第42話 タイムカプセル

「あれ?2つしかないね?ビン3つって言ったでしょ?」


「ごめんなさい… 牛乳を欲しがるセルリアンがでたから1つ投げてきちゃった」


「え…?」


「本当だよママ!喋るやつだよ!すごく恐かったけどクロと逃げてきたんだよ!早くパパにやっつけてもらおうよ!」


 とそういうことに当然なるが、後からきたオオカミさんが「そいつなら始末したよ」と絶対的強者感を出しながら牛乳ビンを拾ってきてくれたのである。←犯人


 なんだかまるで俺のカッコいいところ持ってかれた気分だよ、でも仕方ないことだ。


 だって森の中ではラッキーマスクの俺を変質者扱いしたヒグマさんが勝負を仕掛けてきたし、オオカミさんはいつのまにかセルマスク放り投げて図書館帰ってるしリカオンちゃんは説明してくれないしもう普通に負けたよね、強すぎんよあの人。


 でも… まぁいいんだ?ヒグマさんも楽しそうだったから。





「二人ともおつかいしてきたってー?えらいなぁ~!パパもママもすごく助かった!ありがとう!」


「「わーい!」」


 無事帰り、子供達を褒め、シチューも食べて。


 そこで俺は考えた、何か記念にできることはないだろうか?写真か何か残せたらいいんだけど…。


 そしてふと、空いた牛乳瓶に目を向けた時に閃いた。


 あれに何か入れて… そうだ!


「二人とも、タイムカプセル作ろうか?」


「タイムカプセル?」

「なにそれー?」


 タイムカプセルとは。


 カプセル状の容器にその時代のものを入れて地中に埋め、ある年月後に開けて当時を懐かしむといった物である。


 例えば卒業式に桜の木の下に… 何て割りと定番ではないだろうか?


 子供はやがて大人になる。

 

 父さんは制服を着るようになった俺を見て言っていた。


 “あっという間にでかくなりやがって…”。


 自分ではそこまで実感はないが、こうして親の立場になってみると何となくわかる。


 クロもユキもこの前はまだハイハイしてたのにいつのまにか立ち上がってペラペラしゃべり始めた、初めて発した言葉は確か二人とも… 「うみゃ!」だったな、急いで“パパ”と“ママ”を覚えさせた。


 本当にあっという間だ、知らない間にいろんな知識付けてできることも増えて、そしてなんでも自分でやりたがるようになって…。


 そのうち俺達の手なんか借りなくてもなんでもかんでもやるようになるんだろう、きっと立派な大人になる。


 嬉しいけど、やっぱりどこか寂しいもんだね?親ってやつはさ。


「開けるのは… そうだな、十年後がいいかな?未来の自分にお手紙書いたり宝物を入れたり… なんでもいいよ?みんなもどう?」


「いいんですか?」

「たのしそー!」

「十年後の自分にメッセージですか」

「面白いのです、やるのです」



 各々メッセージや思い出の品を入れていた、子供達は内容を教えてくれないが… いいやこっそり見ちゃえ!


“ ずっとあしたのぼくへ 

 サーバルちゃんをおよめさんにしてますか?こどもはさんにんくらいいますか?パパみたいにつよいですか?ママみたいに優しいですか?しあわせですか?いまのぼくはしあわせです”


 クロか… サーバルちゃんと子供三人もつくりたいのか、お前さすがだよきっと強くて優しい男になれるよ、そして俺も幸せだ。


 それから…。


“ おおきくなったユキはパパとけっこんしてますか?ママともけっこんしてますか?みんなだいすき”


 泣いた… まだ好きってことがよくわかんないんだな、いつまでこんなこと言ってくれるのかな?あー可愛い…。


 どれどれかばんちゃんは?


「あ!もうシロさん!読まないでくださーい!」


 えへへ!めんごめんご!じゃあ埋めるよ!


 掘り出すのは、子供たちが15歳になった頃がいいかな?


 じゃあその時まで…。


 俺は空いた牛乳瓶に手紙などを入れると蓋をした、割れないように一応さらに頑丈な箱も使い地面に丁寧に埋めていく


 場所は図書館の裏、ここに目印になるものを置いて…。


 それじゃ、十年後にまた会おうか?

 

 また十年後に…。







 そんな子供達の成長と同じくらいあっという間に季節が過ぎていき、ジャパリパークにも夏が訪れる。


 気温は暖かく、青々とした草や虫の声も増え始め子供達も薄着で外を走り回るようになった。


 サーバルちゃんも熱心に料理を学び続けそこそこできるようになってきた、おっちょこちょいなので急かされるとなにか失敗はすることもあるが、基本なんでも楽しんでやる彼女は余裕を持ってやればちゃんとやり遂げることができた。


 子供達だけでなく人の成長を見るというのは感慨深く、楽しいものだ。


「おまちど~、今日はサーバルちゃんにほとんどやってもらったよ?」


「シロ 味見ヲ…」

「ちゃんとしたから大丈夫だよ」


「じゃーん!今日は暑いから冷やし中華だよ!夏バテには気を付けないとね!」


 もちろん経過は上々… 最近の彼女は他の家事も習ってるし段々と花嫁レベルが上がっている、エプロン姿も様になってきた。


 あと2~3ヶ月もしたらまた父さん達がくるけど、シンザキさんビックリしてメガネ割れるかもしれないな?


 これぜーんぶシンザキさんの為にやってるんだと思うと本当に健気でいい子だよねサーバルちゃんは?泣かせたら天罰が下るだろうぜシンザキさんよ?俺みたいにね。


 本当に上々、ユキはより一層動きが良くなったし。


 母さんの話ではユキがサンドスターに慣れ始めたような事を言ってた、これは自分の中のホワイトライオンに気付き始めたってことかもしれない、もしかしたら思ったよりも早く野生のコントロールを覚えてくれるのかな?もしそうなら、その時母さんとの分離も本格的になるわけだ。



 とそんな上々な毎日が続いた時だった。




「ラッキーさんどうですか?」


「37度5分 夏風邪ダヨ 季節ノ変ワリ目ハ 風邪予防モシッカリシヨウネ」


「本当に風邪だけですか?」


「サンドスターロウハ 検出サレテイナイヨ」


「「よかった…」」


 風邪を引いたのはユキだ。

 

 ラッキースキャンでは他に異常が見られない、なら本当に風邪なんだろう。


 特にセルリアンと接触もしてないし子供たちは俺の体質を持っていないはずだからあの病気にはならないはずだが。


 一応、注意しないとな…。


「はわわぁ~… ハァ、風邪と侮っているとなかなか辛い物ですねー?」


「母さんから見ても今のユキはどうかな?風邪意外には何か気になることはない?」


「平気ですよ、実はユウキの体よりずっと居心地がいいですから?これならサンドスターがいい感じに働いて明日には熱が下がるでしょう… ママは少し眠ります、サンドスターの無駄遣いは治りを遅くしてしまうから、じゃあおやすみなさい?」


「うん、おやすみなさい」


 母さんから見ても問題はない… ならやっぱり間違いなく大丈夫なんだろう。





 翌日、母さんの言った通りユキは華麗に復活を遂げていた。


 しかし…。


「お腹すいた~!」

 

 一旦小部屋に移していたユキが普段よりも遅めの起床で料理中の俺に飛び付いてきた、とても元気だが一人で来たことが気になった。


「はーいはい… クロはどうした?」


「元気になったよーって言いに行ったけど?全然起きないから一人できたの!」


 もしや?と少し不安が頭を過った… そう言えば今朝は珍しく起こしに来ていない、子供達の寝坊もたまにはあると特別気に止めなかったし俺が早く起きただけかもしれないと朝食の用意に入っていたんだが…。


 急ぎクロの元へ戻ると、その悪い予感は的中した。


「あ、シロさん…!」


「クロは?」


「熱があって… ラッキーさんはユキの風邪が移ったって」


 やっぱりか、熱はユキより高めの38度2分ほどだとラッキーは言う、同様にサンドスターロウは検出されないがやはりユキよりも体が弱いのか辛そうにしている。


「パパ…」


「どうした?リンゴでも剥こうか?」


「サーバルちゃんのご飯食べたい…」


「あっはは… なんだよ?結構元気そうじゃないか?」 


「エヘヘ…」


 まったくこの子は、俺の作る飯よりうまいとでも言いたいのか?ま、いいさ…。


 朝食を用意してからサーバルちゃんにその件を伝えると快く了承してくれた。


「よーっし!待っててクロちゃん!すぐに作るから! …あれ?でもお粥ってどうしたらいいの!?」


 張り切るのはいいが作ったこともないのだからそう急いではいけない、少し俺達の朝食が遅れるがクロの為だ、さっさとお粥って作って食わせてやろう。


「大丈夫、そう難しくないよ?教えるからすぐに作ろう」


「うん!よーっし!作るぞ~!」

 

 まぁ当たり前に作られる父親の飯より大好きなお姉ちゃんががんばって作ってくれた物のほうが気持ち的にはやっぱり美味しいは美味しいのか… 本当に、料理って心だよな。


 いや、俺だって心は込めてんだけどな。





 家に戻ると妻がちょうどクロのタオルを変えているところだった。


 サーバルちゃんはお粥の入った鍋を持ちながらクロのベッドの横に座り声をかけた。


「クロちゃん大丈夫!?お粥作ったよ!食べれる?」


「食べる…!」


「ふふ、クロったらサーバルちゃんがいるときだけ元気になって?」


「そうなの?じゃあわたしが食べさせてあげるよ!任せて二人とも!朝御飯まだでしょ?食べておいでよ!」


 そういうことならと俺達夫婦は二人を残しユキと博士たちの元へ向かった。


 一応なにかあったらすぐに呼んでもらうことになっているが、クロは元気そうにしてるし特段問題はないだろう。

 まぁ食後にお薬を飲まさなきゃならないんだが、それもサーバルちゃんがいればすんなり飲んでくれるかもしれない、まったく調子のいい息子だよ。


「クロはどうです?」

「やはり辛そうにしていますか?」


「サーバルちゃんがお粥持っていったら元気になってきたよ」


「大丈夫そうですね」

「風邪は風邪というわけですか」


「あとでお薬も飲ませますから、すぐに元気になってくれると思います」


 それから俺と妻もようやく遅めの朝食に手を付けた。





「クロちゃん、あっついからフーフーしてあげるね?わたしも熱いの苦手だから、得意なんだー!」


「ありがとぅサーバルちゃん…」


 朝から熱で辛い思いをしたクロユキもサーバルの手厚い看病に少しずつ元気をもらっていた。


 サーバルもかなり心配しており、自分の料理を食べたいと言われたからには責任を持ってこの子を看病しようと張り切っていた。


「はい、あーんして?」


 お粥を念入りに吹き冷ましゆっくりと口に運んでやると、弱りながらも一生懸命に味わい飲み込んでいるのがわかる。


 そしてそんなクロユキの姿を見ていると、サーバルは心配も去ることながら我が子のように彼が愛しくなった。


「おいしい?」


「うん、おいしい!」


「よかった~!焦らないでいいからね?ゆっくり食べようね?」


「サーバルちゃんは朝御飯食べないの?」


「わたしはあとでゆっくり食べるから大丈夫だよ!さ、どーぞ~?」


 クロユキは優しい子である…。


 それはシラユキも同じではあるが、クロユキの場合は大人顔負けの気遣いをすることもありいつもシロ達を驚かせている。


 現に今も風邪に寝込む自分よりもサーバルを気遣ったような言葉を掛けている。


 そんな優しさを感じたサーバルも気分が良くなり、より一層クロユキに親身になっていった。


 丁寧に何度もお粥を口に運んでやり、むせてしまったときは優しく口をもとを拭いてあげている。


 食事の合間には二人でおしゃべりなどして、クロユキが笑うとサーバルも笑った。


「半分くらい食べたね!まだ食べる?無理しないでいいからね?」


「大丈夫… まだ食べる、おいしいから」


「わかったよ!いっぱい食べて早く元気にならないとね?でもシロちゃんに料理を習っておいてよかったよ!クロちゃんも気に入ってくれてるし!」


 クロユキはサーバルから元気をたくさんもらっていた、楽しく笑っていると体調不良にも関わらず食欲も湧き、どんどんお粥が減っていく。


 だがそんな時間の中、ふとクロユキは気になったのだ。


「サーバルちゃんはどうして急にパパに料理を習い始めたの?」


 彼は本当にただ純粋に子供らしく、たまたま気になって尋ねてみただけだった。


 するとその質問にサーバルは照れくさそうに目を逸らし、少しだけ頬を赤らめた。


 ただそれはイヤそうには見えず、どちらかと言えば嬉しそうに見えた。


 クロユキはそんなサーバルの普段と違う表情を見たときに熱でボーッとする頭で理由など考えてみたが、頭には「?」と浮かぶばかりで答えは出すことはできなかった。


 こればかりはいくら頭が良くても4才の少年にはわからなかった…。



 その答えを聞くまでは。



「えへへ///あのね?やっぱりせっかくプロポーズしてくれたシンザキちゃんをビックリさせてあげたくて!」


「プロポーズ…?」


「うん!“結婚しよう”って!なんかわたし、シンザキちゃんが“好き”みたいだから!受けちゃおうと思ったんだ!こういうの花嫁修行って言うんだって!」


 熱でボーッとしていてもわかった… 今クロユキはなにか自分の中で大事な物を失った感覚を味わったのだ。


 そう、クロユキは4才である…。


 だがその頭の回転の速さ故か本来の年齢よりもずっと進んだ心を持っていた。


 クロユキはサーバルに恋をしていた…。

 

 それは子供が幼稚園の先生が好きというような未熟な恋心だったのかもしれない。


 それでもクロユキが真剣にサーバルに恋をしているのに変わりはない。


 現状サーバルが他の誰かに好意を寄せていて、その人物と彼女が結婚するという事実が彼の心の傷になること、これはもはや避けられないことだった。


 クロユキはこの時、4才という若さで心に失恋の傷を残すことになったのだ…。



「サーバルちゃんは、おじさんと結婚するの…?」



 熱のせいでもあったのか、彼は弱々しい声で聞き返した。


 そしてサーバルは、そんな彼の心に気付くはずもなく元気よく答えた。


「うん!どんな風になるのかな?クロちゃんにお祝いしてほしーなー!」

 

 ほんの少し前なら「大嫌いだ」とそっぽを向いていたかもしれない、でも熱のせいかとてもそんな気持ちにはならなかった。


 この時クロユキは、驚くほど冷静だった。


「もういらない…」


「あれ?やっぱりお腹いっぱいだった?」


「眠たくなっちゃった…」

 

「そっかぁ、でもたくさん食べた方だね!ゆっくり休んで早く元気になってね!」


 クロユキはサーバルに対し返事もせずに目を閉じた。


 この時、彼はとてもとても眠かった。


 なぜだか、とてもとても眠たかった…。







 そしてクロユキの熱は。


 翌日の朝嘘のように下がっていた。

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