65.過去からの、呪縛

 シルヴィアの語り口は、非常に落ち着いていた。

 ガラフの操る承継魔法〈ナイトメア・バインド〉に縛られ、サフィーネに銀の弾丸が込められた銃を突きつけられても、まるで脅威に感じているように見えない。

 むしろ王女達と話しているこの状況を、楽しんでいるかのようだ。


「それで貴女とニャリスは、エルカードさんを操って……」

「ああ、後はそなたの想像通りじゃ。闇と平穏の精霊を操り、聖霊獣も封じることのできるエルフの青年。彼に森を燃やしてもらって、エル・グローリアを目覚めさせたのじゃ」


 淡々と話すシルヴィアの前に、幼女が立った。


「エルミーの恋人に、なんて酷いことを」


 ミンミンはきつい眼差しで、シルヴィアを睨みつけている。


「……そうか、ミンミンはこの話を聞かされておらなんだか」

「エルフの谷で聖霊獣は、信仰の対象でもある。その聖霊獣を鎮めることができたなら、彼の役目はエルミーを見張ること以上に、封印の守護が重要だったはず……」


 ミンミンはその聡明さゆえに、事の非道さを理解する。


「そんなエルフに森を焼かせたなんて、なんて酷い」

「さすが、女神の分体として過ごしていただけはあるの。本当のミンミンも聡い子じゃ」

「ふざけないで。……それをシルヴィア達に命令したのが、あの男なんでしょう」

「せめてシロウと呼んでやれ。……そうじゃ」

「卑劣な男。自分で森を焼けば済んだものを」

「それでまた、あのエルフの青年が聖霊獣を封印してしまえば、森の焼き損じゃからの。エルカードを操れることには意味があったのじゃ」

「そんなの詭弁。エルミーを手に入れる為の当てつけでしょう?」


 ミンミンの追及は鋭く容赦がない。シルヴィアは自嘲じみた笑いを浮かべた。


「否定はせぬよ。ただ擁護させてもらえば、先にシロウの内面に踏み入り怒りを買ったのはあのエルフじゃった。私怨と言われればそれまでじゃが、シロウには怒る理由があったのじゃ」


 そこで、サフィーネが口を挟む。


「前世のこと?」


 シルヴィアは視線を王女に移した。

 それこそ、話たかったことだとばかりに。


「そうじゃ。シロウの坊やは転生前、ゲンダイニホンで凄惨な死を遂げた。それは何人たりとも触れてはならぬ、深い傷なのじゃ」

「……それは」

「知ったことじゃないよ」


 詳しく聞き出そうとしたサフィーネを遮って、ミンミンが切り捨てた。


「つらい過去なんて誰でも持ってる。そんな事が、あの男が化け物から貰った力でこの世界を弄んでいい理由にはならない」


 自身が戦災孤児で、三年もの長きに渡り女神に自由を奪われたミンミンには、そうシロウを断罪する権利があった。

 それが分かっているシルヴィアは、黙してミンミンに言い返すことはない。


「余計な言い訳もういいよ。それで? あの男はどうやってエルミーを騙して奴隷にして、聖霊獣エル・グローリアを再封印したの? 必要なことだけ教えて」

「……エルミーが奴隷になるくだりは、聖霊獣に関係ないじゃろう。どうしてそれも知りたがるのじゃ?」


 シルヴィアの反問に、ミンミンは少し沈黙してから口を開いた。


「……今、ルースがエルミーと戦ってるんでしょう。あんな男の為に、ボク達が争う必要なんかない。説得して止めさせる為に、必要なんだ」

「ミンちゃん……」


 シロウの恐怖に怯え、逃げたいとだけ言っていたミンミン。

 その彼女の決意を察して、サフィーネは思わず声を漏らした。


「ふははっ、分かったのじゃ。……本当はもう少し、シロウの坊やについて話しておきたかったのじゃがな」


 サフィーネを見ながら、シルヴィアは残念そうに呟く。


「えっ」


 サフィーネとしてもシロウの秘密を知ることは有意義だ。だが今は、時間がないことも事実。

 王女はシルヴィアの語る六年前の出来事の続きに、耳を傾けた。


 ***


 ゴオオッッ……!


 熱風が、皮膚の表面を微かに焼くような感覚。

 エルフィード大森林は、炎の海と化していた。


「……エルカード……!」


 精霊術でその上空に浮かび、火精霊サラマンダーを撒き散らしているのは、自身の恋人。心優しく大人しい性格だった彼の変わり果てた姿に、エルミーは息を飲んだ。


「はっ、景気良くやらかしてんな、ヤロウ」


 風の精霊の力で飛んでいるエルミーとともに、〈浮遊レビテーション〉で浮かんでいるシロウは吐き捨てた。


「な……なんてエルカードが、こんな真似……まさか!」


 ハッとして、エルミーは横のシロウを見る。シロウは半笑いで首を横に振った。


「おっと。オレたちが操ってると思ってんなら、誤解だぜ?」

「誤解なはず、ないでしょう!? 精霊の声を、聞かなくったって、わかる! あの吸血鬼に、呪術使いの獣人……! よくもエルカードに、こんな真似を!!」


 エルミーは精霊を呼び出し、シロウを叩き落そうとする。しかし。


「落ち着けよ、エルミー」


 近距離にいたシロウは魔術構築式スクリプトに干渉。擬似魔法生物である精霊が具現化する前に、霧散させた。


「く……!」

「精霊の声、か。ちょうどいいや、お前、ヤロウの側に行ってよく聞いてこいよ。お前の恋人……エルカードクンの本心をよ」

「えっ?」


 シロウは、顎で災厄の炎を撒き散らしているエルカードを指す。


「シルヴィアは傀儡眼じゃなく催眠眼を使ったみてえだ。ニャリスの呪術も、本人の理性を壊す類の術みてえだぜ?」

「ど、どういう、こと」

「これは、エルカード本人が心の奥底で望んでやってる事ってわけだ」

「……そんなはず、ない!」


 エルミーは弾かれたように、恋人の元へと飛翔した。


「……エルカードっ!」

「サラマンダぁああアア!!」

「ッ!!」


 火の精霊が放たれ、エルミーを襲う。

 だがその炎のトカゲは、エルミーが風精霊で防御する前に弾け飛んだ。

 術者自身が消したのだ。


「エ……エルミー……」

「エルカード! ワタシが分かる!? エルミーだよ、貴方の恋人!」


 目の焦点が合っていないエルカードに、エルミーは必死に呼びかける。


「あ……ボ、僕ハ……君、ヲ……」

「操られて、るんでしょう? あの吸血鬼と、獣人に!」

「君ヲ……君ヲ……」

「しっかりして! 平穏の精霊エントを呼び出して、呪縛を解くの!!」


 二人のやり取りを遠巻きに眺め、ニヤついているシロウ。その横にパタパタと一匹の蝙蝠が飛んできた。


「シルヴィアか。細工は流々か?」

『仕上げを御覧じろ、と言いたいところじゃがな。ちと悪趣味が過ぎるのではないか?』


 蝙蝠はシルヴィアの声で応える。シロウは嘲笑った。


「オレを馬鹿にするヤツは、何人たりとも許さねえ。これは当然の報いだ」

「……坊や」

「見ろ。人間……エルフは人間じゃねえかもしれねえが、生き物なんてみんな利己的なモンだ。一皮剥けば誰も彼も、自分の欲を満たす事しか考えてねえ。オレはそいつを、あのエルフの嬢ちゃんに教えてやるだけだよ」


 浅過ぎるシロウの思想。

 だがシルヴィアはそれを責める気にはならなかった。

 それは遥か大昔、シルヴィア自身が吸血鬼となった時に、嫌という程に思い知った真実と根は同じだったからだ。


「エ……ルミー……」

「頑張って、エルカード! 自分を、取り戻してよ!」


 エルミーは精神操作系の精霊との契約を持たない。エルカードが自身の精神力でなんとかするしかないのだ。


「自分ヲ……取リ戻ス……」


 フッと、エルカードの目の焦点がエルミーに合う。その瞬間、風の精霊魔法が解除されて、エルカードは落下した。


「エルカードッ!!」


 慌てて後を追い、空中でその身体を抱き止めるエルミー。そのまま地面へと緩やかに降り立った。


「大丈夫っ? 良かった、意識を取り戻し……ッ!?」


 邪悪に嗤うエルカード。その身に潜んでいた闇の精霊達が、エルミーを包み込むように一斉に襲いかかった。


「エルカードぉぉっ!」


 闇に包まれるエルミーの視界。

 聞こえてくるのは、精霊達の声。


(行かないで)

(何処にも行かないで、エルミー)

(そばにいて)

(僕から離れていかないで)


「何、これ……!」


 闇の精霊を通して聞こえてくるのは、エルカードの心。それはたとえ催眠術や呪術で操られていても違えられることはない、精霊が語る真実。


(谷を出ていくなんて言わないで)

(つまらないなんて、言わないで)

(ここで僕と、ずっと一緒に暮らそう)

(いつまでもいつまでもこのままで。悠久の時を、穏やかなこの谷で)


「ふざけ、ないで」


 エルミーは拒否する。当たり前だ、何も変わらずこのままでなんて、彼女が最も忌避してきた生き方だ。そしてそれを。


「貴方は、ワタシの望み、知ってるはず! 分かってて、くれたはず!」


 確かに積極的には認めてくれなかった。でも、谷を出たい、変わりたいというエルミーの意思を理解し、尊重してくれていると思っていた。


「それが、なんで!」


(逃がさない。僕は君と一緒にいたいんだ)


 闇がエルミーを侵食する。エルカードの欲望が入り込もうとしてくる。


「やめて、エルカードッ……!!」


(愛してるんだ、エルミー)


「自分のこと、ばっかりじゃないか! 分かってくれてると、思ってたのに」


(このまま永遠に、僕と一緒に)


「このっ……裏切者ぉぉっ!!」

「そこまでだ」


 エルミーの悲痛な叫びに続いた少年の呟きとともに、エルカードの闇が打ち払われた。


「!!」

「陰険で粘着質な男は嫌われるぜ、エルカードさんよ」


 シロウが光属性の魔法力を纏ったマスター・ソードによって、エルミーを包んでいた闇の精霊を斬り払ったのだ。

 そのままシロウはエルミーを抱えて再び空へと舞い上がり、エルカードから距離を取る。


「大丈夫か、エルミー」

「シ……ロウ」

「ヤロウの声を聴いたか?」

「……うん」

「どうだった?」

「エルカードは、嘘つきだった。ワタシを束縛したい、その気持ちを、隠してた」

「シルヴィアとニャリスの術は、そんなヤロウの心の薄皮を一枚剥いだだけだ。内心はヤロウの操る精霊と同じ、真っ黒のドロドロなんだよ」

「……」


 シロウに抱えられながら、エルミーはかつての恋人を見下ろす。

 真っ黒になった双眸で、エルカードは彼女を見上げていた。


「逃ガサナイ……君ガコノ谷ヲ、僕ヲ捨テルト言ウノナラ……!」


 エルカードは再び炎を精霊を呼び出して、まき散らした。


「!! やめて、エルカード!!」

「無駄だエルミー。もう遅い」

「えっ?」


 シロウの指摘とともに、地面がまた振動し始める。

 今度は先の揺れよりも大きく、止まる気配がない。


「……目覚メルガイイ、森ノ守護者ヨ」


 シロウとエルミーの後ろで、爆発が起こった。

 もうもうと立ち込める土煙、その中に見える巨大なシルエット。その正体は。


「聖霊獣……エル・グローリア……!」


 エルミーの頬に冷たい汗が流れる。

 エルフィード大森林の守護者。森を破壊し怒りを買えば、その咎人もろとも国ごと滅ぼされるという、幼いころより伝え聞いてきた存在だ。


「スベテ……滅ビロ……コノ世界、モロトモ!」


 谷に伝わる唯一エル・グローリアを鎮める術は、エルカードの操る闇と平穏の精霊による特殊な魔術構築式スクリプトのみ。

 だがそのエルカード自身が、聖霊獣を復活させてしまったのだ。暴走しているエルカードが再封印する可能性は極めて低いだろう。


「さーって、どうするよ?」

「えっ?」


 シロウに軽い口調で問われ、エルミーは面食らう。


「ど、どうするって……」

「オレならあの化け物をどうにかできるぜ。もともとヤツの魔法を奪うのが目的だったからな。けどそれには、お前の協力が必要みてーだ」

「……ワタシが、協力すれば、なんとかしてくれるの?」

「条件があるけどな」

「条件?」

「お前、オレを信じるか?」


 その問いに、エルミーは黙り込む。

 自分を理解してくれていると信じていたエルカードの暴走を目の当たりにして、エルミーはにわかに他人を信じる気持ちにはなれなかった。

 そんな逡巡するエルミーの姿を見て、シロウは自分の唇を舐めた。


「最初に言っておく、オレはお前が欲しい。仲間にしてえと思ってる」

「えっ?」

「お前を気に入った。自分の物にしてえ」

「……」


 悪びれもせずに言い放つシロウに、何故かエルミーは嫌悪感を抱かなかった。

 それは、変わることのないと諦めていた自分の日常を軽々と砕いてきた、この男の巨大な力への畏敬と憧憬。


「……貴方の、仲間」

「シルヴィアとニャリスと同じ、オレの奴隷になれってことだ」

「奴、隷……!」

「ビビる気持ちは分かるが、対価はさっき話したとおりだ。オレが魔王を倒した後に手に入れる、この世界。そこでオレたちは自由に生きるんだ。何にも縛れずに、生きたいように生きる」


 自由。

 それを得るための力。

 それが今、手の届くところにある。

 どうせこのまま森にいても、奴隷のように自由がないのは同じなのだ。


 ガオォォォォォッォォォォォォォン!!!


 魂を揺さぶる咆哮が響いた。もう時間はない。


「……分かった、シロウ・モチヅキ様」


 エルミーは頷いた。


「ワタシは、貴方の物になる。だからワタシを、連れてって。永遠に自由な、その世界に」

「まかせとけ」


 背後から聖霊獣エル・グローリアが迫る中で、シロウはエルミーの胸元へと手を伸ばした。


 ***


 キィン……!


 エルミーの自由を制限していた反射壁が、消失した。


「レオニング!?」


 ルースは驚いてエフォートを見る。

 エルミーから話を聞くだけ聞いたエフォートが、用は済んだと反射壁を消したのだ。


「なるほどな、そんな方法で聖霊獣を封印したのか。よく分かった」

「……信じる、の?」


 エルミーは立ち上がって、背を向けているエフォートを睨みつける。


「ああ」

「嘘ついてると、思わないの」

「……どうだ? ルース」

「えっ?」


 急に振られて、ルースは戸惑う。


「う、嘘だとは……アタシも思わないけど」

「どうして」


 もごもごと話すルースに、エルミーは鋭い視線を移した。


「筋肉バカの、オーガ女さんに。ワタシの嘘、見抜けると思えない、けど」

「だからオーガ混じりはちょこっとだけだって!」


 エルミーのいつも通りの口調に、ルースはむすっと頬を膨らませる。


「だってエルミーは、エルミーでしょ? 自分が自由になるために嘘を吐くとか、許せない性格じゃん!」

「……モチヅキ様の為になら、嘘もつく。奴隷だし」

「あんたなら、レオニングにどんな情報を渡してもシロウ様の実力なら敵じゃない、とか考えそうじゃん」

「……」


 つい、と視線を逸らすエルミー。

 その表情を見て、エフォートはふっと息を吐いた。


「図星か?」

「黙れ、陰険魔術師。やっぱり性格悪いな、お前」


 突っ込むエフォートに、エルミーは容赦なく罵声を浴びせる。


「エルミーお前、ちょっと言い過ぎ! レオニング、気にすんなよ!」

「言われ過ぎて慣れた。というかルースも否定はしないんだな」

「あ、いや、それは」


 ルースはまた、もごもごと口ごもる。。


「そっ、それよりも! レオニング、まだエルミーの拘束は解かない方がいいって! こいつ、隙見せたら遠慮なく術を撃ってくるよ! さっきのアタシへの容赦ない攻撃見ただろ!」

「ならルース、お前が警戒しててくれ」

「マジで!? アタシ武器がもう無いんだけど!?」


 ルースは徒手空拳のまま、エルミーに向かって身構える。

 エルミーは小さく噴き出した。


「無駄な心配だよ、ルース。武器がないのは、ワタシも同じ。〈魔旋〉が使えない以上、ワタシは陰険魔術師に、勝つ方法がない。この男の、反射魔法の展開速度。ワタシの精霊術より、速い」

「へ……そ、そうなの?」


 ルースは間抜けな声を上げて、エフォートを見る。


「理解が早くて助かるよ。……では、最後の質問だ」


 エフォートはエルミーを睨み、短く詰問した。


「もう手遅れだな?」

「そうだね。時間、稼がせてもらった。犯人が、あんた達じゃなかったの、意外だけど。……餌はもう、撒かれ終わった」


 ガォォン!

 ドゴォオン!!

 ズズン……ズン……!!!


「な、何っ!?」


 連続して起こった爆発音と地響きに、ルースは戸惑う。

 そして、先程の何倍もの黒煙が大森林の空に上がっていくのが、確認できた。


「また森が!? ……エルミーお前、森が焼かれてるの分かってたのか!? どうして何も言わなかった!!」

「モチヅキ様の、作戦だから」


 ニイッとエルミーは笑う。

 エフォートには知る由もないが、それは六年前にエルカードが見て怯えた、波乱に狂喜する危険な精霊術士の笑い方だ。


風聖霊シルフ

「あっ、てめっ!」


 エルミーは慌てて掴もうとしてきたルースの腕をひょいと躱して、精霊術で空に浮かび上がった。


聖霊獣エル・グローリア復活、だよ」


 二人を見下ろして、エルミーは告げる。


「戦いの時だね、陰険魔術師。モチヅキ様も手を焼いた、聖霊獣。あんたがどう相手するか、楽しみにしてるよ。六年前に、封印した方法は、話した通り。今回は使えない。さあ、どうする?」

「どうして俺がどうにかする前提なんだ? 聖霊獣など無視してさっさと逃げるさ」

「え?」


 ポカンとするルースを無視して、エフォートは続ける。


「国の危機だ。王国軍も出動せざるを得ないだろう。むしろこの混乱はチャンスだ」

「れ、レオニング?」


 あっさりと言い放つエフォートに、らしくないと慌てるルース。

 だがエルミーはなおも笑う。


「だろうね。けどあなたは、逃げられない」

「なに?」


 空に浮かぶエルミーの隣に、小さなひとつの影が飛んできた。

 それは一匹の蝙蝠。


「……まさか」


 エフォートは最悪の事態を察して、自分の判断の甘さを呪った。


「あははははっ!」


 エルミーは笑う。笑い続ける。


「あははははっ……エル・グローリアの復活地点には、リリンがいるよ。そのリリンが、誘導するんだ。エルフの谷で、シルヴィアに足止めされてる、サフィーネ・フィル・ラーゼリオン……お姫様のところに、怒りに狂う聖霊獣をねっ!」

「……エルミー!! お前は!!」


 ルースは怒声をあげる。

 エルミーたちはサフィーネだけを人質にしているつもりだろうが、エフォートにとっては危険な役割を負わされているリリンのことも見過ごせない。それが分かっているルースには余計に、エルミー達の作戦が許せなかったのだ。

だがエルミーは、その怒りもまるで意に介さずに笑い続ける。


「あははっ、はは、あははっ……あはは!」

「……エルミー?」


 まるで、そうしないと生きていけないとでもいうように。


「……性格が悪いのは、お互い様だな」


 絞り出すように呟くエフォート。


「否定はしない、よ」


 エルミーはようやく笑い止んで、吐き捨てた。


「じゃあ、せいぜい、頑張ってね」

「待てっ、エルミー!」


 ルースの制止を無視して、エルミーは精霊術で空を駆け離脱していった。


「くっ……行かせていいのか、レオニング!」

「放っておけ、それより今は」


 エフォートは、半分に割ってサフィーネに持たせている通信魔晶を取り出す。

 そして祈るような気持ちで魔力を込め、通信魔法を起動した。


「頼む……間に合ってくれ!」

「わっ!」


 同時に〈浮遊レビテーション〉の魔法を発動し、ルースを抱え飛翔する。

 目指すのは当然、大森林の最奥、エルフの谷。

 サフィーネ達ととリリンに、最大の危機が迫っていた。

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