96.その剣が示す先は
優雅な立ち居振る舞いで、ハーミットは謁見の間の玉座に座り、足を組む。
「どうしたんだい、マスター・ガイルズ。貴方も私も忙しい身だ。時間は惜しい、単刀直入に話してくれて構わないよ」
薄く笑みを浮かべる、若き王。
ガイルズは、横に控えている転生勇者シロウの存在を含め、すべては手遅れだった事を悟る。
そして、覚悟を決めた。
「……では、御意を得て率直に申し上げるですますハイ。そこにいるラーゼリオン王国が認めた勇者、シロウ・モチヅキ殿は隷属魔法の支配下にござーます」
「なんだって? それは本当かいガイルズ。だとしたら由々しき事態だ」
真面目に演じるつもりもない茶番の台詞を、ハーミットは淡々と口にする。
含み笑いは既に仕込みを終えている自信の証左だ。
「おい、ざっけんなよ。どこの誰が奴隷だって?」
シロウは立ち上がり、ツカツカとガイルズに歩み寄る。
「このオレが誰かの下につくなんて、ありえるわきゃねーだろーがよ!」
「ならその魂に刻まれた奴隷紋、どう説明されるおつもりで?」
ガイルズに魂を見通す能力などない。
ないが、それは火を見るよりも明らかだった。
「バッカやろう! オレとハーミットは魂で結ばれた盟友だ! 隷属魔法なんかと一緒にすんじゃねえ!」
「語るに落ちましたな。今度は女神のコンテニューは無かったという事でござーますか」
声を荒げるシロウに興味も示さず、ガイルズはハーミットを睨みつけた。
王はフッと息を吐く。
「……女神様の分体には、どうやらレオニング君が承継図書の力でご退場頂いたらしいよ。不遜なことだ」
そして立ち上がって歩み寄り、シロウの肩に手を置いた。
「マスター・ガイルズ、私はシロウと懇意になった。彼は王国に協力を惜しまないと言ってくれてね。そんな彼が、隷属魔法で誰かの支配下にあるなど大問題だ。さあ早く、〈ライト・ハイド〉という聞いたこともない組織がシロウを操っているという証拠を見せてくれないかな?」
皮肉たっぷりの言動。
ガイルズはギルドマスターの特権で、謁見時も許可されている自身の帯剣を意識した。
危険すぎる男、ハーミット・フィル・ラーゼリオン。
その智謀と転生勇者の力、そして悪しき怨霊が手を組んでしまったのだ。
「陛下。アテクシは冒険者ギルドのマスターでございます」
「ああ、知っているよ」
「ギルドは国に忠誠を誓うものではござーません。この大陸で、人々の為に戦い続けるすべての冒険者たちの為の存在でござーます」
「その通りだね。だから、大陸に生きるすべての者たちの為、魔王討伐を目指して戦う勇者シロウをこれからもサポートしてほしいよ」
それはハーミットの最後通牒だと、ガイルスには理解できた。
「そうしたいのは山々でござーますが……」
だが。
「……〈ライト・ハイド〉。その正体は、大陸統一を夢見た国父ラーゼリオンの怨霊を信奉する狂信者集団でござーます。他国を侵略し王国による世界征服を目的とする組織と、この俺が手を組むなどあり得ないんだよッ!!」
ガイルスの右手が閃いた。
「裂空斬!」
「遅え」
閃光の如き剣撃は、しかし間に入ったシロウのマスター・ソードにより容易く弾かれた。
禍々しい刀身が、ぬらりと光る。
「ちっ!」
飛び下がり、間合いを取るガイルス。
シロウは愉快そうに剣先を向けた。
「リリンと同じ技を使いやがるか、カマ野郎。確か王国に伝わる剣術の奥義だったな……面白え」
追って、即座に斬り捨てようとするシロウ。
「まあ待ってくれ」
ハーミットが前に出て、それを止めた。
「残念だよマスター。私がいくら手を伸ばしても、冒険者ギルドにはつけ入る隙が無かった。そんな堅牢な組織運営をできる君の手腕を、私は高く評価していたのだけれどね」
「ご忠告申し上げる、ハーミット陛下。〈ライト・ハイド〉を利用しているおつもりでだろうが、奴らはいかに陛下でも手に負える存在ではない。リーゲルト前王の呪いは奴らの仕業だった。貴方が奴らの思惑通りに動かなければ、前王と同じように」
「忠告ありがとう。だけど私は、父のように甘くないつもりだよ」
そう笑うとハーミットは、右手のひらをガイルズに向けて突き出した。
闇の魔力が、その前に揺らぐ。
「くっ! 我が身を守れ、〈
リーゲルトは即座に結界を張り、ハーミットの魔法を防いだ。
「まさか、俺まで隷属支配をするつもりか!?」
「マスターが私の奴隷になれば、冒険者ギルドも私のものだ。君に万が一のことがあれば、ギルド自体が王国に反旗を翻す計画なんだろう? そうはさせないよ」
「! ……そう簡単にっ」
「シロウ、ガイルズを死なない程度に痛めつけてくれ。〈ライト・ハイド〉についてどこまで知られているかも、確かめる必要がある」
「オッケー、ハーミット。任せろ!」
シロウは壮絶に笑い、ガイルズに襲いかかった。
***
「ニャリス! お前は最初にマスターに話しかけた時から、すべて演技だったのか!?」
「その通りニャ! ハーミット様は王国のすべてを掌握されるおつもりニャ。王家、女神教、ギルドの三権分立ニャんて、もう形骸に過ぎニャい!」
ギンギンギンギン!!
ニャリスの曲刀とラビのブロードソードの剣戟が、地下階段に木霊する。
「すべてハーミット様の御意志の元で、一つとなるニャ! そしてその援護を受けて、ご主人様が世界を救うニャ!」
ディスターブ鉱の粉末はすでに四散しており、大封魔結界の効果が復活した状況で、新たな魔法や呪術を使うことはできない。
ニャリスがまた粉末を撒けば別だが、そんな隙を与えるラビではなかった。
「馬鹿な猫だ、ニャリス!」
怒涛の連撃を繰り出していく。
「異世界のガキの奴隷になったかと思えば、次は世界征服を企む愚かな王の奴隷か! 一族を裏切ってまで!」
「惚れた男の為に身を捨てる覚悟があるだけニャ! それはそっちも同じじゃニャいの? ウサギ女!」
「あんな己の欲望にしか興味のないガキに惚れる変態のあんたと、一緒にするな!」
「ウチは、今わの際に優しくしてくれたご主人様にずっとついて行くって決めたんニャ!」
階段の壁を蹴って、身軽にラビの背後に回り込むニャリス。
繰り出された曲刀は、しかし兎の瞬発力で大きく飛び跳ねたラビに躱され空を斬る。
「今わの際? あんたいつ死んだのよ!?」
「死んだのニャ! 身勝手に飼われて、身勝手に捨てられて! あのビルの屋上で、ひもじさに震えていたニャ! あの時、ご主人様が……死を選ぼうとしていたご主人様だけが、ウチに恵みを与えてくれたんニャ!」
「はあ? 何言ってるのあんた!?」
「ウサギには分からないニャ!」
剣戟は止むことなく、響き続ける。
***
跳ね飛ばされたのは、白銀の騎士の方だった。
「くっ……なんだ、その剣は!?」
魔旋の力を上乗せした奥義を弾かれ、テレサは目を見開く。
リリンが手にしていた剣は、シロウが仲間の皆に渡した武器ではなかった。
テレサとリリンの技量は互角。ならばその武器の差で、勝てると考えていたのだ。
「この剣は、マスター・ガイルズがあたしに託してくれた力……そうだ。あたしはこの剣、〈レーヴァテイン〉にかけて、やるべきことをやらなきゃいけないんだ!」
リリンは剣に力を込める。
刀身がまた強く輝き始めた。
「いくよテレサ! 怪我くらいは覚悟して!!」
自慢の脚力で石畳の床を蹴って、一瞬で間合いを詰めるリリン。
「裂空斬・嵐!!」
「魔旋・
暗闇に落ちた地下空間で、無数の閃光が鋭い音とともに煌めく。
互いに一歩も譲らぬ、超人的な攻防。
だが徐々に、その差が顕在化し始めた。
それはテレサが最初に考えた通り、それぞれの武器の差だ。
「馬鹿なっ……!」
白銀の
リリンの剣、レーヴァテインの性能が勝っているのだ。
「ありえないっ! 魔旋の力が……シロウ殿の力が劣るなんて!?」
「テレサ、あたし達は間違っていたんだ!」
乱撃の裂空斬を放ち続けながら、リリンは叫ぶ。
「この世界にだって、シロウを、女神に祝福された異世界勇者を上回る力はたくさんあるんだ! その力にあたし達は、シロウは屈しようとしてる!」
「……それでも我はッ!
刹那の隙を突いて、テレサが渾身の一撃をねじ込む。
「くっ!」
咄嗟に捌いたリリンだったが、かすっただけで
「っとお!」
だが空中で身を翻らせ、なんとか着地し、レーヴァテインを構え直す。
同時にテレサも、深く腰を落として自壊寸前の
「我はシロウ殿を見捨てない! リリン、そなたのようゆ魔王の手先となった反射の魔術師になど、屈せぬ!」
「ああもう、好きなだけ誤解してなよ! あたしだって!!」
レーヴァテインを頭上に大きく振りかぶり、リリンは力を集中する。
「……いける。この剣なら、あの技が使える!」
テレサが地を蹴った。
同時にリリンもレーヴァテインを振り下ろす。
「魔旋・
「裂空斬・神破金剛ォォ!!」
ラーゼリオン建国以前、神々による戦乱の時代に活躍したと云われる神剣・レーヴァテイン。
冒険者ギルドの切り札の力を借りて放たれたリリンの極奥義は、テレサの槍と鎧を粉々に撃ち砕く。
騎士テレサは、地に倒れ伏した。
***
「テレサ、教えて! シロウは何処にいるの!? 早くしないと、シロウが〈ライト・ハイド〉の奴隷になっちゃう!!」
「……この身が滅びても……言わぬよ、リリン……シロウ殿は、ハーミット様と共に魔王を倒し、この世界を救う……」
「ああもう! ケノンが使えたら一発なのに!」
リリンは倒れたテレサを抱えながら、叫んだ。
だが、叫んだところでどうしようもない。何度も試したが、この場所で精霊術を使うことは不可能だったのだ。
「くそっ……仕方ないっ! ケノンを使える場所まで、テレサを運べば!」
両手で女騎士を抱え上げ、長い長い階段を駆け上る。
リリンが問題を体力で解決しようとした、その時だった。
(リリン……助けて!)
「え!?」
突然、テレサの声が響いた。
だがテレサはリリンに抱えられながら、満身創痍でこちらを睨みつけている。
(リリン! シロウ殿は上だ、王城でハーミットと一緒だ! すでに隷属魔法にかかってしまっているんだ!!)
「……ケノン!!」
いつの間にか、精霊術が復活していた。
大封魔結界が解除されているのだ。
「ま、待って、ということは……」
リリンは暗闇に包まれた屋上を仰ぎ見る。
そして作戦の前にガイルズから伝えられていたことを思い出した。
「もう、手遅れ……ってこと……? いや、まだだ!」
リリンは腕の中のテレサを抱きしめる。
「な、何を……?」
「どこまで効果があるか分かんないけどっ……!」
動揺するテレサに構わず、リリンは呼びかける。
エルフの住まう森で得た、隷属魔法に抗える可能性のある唯一の精霊に。
「……お願い、力を貸して! 〈
***
「……やってくれたね、マスター・ガイルズ」
ハーミットは僅かに顔をしかめながら、シロウの剣に胸を貫かれているガイルスに向かって言った。
ガイルズの手にした剣は、天を指している。
謁見の間の直上は、玉座の間。
その直上にあるのは、宝物庫。
そこに存在するのは、王家承継魔導図書群を封印していたシステムだ。
大封魔結界牢と繋がり、魔法を封じる力をコントロールできる装置。
それは前王リーゲルトが、王杖を差し込み魔法〈シールズ・チェイン〉を使用した装置だ。
勇者すら封じたその力を、ガイルズは見ていた。
だから、確信していたのだ。
「……ガイルズ。君は初めから、大封魔結界を停止することが目的で」
「アテクシの……命など……あの子の力の前では、価値はないでござーます……」
迫るシロウの剣を無視して、宝物庫前の魔法装置に向けて全力の裂空斬を放ったガイルズ。
その目的を達成して、彼は夥しい吐血をしながら笑った。
「アテクシの……俺の……勝ちだ、ハーミット……!」
吐き捨てると、ガイルズの身体から力は失われ、倒れる。
「……シロウ、少し忙しくなるよ」
「分かったよ、ハーミット」
剣を引き抜き、ガイルスの返り血を浴びたシロウもまた、愉快そうに笑った。
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