92.決着と、不穏の幕開け
バルカン・レイはワナワナと唇を震わせていた。
こんなはずではなかったと、往生際悪く叫ぶ。
「
「ひっ……」
「大丈夫だキャロ、お前はもう奴隷じゃない。……見苦しいぜ、クソ親父」
まだ条件反射でバルカンの命令に怯えてしまうキャロル。
彼女を落ち着かせてから、ダグラスは結界の中で喚く父親の前に歩み出た。
「最後の最後まで表に出ねえで、裏で暗躍するのがテメエのやり方だったはずだ。それがこんな中途半端な場面でノコノコ出てきちまった。早過ぎた王手、それがテメエの失策だ」
「この男は引きずり出されたんだよ、サフィに」
ダグラスの言葉に、エフォートが口を挟んだ。
「お前達との模擬戦で、サフィが承継図書と反射魔法の価値を一番見せつけたかった相手は、バルカン・レイだった。軍事に明るい者ならば、特にあの『銃』の性能に目が眩むだろう」
エフォートはバルカンに視線を移して続ける。
「バルカン。お前は万が一にも俺たちがダグラスと組んでしまうことを恐れた。だから一刻も早く息子を殺し、俺たちを確保したかった。だからあのタイミングで、出て来ざるを得なかったんだ」
「く……」
「本当は、表に出る役はあの男だったんだろうがな」
そう言って指し示した観測所には、タリアに拘束されたジニアス議員の姿があった。
「……!! ジニアス貴様、喋ったのか!? この恩知らずめ!!」
叫ぶバルカンに、ダグラスはバカにするように口笛を吹く。
「オイオイ、耄碌したかクソ親父。自分からジニアスとの繋がりを自白してくれて助かったぜっ」
息を飲むバルカンだったが、他の評議員の前で叫んだ言葉はもう取り消せない。
ダグラスは自嘲する。
「ったく。こんな馬鹿にいいように動かれていた自分が情けねーよ。……タリアたん、影写は?」
「問題ありません」
タリアは、観測所に隠して備えつけていた影写魔晶を取り出した。
「最初から今まで、すべての出来事がここに記録されています」
バルカンはゴン、と地面を殴りつける。
「おのれぇぇっ!!」
「さて。証拠はもう充分以上だ。テメエをこの場で処分したところで何の問題もねえ。待たせたなレオニング君」
促され、手のひらをバルカンに向けるエフォート。
「くっははは! 無駄だ!」
バルカンは自棄になったように大声で笑った。
「
前議長の戯言をエフォートが鼻で笑ったその時だった。
「〈ストーン・バレット〉!」
「ぐあっ……!?」
結界をすり抜けて、石の飛礫がバルカンの右腕を砕いた。
「な……に……!?」
「キャロが、やる」
歩み出たのは、
これまでその人生を奪われ続けてきた少女。
「この腐れジジイだけは……キャロが嬲り殺す!〈ストーン・バレット〉」
「ぐうぅっ!! そ、そうか反射を抜く技術で、時間停止の結界もっ……!」
今度は左脛を砕かれる。
「くそっ……ならば、普通にレジストを!」
バルカンは新たな魔術構築式を描き始めた。
キャロルは構わず次弾を放つ。
「〈ストーン・バレット〉!」
「〈クレイ・ウォール〉!」
「〈リフレクト〉」
ギンギンギンッ
「があっ!?」
エフォートによる複数の反射壁で軌道を変えた石礫が、背後からバルカンを撃ち据える。
「きっ……貴様っ……!」
「どうした? 時間魔法の結界が疎かになっているぞ?」
「〈ストーン・バレット〉!」
「グゥッ!? ……お、おのれらぁぁぁ!!」
二人の天才により、バルカン・レイはされるがままに嬲られ続けた。
***
「フォートさーん!」
遠くから声をあげながら、ミカが怒涛の勢いで走ってきた。
その背中には、サフィーネが背負われている。
「お姫様、お届けだべ!」
「フォートお待たせ! 状況は?」
ミカの背中から飛び降り、サフィーネは駆け寄る。
「……この通りだよ」
エフォートの視線の先には、身体中を石つぶてに打たれボロボロになった前議長が虫の息で倒れていた。
「
「……そう。終わったんだね」
サフィーネは地に倒れるバルカンを見下ろした。
「ぐ……俺を……見下すなっ……ラーゼリオンの、低脳がっ……!」
「無様ね、バルカン・レイ。己の野心にのみ囚われた報いだよ」
一切の同情も容赦もなく、サフィーネは吐き捨てる。
「ぬ、ぬかせっ……貴様とて、俺に人質にされ……見苦しく、命乞いをっ……したではないかっ……!」
「サフィは命乞いなどしていない」
エフォートが呻くバルカンを睨みつける。
「お前に囚われたサフィは、俺に『いつものように自分を一番に考えて』と言った」
「だ……だから、それがっ……」
「いつもサフィーネが考えていること。それは自分の保身でもなければ命でもない、理想の達成だ。だから俺は貴様の脅しに屈せずに、行動することができた」
それは誰よりも彼女を理解しているから。
「目の前で隷属魔法に苦しむ者がいて、それを我が身かわいさに見捨てることができるほど器用な人間だったら。この人は今頃、ラーゼリオン王都で優雅な暮らしを続けていただろうさ。まったく不器用で貧乏クジばかり引く苦労性な、王族に向いていない人だよ」
「ねえ、それ褒めてるんだよね?」
サフィーネは特に後半で複雑な表情を浮かべた。
「さあ、終わりだ。クソ親父」
ダグラスが歩み出る。
「り……理想なら……」
バルカンは呻いた。
そして。
「理想なら……俺にもあるッ! だから俺はまだ!」
バルカンは残された体力と気力を振り絞り、サフィーネから奪っていた銃を抜く!
「ラーゼリオンに! 馬鹿どもにこの国を自由にさせる訳にはいかんのだ! 死ね小娘!」
バァン!
響く銃声。
頭蓋を撃ち抜かれ、血を流し倒れたのは。
かつて列強を相手に小都市を纏め上げ対抗しうる国とした立役者。
奴隷制を否定し、気高い理想を掲げ多くの者に希望の光を見せた辣腕の者。
「どうしてこうなっちまったんだ、親父……」
ダグラスはキャロルに腕を抱かれながら、呟いた。
エフォートは目を伏せて詫びる。
「……すまない、ダグラス」
「いいさ、レオニング。確かに裁判はしたかった。だがまたのらりくらりと逃げられて、同じ事の繰り返しになるだけだ」
そう言うと、ダグラスは己の肉親、その代わり果てた姿を一瞥した。
「……自分が撃った弾で死んだんだ、自業自得さ」
権力を取り戻すことは叶わなかった、都市連合評議会前議長バルカン・レイ。
ラーゼリオンの亡命王女に向かって撃った銃弾を、反射の魔術師に跳ね返されて絶命した。
***
リリンが王都に辿り着いたのは、国境砦を出てから僅か三日後のことだった。
それは、とても人族とは思えないほどの脚力と持久力のなせる業だ。
「つ、疲れた……」
不眠不休で駆けてきたリリンは、さすがに疲労困憊だった。
おそらくシロウ達がいるであろう王城へ向かう前に、城下町の食堂に入ることにする。
(シロウ相手に説得するなら、こっちも体調は整えておかないとね)
シロウの反応によっては、
だから、せめて体力は補給しておこうと考えたのだ。
「すみません、シチュー定食ひとつください」
「あいよっ」
その店はリリンがまだ子どもで、貴族だった頃。父親がお忍びでこっそり連れてきてくれたことのある店だった。
(懐かしいな……さすがにオバちゃん、あたしのことは覚えてないよね)
ちょうど昼時で、店は冒険者たちや近隣で働く者たちで賑わっていた。
隣のテーブルではランクの高そうな冒険者たち四人が、陽のあるうちから酒をあおっている。
「だからよぉ、オレは言ってやったんだ。来んのが遅えって」
「そりゃあんまりだぜアニキ、たった三日じゃないっすか。充分早いっすよ」
そこまで大きい声ではないが、すぐ隣のテーブルのため嫌でも会話が聞こえてきた。
席を移ろうかとも思ったが、あいにく空いている席はない。
ゆっくり食事したかったのにな、とリリンはため息をついた。
「いやいや関係ねえって。だって傷ついた猫が待ってんだぜ? こっちは気が気じゃねえっての」
「猫ぉ? 何の話だよ。オメエ、猫なんざ飼ってたか?」
「拾ったんだよ。飼い主からはぐれちまったところを、悪いヤツに痛めつけられたみてえでな」
「ハッ、そりゃあお優しいこって」
「いやいや、そりゃあ助けてやろうって気になるぜ? なんか酷い魔法をかけられてるみてえでよぉ。すっげえ苦しそうなんだ」
「猫がぁ?」
「ああ。城に行けば知り合いの回復術士がいるから、連れていこうとしたんだけどよ。城に近づこうとすると、すっげえ嫌がって泣くんだよ」
「へえ、それでどうしたんすか?」
「仕方ねえからよ、冒険者ギルドの本部に預けてるよ」
「へ? 動物なんて預かってくれたっけぇ?」
「ははっ、こいつは内緒だぞ? ギルドマスターがすっげえ動物好きでな。こっそり預かってくれてんだよ」
「へええ。ガイルスさんがねえ」
「アニキ、その猫は可愛いんすか?」
「おう。会ってみるか? じゃあよ、受付でこう言うんだ」
その時、店のオバちゃんがリリンに定食を運んできた。
「おまたせっ、パンと煮込みシチューの定食で良かったよね?」
「ごめん、オバちゃん!」
リリンはテーブルの上に銅貨を一枚投げてから、店を飛び出した。
***
(残りの魔力を確かめようとして、ケノンを使ってみて良かった……! 暗号なんか使わないでよっ、あたし、頭良くないんだから!)
リリンは城下町を駆ける。
ギルド本部の場所については、子どもの頃の記憶がなんとか残っていた。
魔術研究院の建物に勝るとも劣らない立派な作りの、冒険者ギルド本部。
リリンは恐る恐るその扉を開け、受付を訪ねた。
「こんにちは! ……あら、見ない顔ですね。冒険者の方でしたら、ギルドカードの提示をお願いしまーす」
受付にいたウサギの女獣人が、ニッコリと微笑む。
「え、あ、ええっと……」
リリンは、食堂で男から聞いた合言葉を思い出す。
「あの、あたしリリンって言います。……可哀そうな猫に会いに来たんです!」
その言葉を聞いて、ウサ耳の受付嬢の目が僅かに細くなった。そして。
「……わかったよ。後をつけられてない?」
「えっ?」
リリンは急に雰囲気が変わった受付嬢に驚きつつ、〈精霊の声〉で確認してから頷いた。
「うん、大丈——」
「ちょっと! 迂闊に精霊術なんか使わないで!」
「ええっ?」
確かにシェイドは併用していなかったが、そんなに簡単に悟られる術ではなかったはずだ。
リリンはウサギの女獣人が只者ではないと気づく。
「案内するわ。ついてきて」
先導する受付嬢の後を歩きながら、リリンは嫌な予感と不穏な気配を感じずにはいられなかった。
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