第25話 恋する百獣の王

 まっすぐ砂漠を抜けた後には湖畔、そこでは匠コンビがいつものように出迎えてくれている。


「おぉ~!おかえりなさいであります!子供たちも!プレーリー式のあいさt」頭ガシッ


「まぁてぇ… うちの子になぁにをする気だぁ?」デデーン


「シロさん、落ち着きましょう?」


「プレーリーさんも普通の挨拶にするっすよ!」


「ほ、ほんの冗談でありますよぉ!?小さな子供のファーストキスを奪うなんてマネはしないであります!」←汗だく


「そっかそっか、よかったぁ!」←嘲笑


 今となっては砂漠の地下迷宮に行っても仕方がない、故に… 湖畔まで一気にひとっ走り、このように湖畔の匠に挨拶を済ませるとすぐに平原へ足を運ぶ、ただし軍曹、君の好き勝手にはさせない。


 ただ、俺としてはだ…。


 ひじょ~~~!に姉さんの様子が気になる。


 今さら隠す必要も無いし誰がどう見てもそうだからみんな知ってることなのであえて明言しておくと。


 どうやら百獣の王ライオン姉御、ダンディおじさま研究員の我が父、ナリユキ氏に惚れた模様。


 そもそもの発端は父さんが姉さんの姿を母に重ねて思わせ振りな態度をとったことにある、才色兼備な姉だが男っ気ゼロのジャパリパークでは恋愛耐性などあるはずもなく、その甘いセリフの数々にノックアウトしてしまったようなのである。


 数ヶ月経つ毎に姉は言うのだ。


「パパさんはいつ頃来るのかなぁ~?」


 それを聞くたびに複雑な気持ちになる弟の気持ちを察してくれ!いいか!これはヤキモチではない!


 考えてもみろ?今まで姉と慕っていた人物が母親になるんだぞ!どんな面して会えばいいんだ!今さらママなんて呼べるか!


 ただ、楽しそうな姉を見るのはそう悪くない気分だった。


 恋する乙女は美しいだなんてよく聞く話だ、姉さんみたいにおおらかなタイプは既に見ていて気持ちが良いが、照れたりして汐らしいところもまた新鮮で良いものだ。


 何より本人が楽しいならそれでいいかとも思える。


 俺が何を言ったところで惚れた腫れたは当人同士の問題なのだから、複雑な気持ちを抜きにすれば成立しようがそれはもう俺には止める権利はない。


 この際本人同士が幸せならいいかと諦めていたところだった。


 …んだけどぉ~?これ見てみろよ?


「クロユキちゃ~ん?おばあちゃんとお話しましょうね~?」


「おばーちゃんはなんでユキなの?おばーちゃんと話せる時はユキどこにいるの?」


「シラユキちゃんはねんねしてるんですよ~?お耳と尻尾が出ているときは暴れちゃうからおばあちゃんが代わりに体を動かしてるのよ~?」


「いいなぁ~!ぼくもパパとおばあちゃんみたいな耳ほしーなー!」


「クロユキちゃんはママ似ですからねぇ~?お耳が好きなのはミライさん譲りですねー?ミライさんはいつも言ってました、自分にもけも要素があればフレンズさんの仲間になれるのにって!」


 血は争えんとでも言いたいのか母よ?


 それはいいとして、今回会えるはずのないこちらの方!ホワイトライオンのユキさんに来ていただきましたぁ~!という状態。


 つまり父さんは新しい恋をする必要が無くなったんだ。


 俺としてはだ、父さんだって人並みに男として恋愛くらいするんだから再婚したってまぁいいんじゃないかと思っていたんだ。


 俺だってもういい歳だし、母さんが亡くなって?からの父さんの時間というのは俺が奪ってしまったから、変な話俺が父の元を離れて自由なったならそのまま自由に過ごしてもらって構わない。


 ミライさんの話を聞いたとき、お互い熟年ではあるがくっついてもよかったんじゃないかとすら思った。

 ミライさんだって婚期を逃したんだから父さんにその気があればワンチャンありますよ、時を越えて実る恋だなんてなかなかロマンチックじゃないか?


 でも…。


 母さんはいるんだよここに、父ナリユキの妻は帰ってきたのだ、喜ばしいよ実に、父さんだって心底嬉しそうにしてた。


 だが先日、いつものように父さんにメロメロしていた姉と母がエンカウントを果たしてしまった。


 母は浮気現場に遭遇したかのように姉を威圧したらしい、聞いたところによると「黙ってて子猫ちゃん」とあの平原の王に言い放ったそうじゃないか?


 子猫ちゃんだぞ?あの姉さんにだ、パークでもトップクラスで百獣の王会議の筆頭の姉さんにだ!


 動揺した姉さんはその後おとなしく引き下がったらしい、そしていつの間にかひっそりと城に帰っていた。


 察しのいい姉さんのことだ、あの瞬間自分の恋は終わったと塞ぎ込んでいるかもしれない、実は結構ナイーブなところがある。


 とにかく、ゆっくり話す必要があるだろう… 母の件、姉と無関係でもない。


 だって母が切っ掛けで俺には姉ができたのだから。







「ラビラビちゃーん!」

「ロックスちゃーん!」


「おじょー!若!おかえりっす!」


「おかえり二人とも、楽しかったかい?」


 子供たちはいつものように二人に飛び付いた、そしてニコやかに対応する二人もいつもと同じだ、しかし姉さん… どうしてるだろうか?


 聞いてみたところ。


「え?たいしょーっすか?変わりないっすよ!」


「いつも通りの頼れる大将だけど… なにかあったっけ?」


 なに?そんなはずはない、意外とメンタルにくると分かりやすい姉さんが失恋でなんともないだって?かばんちゃんはどう思う?


「強がってるんでしょうか?」


 フム、わからんな…。


 とにかく会っておこう、飽くまでこれは親戚挨拶としてだ。


 奥に通してもらうとツキノワさんもいつも通りと言っていた。


 じゃあ俺の考えすぎ?いやしかし、俺とかばんちゃんの時でさえ暴走した姉さんが自分の恋心を押し潰して黙っていることなんてできるのか?


 器用な姉だが意外と心は人間臭い、人並みに泣き笑い怒る、しっかりして見えるのは性格だ、あるいは才能とも言える。


 俺達は襖の前まで来ると一声かけて姉の反応を待つことにした。


「姉さん?遊びにきt」

「「おばちゃーん!」」←突入


 あぁ~!女性の部屋に突入しちゃらめなのよぉ~!?





「ごぉろごぉろごろ… ん?」ボールコロコロ


「「わーい!」」ドタバタ


「お?おぉ?なんだなんだぁ?来てたのかお前たちぃ~?ほーれ抱き締めておくれ~!」


「「ぎゅう~!」」


「アッハッハ!可愛い子達だなぁ!ホレぐーるぐるー!」←獅子奥義回転抱っこ


「「きゃー!あははははは!」」


 ふ~ん?確かに元気そうだな。

 

 姉さんのことだからまた背中向けて寝てるかと思ったんだけど、もしかして案外平気なんだろうか?

 いや、そもそも父とは仲が良いだけでそういう気持ちではなかったのかもしれない、杞憂だったか?


「ただいま姉さん?帰るついでに寄ったよ」


「おぅおかえり~向こうはどうだった~?」



 …



 特になんら問題は無く世間話が続いた。


 姉さんはいつものようによく笑うし、特段何か気に止まるような発言もない。


 ユキのことも変わらず可愛がっているようだし、姉さんにとっても気に止めるほどのことじゃなかったということだろうか?


 …っておいこらユキ!おばちゃんの胸を揉むのはやめなさい!そしてその後にチラッとママを見るのもやめなさい!ママ気にしてるんだぞ!


「どーしたユキ~?赤ちゃん返りしちゃったのか~?」


「おっきー!」


「はっはっはっ!ユキも大人になったら大きく…」かぱんちゃんチラッ


「…? なんですか?」


「なるといいなー!」ナデェ


「…はぁ」ペタペタ


 やめて!妻をいじめないで!クソッ!気にしないでくれ!今夜から胸部マッサージもっと頑張るから!


 そんな日常溢れる風景に俺は油断していた。


 そう、ここには同席しているのだ!恋に悩める乙女がもう一人!そして彼女はなんの迷いもなく言い放つのだ!


 彼女は恐らく今の姉さんの前では禁句であろうその話題にあっさりと足を踏み入れた。


「あ!そうだ!ねぇライオン?恋愛のことわかる?わたし今勉強中なんだ!」


「れんあい…?」ピクッ


「うん!ライオンは大人っぽいし、きっと為になるアドバイスをくれるかなー?って!」


「サーバルの口から“恋愛”とはな」


 空気がピリッとして目付きが変わったのもわかった、もちろん声は威厳たっぷりリーダーボイスだ。

 隣に座る妻に目を向けると「あちゃ~」って感じで苦笑いをしていた、やはり事前に話題に気を付けるよう釘を刺しておくべきだっただろうか?

 子供たちも急に声色を変えた雰囲気のあるライオンおばさんを不思議がっていた。


「おばちゃんどうしたの?」

「怖い声だした…」


 姉さんは無言のままいつもの笑顔を向けて二人の頭を撫でた、それを見ていつものおばちゃんだと安心したのか子供たちも怯えるのをやめた。


 のだがしかし…。


 それでも恋するサーバルお姉さん、意にも介さず話を続ける。


「ライオンも恋してるんでしょ?どんな感じなの?教えてよ!」


「ほぅ、なぜ私がそうだと思う?」


 やめてサーバルちゃん!君は今地雷原を駆け抜けている!


「さ、サーバルちゃん?今は別にその話はしなくてもさ?ほら?ハハハ…」


「え?どうして?みんな知ってるよ!だってライオンはシロちゃんパパと話してるときすっごく楽しそうだし!仕草もとっても可愛いから!きっとそれが恋なんでしょ?わたしもどんな感じか知りたくて!」


 ちゅどーん!


 なんて音が至るところから聞こえる気がする、どうしよう… あ、あれ~?姉さんなんでこっち見るの?質問しているのはサーバルちゃんだよ?


 俺が思わず目を逸らすと姉さんはユキを高く抱き上げてじっと見つめ始めた。


 まずいな、まさか確かめているのか?母さんのことを?


 当のユキにはフレンズ化は見られず、真剣な目をしたおばちゃんをただキョトンとした顔で見下ろしていた。


「おばちゃん?」


 心底不思議だろうなぁユキは、だってお前はなにもわからないのだから。

 母さんは様子を見ているのか?あるいは眠っているのか?ここまでで現れる気配は無い。


 姉さんは反応が無いのを確かめると怪しげな笑みを浮かべながらユキを自分の膝に下ろした、するとまるで試すようにこんなことを言い始めたのだ。


「私はねぇ~サーバル?パパさんと初めて話した時に言われてとても嬉しかったことがあるんだよ~?その場にいたからサーバルも覚えてるだろー?」


「うん!え~っと確かぁ~?“とても美しい”だっけ?」


 その時、一瞬だがユキの目が光った気がした… おいおいまさか姉さん、母さんを煽る気なのか?


 隣できゅっと裾を引く妻は小声で俺に言ってきた「止めた方が…」と。


 いやまったくその通りだがどう切り出せば?そうだ、とりあえずユキを回収しよう!


「ユキ~?おばちゃんサーバルちゃんとお話ししてるからパパのとこにおいで?」


「ん~?気にするなよシロ~?ここにいるときくらい姉ちゃんに譲ってくれよ~?ユキはおばちゃんの抱っこイヤか?」


「おばちゃん好き~!」

「おばちゃんぼくもー!」


「よーしじゃあ二人とも今日はおばちゃんとくっつこうな~?」むぎゅ~


 ユキだけでなくクロも膝に乗せた姉、そこで一旦話が切られた瞬間を妻は見逃さなかった、すかさず別の話をねじ込む。


「二人ともお姉ちゃんのことすごい好きなんですよー?おばちゃんに会いたーいって泣いたこともあるんです!」


 さすがかばんちゃんさんですよ!話を変えつつ同時に姉さんの機嫌もとるとはさすがと言わざるを得ない。


「そっかそっか~!」←上機嫌


 よーっしこのまま次の話題に入ってしまおうじゃないか!


「そうだよ~?だから姉さんもたまにこっちに顔出しt…」

「じゃあ今日はここにお泊まりしていくといいよ~!」


「「お泊まりー!?するー!」」


「「え?」」


 なんてことだ!?退路を塞がれたぞ!?今回は姉さんが一枚上手だった!まさかかばんちゃんの発言を利用してくるとは。


「こ、こら二人ともー?困らせちゃダメだぞー?今日はおうちに帰ろうね?」


「えー!お泊まりはー?」

「おばちゃんいいって言ったんだよ~?」


「気にするなよ~?だからみんな今日はここでゆっくりしていけよ?なぁ…?」ニヤリ


 かばんちゃんのフォローもむなしくお泊まり会が確定した瞬間であった、妻は俺に小さく「ごめんなさい」と言っていた… 気にしないで?誰が悪いと言うわけではない。


 本当は俺がやんわり伝えようと思ったのだけど、どうも姉さんは母さんとまた直接話すまで気が済まなそうだ。


 しかし姉さんのあの目…。


 あれはまるでプライドを奪いに来たオスライオンの目だ、まさか母さんと対決する気か?だが体はユキだ、もしもの時は手出しはさせん…!


「さてと… で?どこまで話したっけ?」


「ライオンがシロちゃんパパに言われて嬉しかったことだよ!」


「おぉそうだったそうだった!“美しい”だなんて初めて言われたよ~!」


 え~!まだつづけるんですかー!?もうやめようよー!?


「まだあるぞ~?そうだろ~シロ?」


「え?俺…?」


「そうだよ覚えてるだろ?パパさん私に何て言ってたか言ってごらんよ?」


「な、なんだったっけなぁ~…」


 ね、姉さんの意地悪!俺にせっかく会えた母を傷付けろと言うのか?今日の姉さん変だよ、なんでそんな意地悪するの?時に恋患いとは女性をここまで強くするものなのか?


「なんだ覚えてないのか~?かばんはどうだい?」


「え!?えと… えっとぉ?なんだったかな~?」←汗だく


「はいはーい!わたし思い出したよ!」 


「「さ、サーバルちゃぁん!?」」


 俺も妻も顔が真っ青だったことだろう…。

 

 これも全部父さんの軽はずみな態度が悪い、早く責任とれよな父さん…。


 悟ったように俺がそう思うと、それを他所にサーバルちゃんは意気揚々と答えた。


「たしか~?“見ていると元気になる、まるでヒマワリの花を見てるようだ”じゃなかったっけ?」


「そうそう!嬉しかったなぁ~!あれはすごく…!」


 ビリッ… と空気が揺れた気がした。


 同時に姉さんの膝に座っていたはずのユキがスクッと床に立ち上がった。


「ユキどーしたの?」


 クロが不思議そうにそのユキに話しかけた、しかし反応はない。


 く、来る!母さんが… 怒れるホワイトライオンが!来る!?


 くるりと姉さんの方を見たユキ、姉さんもそれを見て尋ねた。


「どーしたユキ?飽きちゃったかい?」


 母さん、頼む暴れないでくれ…。


「…? ん~ん!わかんない!おばちゃん抱っこ~!」むぎゅ


「なぁんだ~?甘えんぼさんだなぁ?よしよし~?」



 母さん?出てこなかったな…。


 危機は脱した… と考えるべきか?


 いやもしかして、傷付いて泣いているのかもしれない。


 父さん、この罪は重いぞ…。

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