24.反射の魔術師

「……エフォート・フィン・レオニング!!」


 シロウが瞬時に膨大な魔術構築式スクリプトを描き、戦略級大魔法を解き放つ。


「爆ぜろ! 〈グロリアス・ノヴァ〉!!」

「〈リフレクト〉」


 聖属性の爆裂魔法がエフォートを襲う。

 エフォートは構築式スクリプトを隠蔽しながら得意の反射魔法を展開した。


 五年前、シロウが他人の構築式スクリプトを見て真似ることができることを知って以来、大切な人を守り、またシロウに打ち勝てるようになる為、反射魔法を得てなおも訓練してきた技術だ。

 だが単純な反射魔法では無い故、正確な反射には神経を使う。

 多方向に破壊力が向かっているこの爆裂魔法の反射は、一歩間違えば王城のすべてを破壊してしまうだろう。エフォートはシロウを狙って〈グロリアス・ノヴァ〉を反射することは断念し、上空に向かってエネルギーを逃がすように反射させた。

 だがそれでも、先の結界牢脱出に使った〈カラミティ・ボルト〉で崩落を免れた宝物庫前広間の天井が、次々と砕かれ落ちていく。


「退避っ! 退避しろっ!」


 ヴォルフラムが叫び、王国の面々を誘導する。


「グラン様、こちらです!」

「んー! んんー、んー!!」


 いまだ口を開くことのできないグラン高司祭もまた、側近の司祭たちに連れられて避難した。

 シロウの仲間たちはシロウを守るように囲む形で、宝物庫前の大穴に浮かぶエフォートと対峙する。


「サフィ、シロウ達は俺が食い止める。君は早く」

「わかった!」


 サフィーネは抱き抱かかえられていたエフォートの身体を蹴って、大穴の反対側、宝物庫側へと飛び降りた。

 そしてそのまま開いた封印の扉の向こうへ駆け込んでいく。


「ご主人様、お姫さんが宝物庫の中に!」

「中は行き止まりだ、放っておけニャリス! それより……テメエだ、レオニング!!」


 シロウは叫ぶ。


「どうやって結界牢を脱出しやがった。ディスターブ鉱は回収して、封印の魔力感知を避けることはできなかったはずだ!」

「お前の仕業だったのか。馬鹿に策を見破られてたとは、凹むな」

「ぬかせ! あんな下らねえ三文芝居でこのオレが騙せるか!」

「……そこまで気づかれていたのか。ならサフィにまた辛い思いをさせたんだな」

「んなこたぁどうだっていい! テメエ、なんで」

「こちらが聞きたい。突然宝物庫と結界牢の魔力回路が途切れて、魔法が使えるようになった。ここで何があった?」

「……あっ」


 思い出したのはエルミーだった。

 ニャリスの呪いの波動を受けて、身体に残っていた呪術を活性化されたリーゲルト。

 彼は死の間際、封印をコントロールしていた台座の王杖に縋りついていた。


「あの王様、すごい。自分が死にそうな時に、魔力回路、切断してた」

「エルミーそりゃどういう……あっ」


 シロウも気づく。

 娘を助ける為に、リーゲルトが死を目の前にして残り少ない時間を使い、王杖にしがみついていたことを。


「王が……死んだ?」


 エフォートも絶句する。

 詳細は彼には知りようがない。だが王が死の間際に自分を助けたのは間違いなさそうだった。


「だ、だとしてもなんでテメエが〈カラミティ・ボルト〉を、戦略級魔法を!」

「……魔力が使えるようになった瞬間に放てるよう、あらかじめ地下牢に構築式を描いておいた。俺があそこに投獄されるのは計画のうちだったからな。それに今日は宝物庫の封印も解ける、大魔法の使用に適した天体条件だ。……なんだ、俺が単独で戦略級を撃ったと思って焦ったか? 自分の専売特許だと思っていたんだろう。相変わらず器の小さい男だ」

「ざっけんなあ!」


 シロウが〈カラミティ・ボルト〉を放った。

 エフォートは容易く反射する。

 今度こそシロウに向けて反射したかったところだが、隣にはリリンがいる。

 エフォートはやむを得ず、また上空へとエネルギーを逃がした。


「この反射男がっ! 〈魔旋——」

「〈ファイアー・ボール〉」


 反射魔法を砕くことができる魔法・物理混合のシロウの技。

 だがその掌に向けて戦闘級魔法を速射し、魔力の回転を乱した。


「テメエ、いいかげんにっ……!」

「ちょっと待って、まずい、モチヅキ様」


 エルミーがシロウの袖を掴んだ。


「邪魔すんなエルミー! オレは今度こそこのヤロウを殺す!」

「いいの!? 宝物庫の中で、お姫さんが、魔法を!」

「……何?」


 宝物庫の中には、元々の彼らの目的である王家承継魔導図書群がある。

 王女一人がそこに入ったところで、シロウたちがこの場にいる限り持ち逃げもできるはずがないとタカをくくっていたのだが。


「まさか、魔導書を燃やすつもりか? シルヴィア!」

「違うのじゃ、この魔法……まさか!?」


 既に〈鑑定眼〉を使用していたシルヴィアが探知した、サフィーネの使おうとしていた魔法は。


「うわあああ!!」


 サフィーネが飛び込んだ宝物庫の中は、黄金に輝く空間だった。

 どんな魔術原理か計り知れないが、その空間に百冊を超える魔導書が整然と並んび、宙に浮かんでいた。

 膨大な数の魔導図書群。どれが重要で、またそうでないのか。すぐに判断がつくはずもない。一冊二冊を持ち出しても意味がなかった。

 エフォートが宝物庫の入口で時間を稼ぐのにも限界があるだろう。で、あれば。


「開けぇぇっ! 我が秘せし扉っ!! 大口を開けろぉぉぉぉ!」


 サフィーネはあらん限りの魔力を集中する。

 もともと空間魔法の適正値はエフォートも驚くほど高かった。魔術研究院で教わった老魔術師も感嘆していたほどの王女である。


「〈ア・イ・テ・ム・ボックスーッッ〉!!!」


 サフィーネの前に、物質を収納する異空間が口を開けた。

 そのままサフィーネは宝物庫内を駆け、宙に浮かぶ魔導図書群を洗いざらい格納していく。


「まずい坊や、〈異空間収納〉の魔法じゃ! このままでは魔導図書群が全部、王女に持っていかれるのじゃ!」


 シルヴィアの指摘に、シロウは焦る。


「!! テメエら最初から、そっちが本命……っ!?」

「今頃気づいたか。鈍いヤツだ」


 自分にヘイトを向ける為のエフォートの挑発に、シロウは乗っている暇はない。


「あの女ぁ! 逃がさねえ!」


 シロウは自らに〈浮遊レビテーション〉をかけ、エフォートと同様に宙に浮かび上がる。


「行かせると思うか?」


 エフォートがその眼前に反射魔法の結界を作り出した。


「〈魔旋〉!!」

「ファイアー……くっ!」


 エフォートが乱すよりも早く、魔力を纏ったエフォートの掌が破壊力を帯びた。

 反射魔法は簡単に砕かれる。だが即座にエフォートは何十にも結界を張り直した。


「させるかっ……!」

「そりゃあこっちの台詞だ、レオニング! オラァ!」


 次々と反射魔法の壁を砕いていくシロウ。


「ちっ!」


 エフォートは質より量でシロウを足止めするが、反射壁が破壊される方が早いのは明らかだった。


「く……無理か!」


 このままでは防ぎきれないと、エフォートはサフィーネの元へと宝物庫の中へ飛び込んだ。


「逃がすかよっ」


 シロウもその後を追って、扉をくぐる。


「みんな、あたし達も追うよっ!」


 リリンが助走をつけ、宝物庫の前に開いた大穴を飛び越えた。

 テレサやルース、ニャリスも後を追い、エルミーは風の精霊魔法で、シルヴィアはミンミンを抱えて〈浮遊レビテーション〉で続いていく。


「……フォートっ!!」

「サフィ!」


 魔導図書群の格納を終え〈アイテム・ボックス〉を消したサフィーネが、エフォートに飛びつく。


「魔導書、ほとんど手に入れたよ! あとは」

「後はそのお姫さんごと、オレが手に入れてお終いだ」


 追いついてきたシロウが凄みを効かせて、二人を睨みつけた。

 その後ろからも、リリンたちがエフォートたちを囲むように立ち塞がる。

 逃げ場はない。サフィーネはエフォートにしがみついた。


「……エフォート」

「なんとかする。サフィは予定通りに」

「うん! 開け、我が秘せし扉」


 サフィーネはアイテムボックスから手のひら大の魔石を取り出した。

 それは昨夜、カリンに手渡した物と同じ種類の魔石。


「……また小細工か。もうそんな隙もやらねえよ、〈魔旋〉!!」


 シロウが威力を最大にまで上げた〈魔旋〉を掌に乗せ、エフォートに向かって突き出した。


「〈リフレクト・ブラスト〉!!」


 ガガガガガガガガガガ!!


 不快な音が宝物庫内に響き渡った。

 リフレクト・ブラスト。

 それはエフォートの切り札。

 何百という反射の壁を重ね、相手に向かって叩きつける〈反射〉による攻撃魔法だ。

 シロウの〈魔旋〉によって、反射壁は次々と破壊される。だが今度はそれに負けないスピードで、エフォートは魔力の続く限り反射壁を生み出し続けた。


「おおおおお!!」

「あああああ!!」


 破壊音と砕ける魔力の光を浴びながら、サフィーネは手にした魔石に魔力を込め、あらかじめ刻まれた構築式スクリプトへと力を注ぎ込む。


「……モチヅキ様っ! このままじゃ、逃げられる、お姫さんが持ってるの、〈空間転移〉の魔石ッ! どっか遠いところに、転移されるっ!!」


 〈精霊の声〉を聴いたエルミーが叫んだ。

 エフォートの反射壁は左右にも展開されていて、仲間たちには手出しができない。

 シロウが〈リフレクト・ブラスト〉を破らない限りは止めようがなかった。


「任せとけっ……ウロボロスの増幅がねえコイツにっ……転生勇者のオレが負けるわきゃねーんだよ!!」

「く……!」


 徐々にシロウの魔旋が、エフォートへと迫る。

 エフォートは押されている。もともと、ステータス上で魔力総量の桁が違うのだ。


「おおおおっ……らああ!!」

「ぐあっ!」


 とうとう、シロウが押し勝った。

 掌底の一撃をまともに喰らったエフォートは、咄嗟にサフィーネを抱かかえて吹っ飛ばされる。

 床に叩きつけられた二人だったが、エフォートはサフィーネを庇い、サフィーネは魔石への魔力注入を止めていない。


「……エフォート、あんたどうして、そこまでして」


 必死でサフィーネを庇い戦うエフォートの姿に、リリンは思わず呟く。


「……だったらどうして、あたしの時は守ってくれなかったの……」

「……!  リリン、俺はっ」

「どいてろリリン、もう油断はしねえ!」


 リリンを押し退けて歩み寄るシロウ。


「消えやがれ!」


 倒れた二人にトドメの魔旋を放とうとした、次の瞬間。


「サフィーネぇっ!!」


 エリオットが上から降ってきた。

 シロウに向けて剣撃を叩きつける。

 咄嗟にシロウは魔旋の軌道を変え、頭上に打ち下ろされたエリオットの剣を砕いた。


「テメエ、どっから!?」

「……よじ登ってきたっ!」


 エリオットは折れた剣を構えて、サフィーネとエフォートを守るように立ち塞がる。


「うぜえ、死ねっ!!」

「エフォート! 妹を頼んだぞっ!」


 エリオットがその身を盾に、シロウの技から妹を命を賭して守ろうとする。


「兄貴ぃっ!」


 その直前、エフォートに抱かかえられていたサフィーネが片手を伸ばし、兄の身体に触れた。


 ガォン!!


 破壊の音が響く。

 宝物庫の天井、壁、床が破壊された音だった。


「……あそこっ!」


 エルミーが指差した壊れた天井の上、上空に光り輝く球体が浮かんでいた。

 その中には抱き合うエフォートとサフィーネ、そしてサフィーネの足にしがみついているエリオットの姿。


「……この場は俺たちの勝ちだ、転生勇者」

「テメエ……!」


 宣言するエフォートを見上げ、シロウは歯嚙みする。

 エフォートは続けた。


「承継魔導図書群は頂いていく。これでお前の『チート』に対抗できる。次はリリンを返してもらう、憶えておけ」

「ぬかせ、咬ませ犬風情が! テメエは必ずオレが殺す!」

「こちらの台詞だ。咬ませ犬の意地を見せてやる」


 光の球体は輝きを増し、そして明け白んできた空の中に溶けるように、掻き消えていった。


「えいっ」


 ミンミンが小さな掛け声とともに杖を振ったことに、その時は誰も気づかなかった。 


「シロウ……」

「シロウ殿」

「……ご主人様」


 仲間たちが心配する中、転生勇者はワナワナと拳を震わせている。


「……ヤロウども、はじめっから魔導図書群が狙いで……勇者が来ねえと解かない宝物庫の封印を解かせる為に、あんな三文芝居……!」


 エフォート達を嘲笑い見下す為に、シロウはサフィーネの芝居に乗ってやっていたつもりだった。それが。 


「まんまと乗せられた……だとぉ! クソがぁ! クソがぁあああ!! ぶっ殺す! ぶっ殺ぉす!! あああ!!」


 シロウの絶叫だけが虚しく、ラーゼリオンの空に響き渡った。


  ***


 第二王子エリオット・フィル・ラーゼリオンと、王女サフィーネ・フィル・ラーゼリオンによるクーデターが発生。

 二人は禁忌の魔術師エフォート・フィン・レオニングと結託し、女神の祝福を受けし勇者シロウ・モチヅキの暗殺を企てた。

 シロウ自身の活躍と女神の降臨により、クーデターは失敗。

 しかし国王リーゲルト・フィル・ラーゼリオンはその戦闘で命を落とし、勇者に与えられるはずだった王家承継魔導図書群もまた、反王国勢力に奪われてしまった。

 これより、クーデターに加担しなかった第一王子ハーミット・フィル・ラーゼリオンが緊急に王位を引き継ぐことになる。

 そして女神教と冒険者ギルドの協力を受け、勇者シロウと共に、エリオット、サフィーネ、エフォート三名の反逆者の討伐を行うこととなった。


 これがラーゼリオン王国および周辺各国に周知された、今回の事件のあらましである。


 ***


 白と黒の幼女が、くるくると踊る。


「この卑怯者!」

「卑怯者はどちらじゃ!」


 不毛な罵り合いが続く。

 先に折れたのは黒の幼女だった。


「まあよいわ。それなりに愉しめたのじゃ」

「それは我も同感かしら」

「次に移るのじゃ」

「ええ、次に移るかしら」


 物語は新たな舞台へ。

 王女と王子、そして魔術師が逃げた先には、また新たな混乱の芽が待っていた。

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