28.そして王女は恋に落ちる
王城を狙う戦略級大魔法、本命の第二射が迫る中。
サフィーネは崩れた瓦礫に足を挟まれ、身動きできずにいた。
エフォートは顔面が蒼白になる。
「サフィーネ!」
ハーミットが駆け寄り、サフィーネの潰れた足に回復魔法をかける。
それで動けるようになる訳ではないが、まずは痛みだけでも引かせようとしていた。
だが、魔法効果は消失する。
「なに!?」
困惑するハーミット。
エフォートが突き飛ばすような勢いで、割って入った。
「何をしている、どけっ……〈エクスプロージョン〉!」
指向性を持った低級爆発魔法。
邪魔な瓦礫を吹き飛ばすつもりだった。だがまたもや魔法は消失する。
「なっ……なんで!?」
「この瓦礫は……最上階の宝物庫の一部だね」
困惑するエフォートに、ハーミットは応じる。
「宝物庫自体は無傷だろうが、それを支える柱が崩れたんだろう。魔法を無効化する性質を持っている。今すぐの破壊は不可能だろうね」
「兄ちゃん、なに落ち着いてんだよっ!? このままじゃサフィーネが!」
パニックに陥ったエリオットが叫ぶ。
次の瞬間、ハーミットはエリオットに当て身を食らわせ、気絶させた。
「! ……ハーミット王子、あなたは、何を」
瞬時にその意図を悟ったエフォートが、第一王子を睨みつける。
「サフィーネ」
ハーミットは無視して、苦痛に喘ぐサフィーネに声をかけた。
「……分かって……おりますわ。早く行って、下さい……」
「言い訳はしないよサフィーネ。すまない」
「お父様……は……?」
「すでにヴォルフラムが連れて避難している。大丈夫だ」
「そうですか……では、さようなら……お兄様」
「さらばだ、サフィーネ」
たったそれだけで、ハーミットはエリオットを担ぎ上げて駆け出した。
王女をなんとか助けようと近づいてきた近衛兵達にも、離脱を命令しながら。
「待て、ハーミット王子! サフィーネ様を見捨てる気か!? ……ふざけるなぁっ!!」
サフィーネの元に一人残ったエフォート。
そこに、城の外から空が鳴動する音が響いてきた。
「……やらせない!」
両手を掲げ、また詠唱を始める。
「五芒、六芒、天の七星、地の八極! 幾何の理、虚の地平!」
「何を……しているの、エフォート君……貴方も早く、逃げて……」
「黙ってろ、気が散る! ……命ずるは数多の論と理、其を覆す新たな法!」
必死で反射魔法の
詠唱を続けるその背中に向かって、サフィーネは痛みに耐えながら、訴える。
「聞いて……エフォート……貴方まで、死ぬ必要……ない……」
「黙れと言っている!」
「お願いエフォートっ……前に訊いたよね……私がなんで、奴隷制をなくしたいのかって」
痛みと恐怖で頭が働かない。だけど決して、エフォートを死なせてはならない。
「私は、ラーゼリオンの王女。この先、嫁ぐ先も……決められ……どんなに勉強しても……自分の運命も……変えられないって……」
「摂理を否定する! 正は負、負は正、彼方より此方へ、此方より彼方へ!」
「私は道具じゃないって……思って……でも、気づいた……奴隷制を敷く……こんな国の王女に、自由を願う……権利なんて、ない」
「天地返すは、星体の自明! 其の静は此の動、此の静は其の動、反駁の命を我は紡ぐ!」
「だから……この国からそんな物無くせば……私も……自由に……!」
「無理は有理、正理は反理、不可説、不可説転!」
「だからエフォート……貴方は生きて! リリンさんを奴隷から解放するんでしょう!? そのついでに……どうか、私の夢も……一緒に」
「ふざけるなぁっ!!」
エフォートは叫ぶ。
「そんなのは自分でやれ! 俺はもう二度と失くさない……今度こそ大切な人を守るんだ! その為に得てきた力だ! 努力だ! サフィーネ、俺に君を守らせろ!」
「一人で戦略級の反射なんて無理よ! それに……どうせ生き残ったって、私は結局あの兄には勝てない! あいつが兄で私が妹で……あいつが男で私が女で! 初めから勝負にもなりはしないのよ!」
「知ったことか! 俺の方は生まれる前から神に力を貰った男に勝たなきゃいけないんだ! それに比べればあんたの方がマシだろう!?」
「何よそれ、比べないでよ知らないわよそんなの!」
「戦う前から負けを認めんな!」
「私は戦ってるわよ!」
「じゃあ負けたって認めんな! 俺は認めてないぞ、必ず守る! だから諦めるな!!」
迫る災厄の時への焦りと恐怖で、二人の会話はもはや支離滅裂だ。
それでもエフォートは
「いいから早く逃げなさいよ! 迷惑なのよ! 私は自分の夢の為に、君を利用しただけなんだから!」
「こっちの台詞だ! 俺の望みはリリンを取り返すことだけだ、利用してたのは俺の方なんだよ!」
「なにそれ最低!」
「どっちが!」
怒鳴り合いながら、サフィーネは背を向けているエフォートに手を伸ばす。
生きる為に足掻き続ける男に、触れる。
「ぐうっ……! ……ッフォート……!」
潰された足の痛みで、意識が乱れる。
だけど。だから。
「無限を喰らえ、位相の
魔力の限界を超え、魂すら力に変えて。
だからこそ、今度こそ。
「助けて……まだ、死にたくないよ、フォート!」
「当たり前だ! サフィ!!」
再び閃光が走り雷鳴が轟き、災厄の大魔法〈カラミティ・ボルト〉が王城を消滅させる、その寸前。
「跳ね返せぇぇぇ!! 〈ソーサリー・リフレクト〉!!」
王都ラーゼリオン攻防戦。
その日、都市連合軍はたった一人の反射魔術師により、壊滅させられた。
***
「〈エクスプロージョン〉」
階下から放たれた低級の爆発魔法により、瓦礫に挟まれていたサフィーネの床が崩された。
封印の宝物庫の一部である瓦礫がまた崩落しないよう、爆発の威力は慎重に調整されている。
サフィーネの体だけが開いた穴から落下して、階下にいたエフォートが受け止めた。
「わっ……と」
「きゃっ」
正確にいえば受け止めきれず、エフォートは王女を抱えたまま仰向けに倒れこんでしまったのだが。
「す、すみません殿下、お怪我は……」
「……足が、潰れてるよ」
分かりきっていることを聞いてしまって、エフォートは動転している。
「そ、そうでした。少し待っていて下さい、すぐに回復術者か司祭を呼んで」
慌てて王女の下から出ようとするエフォートだったが、サフィーネは出会ってから三年経って随分と豊かに育った胸をギュッ押しつけ、しがみついて逃がさない。
「で、でで殿下?」
「……都市連合軍は? もう大丈夫なの?」
「ああ……はい。敵魔法兵団に反射したカラミティ・ボルトを直撃させました。その後で薙ぎ払うように角度を変えたので……もう、軍の体を成していないかと」
「そう。すごいね、フォートは」
「……『フォート』?」
倒れたままのエフォートの上で、サフィーネは抱きついていつまでも放さない。
王女の身体の柔らかさを、体温を感じてエフォートは、逃げるように身をよじる。その仕草がサフィーネには可愛らしくて仕方がない。
国を、そして王女を救った英雄なのに。
「あ、あの殿下……そ、その、当たって」
「気にしないで、当ててるんだから」
「えっ? はっ?」
「……ふふっ」
「な、何が可笑しいんですか」
「だって口調。さっきは私に向かって、黙れ、とか。諦めんな、とか言ってたくせに」
「あ、あれは……」
「あと私のこと、サフィって呼んだ」
「あれは詠唱しながら喋ってたから、途中で切れて……申し訳ありません、忘れて下さい」
「絶対に忘れないよ、フォート」
「え?」
「ねえもう一回、サフィって呼んで」
「そ、それは、その」
演技でなく、潤んだ瞳でサフィーネは自分を守ってくれた魔術師を見つめる。
エフォートが王女の要望に応え、口を開きかけたその時。
「……甘いっ! 甘すぎるのじゃっ!」
黒いボロきれを纏った幼女が、唐突に現れた。
「なっ……!?」
「プリン・ア・ラ・モードより、チョコレート・パフェより、キャラメル・マキアートより、甘ったるいのじゃっ!」
これより二人は、世界の真実の一端を知る。
それは二人にとって実に都合よく、そして残酷な真実。
世界の敵にならなければ、世界を守れないというゲームに巻き込まれていたことを。
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