52.これからのこと

 エフォート達とビスハ村の者たちは、戦場となったマギルテ平原の外れ、エルフィード大森林へと続く森に野営を張っていた。


「ブルゴーと一緒に、バーブフ以外の管理兵団が逃げている。通信魔晶は持ってないだろうが、近くの街で王都に報告するだろう。ビスハ村には戻らない方がいい」


 ギールの意見に従って、村から離れた土地で休息を取ることにしたのだ。

 その夜、大テントに集まったのはエフォート、サフィーネ、エリオット、ギール、ガラフ、そしてミカの六人。

 今は別のテントで眠っているミンミンが、マギルテに転移してから起こった出来事。そして白の幼女の正体について、詳しく説明していた。

 それはビスハの者たちの理解を超えるもので、今後のことを話し合う為にも、最初から全てを話す必要があった。


「しょ、承継魔導図書群……オラなんかを助ける為に、そっただ大切な物を……」

「何言ってるの! 古代の魔導書なんかより、ミカちゃんの命の方がずっと大事だよ」

「お姫様……もったいねえだ」


 ミカは自分が斬られた後に起こった出来事を詳細に聞いて、恐縮していた。

 エフォートは淡々と話す。


「気にすることはない。すべての承継図書を奪われた訳じゃないし、これからしばらく奴の干渉を防げる代償としては、安いものだ」


 サフィーネの魔力が回復した後でアイテム・ボックスを確認する必要があるが、奪われた承継魔導図書群は、おそらく全体の三分の二程度。もともと短期間ですべて習得できる代物ではないし、もっとも重要な魂魄快癒ソウル・リフレッシュを得ている以上、すぐに困ることはない。


「だ、だども……」

「それに殿下はともかく、俺はクソ女神を罠にかける為に状況を利用しただけだ。ミカが助かったのは、成り行きだ。責任を感じる必要はない」

「うっそでー、ニイちゃん。メッチャ必死だったくせに。俺、覚えてるよぉ~」


 冷静に話すエフォートを、ガラフが冷やかす。


「ニイちゃん、『諦めるな!』とか『絶対に死なせないっ!』とか言って、汗ダラッダラで異世界の医術まで使ってさ。そりゃもう必死でミカのこと救おうと……ちょちょちょ、ニイちゃん、ニイちゃん! 止めて止めて! 無理矢理魔力吸うの止めて! 干からびる! 干物になる!」


 無言でマジック・ドレインを仕掛けてくるエフォートから逃れようと、ガラフは必死にもがいた。


「しかし……皆さんが王国だけでなく、女神までも敵に回して戦っていた事に驚きました。それに、サフィーネ殿下の奴隷制を無くすという理想にも」


 ギールが、呆れたようなニュアンスも含んだ感想を率直に漏らす。


「無謀な夢だと、思う?」


 小首を傾げて尋ねるサフィーネに、ギールは首を横に振った。


「いえ。これからも共に戦いたいと思える、相応しい目標です」

「なら良かった」


 ニッコリと笑ったサフィーネは、まさに花が咲くような美しさだった。


「もう一度確認するけど、ギールさん。ビスハ村の皆さんは、本当に私達と一緒に戦ってくれるの?」

「嫌がられても、殿下たちの力になりますよ。何せ我々は、もう奴隷ではない。誰と運命を共にするのか、自由に選ぶ権利がありますからね」


 ギールは誇らしげに笑った。

 ミカとガラフも頷いて、屈託のない笑顔を向ける。


「……ビスハ村の全員が、か?」


 エフォートの訝しむような問いにも、ギールは迷いなく頷いた。


「ええ。皆にもう確認しています。それが嫌な者はもう、出て行きましたからね」


 オーク混じりの、バーブフに通じていたビスハ兵、ブルゴー。

 管理兵団相手に上手く立ち回り、それなりに甘い汁も吸えていたのだろう。そういう者にとっては、わざわざ王国の敵になるメリットは確かにない。

 だがほとんどの者たちは管理兵団に虐げられ、苦渋の人生を歩んできた。

 そこから解放された恩を、感じてくれているのだろう。


「ならいい。だが言っておくぞ。助けて貰ったから助けなければ、なんて義務感でついて来られても、迷惑だからな」

「おや? エフォート殿はビスハ村の状況を利用されただけなんでしょう? 我らがそんな考えを持つはずがないではないか」

「なっ……だから、それでいいと言ってるじゃないか」


 意地の悪いギールの返しに、エフォートは動揺する。


「きしし……オイラ、なんとなくフォートのニイちゃんの性格が分かってきたぜ」

「こらガラフ、生意気言うでねえべ! まあ、オラも同感だども」

「二人とも、教えてあげるね。フォートみたいな人のことを、異世界ではツンデレって言うのよ」

「サフィっ、何を勘違いしてるんだ!」


 ツンデレの意味を知るエフォートは、どんな顔をしていいのか分からずにそっぽを向いた。


「……では、まず当面の行動について確認しましょう。最初の目的は都市連合への亡命でいいんですね」


 ギールが仕切って、話を先に進める。

 サフィーネは頷いた。


「そうね。けど、ハーミットが間違いなく、都市連合との国境に軍を敷いている。正面突破は難しいわ」

「それでは、他国を経由して……」

「ハーミットが各国に手配を回しているでしょう。帝国には及ばないとはいえ、軍事国家ラーゼリオンの不興を買う国があるとは思えない。最終的な私の目的が奴隷解放であることも伝えられていれば、私に手を貸す国はないでしょうね」


 都市連合以外の周辺国家は、すべて奴隷制を持っている。

 メリットゼロのサフィーネ一向の通過を認めるどころか、捕らえてラーゼリオンとの外交カードにしようとするだろう。


「お姫様あのさ、神の雷とニイちゃんの反射があれば、他の国でも王国軍でも楽勝なんじゃないっスか?」


 能天気なガラフの発言も、サフィーネは即座に否定する。


「ダメね。それでは戦争になるし、軍の物量を相手にしては、こちらに人的損害が必ず出る。悪手よ」

「それに相手が王国軍なら、足止めを喰らっている内にシロウが必ず出てくるだろう」


 エフォートが向き直って、サフィーネの言葉を引き継いだ。


「奴に負けるつもりはないが、軍と転生勇者の二正面作戦は不利だ。その間にシロウの仲間たちも加わってくれば、こちらがどんな策をもってしても勝てないだろう」


 ハーミットの策を、エフォートたちは完全に読んでいた。


「じゃあ、どうすんのさ。……あ、そうだ!」


 ガラフがポンと手を打つ。


「ニイちゃん、姿を消せる〈インビシブル〉の魔法を使えるだろう? それですり抜けていけばいいんじゃね?」

「難しいな」

「どうしてだよ。アレ、気配とかも消せるんだろ?」

「相手が魔物や個人ならともかく。軍や国境警備隊は、対魔術師用のアンチ・インビシブルの魔術構築式スクリプトを必ず用意しているんだ。大規模なスクリプトだから運用が難しいんだが、複数の魔術師が一度発動させれば、効果は長い。俺を相手に、ハーミットがそのあたりで手を抜くとは思えん」

「ダメかー」


 ガラフはバッタリと突っ伏した。


「……でも、いい案だと思う」


 サフィーネがポツリと呟く。


「フォート、そのアンチ・インビシブルの術式ってあくまで魔法の〈インビシブル〉に効果があるんだよね?」

「? そうです」


 落ち着いたテンションで真面目な場面では、まだまだエフォートはサフィーネに敬語だ。

 サフィーネは続ける。


「なら同じような効果で、違う魔法ならどうかな?」

「……! 基本となる構築式スクリプトが異なれば対応しません。ですが、俺が知る限りでは、似た効果の魔法はないですね。残っている承継図書で使える魔法が出るまでクジを引くって手もありますが、その度に俺とガラフの魔力が枯渇するのは危険過ぎます」

「分かってる。全部外れの可能性もあるしね。だから……」


 サフィーネは用意していた地図の一点を指差した。


「確実に使えるのを取りに行こう」

「エルフィード大森林の最奥……エルフの精霊術か!」


 なるほど、と声を大きくするエフォート。サフィーネは嬉しそうに頷いた。


「精霊術なら、まったく違う構築式スクリプトで気配を消す方法もあるでしょう? 気難しいエルフが力を貸してくれる保証はないけど、ラーゼリオン領内とはいえ大森林のエルフ達と王国は仲が悪い。王国と敵対する私たちの話くらいは聞いてくれると思うわ」


 魔法でどうにかすることしか頭になかったエフォートには、精霊術を使うという発想はなかった。サフィーネの提案に異論はない。エフォートは大きく頷いた。


「決まり、ですな」


 ギールがパン、と膝を打つ。


「オイラ、オイラ! オイラの手柄! オイラが魔法で軍をすり抜けようって言ったからだよね!」

「ああもう、ガラフうるさいべ!」


 ガラフとミカもやんやと騒いだ。


「ですが大森林を行くとなると、ビスハ兵三百人超での行軍は無理ですね。少数精鋭で行きましょう」


 ギールの言葉にサフィーネが頷く。


「ええ。それは今回に限らず、王国の捜索を避ける為にもしばらくはバラバラで行動した方がいいでしょう。……それに」


 そして王女は、申し訳なさそうに俯く。


「せっかく力を貸してくれると言ってくれたのに、申し訳ないのだけれど。私たちには、これからビスハの皆さんを食べさせていける方法がない」

「そんなことは心配しないで下さい」


 ギールはドンと自分の胸を叩いた。


「我らビスハ兵、隷属魔法の軛から放たれれば、どこででも生きていけます。町や村での生活は無理ですが、この季節なら野山での狩りや採集で食料の問題はありません」

「そう言ってくれて助かるわ、ギールさん。冬を迎える前にみんなを都市連合に迎えられるよう、全力を尽くすね」

「……ちょ、ちょっと待ってよ、お姫様!」


 話の流れに、ガラフが慌てる。


「オイラは絶対に、お姫様たちについて行くッスからね!」

「お、オラもだ! 命を救ってくれた恩返しをしたいべ!」


 ミカも慌てて、サフィーネに懇願した。


「もう、ミカちゃんに命を救われたのは私なんだけど」


 そう言ってサフィーネは、エフォートを見る。


「……いいでしょう。魔力タンクのガラフに、機動力のあるミカは頼りになります」

「ま、魔力タンッ……!」

「フォートさん、ありがとうだべ!」


 ミカは喜びに顔を明るくするが、ガラフは絶句していた。


「に、ニイちゃん、オイラのこと、そんな風に思って……」

「ガラフ君、ガラフ君」


 サフィーネが、落ち込んでいるガラフをちょいちょいと呼び寄せる。


「ガラフ君、忘れた? フォートはツンデレなんだよ?」

「……あっ」

「フォート、君のこと『アイツは天才だ』『いろいろ教えてやれば、いい魔術師になれる』って言ってたよ」

「マジでぇ!? なんだよニイちゃん、もう、素直じゃないッスね~」


 途端に破顔して、ニタニタとエフォートを見るガラフ。

 エフォートはハァと溜息を吐いた。


「……殿下が何を言ったのか、聞かないでおきますよ……」

「その方がいいよっ。それで、ギールさんなんだけど」


 サフィーネが告げる前に、ギールは頷く。


「分かっています。エリオット殿下がいれば、もう剣士は必要ないでしょう。俺は残りのビスハ兵たちの指揮を取り、都市連合に向かう時期が来るまで皆の潜伏先の手配、連絡網の整備をしておきます」

「お願いします。……良かったね、兄貴。ギールさんに認められてるよ」


 水を向けられたエリオットは、ニコリと笑って頷いた。


「うん、ありがたいね。まかせてよ」

「兄貴……大丈夫? さっきからずっと喋ってないけど」

「なんか話が高度で、ついていけなかっただけだよ」


 そうは言っても、明らかにエリオットの様子はおかしかった。

 あまりにも、おとなしすぎるのだ。


「……フォート」


 不安を感じるサフィーネは、どうしてもエフォートを見てしまう。


「念のため、エリオット王子にも魂魄快癒ソウル・リフレッシュをかけています。女神の影響はないはずですが……」


 女神の分体である白の幼女は、エリオットを指して『ラーゼリオンの小僧は厳重に処置させて貰った』と言っていた。

 何かされたのは間違いないのだが、それが何かが分からない。

 エフォートが魂魄快癒ソウル・リフレッシュをかけた後、ビスハの救護兵にも治癒魔法にマインド・リフレッシュを重ねがけしてもらったのだが。


「心配しないで、サフィーネ、エフォート。俺はいつもと変わらないから」


 エリオットはいつもの笑顔で笑う。


「本当ですか? 何か少しでも違和感があれば、言ってくれ」


 真剣に問いかけるエフォート。

 あの性格の捻くれまくった女神が何を仕掛けたのか、ハッキリさせなくてはならない。


「うーん、そうだなあ……なんかね、王城を出てからクリアになってきた感覚が、あの白い女の子に会ってからまたボヤけてきた感じがする、かな」

「クリアになってきた感覚が、またボヤけた?」

「うん」

「それってどんな感覚?」


 サフィーネも問いかけるが、エリオットは首を捻った。


「うーん。わっかんない!」

「あははっ! エリオットの兄貴がボーッとしてんのなんて、いつも通りじゃんか!」


 ガラフが笑って、エリオットの背中をバンと叩いた。


「痛ってえなあ、ガラフ!」

「へへっ! 本当のことだろ~」

「待てこら、お前!」

「待たないよーだ!」


 ガラフはエリオットをからかって、大テントを飛び出して行った。

 エリオットも後を追おうと立ち上がる。そして。


「……サフィーネ、エフォート。俺は本当に大丈夫だから。こら待て、ガラフー!」


 エリオットも大声を上げ、テントを飛び出し行った。


「まったく、ガラフは……すまねえべ」

「ううん。ありがたいよ、ミカちゃん」


 頭を下げるミカに、サフィーネは首を横に振る。

 分からないことを悩んでいても仕方がない。様子を見るしかない以上、元気にするしかないのだ。


「……さて、殿下」


 エフォートが低い声で、呼びかける。

 サフィーネは目を合わせると、残った二人に向かってゆっくりと口を開いた。 


「ギールさん。ミカちゃん。大森林に向かう前に、大切なことを済ませましょう」


 サフィーネの言葉に、ミカはビクッと肩を震わせる。


「……そろそろ、か」


 ギールの言葉にエフォートは頷く。


「ああ、もうすぐルースが目を覚ますだろう。決着をつけないとな」


 マギルテ地方での最後の夜が、明けようとしていた。

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