23.コンテニュー
「とうとう正体を現したな、逆賊リーゲルト! 女神の祝福を受けし者に仇なす貴様に、もはや王たる資格はない!」
グラン高司祭が、もう飛び上がって喜ぶのではないかという勢いで叫ぶ。
「リ、リーゲルト……」
ヴォルフラムは絶句する。
エリオットにサフィーネ援護を許可した時から分かっていたことだった。
だがどこかで期待していたのだ。古くからの友でもあるリーゲルトが、酷であっても家族より国を優先することに。
「さあモチヅキ殿! 遠慮はいらぬ、女神に代わりリーゲルトに正義の鉄槌を!」
「……心底ウゼェなオッサン……やっちゃって下さい親分、みてーに言うんじゃねーよ……」
吐き捨てるシロウだが、口調は大人しく覇気がない。
らしくもなく、額には脂汗も浮かんでいた。
「モチヅキ殿、何をしている? そんな魔法など、そなたに通用は」
「シロウッ!」
リリンが剣を振りかぶり、シロウを拘束している魔法の鎖に斬りかかった。
「うかつニャ、リリン!」
「裂空斬!」
ギィン!
ニャリスの制止も聞かず放たれたリリンの奥義。
耳障りな金属音を響かせて、リリンのブロードソードが砕け散った。
「そんなっ!?」
「リリンの剣が!?」
リリン自身、そしてテレサとルースも驚愕する。
同じ戦士系である彼女たちには、リリンの剣技の鋭さがよく分かっていた。
リリンに斬れないのであれば、テレサのランスやルースのアックスでも破壊は不可能だろう。
「物理じゃ駄目!? ……エルミー!」
「ダメ、精霊たち怖がって、近づけない……!」
ルースの叫びに、エルミーは泣きそうな声で答える。
「シルヴィア殿、なんなのだあの魔法は!」
「あ、あれは……封印の結界そのものじゃ」
テレサの問いに、〈鑑定眼〉を使ったシルヴィアが答える。
「あの鎖に捕らえられた者は、結界に魔力を分解される……対物理では反射魔法がかかっておる! 坊や、スクリプトは!?」
「それがよ……まるで見えねえ。魔法系の能力は全部無効化されてやがる。腕力で振り解こうにも、同じ力で締め上げられる。……ヤベェなこいつは」
「してやられたのじゃ……大封魔結界牢とやらが封印の力を利用している時点で、想定しておくべきじゃった。ラーゼリオンの王は、承継魔導図書の技術の一部、封印の力を自在に操れるのじゃ!」
「正解だ、吸血鬼よ。王杖はこの台座から外せぬ故、この場限りの術だがな」
鎖の魔法を発生させている杖を握り、リーゲルトはシルヴィアの言葉を肯定した。
「……ならば」
「術者自身を倒せばっ!」
「援護するニャ!」
テレサ、ルース、そしてニャリスがリーゲルトに向かって特攻する。
相手は片脚、倒す事は容易いはずだ。
ニャリスが念の為に呪力による身体防護を自分たちにかける。
「無駄なことだ」
ジャラララララ!!
四方八方の空間から蒼光の鎖が射出され、三人を捉えた。
ニャリスの呪術など紙の如く破られ、彼女たちの力は封じられる。
「な……!?」
「があっ!」
「そんニャ!?」
身動きも封じられ床に投げ出される三人。
「テレサ! ルース! ニャリス! やめろ、仲間に手を出すな!」
シロウが叫ぶが、リーゲルトは意に介さない。
「先に娘に手を出そうとしたのは、そちらだ。〈シールズ・チェイン〉」
冷徹に応えると、三たび魔法を放つ。
今度は床から、封印の鎖が無数に発生。
「きゃあっ!」
「ぬうッ」
「ああっ」
「ん……」
エルミーを、シルヴィアを、リリンを、そしてミンミンを次々と拘束していく。
そして魔法の対象はシロウ一党だけではなかった。
「リーゲルト!! 貴様ァァ!」
高司祭グランと女神教司祭たち、そして明確にグラン側についたヴォルフラムと近衛兵たちも縛られていく。
封印の鎖によって抑えられていないのは、リーゲルト自身とサフィーネ、エリオット、そして状況を静観していた冒険者ギルドの関係者だけだ。
「あらまあ……こりゃまた王様、すんごい隠し玉を持ってござーましたのねえ……」
感嘆しているガイルズのその横で。
「……父上、このお力を今まで隠してこられるとは見事です。ところで」
第一王子ハーミットもまた、グランたち同様に封印の鎖で縛られていた。
「何故私まで拘束なさるのでしょう?」
「何故と問うか? ハーミット」
「サフィーネを見捨てたことをお怒りですか? エリオットならともかく、国王陛下までもがそのような近視眼で」
「ハーミット」
リーゲルトは息子の言葉を遮って、その名を呼ぶ。
(……!!……この親にしてこの子あり、か)
遅れてハーミットは父の真意を悟り、自らの不明を恥じた。
「がああっ! クソが! クソが! 放しやがれテメエ!」
仲間たちまで封じられたシロウが、絶叫を上げた。
「このオレに、勇者にこんな真似しやがって異世界のモブ国王が! 魔王を倒してやらねえぞ!!」
「いや、貴様には必ず魔王を打倒してもらう。その為に承継魔導図書群を渡すのだからな」
「な……に?」
てっきり自分を認めないと思っていたリーゲルト王の言葉に、シロウは意味がわからない。
「シロウ・モチヅキ。我らが力があるというだけで、何処の馬の骨ともわからぬ貴様に何の保険もなく、王家の力を渡すと思ったか?」
「どういう意味だ」
「勇者にはこの場で契約してもらう。王家に隷属するという、貴様も大好きな奴隷契約をな」
「!!……この野郎、まさか、最初っからそのつもりで」
「無論だ。このリーゲルト・フィル・ラーゼリオンをそこの司祭のように、異世界勇者の力に飛びつく愚鈍な王と侮ったのが貴様の敗因だ」
「ふざけるなぁ!!」
シロウの絶叫をリーゲルトは柳に風と受け流す。
「奴隷制は否定しないのだろう? この世界の理に従え、異世界より来た魂よ。愚かな者は賢き者に支配されるという、な」
(お母さん、あなたの育てかた間違っちゃった)
「い、いやだ……オレは誰の持ちものでもねえ……」
リーゲルトは台座に刺された王杖の魔法を、展開が維持されるようにスクリプトを固定した。
「エリオット」
「父さん……うん」
立ち上がってきたエリオットに支えられながら、リーゲルトはシロウの元へと歩み寄る。
そして封印の鎖の縛についているシロウの胸元に、手のひらを差し出した。
シロウは叫びながら、いやいやと仕置きをされる子どものように首を振る。
「いやだ……やめろ、オレはもう二度と……! いやだぁ! やめろぉぉ!」
「諦めろ。この日の為に余も忌まわしい隷属魔法を習熟してきた。契約はすぐに済む」
王が慣れた手つきで隷属魔法を発動させようとしたその時。
ひとりの白い幼女が、口を開いた。
「……そして物語は二転三転、攻守ところを変えて入り乱れる。なかなか楽しませてくれるかしらっ!」
「……ミンミン?」
シルヴィアが、横で突然その気配がガラリと変わった回復術師の幼女を見た。
蒼い鎖はミンミンも縛り続けている。すべての魔力を感知と同時に分解する封印。
だが彼女からは、その縛についてなお圧倒的な力の気配が溢れ出している。
――吸血鬼は、それとよく似た気配を知っていた。
「そなた、まさか……」
「お兄ちゃん、ここまでよく頑張ったけど、ゲームオーバーみたいだね。コンテニューするかしら?」
シルヴィアを無視し、白の幼女はシロウに向かってにこやかに問いかける。
「……ミンミン? な、何を言って……」
「エリオット! 杖のところに余を戻せ!」
ポカンとして反問するシロウを突き飛ばし、リーゲルトは叫んだ。
「そやつは……魔王だ!」
「えっ? ええ!?」
エリオットは慌てながらも、父を支えて台座まで戻る。
「何を不敬な! その方は女神様、そのご分体にあらせられるぞ!」
叫んだのはグラン高司祭。
すんでのところで最悪の事態を避けられたと、口角泡を飛ばす。
「女神様! ああ、ご拝謁叶い恐悦至極にございます! さあ、あの不敬者一族に神罰を!」
「相変わらず臭いかしらデブ。お前もう黙れ」
「も、もがっ!? むむむ、む!?」
白の幼女の一言でグランの上唇と下唇はひっ付き、離れなくなる。
「〈シールズ・チェイン〉!!」
これまでに倍する量の蒼い鎖が出現し、白の幼女を何重にも縛り上げた。
リーゲルトによって更に封印を強化されたにも関わらず、幼女は愉しげに笑う。
「いやーリーゲルトちゃん。ラーゼリオンの小僧が残した魔導図書の封印、我も魔王も手出しできなかったのにここまで使いこなすとか、中々やるかしらっ! さっすがあの小僧の血筋っ」
「……女神の分体、だと?」
「女神様、でしょお?」
リーゲルトの反問に白の幼女は頬を膨らませる。
「まあいーかしら。今の我には大した力もないしね。で、どうするかしら望月君?」
「ミンミン……お前、本当に……あの、女神、なのか?」
信じられないという表情で、シロウは幼女を見返している。幼女はニコリと笑う。
「仲間になって、なかなか楽しませて貰ってたかしら。ここでゲームオーバーでもいいっちゃいいんだけど、ラーゼリオンの小僧が残した力を王国の奴隷になった君が使うのは、なーんかゲームの趣旨が変わってくるかしら。やっぱ勇者には自分の意志で、戦ってもらわないとねっ!」
立て板に水とベラベラ喋る幼女。
外見の年齢にそぐわない妖しい笑みを浮かべて、シロウに告げる。
「というわけで、今ならコンテニューを受けつけるかしら! どうするかしらっ?」
「……んなもん、決まってんだろうが」
シロウがゆらりと立ち上がり、リーゲルトとサフィーネを睨みつける。
「コンテニューだ! このオレにふざけた真似をしようとした連中は、絶対に許さねえっ!」
「!! エリオットよ、あの幼女を斬れ!」
「えっ!?」
リーゲルトの命令にエリオットは戸惑う。
「で、でも、あの、女神様だって……」
「そんなわけがない! 奴は魔王だ、でなければ承継魔導図書を狙ってこのような場所に現れるはずがない!」
「ちょっとリーゲルトちゃん、あんな黒と一緒にしないでっ!」
白の幼女は迷惑そうに眉をひそめる。
しかしすぐにニパッと笑った。
「じゃあコンテニュー了解! でもなーんかあやつが見てる気がするかしら。手出し過ぎるとうるさいかしらね」
白の幼女は周囲を見回し、猫の獣人に目を止めた。
「えい」
「ニャッ!?」
ニャリスを拘束していた封印の鎖が粉々に砕け散った。
「ニャリスちゃん、リーゲルトちゃんの片脚はまだ呪いに侵されてるかしら。後は分かるよねっ。じゃオヤスミー」
ガクンと下を向くミンミン。
すぐに顔を上げ、その場の全員が自分を見ている状況にキョトンとする。
「ん? ……ボクの顔に、何かついてる?」
リーゲルトが封印の王杖に魔力を込めた。
「シールズ・チェ――」
「させニャい!!」
それより早く、ニャリスは呪いの波動をリーゲルトに向けて解き放った。
すでに侵されているならば、改めての呪術など必要ない。
「がああっ!!」
「父さん!?」
倒れたリーゲルトに、エリオットが悲鳴を上げる。父の失われていた足の付け根から、漆黒の呪いが全身を駆け巡っているのだ。
瞬く間にリーゲルトの肌は全てドス黒く変色し、腐り始める。
バン! バン! バリン!
蒼光の鎖が、次々と音を立てて弾け飛ぶ。拘束されていた人々はその縛から解放されていく。
「父さん! 父さん!!」
「エ、エリオット……」
呪いの侵食は苛烈だった。
叫ぶエリオットに支えられ、リーゲルトは自らの絶命を覚悟する。
「……く!」
リーゲルトは台座に縋りつき、封印を操作した。
王杖を握った手はその後、すぐに崩れ落ちる。
「サフィーネ……」
「お父様!!」
サフィーネが駆け寄る。
最後に道を開いてくれた父の手をせめて握ろうと。
しかし間に合わない。
「お父様ぁ!」
「後は……任せた……サフィーネ……エリオット、ハーミットにも……」
リーゲルト・フィル・ラーゼリオンの肉体は服だけを残し、腐り果て塵となり、跡形もなく消え去った。
「そんな……お父様……」
ダンと床を殴り、拳に血を滲ませるサフィーネ。
だが、まだだった。
ここで終わっては父に託された意味がない。
「……今度こそ終わりだ、お姫さんよ。親子でオレを侮辱してくれた礼、ただじゃ済まさねえ」
縛を解かれたシロウが、蹲るサフィーネの後ろに立つ。
その前に、剣を構えたエリオットが立ち塞がった。
「シロウ! サフィーネには、手を出させない!」
「邪魔だ、どけ。……なんだ?」
唐突に、ゴゴゴゴゴ……と低い振動が響き始めた。
「ちょ……なにこれ?」
「地震か?」
一同が周囲を見回し、動揺が走る。
一人サフィーネが、すくっと立ち上がった。
「終わりじゃない……始まりよ、異世界転生勇者」
王女は呟く。
覚悟を込めて。
失ったものの大きさと、これから失うものの意味と、失ってはいけないものへの誇りを込めて。
「私たちは意地を見せる、噛ませ犬では終わらない……そうでしょう、フォートぉぉ!!」
雄叫びを上げるサフィーネ。
いち早く異常の原因に気づいたシルヴィアが叫んだ。
「坊や、そこは危ない!! 下じゃ!」
「なっ……んだぁぁ!?」
宝物庫の扉のすぐ前。
煉瓦の床が下から突き上がるように崩れ、光の奔流が真上へと飛び出した。
「極限まで収束した……カラミティ・ボルト!?」
シロウと仲間たちはシルヴィアの声で大きく飛び下り、ハーミットやエリオット、王国の者たちもまた、なんとか光に巻き込まれることは避けられた。
「サフィーネ危ない、下れ!」
「大丈夫です、エリオット兄様」
すぐ背中に巻き込まれれば粉々では済まないエネルギーの爆流を感じながら、サフィーネは一歩も動かない。
やがて光が落ち着き、宝物庫の扉の前と天井に大穴が開いたところで。
「私たちの勝ちよ、シロウ・モチヅキ」
そのままグラリと、サフィーネは背中から大穴へと落ちる。
「サフィーネッ!! ……な、お前!?」
叫んだエリオットは、直後に絶句した。
落下してきた王女を抱かかえ、大穴の下から
「ごめん、遅くなったサフィ」
エフォート・フィン・レオニング。
救国の魔術師にして、禁忌の魔術師。反射のエフォート。
大罪人にして、反逆の徒。
そして女神と王国に反旗を翻したサフィーネ・フィル・ラーゼリオンの、共犯者である。
「遅刻のお詫びは、後でたっぷりしてもらうからね」
「それは怖いな」
「さあフォート、こっから反撃開始よ」
今は悲しみも怒りも後悔も後回しに、二人は凄絶な決意とともに笑った。
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