第63話 おかえり

 日が落ちて、月が雲で隠れるようなそんな夜でも…。


 港は明るかった。



 大きな船が何度も火柱を上げ、暗い海から日の出港を照らしつけている。


 その間ずっと、彼の怒りの咆哮は何度も響き渡っていた。


 彼が吠える度に船は爆炎を挙げる。


 港に残るフレンズ達はただじっと黙ったままその声を聞き、燃え盛り沈みゆく船を眺めるしかなかった。


「あれほど火が強くては、もう私達では近付けんな?」


 そう言ったのはヘラジカだ、どこか遠い目で船を見たままそう口にした。


 誰に言った訳でもなく、ただ一人言のようそう呟いていた…。


 そんな彼女の隣で、ライオンはいつものヒマワリのような笑顔を消したまま黙ってそれを聞き、少しだけ頷いた。


 間を置くと彼女も口を開き、ほろりと小さく呟いた。



「私達じゃ何もできなかったのかな…?」

 


 そう、何もできなかった…。



 彼女達は実質シロの取引に救われていた、例の連中はシロがいなければ島中のフレンズでいいだけ実験を始めていただろう。


 戦いになればパークの復興は無理だ。

 もしもフレンズ達が奴等に手を下した時、フレンズは人に危害を加え人類に害を為す存在として認識され、そうなればパーク永久隔離閉鎖となる。

 それどころか最悪国が総力をあげて潰しにかかる可能性すらあるのだ。


 連中はずる賢くフレンズ達を黙らせる方法をいくらでも知っている、故にフレンズ達はシロの犠牲をおとなしく指をくわえて見ているしかなかった。


 戦ってもいけない、シロを助けることもできない… ライオンは家族を犠牲にした平和なんていらないとすら感じていた。


「さっき博士達が図書館の方へ飛び去っていた、かばんの奪還は成功したようだな?」


「じゃあシロはなぜ戻らないんだよ!」


「あの咆哮を聞いただろう?まだ怒りが収まらないんだろうな…」


 悔しいのはライオンだけではない、その部下もヘラジカ達も、他のフレンズたち皆が同じ気持ちだった。


 連中を許せない気持ちもシロと同じで、共に船に乗れるのならば一緒になって暴れまわっていただろう。




 

 ドンッ!ドカァン!





 やがて船は大きく爆炎を上げながら傾き、海に沈み始めた。


「あぁ…!シロ!?シロが!そんな!?」


「ライオン、落ち着け…!」


「イヤだ!シロぉ!!!」


 沈み行く船を目の当たりにしたライオンは膝から崩れ落ち沖に向かい手を伸ばす、体は震え悔しさや悲しみに打ちひしがる。


 このままでは船もろともシロは海の藻屑となる… しかしここにいる誰もそれを望まない、そこに立ち上がったのはセルリアンハンターヒグマだった。


「私は火が平気だ!誰か途中まで連れていってくれ!シロを連れて帰る!」


「無茶ですよヒグマさん!あんなに大きな船が燃えているんですよ!?」


「無茶でもなんでもやらなくてはならない時があるだろ!アイツだってかなりの無茶してるんだぞ!誰かが行って助けてやらないといけないんだ!」


「その気持ちは皆一緒です… でも、これでヒグマさんまでどうかなってしまったら私達は二人大事な人を失うことになります… どうか、考え直してください?」


 リカオンもキンシコウも他のみんなも、助けに行けるならものなら行きたかった。

 

 だがあの燃え盛る船の中シロを探しだし、泳いで港まで連れて帰ることができるとは到底思えなかったのだ。


 でも助けたい、なんとか助けてやりたい!


 皆がそう思ったその時だ…。


 ゴォォ…

 となにかが皆の頭上を通り抜けて行くのがわかった。


 それはまっすぐ船に向かう、炎に包まれながら海に沈む船へまっすぐと飛んでいく。



 紅く神々しい姿の彼女のことを、皆は確かにその目で見ていた。









「かばん、シロは…」

「どうなのですか?」


「まだ、起きません…」


「お前も休むのです」

「ずっと眠っていないではないですか?」


 

 翌日の図書館、シロは眠っている… 彼は帰ってきたのだ。


 しかし目を覚ますことはなく、夜が明けた今も彼が目を開くことはない。


 かばんは心配で夜も眠れず一晩中看病に当たっていた。


「しかし驚いたのです」

「まさかスザクが直々にシロを助けるとは」


 四神獣スザク。


 昨晩シロが船で大暴れしたあとのことだ、彼女が燃え盛る船に飛び彼を助け出していたのだ。







「ガァァァァァアアアアア!!!!!」


 体に纏った炎は分厚い壁や床を容易に破り、光の爪は鉄だろうが簡単に切り裂いた。


 船は内側から穴だらけになっていき大きく燃え盛っている、やがて船内で生き残っていた人間もわずかになっていった。


「た、助けて…!私は社長の命令に従っていただけで…!」


「甘えるな…ッ!」ズシャァ 

 

 俺はまた何度も返り血を浴び、その度に血生臭さが鼻についた… が気にせず連中を殺しまくった。


 殺しても殺して殺しても殺しても殺しても怒りが収まらない、あと一体何人殺せばいいんだ、船内に何人残っているんだ。


 男だろうが女だろうがそいつらにも家族がいようが俺は関係なく例外なく皆殺しにした。


 そして最後の一人かと思われる人間を殺したときだ、俺は甲板まで戻り港に目を向けた。


 ちらほらと目の光が見える、皆あそこに集まっているんだろう。


「ぐぁ!?クソ… 時間切れか…!」


 するとその時だ、暴れまわった反動なのかそもそも体に無理な状態だったのか… 俺はその場に膝を着き動けぬまま沈みゆく船に身を任せることになってしまった。


 輝きと炎は消え、フレンズ化も解けてしまった。


 ダメだまだ終われない、帰らないと…。


 でも動けない、体に力が入らない。


 思考はまとまらず意識は朦朧としてる。



 家に、帰るんだ… 約束したんだ…。


 くそ、でも… ダメか…。


 帰りたいよかばんちゃん?君のとこに。


 クロ… ユキ…。


 ごめん…。




 薄れゆく意識、目を閉じたその瞬間。




 グイッ… と俺の腕を引くものがいる、そのまま上に引き上げられると、俺の足は甲板を離れて空へと舞い上がっていった。


「しっかりせい?男じゃろ?」


 熱い、炎のように熱いがとても優しい熱さを感じる… 優しく、暖かい。


 この感じ、そうか彼女… いや、このお方は間違いない。


「スザク様…?どうして?」


「我が浄化の業火と同じ気配を感じたのじゃ、もしやと思ったが… やはりお主か」


 俺を引き上げてくれたのは四神スザク様だった、助かったのか?

 だが気になることがある、俺が使っていたのはやはりスザク様の炎だった、そして火山から動けないはずのこのお方が何故ここに?


「どうして…?フィルターは?」


「我が力の化身を置いてきた、少しなら離れても問題ない… 気にするな」


 スザク様は俺を脇に抱えると、燃え盛り沈んでいく船を後にした。


 俺の気持ちを理解していたのかたまたまだったのかそれはわからないが、まっすぐしんりんちほーへ向かっているように見えた


「スザク様、俺約束破っちゃいました… 野生開放、結局することになっちゃって

 人もたくさん殺しました、スザク様の力を殺しに使ったんです、謝って済むようなことではないけどごめんなさい… でも、おかげで妻を助けられました、ありがとうございます… どんな罰でも受ける覚悟はあります、でもその前に家に帰してくれませんか?お願いします、一度でいいから… 彼女に、妻に会いたいんです」


 顔がよく見えなかったが、特に怒ってはなさそうなのは何となくわかった… 俺は朦朧とした意識のなかスザク様に謝り、頼めることはすべて頼んでいた… 直々に助けてもらった上に頼みごとなんて恐れ多いけど、ここはスザク様の威厳に頼らせてもらう。


 するととても優しく包み込むような声で四神スザクは俺に言った。


「なぁに別に怒ってなどおらんよ?事情は知っておる、よく耐えたな?あのような連中、下手すれば我が直々に焼き払っておったわ!これでもパークの守護けものと呼ばれとったからのぅ、確かに無闇に命を奪う行為は関心できることではないが、パークを守るためなら綺麗事では済まんこともある… 我が特別に送り届けてやる、感謝せいよ?」


 なんだかとても優しいのが不思議だった、この人はこんなに俺に優しかっただろうか?


 いや… あからさまではないがスザク様はもとから優しい神様だった、でも今こうして優しい言葉をかけてくるのは、きっと俺がもうダメってことなんだろうなって… なんだかそう思った。


「フム… 野生開放すればそのまま我が力のフィルターは破壊されサンドスターロウが溢れだすようになっておるはずじゃった… にも関わらず、お前はフィルターに使われた力を逃がさずに浄化の炎として再変換し、自分の物にしよった… 大したやつじゃまったく、規格外にもほどがある」


「自分でもなぜこうなったのか… 俺、セルリアンになるんじゃ?」


「いや、恐らくもうその心配はない…

 ないが… いや、もう休め?あまり喋ると体に障る、余計なことは考えずに眠るのじゃ?よいな?」


 なんだ、大丈夫なのか?俺はセルリアンにならずに済むのか、よかった…。


 だけど。


 この血に汚れた腕で妻と子供を抱き締める権利が今の俺にあるんだろうか?

 怒りに任せて何人もの命を奪った俺に、平和な幸せを手にする権利があるのだろうか?


 ダメだ… 俺は人間が憎くて仕方ない。


 昔からそうだ。


 人間は俺を迫害してきたんだ、俺と母を畜生と呼んで、見下して殺しに来ることもあったんだ…。


 学校では上部だけの付き合い、本当の俺を見ようとしないクラスメイトたち… 中には差別主義者な教師、目立つのが気に入らないといちいち絡んでくる間抜け。


 せっかくそんな腐った世界から抜け出せたのにまだ俺の邪魔をするのか?俺だけじゃない、妻にまで酷いことして…。


 ここまできたら許せねぇよ人間なんてさ、さすがに許せるはずもない。


 でも一番許せねぇのは…。



 みんながそうじゃないってわかってる、父さんもミライさんもシンザキさんナカヤマさん他にもたくさんいる、わかってるんだ… でもわかってるくせに許すことができない。



 許すことができない。



 そんな自分が、一番許せない。


 そして人間を許せない俺も人間。


 俺はやっぱり歪みきっている、もう修復できないほどに…。


 

 

 一番の罪人は自分だ… そう思ったその時、俺は全身が焼かれるような感覚に陥った。


「うぁぁ!?」


 焼ける…!全身が焼けるようだ…!?


「バカもん!余計なことを考えるなと言ったじゃろ!」


 やっぱりそうか、俺はもうダメなのか…!たくさんの罪を作ってきた、こんな俺にはもう幸せになる権利はないってことなんだろう、時間切れだ…。


 でも、最後に一目妻に!子供達に…。


 クソ、会いたいなぁ… 未練だなぁ…?


 また、みんな一緒に…。


 

「しっかりせい!家族のもとに帰るのじゃろ!シロ!お前は悪くない!自分を信じるのじゃ!」


 異変を感じ、急ぎシロを連れしんりんちほーのジャパリ図書館に降り立ったスザク、到着した頃シロは既に気を失ってしまっていた。


「シロ…!起きるのじゃ!お前の家じゃ!」


「…」 


「くぅ…!この愚か者!」


 その気配に気付いたのか長の二人とかばんが外に飛び出してきた。


「シロさん!?シロさん!よかった!シロさんが帰ってきてくれた!」


 かばんはシロの姿を見るなり意識が戻らないままの彼をスザクから奪い取るように抱き締めた… だが依然、彼は眠ったままだ。


「四神スザク!?」

「フィルターはどうしたのですか!?」


「そんなこと今はどうでも良い!」


 火山以外で彼女の姿を見ることになったことに長は大層驚いた、彼女がいなければフィルターは機能しないので当然である。


 スザクは泣きながらシロを抱き締めるかばんを見て複雑そうな表情を向けていたが、シロが戻ったことに安堵している三人はそれに気付かなかった。


「あの、スザク様?ありがとうございます!彼を助けてくれて… 力を貸してくれて!」


「いや、良いのじゃ… かばんよ、よいか?我がこれから話すことをよく聞くのじゃ?」


「…?」


 危機は去った、彼も帰ってきた… これでまた家族揃って暮らすことができる。


 朝子供たちに起こされて眠そうに厨房へ行く彼を見て、みんなで朝食を食べて… 当たり前の幸せがまた帰ってくるんだ。


 子供達の誕生日にはパーティーを開いてゴコクに行って…。


 大変だけど毎日幸せで。


 これで全部元通りに…。



 だが、安堵しきっていたかばんは失念していたのだ。



 自身が初めに見てしまった予知を…。

 



 その時スザクは、四神や守護けものと言った役職じみた存在としてではなく、そして神だとか立場がどうとかは全て抜きにした考えで、飽くまでたった一人のフレンズとしてかばんにそれを伝えたかったのかもしれない。

 

 なぜならそれを彼女に話す時のスザクの表情は悔しさや悲しさ、あるいは責任や罪を感じたような… とにかく申し訳ないと伝えたいであろうそんな表情をしていたからだ。


 スザクは静かに目を閉じるシロに一度目を向けてから、かばんの目をまっすぐと見つめ、伝えた…。





「こやつ… シロは…


 もう目覚めぬかもしれぬ…」



 もう彼は目覚めない。


 スザクは確かにそう言った。


「え…?」


 信じられないかばんはそれを理解するのにもう一度尋ねた。


「なんですか… それ?そんなはずないじゃないですか?サンドスターロウも見られませんし… 無事なんですよね?疲れて眠っているんです、そうですよね?」


「こやつの体内にあったサンドスターロウは我が浄化の業火を自分の物にしたことで瞬時に浄化されていったのじゃろう、浄化の力を手に入れたこやつが今後セルリアンになることはない… じゃが、その身に有り余る力と自分の犯した罪の重さから心を閉ざしてしまった!かばん…!シロは浄化の業火を使うことで黒く染まった自分が許せずに己の心まで焼いてしまったのじゃ…!」


 スザクは責任を感じていた…。


 自分の力が彼を苦しめ、結果的に心を失うことになってしまったことを。


「何が神だと罵ってくれて構わない… パークの為に戦いいくつもの罪を重ねることになったこやつを救ってやれんで四神が聞いて呆れると思われても仕方がない… じゃが、こうなってしまうともう我にもどうすることもできんのじゃ…」


 そう、心を焼いてしまった彼はもう目覚めない… 心が焼き払われたということは、何かを感じ喜怒哀楽を表現することすらできないということ。


 悲しみ絶望することもない、喜び幸せを感じることもない。


 代わりに、憎しみ怒れ狂うこともなくなったというのは… 皮肉な話である。


「嘘… 嘘ですよね?シロさんは眠っているだけですよね?シロさん起きてください?スザク様にお礼を言いましょう?助けてくださったんですよ?シロさん… ねぇシロさんってば?シロさん…」


 やはり彼は目を閉じたまま起きることはない… 揺すろうが頬を叩こうが起きることはない、まるで時間が止まったように動かない。


「いや… いや…!そんな!シロさん…!ユウキさん!ユウキさん僕ですよ!起きて!僕を見て!帰ってきたんですよ!ユウキさんお願い起きてぇ…!」


「もし目覚めたとしてもそこにこやつの心は無い… 浄化の炎は敵意を向けたものを際限無く焼き尽くす、逆に敵意さえなければ暖かで害はないが、敵意というのは目に見えないようなものでも例外ではない… それは時に心にある悪意であったり、暗い感情であったり、そして自身の心を醜く汚れたものと認識したシロはその炎で自らを害悪とみなしたのじゃ!かばん… 我のことは怨んでくれても構わん、これほどの功績を残したこやつがこうなった原因のひとつなのじゃからな?


 すまぬ… もう、時間じゃ…


 我はいつでも火口におる、さらばじゃ…」



 スザクも、あまりに辛い現実を前に涙を流していた。

 そしてそれ以上はなにも言わず、また火山へと飛び去った。


 残されたかばんと長はシロに呼び掛けを続けたが、彼が答えることはなかった。


 そのまま寝ずに彼のそばに居続けたかばん。


 そしてなにか策は無いのかと資料を漁り続けた博士達。


 三人は結局何もできずまま朝を迎えた。





「んん…」


 あ、僕眠ってしまって…。



 日が昇るまで寝ずに彼の横に着いていたかばんだったが、やがて眠り続ける彼に倒れこみ自分も眠りに落ちていた。


 かばんは目を開き彼の温もりに触れているも、体を起こし目覚めない彼を直視するのが恐ろしかった。


 

 違う…。


 

 絶対じゃない、いろいろあったからショックで夢を見ていたのかもしれない、こうして家にいるのだからきっとそうだ。



 それは現実逃避だと自分でもわかっていた、だがかばんは勇気をだして突っ伏していた体を起こした。



 するとそこには…。


「あぁ…!シロさん!」


 彼は体を起こし窓の外を見ていたのだ、目覚めることはないと言われた直後だと言うのに体を起こし目を開けていた。


 

 よかった!やっぱり夢だった!



 しかし、その瞬間かばんは思い出した。


「シロさんおはようございます!起きてたんですね?」


 この風景に見覚えがあると。


「心配しました!だっていろいろあったでしょ?でももう大丈夫です!悪い人はシロさんがやっつけてくれましたから!また家族みんなで…」


「…」


「シロ… さん…?」


 彼は…。


「いや… どうして?」


 虚ろな目で虚空を見つめ。


「どうしてこんなことに…」


 その後かばんに返事をすることはなかった。

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