67.共闘と決意

 ガン!

 ガァン! ガァン!


「カッコつけて出てきたけどさ、サフィーネ……」

「お姫様、これ効いてるの?」

「……私に聞かないで。兄貴、ガラフ君」


 鉄も紙のように貫き、魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードでは数多くの魔物を一撃で屠ってきた、対物ライフル・バレットM99。

 通称〈神の雷〉。

 ガトリング・ガンを除けば、今のところサフィーネが道具創造アイテム・クリエイションで創り出せる最大火力の武器だ。

 聖霊獣・エル・グローリアに確実に命中させているのに、ダメージが通っている気配は全くない。

 凄腕のエリオットが、防御力が低いと思われるオーブや眼球に命中させているにもかかわらず、だ。


 グル……グルル……


 だが聖霊獣の方も、こちらを攻撃してくる気配はない。

 ライフルを構えているサフィーネたちを黄金の瞳で見据え、唸っていた。


「神の雷を……未知の兵器を警戒してるのかしら。こっちの目的はフォートが来るまでの時間稼ぎだから、好都合ね。兄貴、ガラフ君。少し間隔を開けながら撃つよ」

「わかった!」

「がってん!」


 ガァン!

 ガン! ガァン!


 非力なサフィーネは十分に腰を落として、独特の姿勢で体重をかけて銃口の跳ね上がりを抑えて発砲する。エリオットのような精密射撃は無理だが、的の大きい聖霊獣に当てることはできていた。


「サフィーネ姫……? なにその、武器は」


 リリンは轟音を上げるライフルを見て、唖然として呟く。

 サフィーネはリリンをチラリと見たが、すぐに視線を聖霊獣に戻してから口を開いた。


「貴女に答える義理などありませんが、これは『銃』です」

「あ、王城でシロウが言ってた、異世界の」

「そう、転生勇者様が作れなかった代物です。フォートならそれが可能なんです」

「! ……あんた」


 当てつけだ。

 実際には承継魔法の力でサフィーネが創造したもので、エフォートの功績というわけではない。

 サフィーネの子どもじみた目論見通り、リリンは頭に血を登らせる。


「シロウにはそんな玩具、必要ないだけよ!」

「私が銃を持っているかも、となった時にはずいぶん焦ってましたね」

「うるさい!」


 わざとお姫様口調に戻しているサフィーネの話し方にも、リリンは苛々を掻き立てられた。


「……ふん、あんた達がここに来て時間稼ぎしてくれんなら、あたしは用済みね。シロウの策に乗ってることにも気づかないで、ご苦労様」

「私を餌にして、フォートとエル・グローリアを戦わせるんでしょう? そんなの百も承知で来ています。どこかの陰険国王でも思いつく程度の愚策ですわ」

「なっ……!」


 王女は、この計画に間違いなくハーミットが絡んでいると確信していた。

 餌はサフィーネだけではない。

 聖霊獣の誘導などという危険な役目をリリンに負わせたのも、エフォートに聖霊獣との戦闘を回避させない為の計算なのだ。


(それに乗る方も乗る方、だね。どうかしてる)


 内心で嘲笑するサフィーネ。

 それはハーミットの提案のままリリンに危険な役を命じたシロウのことか。

 罠と知りながらリリンを見捨てられないエフォートのことか。

 それとも想い人の願いのため、危険を承知で恋敵を救いに来た、どこかの阿呆な王女のことか。


「……あなたがエルカード? エルミーの元恋人?」


 サフィーネたちの後方にいたミンミンが、膝をついているエルカードを見つけて駆け寄ってきた。


「そうだよ。君は?」

「ミンミン。エルミーの元仲間」

「……元?」


 エルカードが怪訝な顔をした時、リリンがミンミンの存在に気づいた。


「ミンミンっ!? どうしてここにいるの!!??」

「説明してる時間ない。それよりエルカード、まだ生きててくれて良かった。〈平穏の精霊エント〉使えるんだよね? あいつを封印しないと」

「?? ねえ、なんか性格変わってない?」

「リリン、あなたに話してない。黙ってて」


 シルヴィアから聖霊獣の封印方法を聞いたミンミンは、当のエルカードが六年間も封印と共に繋がれて、まだ生きているとは思っていなかった。

 だからこの幸運を逃す手はないと、焦って問いかける。

 だがエルカードは首を横に振った。


「僕の魔力は枯渇してる。とてもじゃないけど、エル・グローリアを封印する力をエントから引き出すのは無理だ」

「お姫様の仲間に、〈マジック・パサー〉が使えるグレムリン混じりがいるの。魔力なら供給できる」

「精霊術はそんな簡単じゃない。契約した術者自身が馴染んだ本人の魔力でなければ、行使できない」

「なら契約の譲渡は? 魔法に長けた者なら不可能じゃないって聞いたことがある。ボクなら可能性があると思うんだ」

「……それは」


 ミンミンの問いにエルカードが答えようとしたその時だった。


 グルアアアァアアン!!


 様子見をしていた聖霊獣エル・グローリアが吠えた。

 同時に、おびただしい量の光球がサフィーネたちの周囲に出現する。


「これは……っ!?」


 驚愕するサフィーネ。

 エルカードは光球の正体を一瞬で看破し叫んだ。


「これ、全部〈光の精霊ウィル・オ・ウィスプ〉だ! 全方位から狙い撃たれる!」

「うそっ……これが全部!?」


 リリンは焦って、ソードを構えた。


「!! ミンちゃん、ガラフ君のサポートを! ガラフ君、反射お願いっ!」


 状況を理解したサフィーネは、素早く仲間に指示を出す。


「えっ? 反射?」


 リリンが怪訝な顔をしたが、相手にしている暇はない。


「わかった! 同期シンクロッ!」

「まかせろって! フォートの兄ちゃん、いくよっ!」


 ミンミンは掌をガラフに差し出して〈魔術同期シンクロ〉の魔法をかける。

 同時にガラフは、マギルテ平原での魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード戦の際と同様に、エフォートに仕込まれていた遠隔魔法を起動した。

 マギルテでの時は〈インビジブル〉で姿を隠していたエフォートが状況を把握していたが、今はサフィーネから借りて懐に入れている通信魔晶による遠話で、発動タイミングを知らせるだけだ。

 細かい調整はガラフ自身が行わなくてはならない。

 そのガラフのサポートをする為に、ミンミンが同期したのだ。


 グオオオオーン!!


 百を超える光球が、一斉にサフィーネ達に襲い掛かった。

 同時にガラフが叫ぶ。


「ソーサリー・リフレクトぉっ!!」


 ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!!


 ドーム状に展開された反射壁が、光の精霊ウィル・オ・ウィスプの大群による攻撃を弾いた。

 内側から見るそれは、光が断続的に炸裂する苛烈な光景だ。


「すげー、なんか綺麗だなあ」

「兄貴、のんきなこと言ってないで!」

「な……! なんで反射魔法をそんな子どもが使えるの!?」


 サフィーネ達兄妹の横で、驚いているリリン。

 だがガラフはそれどころではなかった。

 一度反射した光の精霊ウィル・オ・ウィスプが、方向を変えてまた突っ込み続けてくるのだ。


「く……、こんな!」


 ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!!


 同期シンクロしてガラフのサポートをしているミンミンも、脂汗を流す。


「なんて……複雑な構築式スクリプト調整が必要なの……! いつもこんな計算しながら、あの魔術師はっ……!」


 遠隔発動とはいえ、ミンミンは初めて反射魔法の構築式スクリプトを知覚し、改めてエフォートの魔術師として技量に驚愕する。


「……これ、いつまで続くのっ……そんな、保たな……!」


 ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!!


「ガラフ君、ミンちゃん! このままじゃあ……エルカードさん!」


 止まない攻撃に、サフィーネは高位の精霊術士であろうエルフの青年に駆け寄る。


「この精霊術、どうやったら止められる!?」

「分からない、普通はこんな長時間使える精霊じゃないんだ!」

「何か方法はないの!?」

「術者を倒すぐらいしか思いつかないっ!」


 それができれば苦労しない。

 サフィーネが必死に思考を巡らせているところに、エリオットが声をかけた。


「サフィーネ、俺が行くよ。外に出て光の玉を打ち落としてくる」


 エリオットは妹にライフルを渡すと、スラリと剣を抜く。


「兄貴!? 駄目だよ、危険すぎる」

「大丈夫だよ、この剣はラーゼリオンの宝剣だ。簡単に折れはしない」

「剣の心配なんかしてないってば!」


 カチャッ。


 そしてもう一人、剣の鍔を鳴らす者がいた。


「そんななまくらより、もっと使えるソードがあるよ」

「……リリン」


 栗色の髪の剣士は、ふてぶてしく笑った。


「反射なんて生ぬるい。〈魔旋〉なら光の精霊くらい簡単に吹き飛ばせる。あたしが行くよ」

「……どうして」

「勘違いしないで。エフォートが来る前にアンタに死なれたら、意味がないから」


 吐き捨てて、リリンは反射壁の外に視線を移した。

 エリオットがニヤリと笑う。


「……よし、なら二人で出よう。どっちが多く光の玉を落とせるか、競争だ」

「くだらない。シロウの剣を使う、あたしの敵じゃない」

「どうでもいいから早くして! もう保たないっ!」


 ミンミンが悲鳴を上げた次の瞬間。


 パァン!!


 反射壁の一部が割れ、三体の光の精霊ウィル・オ・ウィスプがドーム内に飛び込んできた。


「ハァッ!」

「おりゃっ!」


 リリンとエリオットの剣閃が同時に走り、光球は斬り裂かれ消滅する。

 エリオットは笑う。


「二体だ。まず俺のリードっ」

「こいつ……!」


 リリンは割れた反射壁から外へと飛び出した。


「あっ、ズリい抜け駆けっ!」


 追ってエリオットも駈け出す。

 二人の剣士による乱舞が始まった。


「もう、脳筋達めっ! 〈グロリアス・ノヴァ〉を撃たれるかもしれないのにっ」


 サフィーネが、二人を援護するため対物ライフルを構え直しところで。


「……もう限界ッ」

「くっ!」


 ガラフとミンミンが折り重なるように倒れる。


 パリィィィン!


 すべての反射壁が音を立てて砕け散った。

 魔力が尽きたのではなく、複雑過ぎる魔術計算に追いつけなくなったのだ。

 無防備になったところを大量の光球に襲われると、サフィーネはせめて子ども達は守ろうとガラフとミンミンを庇うように覆い被さる。

 だが、その時は来なかった。


「〈魔旋〉ぇぇん!」

「列空斬・嵐!」


 次々と打ち砕かれていく光の精霊ウィル・オ・ウィスプ

 美しい栗色の髪の少女剣士と、兄妹に負けない美貌を持つ王子による剣撃乱舞は、まるで眩しいハレーションの中で舞い踊る演舞のようだ。

 一体の光球もサフィーネたちに近づけることなく、迎撃していく。


「ふたりとも、すごい……」


 ガラフとミンミンに覆い被さった姿勢のまま、兄と敵を眺めるサフィーネ。


「……お姫様……」


 そのサフィーネを、猛烈な虚脱感に襲われながらもミンミンは見上げていた。


(お姫様、あの状況で咄嗟にボクを守ってくれた……)


 この時。

 幼女の心は決まった。

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