇に当てる。


「お兄様それ以上は。これは勝負です。私は負けるつもりはありませんわ」

「……道化を演じさせられるのは主義ではないのだけれどね」


 明日未明、王家承継魔導図書群の封印は解かれ、勇者となったシロウは更なる力を手にすることとなる。

 そして王女サフィーネ・フィル・ラーゼリオンもまた、シロウの持ち物となるのだ。


 その時は刻一刻と近づいていた。

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