転生勇者に幼馴染を奪われたので、拾ったラノベで反射魔術師になって健気な王女と共に戦ったら、神を凌駕してしまった。【勇者殺しの反射魔術師(リフレクター)】

仙庭 岳

プロローグ

1.転生勇者の咬ませ犬

「……ごめんねぇ……お母さ……なたの育てかた……間違えちゃっ……」


 よく聞き取れないけれど、言いたい事は分かる。

 どうしてコイツは、自分の息子を失敗作だと簡単に言えるんだ。


「お母さんのせい……こんな……ごめんなさ……」


 やめろ。

 最後まであんたのせいにするな。

 これはオレが、オレだけで決めたことだ。そこまで否定するな。


「……の分まで……幸せにするから……」


 また別の声。相変わらず切り替えが早いな。

 いや、もともとオレみたいなクズにスイッチが入ったことなんてなかったんだ。

 もういい。お前らみんな好きにしてくれ。

 オレはもうこの世界からいなくなるんだから。


  ***


「紅蓮の爆炎、焼き尽くせ! <フレイム・バースト>」


 わずか二文節の詠唱で、戦術級の範囲魔法が解き放たれた。

 術者にのみ可視化される魔術構築式スクリプトが瞬時に描かれ、荒野に展開していた都市連合の魔法兵団の一部隊が爆炎に包まれる。


「すごい、すごいよエフォートっ! 一撃だよ!」


 栗色の髪を揺らして喜ぶ幼馴染の感嘆を受け、エフォート・フィン・レオニングは誇らしげな気分になる。

 だが幼馴染の簡素な胸当ての上に覗く奴隷紋を見て、すぐに表情を曇らせた。


「待っててね、リリン」

「ん?」

「この戦争で武功を上げて、すぐに出世してやる。それで……リリンのこと、必ず買い取るからな」

「うん、待ってるよ」


 少女は大きく澄んだ瞳で、エフォートを見つめて頷いた。

 その少女の耳に、キリ……と微かな音が風に乗って届く。


「! 危ない、エフォート!」


 飛来した矢は、少女の振るった剣により叩き落とされた。


「伏兵っ!?」


 いまだ燃え盛る炎に包まれている敵魔法兵団を迂回する形で、弓を構えた騎獣部隊が迫ってきた。

 魔法により使役されるワーウルフに騎乗した弓兵たちは、機動力が高く魔法と同じ間合いから攻撃を仕掛けてくる。

 魔術師であるエフォートとは相性の悪い相手だ。


「任せてエフォート! 剣奴部隊、あたしに続けぇっ!」


 弾けるように少女、リリンが飛び出す。

 常人離れした跳躍力で、中空から騎獣部隊に切り掛かり、弓をつがえていた敵兵たちを次々と斬り倒していった。


(……綺麗だ)


 エフォートは血なまぐさい戦場でありながら、幼馴染の雄姿に思わず見惚れてしまう。

 胸当てに手甲、脛当てといった軽装でありながら、戦場に舞うその姿はまるで伝説のヴァルキュリアだ。

 とはいえ、いつまでも惚けてはいられない。


「……風よ薙ぎ払え、大刃となりて、我が敵の血を啜れ、〈ウィンディア・ディザスター〉!」


 苦手な属性で詠唱はやや長くなるが、混戦時の使用に適した戦術級風魔法のスクリプトが完成し、解き放たれる。

 かまいたちがリリン達によって足止めされた敵兵だけを襲い、騎獣部隊は瞬く間に一掃された。


「前衛ありがとう、リリン」

「なんにもだよ! 命令なんか無くたって、あたし達はこうやって助け合ってきた。今までも、そしてこれからも!」


 戻ってきたリリンとエフォートは拳をコツンと合わせ、笑い合う。

 元は同じラーゼリオン王国の貴族だった、幼馴染の少女リリン・フィン・カレリオン。

 しかし彼女の父親は政争に破れ、爵位を剥奪された。

一族すべて国民権すら奪われ、リリンも奴隷階級に身分を落としてしまう。

 今では家名も奪われ、ただのリリン。

 しかもなまじ卓越した身体能力を持っていたが為、王国軍で最下級の捨て駒として扱われる剣奴になってしまった。

 隷属魔法で自由を奪われ、逃げ出すことすら適わない。


「エフォート。あたし信じてる。だって君は天才だから」

「そうだよ、まかせておいて」


 リリンが奴隷になってしまった後、エフォートはすぐに軍に入団した。

 王国で使用される隷属魔法には、解呪の方法が存在しない。

 彼女を救う為には、功績を上げて軍の人事権に介入できるまで出世し、リリンを軍属から外した後で買い取るしかないのだ。


「僕は天才魔術師だ、僕は必ずこの国でのし上がってみせる」

「自分で言うとか生意気。まだ十二のくせに」

「同い歳だろ」


 その十二歳にして、エフォートは入団試験で脅威の魔術適正値を叩き出した。

 入団初年の初陣にして、一個小隊を任せられる異例の大抜擢。自分を天才と称するのは、彼の場合は傲慢ではない。だが。


「隊長っ! 見て下さい!!」


 リリンと同じくエフォートの前衛として配置された、剣奴の少年が叫ぶ。

 見れば爆炎で壊滅させた敵軍の向こうから、魔法兵団が無傷で現れたのだ。


「な……どうして!」


 戦術級魔法の威力は中隊規模を壊滅させられるはずだ。

 それなのに、魔法兵団はエフォートたちの小隊を半包囲する形で展開している。

 よく見れば、全員が同時に同一魔法のものと思われる呪文を詠唱していた。


「集団詠唱!? 戦術級を合唱で短縮して……前衛を見捨てて最小限のレジストをしたのか!」


 エフォートには経験が足りない。

 戦場における戦い方を知らない。

 個人として膨大な魔力を持っていたとしても、集団で対処することに長けたプロフェッショナルの存在を知らなかった。


『……<フレイム・バースト>』


 敵魔法兵団より、先のエフォートと同じ魔法が放たれる。

 熟練の魔術師二十人超が合唱で、ようやく放てる戦術級範囲魔法。

 それを一人で、しかもたった二文節で放てるエフォートは確かに天才だった。

 だが、数が支配する戦場では大して意味がない。


「くっ……風よ巻け、我らを守れ! <エアリアル・ガード>!!」


 防御系範囲魔法を素早く展開するエフォート。

 だが、ただでさえ苦手な属性の魔法。さらに実戦経験が少ない故の焦りが、魔術構築式スクリプトの一部にミスを生じさせた。


「しまっ……!」


辛うじて魔法は発動したものの、その範囲は術者の想定よりかなり縮小する。


「きゃああっ!!」

「ぐああっ!?」

「リリン! みんな!!」


 爆炎と暴風が限定空間に吹き荒れる。

 黒煙が風で流された後で、エフォートの目の前に現れたものは。


「あ……あ……」


 爆炎を遮断する風結界は発動した。しかしそれはエフォートにだけだ。

 前衛として立っていた小隊の仲間たち、しかも年端もいかない少年の剣奴たちは、その身を黒い消し炭に変えている。


「そんな……みんな……」

「うう、エ、エフォート……」

「リリン!?」


 辛うじて、エフォートの近くに立っていたリリンだけは息があった。

 だが半身を焼かれ、立つこともままならない重傷。

 即座に司祭級の治癒魔法を施さなければ、命に関わる。


「リリン、しっかりして、リリン! ……くそ、治癒魔法が使えれば……」


 規格外の魔法適正、そして魔力総量を持つエフォートだが、治癒魔法の適正だけは、苦手どころかゼロだった。

 治癒の奇跡は女神の加護。禁忌を冒したものに、女神は慈悲を与えない。


「エフォート、どうし、て……守って、くれ、なかった……の……」

「リリン、違うんだリリン! 僕は!!」


 魔法兵団がリリンを抱えるエフォートに向けて、包囲網を狭めてくる。

 プロである彼らは、もはや戦意を喪失している少年魔術師にも欠片も油断することはない。合唱されている呪文は、またしても<フレイム・バースト>。

 今度こそ、エフォートをリリンもろとも焼き殺すつもりだ。


「か、風よ」


 幼馴染の少女が重傷を負い、誤解され、少年魔術師の心は千々に乱れて碌に魔術構築式スクリプトも描けない。少女を抱きながら、少年は無力だ。

 魔法兵団の合唱魔法が完成する。


『<フレイム・バースト>』

「とんでもねえクズだなお前、女を盾に自分だけ守るとか」

「えっ」


 魔法兵団から放たれた爆炎は、エフォートにとって残酷な呟きとともにかき消える。


「……な、な」


 巨大な熱エネルギーが瞬時に消失した余波で、風が渦を巻いて吹き荒ぶ中。

 煌めく金髪をたなびかせながら、美しい少年がこちらに背を向け、立っていた。


 なんの前触れもなく、突然エフォート達の前に現れた金髪の美少年。

 背の高さから、同じような年頃に見える。


(いったい何が!?)


 エフォートの目には、戦術級の範囲魔法が完全に消失したように見えた。


(レジストしたのか!? でも呪文は……まさか無詠唱!?)


 呪文を唱えることなく魔術構築式スクリプトを描くことは、エフォートにもできる。

 だがそれは呪文を唱えるよりも集中力と時間がかかり、その上できることは初級も初級。火系統なら小指の先ほどのファイヤー・ボールがせいぜいだ。


(なのに、戦術級魔法を完全に消滅させる魔術抵抗レジストを無詠唱なんて……この世で有り得るはずがない!)


「君タチ、無事かニャ?」

「うわあ!?」


 背後から突然声をかけられ振り返ると、やたらと露出の多い服装の猫の女獣人が、エフォートたちを覗き込んでいた。

 大きく開き谷間が強調されている胸元には、リリンと同じ奴隷紋が描かれていた。


「ニャリス、可愛い子ちゃんは無事?」

「生きてはいるニャ。でも虫の息ってとこニャンね」


 魔法兵団を睨みつけている金髪の少年が、振り返らないまま声をかける。

 女獣人の答えに、少年は深くため息をついた。


「ひどい奴を主人に持ったもんだな、その娘。自分だけ助かろうとか、お前それでも男か?」

「なっ!?」


 誤解だ。エフォートはリリンの奴隷主ではない。

 隷属魔法の主は「軍令に従え」とだけリリンに指示し、自分はもっとも安全な場所にいる。

 それに、自分だけ助かろうとなんて、絶対にするものか!

 そうエフォートは叫びたかった。だが、現実としてリリンを守れていない以上、なにも口にすることはできない。


「ご主人様、イジワルが過ぎるニャン。さあ君タチ、ここはウチらに任せて逃げるニャ」

「待て。そっちの女の子、治療する」


少年は振り向かないまま、手のひらをリリンに向けて輝かせる。


「んん……っ」

「リリンっ!? 大丈夫なのか!?」


 瀕死の重傷だった少女は金色の輝きに包まれると、あっさりと息を吹き返して体を起こした。


「大丈夫よ……すごい、本当になんともない」


 自分でも信じられないと、リリンは自分の身体を見る。

 服も鎧もほとんど炭化してしまっている。だが露出した肌には火傷一つ残っていない。

 魂に刻まれた刻印が表出している奴隷紋だけは残ったままだが、それ以外は本当に無傷だ。


「あの人が、助けてくれたのね」

「ああ」

「……すごい、呪文も唱えなかったよね」

「ああ。おかしい、こんなの」


 人間じゃない。

 ここまでの治癒力。女神教の司祭ですら、広大な魔法陣を敷いた上で半日以上の儀式を経なければ為し得ないだろう。

 それを少年はまたも無詠唱で、瞬時に治癒せしめた。

 エフォートは人外を見る目で、少年の背を見ていた。

 異常な能力を見せた金髪の少年を警戒し、敵魔法兵団は半包囲を継続したまま距離を取っている。

 少年は薄く笑う。


「治ったね、良かった。ちょっと待ってな、すぐ終わるから」


 少年は僅かにリリンに振り返った。

 美貌の少年。髪と同じ金色の瞳に、すらりと通った目鼻立ち。

 リリンに向けてウインクしたその愛らしさすら感じる表情は、同性であるエフォートすらドキリとするものだった。


「は……はいっ!」


 頬を朱に染め、幼馴染のエフォートが見たことも無い表情で返事をするリリン。

 あ、とエフォートは思う。


 都市連合の魔法兵団が、一斉に呪文合唱を開始した。

 唱えられているのは氷結魔法<ブリザード・アンセム>。

 戦術級の範囲魔法としては、先のフレイム・バーストに並ぶ威力だ。

 金髪の少年が火属性魔法を無詠唱でレジストしたことから、反属性の魔術を選択したのだろう。


「へえ……その魔法は初めて見るな。なるほど、そういう魔術構築式スクリプトか」


(!! 今、なんて言った!?)


 少年の呟きに、エフォートは耳を疑った。

 その間に、本来は長大な詠唱を必要とするだろう大魔法が魔法兵団の合唱により大幅に短縮され、完成する。


『……氷結地獄で砕け散るがいい、<ブリザード・アンセム>!!』

「こうかな?」


 すべての分子活動を大幅に減速させる、死の冷気。それが魔法兵団と金髪の少年、両方から発せられた。

 大気が悲鳴を上げて軋む。身も凍る風が渦巻き、後に残ったものは。


「はいお終い。情けねーな、大人が何十人もいてさ」


 完全に凍りつき、さらさらとスノー・ダストに身を変えていく魔法兵団。

 実際に目撃し、少年の呟きを耳にしてもまだ信じられない。

 エフォートはこれまで学んできた魔術知識が、敵兵の身体とともに灰燼に帰していくのを感じた。

 少年の言葉が確かなら、術者本人にしか見ることのできない魔術構築式スクリプトを目視して、後から無詠唱で同じスクリプトを描き同時に放ったということだ。

そして、先に詠唱を始めた魔法兵団の威力を上回った。魔力総量で相手を上回るだけではできない芸当だ。


 エフォートは自分を天才だと言った。そう信じていた。

 だが違う。自分は天才ではない。

 もし自分が天才だとしたら、目の前の少年はなんなんだ。


「あの……ありがとうございます」


 呆然としているエフォートの横をすり抜け、いつの間にかリリンが少年の前に立っていた。

 頬を朱に染めたまま上気しているその表情に、エフォートの隣に立っていた女獣人は、またかとため息をつく。

 金髪の少年は爽やかに微笑んだ。


「無事で良かった。可愛い顔も元どおりだね。ああ、服が焼けてしまっている」


 身に着けていたローブを脱いで、ほとんど裸のリリンの身体に纏わせる。

 リリンはまともに礼も言えない程、惚けてしまっていた。


「奴隷紋も治してあげられればいいんだけど。ごめんね、魂に刻まれた隷属魔法だけはどうにもできない……だけど」


 事態の推移を理解できず呆けているエフォートを、少年はチラリと見てから。

 リリンの頬に掌をすっと撫ぜる。


「契約の主を移管することはできる。もし今の隷属対象に不満があるなら……オレについてくるかい?」

「……はい」

「えっ?」


 呆けている暇はなかった。エフォートは異議を申し立てなければならない。

 だが金髪の少年の所業に、理解がまるで追いつかなかった。


 隷属契約の主人を変える? 契約の主を移管?

 確かに可能だ。だがそれはあくまで、現在の隷属対象が行うものだ。

 奴隷の持ち主が認めなければできるはずない。

 簡単に他人が書き換えてしまえるならば、そもそも奴隷を縛る魔法として機能しない。

 その隷属魔法を書き換える?

 そんな事ができてしまうなら、それは奴隷制の根幹を揺るがす事態だ。


 少年がリリンの胸元に掌を当てる。淡い光が輝く。


「ん……んんっ……!」


 リリンが喘ぐように、切ない吐息を漏らす。

 その声に、エフォートは弾かれるように我に返った。


「待て!! お前、もしかして自分がリリンの主人にっ!?」

「おっと、動かない方がいいニャン」


 いつの間にか、エフォートの首元には猫の女獣人が持つ曲刀(シミター)の剣先がピタリと当てられていた。

 呆けていたとはいえ気配も感じなかった。獣人の剣士としての腕前も只者ではない。

エフォートの魔術もこの距離では役に立たない。


「僕ちゃんには悪いけど、ウチのご主人様、一度気に入った相手は絶対に逃がさないニャ。まあ大丈夫、本人が嫌がるような真似はしニャいから」


 女獣人はそう言って、自らも奴隷紋を描かれている胸を誇らしげに張る。


「あんたも、アイツの……」

「悪い奴じゃないニャン。むしろご主人様以上の男なんて、見た事ないニャン」


 うっとりとした瞳で、金髪の少年を見つめる女獣人。


「だから大丈夫。安心してあの子を渡すニャン」

「ふざけるな、リリンは物じゃない!!」

「おい、ガキ」


 自分も子どものくせに、金髪の少年はエフォートにそう声をかけた。

 隷属契約の主人移管は終わったのか、リリンは少年の腕にしがみ付くように抱きついている。

 隷属魔法の対象が変わっていなければ、絶対にありえない状態だ。

 少年は蔑むような視線でエフォートを見ながら、冷酷に言い放つ。


「お前に発言権はない。お前は敵に魔法を撃たれたとき、彼女を盾にして、自分だけを守った。治癒魔法も使わずに、この子を放置した。そんな奴に任せておけるはずがない」


「違う! 僕は!」


 守ろうとした。救おうとした。

 だけど、できなかった。

 そうだ、僕にはできなかった。

 僕には、力が、足りない。


 金髪の少年の腕にしがみ付いた幼馴染が、ちらりとこちらを見た。

 蔑んだ瞳。少年の言葉を信じて、幼馴染を盾にして見捨てたと思っている。

 違うんだと叫ぶ資格が、自分にはない。


「安心しろ、この子は必ず幸せにする。この子だけじゃない。下らない戦争に明け暮れるこの国も、世界もだ」


 金髪の少年はリリンの肩を強く抱いた。

 リリンは幸せそうに、少年の胸に顔を埋める。


「リリン!!」

「もうすぐ魔王も甦る。オレが主役の世界を救う物語が始まる。その時に、お前らみたいな卑怯者は邪魔なんだ。……殺しはしないでいてやるから、俺の目につかないところで震えてろ」


 言い捨てて、少年はリリンを抱いたまま背を向けた。

 エフォートは絶叫する。


「待ってリリン! 行くな、行かないでくれ!! 僕は君のことが!!」

「……ニャリス」

「はいニャ」


 ぐらりとエフォートの意識が暗転していく。


(呪術……だと……)


 目の前が閉ざされていく。

 去っていく、幼馴染の、姿が、消えていく。




 どれだけの時が過ぎただろう。エフォートが目を覚ました時には、日は暮れていた。

 月の輝く荒野、視界に入るのは炭化してしまった剣奴の少年たちの遺骸。

 そして、氷の砂と化した敵魔法兵団。

 エフォートが、少年魔術師が恋し救いたかった幼なじみの少女は、何処にもいない。


「リリン……リリン……」


 金髪の少年がリリンが立ち去った方角へと歩き出そうとするエフォート。

 ふと、そこに見慣れないものが落ちていることに気が付いた。


「……?」


 拾い上げる。それは本のようだ。

 だが、エフォートがこれまで魔術の勉強でさんざん目を通してきた類の物ではない。

 それはなにより綺麗すぎた。

 羊皮紙ではありえない、光を反射しそうなテラテラとした材質のカバー。

 鮮やかな色彩による表紙の絵。

 幼い少女が露出の多い服を着て、剣を構え蠱惑的なポーズを取っている。これまで見た事のないタッチの絵画だ。

 本の表題と思われる部分には、これもまた見たことのない文字が並んでいる。

 似たようなものがあと四冊、無造作に地面に落ちていた。


「……魔導書?」


 回りを見回しても、戦場の跡以外には何もない。人の気配もない。

 あの金髪の少年の手がかりは、焼け野原に忽然と落ちていたこの怪しげな本だけだ。


「必ず、連れ戻す」


 少年魔術師は、エフォート・フィン・レオニングは拾い上げた本を抱きながら、誓う。

 恋した幼なじみを取り返す。

 その為に。

 あの金髪の少年を越える力を、手に入れることを。


  ***


「さあ、ゲームを始めるかしら」

「さあ、ゲームを始めるのじゃ」


 白と黒、二人の幼女がクルクル踊る。

 しょせんこの世は神々の玩具。

 戯れに産み出された、星の数ほどある世界のたったひとつ。


「誰のものかしら?」

「吾のものじゃ」


 白の問いかけに、黒は即答。

 白の幼女はケラケラ笑う。


「貴女も所詮ゲームの駒。盤を支配するのはこの我かしら」


 その嘲笑に、負けじと黒の幼女も不敵に笑う。


「何を言う。駒に触れるも厭う其方が支配など、聞いて呆れるのじゃ」

「なれば、外から新たな駒を持ち込むのはどうかしら」

「なるほど、それは面白いのじゃっ」


 黒と白の幼女は、クルクルと踊る。


「なら賭けるのじゃ」

「ええ賭けるかしら」


 戯れの賭け事は、幼女達の暇潰し。

 ゲーム盤に住まう者には、たまったものではなかった。

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