122.強大すぎる力

「漆黒の魔法衣……貴様まさか、魔王を着ている・・・・というのか?」

「ラーゼリオンの亡霊よ、俺の父親を返してもらおう」


 クレイムの問いを無視して、エフォートは宣言する。

 空間転移してきた彼はリリンの前に降り立ち、そして掌をかざして魔力構築式スクリプトを展開した。


「……〈魂魄快癒ソウル・リフレッシュ〉!」


 複雑な構築式がこれまでのエフォートとは比べ物にならない速度で完成し、同じく桁外れの魔力が注ぎ込まれ承継魔法は発動した。

 蒼光の柱がクレイムを中心に屹立する。


「無詠唱で〈魂魄快癒それ〉を使うとはな……なるほど。魔王自体を魔法衣に変換して対消滅を免れ、その力をも己が物としたか。さすがは我が息子だ」

「黙れ。亡霊から産まれた覚えはない、消えろ!」


 完全ではなかったとはいえ、一時は女神の分体すらミンミンから引き剥がした〈魂魄快癒〉の承継魔法。

 だがその光の中でクレイムは、小揺るぎもせずにエフォートを観察していた。


「ふむ。〈道具創造アイテム・クリエイション〉の応用だな。望月晴人に渡した反物質を解析して、分子レベルで魔王そのものを理解・分解して再構築したのだな。確かに魔幻界ラーゼリオンの承継魔法をもってすれば不可能ではない」

「ちっ……届かないか」


 エフォートは、蒼光がクレイムの身体に触れる直前で消えてしまっていることに気づき、魔法を解除する。


魔王ヤツの魔力総量を得た今なら力押しでいけると思ったが、さすがにそう簡単にはいかないか」

「気をつけて、エフォートッ!」


 気がついたリリンか叫ぶ。


「あいつも反射を使うの! エフォートとは違って時間差で——」

「遅いよ」


 クレイムが呟いた直後に、蒼光の柱がエフォートを直撃した。


「くっ!」

「ふはははは! せっかく苦労して作った魔王の衣だろうが、〈魂魄快癒〉で本来あるべき姿に戻してやろう!」


 蒼の光が漆黒の魔法衣を焼く。

 これまで幾度もエフォートの切り札となってきた、魂のあるべき姿に戻す究極の承継魔法。それが今度は、エフォート自身を苦しめる。


「……なめているのか?」


 ことには、ならなかった。


「俺を誰だと思っている」

「なに?」


 エフォートは得意の反射壁を展開し、蒼光をまた跳ね返した。

 再び魂魄快癒の光がクレイムを襲うが、先と同じようにやはり届かない。

 数瞬をおいて、蒼光は今度は背後からエフォートを襲った。


「ふははっ! 貴様は反射の魔術師だ、我は充分に評価しているよ。だから反射の打ち合いで勝負でもするか……む?」


 無数の反射壁が、煌めくプリズムのようにエフォートとリリンの周囲に展開していた。

 蒼光はその間で乱反射を繰り返し、そして集束し収斂されていく。

 そして緻密に計算された反射壁は、〈魂魄快癒〉の魔法を全く別の形に変化させた。

 見た目は〈シールズ・チェイン〉によく似た、蒼く輝く光の鎖へと。


「な、これは……新たな魔法だと?」

「名付けるなら、〈快癒の鎖リザレクション・チェイン〉と言ったところか。ラーゼリオンの亡霊、貴様を捕らえる縛めの鎖だ」


 エフォートの操るそれは美しい雪の結晶のように広がり、クレイムを四方八方から狙う。


「ふくく、愚かな。それで我の空間反射をどう無効化するつもりだ? 鎖ごと跳ね返せばそれで——」

「リリンッ!」

「まかせてエフォート! 平穏の精霊エントぉッ!!」


 幼馴染の意図を察したリリンは、魔法無効化の精霊術を発動した。

 だがクレイムは笑う。


「くははは! 無駄なことだ! エントに指向性や識別能力はない、我の空間反射を無効化したところで、貴様の〈快癒の鎖リザレクション・チェイン〉もまた消えて」

「消えるのは貴様の魔法だけだ」

「なッ——!?」


 エフォートの宣言通り、平穏の精霊の力によりクレイムの結界は消失したが、〈快癒の鎖リザレクション・チェイン〉は健在だった。

 そして幾何学模様の美しい蜘蛛の巣が、蛾を捕らえるがごとく。


「バカな、鎖の表面に反射壁を這わせて……! いやそれでも、エントはその反射壁ごと消滅させるはずだ!」

「リリンが契約してしまった怪しげな古精霊だ、俺が分析しないはずがないだろう」


 光を鎖に形成する複雑極まりない計算を行いながら、エフォートは手足のように〈快癒の鎖リザレクション・チェイン〉を操りつつ告げる。


精霊の声ケノン闇の精霊シェイド平穏の精霊エント。その魔術構築式スクリプトはすべて解析済みだ。俺の意思ひとつですべて反射できる。……もう一度聞いてやろう、亡霊よ」


 クレイム・フィン・レオニングの魂を乗っ取った、ラーゼリオンの亡霊ライト・ハイド。その存在は。


「俺を誰だと、思っている?」


 魔王を纏いし反射の魔術師、エフォート・フィン・レオニングによって完全に捕らえられた。


 ***


「ぐ……ぐおおおっ……!?」


 〈快癒の鎖リザレクション・チェイン〉に締め上げられ、クレイムの魂が治癒を始めた。ラーゼリオンの亡霊が、少しずつその体から分離を始めているのだ。


「お、おのれ……貴様、エフォート! 前世の記憶を取り戻したのか!」

「なんの話だ」

「とぼけるな! ゲンダイニホンの記憶を取り戻して、望月晴人や園原理子のように異世界転生勇者として覚醒したのであろう! でなければ、こんな力」

「誤解があるようだから、言っておく」


 エフォートは漆黒の衣を翻しながら、鎖を操作して更にラーゼリオンの亡霊を締め上げる。


「ぐうう!?」

「俺はまごうことなく、俺のままだ。転生勇者になどなるつもりは断じてない。シロウ・モチヅキ……リリンを奪っていった奴が異世界の転生者だと知った時に、魔王が寄越したライトノベルを解読して読んだ時に、俺は決めたんだ。この世界に住まう一人の者として、必ず意地を見せてやると」

「エフォート……」


 仕方がなかったとはいえ、園原理子としての記憶を取り戻してしまったリリンは複雑な思いで、幼馴染の言葉を聞いていた。


「く……その言葉、魔幻界ラーゼリオンの転生者である我への皮肉か……?」

「そうだな。一度死してなお、今ある生を誇りに生きようとしない者を俺は認めない。ましてチートなどという力を得て、力のない者を侮蔑するような者はな」

「では、園原理子のこともか?」


 クレイムの顔を歪めながら、ラーゼリオンの亡霊はリリンの方を見て問う。


「その女は異世界転生チート勇者に魅せられ、まるでライトノベルのヒロインのように容易く、この世界に住まう仲間を見捨てついていった女だ。そして力を得るために前世の記憶を取り戻し、貴様の嫌悪する転生勇者そのものになった女でもある」

「エ、エフォート……あたしは」


 ラーゼリオンの亡霊の言葉に言い返すことができないリリンは、怯えた目でエフォートを見つめる。


「ぐおああああっ!?」


 ラーゼリオンの亡霊が絶叫する。

 エフォートは〈快癒の鎖リザレクション・チェイン〉に込める魔力を引き上げたのだ。


「リリン、心配するな」

「えっ?」

「今、この場にシロウ・モチヅキがいない。それが君の覚悟と高潔さの証明だ」

「……どういう、意味」

「シロウを斬ったんだろう? リリン。君は過去を、前世を乗り越えて前に進んだんだ」


 ポタリ、と地面に雫が落ちた。

 リリンはそれが自分の涙と気づく余裕もない。

 心を、魂を、温かい感情が揺り動かしていた。


「……エフォート、あたしは……ずっと君を、裏切って……ケノンで過去を知った後も、あたしは前世の罪に……怯えて……」

「それでも君は逃げないで、すべての事に向き合った。シロウとは違う。俺は君を尊敬する。君の幼馴染であることを、誇りに思うよ。リリン・フィン・カレリオン」

「ば……バカあッ!」


 叫ぶとリリンは、しゃがみこんで自分の膝を抱えこんだ。

 そうしなければ、エフォートの言葉を勘違いしそうなもっとバカな自分は、目の前の大好きな男に抱きついてしまいそうだったから。


「リ、リリン? ど、どうした、俺は何か変なことを言ったのか?」


 魔王の力を得た最強の魔術師は、自分がどれだけ幼馴染の少女の心を癒し、同時に残酷な言葉を告げているのか分かっていなかった。


(……それでも君は、あのお姫様のことがっ……!)


 そこを誤解するようなリリンでは、なかった。


 ***


「へくちっ!」

「大丈夫かい、王女殿下。承継魔法を使い過ぎて、体力が落ちてるんじゃないのか。無理はしないで」


 くしゃみをしたサフィーネに、ダグラスが心配そうに声をかけた。


「大丈夫です、議長。……変ね、別に寒くもないのに」

「お姫様、まだ魔力足んないっ!? 待ってオイラが、もっとマジックパサーを——」

「こおらっ! グレムリンのガキッ」


 慌ててサフィーネに飛びつこうとしたガラフの首根っこを、ふざけた女魔法士キディング・ウィッチキャロルがむんずと掴んだ。


「あんたが魔力をパサーする相手は、このキャロでしょお!? この底なし魔力の非常識グレムリン!」

「へ、へんな名前で呼ぶなよっ!」

「事実でしょーが! ほら最後の転移するから、もっと魔力を寄越しなさい!」

「え~。キャロの姉ちゃん、たかだか転移魔法にもう魔力ないの? 国境まで一発で飛べないし、少しはフォートの兄ちゃんを見習いなよっ」

「あ、あんな、魔王を服に変えるとか発想も実力も頭がおかしい変態魔術師と一緒にするなっ!!」

「ひでー言いよう……」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらも、キャロルはサフィーネ、ダグラス、ガラフ、そして神の雷を装備した連合兵たちを連れて最後の転移魔法を発動させた。

 これだけの大人数を、数回に分けてとはいえ長距離転移できること自体、既に人族の常識を超えているのだが。


「まったく、比べられる対象がアレじゃたまんないわよ……」


 キャロルは独り言ちた。


 ***


 魔王の衣を身に纏ったエフォートを送り出してから、サフィーネたちが向かったのは、ルースやギールたち装甲車部隊との合流地点だった。

 エフォートと行動をともにせず、またすぐにミンミンの救出に向かうことも我慢して、まずルース達との合流を急いだのには理由があった。


「ふふ……そう動くと思ったよ」


 だが、彼女たちの行動は裏目に出てしまう。

 否、すべて読まれていたのだ。

 悪魔の頭脳を持つ男に。


「魔王を倒さないまま、その力を手に入れたエフォート・フィン・レオニング。確かにいまさら彼と行動をともにしても、足手まといになるだけだろうね。だったら、先に残存戦力を取りまとめて、ガーランド皇帝ベルガルドへの交渉材料となるグルーン皇太子の身柄を確保し、そして女神との決戦の地へと向かう。……サフィーネ、君らしい合理的な選択だよ」


 冷たく笑う男の後ろには、多くの兵士たちが倒れている。

 その中にはルースも、ミカも、ギールも含まれていた。


「……この、クソ兄貴……!」


 転移した先に広がっていた惨状に、サフィーネは爪が食い込み血が滲むほど拳を握りしめる。

 男はチッチッと人差し指を横に振ってニヤリと笑った。


「寂しいね、昔のようにお兄様と言っておくれよ。まあ、私はもうハーミットではないけれどね。……さて」


 望月晴人のその笑顔は、魔王のそれより遥かに邪悪だった。


「君たちには人質になってもらうよ。私の計画の最大の障害となる、反射の魔術師クンに対抗する為だ。いやあ、強大すぎる力を得るのも考え物だね。敵にこんなにも卑怯な手を使わせてしまうのだから」

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