第26話 ひまわり

「ではサーバルキャットの方、こちらへ」


「なになにー?」


 これはまぁ、ちゃんと説明していなかった俺達が悪いのかもしれない。


 でもサーバルちゃんも子供達のお世話とかして落ち着きが出てきたし、もともと思いやりがあるからわざわざ言わんでもみたいなところはあった。


 逆に話すとよく理解してくれないかもしれないし、ただでさえ自分の気持ちに振り回されているというのに他の色恋沙汰を話すとさらに混乱させてしまう可能性がある。

 

 が、少しだけ今回のことを言わせてほしい。


「君は“ヤキモチ”とか“嫉妬”とというのはわかるかな?」


「え~っと… シロちゃんがかばんちゃん以外の子のおっぱいのことを考えている時にかばんちゃんが不機嫌になるやつのことだよね?」


 合ってるけどなんか違う、合ってるけどさ… なんでおっぱい限定のヤキモチなんだ。


「いや、つまりだねぇ… クロが…」


「クロちゃん?」


 いや、この話待った。

 

 クロの名誉もあるが今のサーバルちゃんにこれを聞かせるのは少し拗れるのではないか?


 シンザキさんとの大人の恋に頭を悩ませる今の彼女に「クロも君に恋してる」なんて言ったら、シンザキさんとクロの板挟みになっていると余計にこんがらがってしまうだろう。


 大人と幼児の恋ではまた抱くものが違ってくるが、今の彼女では恐らくそれを区別できない。


「あ~いや… そう俺だ、俺が別の女の子とベタベタするとかばんちゃんが怒る、もしくは傷つき嘆き悲しむ

 逆にかばんちゃんが他の男とよろしくやっていたら俺はそいつを八つ裂きにするかもしれない… これが嫉妬だね」


「え?クロちゃんは?」


「なんでもない、間違えただけだよ」


「それじゃあ~?つまり何を言いたいの?」


 つまり、母さんのことを言いたいのだ。


 母さんは父さんのことが好きだ、もうとんでもなく好きだ。


 この世で尤も信頼していて一緒にいると尤も安心できる人物だろう、それは俺にとってのかばんちゃんと同じように。


 だから夫婦なのだ。


 だがそんな人がもし、自分以外の人に面と向かい「美人だ」とか「素敵だ」とか言ってると思うとどんな気分だろうか?


 強気な人なら悲しみも去ることながら怒り狂うこともあるだろう、直接なにかしたわけではないが極端な話裏切りに等しい行為だもの、でも気の弱い人はどうかな?余程のことがないと怒りを表現するのが苦手な人は?


 愛する人に裏切られたと知れば嘆き悲しみ心は地の底に沈むだろう。


「あの時ユキの中で母さんにも聞こえていたはずなんだよ、父さんが姉さん言った甘い言葉の数々がね?姉さんがわざわざ君に言わせたのもあるけど、あの場所であの話題は少しまずかったかな…」


「あ、そっか… ごめんね?わたしシロちゃんママの気持ち全然考えてなかったよ…」


「いや、サーバルちゃんもいろいろ考えて頭の中ごちゃごちゃしてるだろうから、ごめんね気を使わせて?」


「ううん、わたしは大丈夫だよ?でもわかったよ!ヤキモチって大変だね?今思うとかばんちゃんはそれに何度も苦しんでいたんだね?」


 “僕は悪い女の子です…” か、まぁあれに関しては俺が悪いんだけど…。


 サーバルちゃんも思い出したことだろう、かばんちゃんが嫉妬で人に黒い気持ちを抱く自分が許せなかったことを。


 でもこれで恋愛の怖いところにも気付いたはずだ、今度はサーバルちゃん自身にもそれがあると自覚してもらわなくてはならない。


「それじゃあ嫉妬について学んだ上でひとつ意地悪な質問をするけどいいかい?」


「うん!」


「シンザキさんは君にプロポーズをしたってことは、これはシンザキさんが君のことを死ぬほど愛してるからだよ?思い当たる節はあるよね?」


「うん…///」


 彼女は俺がこう言うとカーっと顔を赤くしてうつむいた。


 俺としてはこの反応だけで意識しまくってるじゃんと思ってるのだけど、彼女自身がこれを認識しなくては話にならない。


 なのでこんなことを聞く。


「じゃあそんなシンザキさんがもし、君へのプロポーズを無かったことにして違う誰かと結婚したら?その時サーバルちゃんはどんな気分になるかな?」


「え…!?」


 動揺してるな、その気持ちを君がどう処理するのかで内に秘めたものが見えるはずだ、さぁどうする?


「えっと… えっと…」


「わかんない?例えばそうだね、スナネコちゃんだ、シンザキさんがやっぱりスナネコちゃんと結婚することにするって言ったとしたらどう?二人のこと、心から祝ってあげられる?」


「わたしじゃなくて、スナネコと?シンザキちゃんが結婚… えっとそれは…」


「ごめんね?答えなくていいよ?例え話だからもちろんそんなことにはならないし… でも君が今の話で強い嫉妬心を覚えるならそれはつまりそういうことで、それならそれでいいことだと本気で少しのヤキモチもなく思えるならそれはそういうことだね?

 綺麗事じゃ済まないこともあるんだよ恋愛は?ゆっくり理解するといいよ、自分のその気持ちをね?」


 妻にはサーバルちゃんをよく見ていてもらうことにした、考え込んでまた悩ませることになるだろうから親身になって話を聞いてあげてほしい。


 …と、それもそうなんだが。


 今夜はお泊まり会、ハシャぐ子供たちとそれを見て微笑む妻とサーバルちゃん。


 と言えば聞こえはいいが俺達は城に囚われた状態と言っていい、俺の予想では今夜の内になにか起こる。


 母さんか姉さん… どちらかがアクションん起こす、このまま引き下がる母さんではないと思うし姉さんだって用もないのにこのタイミングで泊まれなんて言わない。



 穏便に済めばいいんだが…。







 

 その晩のこと。

 ライオンは眠っていなかった。


 夜行性だから… とかそんな理由ではない。

 

 自室でどっしりと座り込み、その目をギラギラと光らせていた。


 彼女にはわかっていたのだ、今夜必ずここに来る“フレンズ”がいると。


「やはり来たか」


 目線の先には淡く輝く青い瞳が暗闇に浮かんでいる。


 その瞳の主はゆっくりとライオンに近づき、やがて窓から差し込む月明かりにその姿を晒す。


「私に用があったんでしょう?」


 それはシロの娘シラユキ、その姿を借りたホワイトライオンのユキである。


 二人の獅子が今向かい合った。


「誰だお前は、なぜユキの中にいる?」


 声を低く唸りをあげるようにライオンは尋ねた、答えならわかっているであろう彼女だが敢えてユキの正体を尋ねていた。


「ホワイトライオンのユキ、ユウキの母親ですよ」


「やはりそうか…」


「そして、ナリユキさんの“妻”です」


「フム」

  

 ライオンは初めて会ったとき既に分かっていた、だが事実確認がほしかった。


 シロからは亡くなったと聞いているし、ナリユキも彼女のことを話すときいつも懐かしんでいたからだ。


 そう、ライオンはナリユキを好いていた。


 その理由は本人にもハッキリわかっていないが、シロが言うように甘い言葉にうっとりとしてしまったのかもしれないし、シロとよく似た空気を持つナリユキのさらに落ち着きがあるところにどこか魅力を感じ惹かれたのかもしれない。


 あるいは、かつてホワイトライオンが夢中になった男というのに無意識に憧れを抱いていたのかもしれない。


 そんなナリユキの話にチラホラと顔を出すホワイトライオンのユキというフレンズ。


 目の前にいるシラユキの姿をした彼女こそがそうだった。


「何の用です?あんな小賢しいやり方でなく普通に呼んでくれれば出てきましたよ私は、昼間はずいぶんと煽ってくれましたね?」


「それは本人かどうか知りたかったというのと、あなたの気持ちも知りたかったからだ」


「どういう意味?」


「ママさん、私はパパさんが好きなんだ」


 そんなことはユキも承知だった、目の前で色目を使う女をよく見た上でナリユキの前に顔をだしたのだから。


「だとしたら、どうするんです?」


「どーもしない、だって私ではどうやってもあなたには勝てないから…」


「…?あなたの方がずっと強いのに?」


「そうじゃなくて」


 ライオンはナリユキが好きだ。


 彼女はナリユキと二人で話しているとまさに恋する乙女の如く、とても楽しんでいた。


 でも彼の話にはいつも必ず出てくる女性がいる。


 彼女はとてもとても楽しいはずなのにずっとそれにモヤモヤとしたものを感じていた。


 初めは、きっと奥さんを亡くしてこの人はずっと寂しい思いをしてるんだ、じゃあ自分が新しい奥さんになろう、自分がその寂しさを埋めてやろうとそれくらいのことを思っていた。


 毎年会えるタイミングを心待ちにして、顔を見ると胸が踊り、百獣の王の立場なんぞ忘れて一人の女の子としてその場に立っていた。


 でも彼の話を聞いているうちに彼女は気付いたのだ。


 この人の奥さんは亡くなってなんかない、この人の心の中で生きていると。


「ごめんねママさん?たくさんヤキモチ妬いたろう?でもどうかパパさんを許してあげてほしいんだ」


 ナリユキがライオンを女性的に褒める時には必ず前提とするものがあった。


「私を美しいと言った時は“見ていると妻を思い出す”と言っていたし、元気がでるとかヒマワリの花のようだとか言ってくれた時も先に“妻は雪のように美しかった”と言っていたんだよ」


「ナリユキさんがそんなことを?」 


「そうさ、聞いてると必ずママさんのこと話してから私のことを褒めてくれるんだ?パパさんは初めから私のことを見てなんかなかったよ、ずーっとママさんのことだけを見てたんだ… 同じライオンだから見てると思い出すんだろうってシロは言っていた」


「ナリユキさん、そんなに私のことを…」


「はぁ~… いいなぁママさんは?旦那も息子もいい男でぇ~?」


 ナリユキと共に居たいというのは、奇しくもシロを弟として迎えた時と似たようなものかとライオンは思っていた。


 孤独だったシロと同じように、奥さんを亡くして寂しい彼の為、もし自分にその代わりが務まるならば、寂しさを埋められるなら、それでもそばにいられるならそれでもいいか… そう思っていたのだ。


 その矢先の出来事が先日のユキの覚醒だった。


「それならわざわざあんな呼び出し方しなくても良かったじゃないですか、尚更普通に呼んでほしかったです!」


「弟達の手前あんまり情けないとこ見せたくないんだよ~?ママさんにもそういうことあるだろー?見栄っ張りって聞いてるよ?」


「それを言ったのは誰です?」


「どっちもだねー」犯人→夫と息子


 二人は同族のフレンズ故かすんなりとお互いを受け入れていった、初めの火花を散らす雰囲気が嘘のようである。


 だがそれは必然なのかもしれない、なぜなら二人には共通して感じているものがあったからだ。


「ライオンちゃん、もしかして先代の記憶とかある?なんだか初めてあった気がしませんね?」


「先代とは関係ないんじゃないかなぁ?会ったのは多分私がフレンズになる前の時だよ?覚えてない?私はママさん見てるとぼんやり思い出すよ、まだ子猫みたいな時に遊んでくれた真っ白い女の子のこと」


「覚えてます… もちろん覚えてますよ?」


 以前ライオンがシロと初めて会ったときのことだ、やはりこの時もライオンはシロとは初対面ではないと感じた。


 当時シロがユキの子供であると隠していたにも関わらず、ライオンにはシロが同族であるとすぐにわかったのだ。


「私がシロのことに気付いたのもママさんのおかげだったんだねぇ?」


「あの時の子ライオンちゃん達の中のどの子なのかしら?それはさすがにわかりませんけど、はわわ~!こんなに大きくなって!」モミモミ


「ママさんさぁ?なんでおっぱい揉むのさ?」 


「ナリユキさんもユウキもおっぱいが好きなんですよ~?私も昔はこんな感じだったのに… これはもうひたすらたわわ~としか言いようがありません、二人があなたを慕うのも当然ですね」


「えぇ…」


 当時ライオンは獣の姿だっただけに、その時なにがあっただとかユキが何を話していただとかというのはまったく覚えていないし理解もできていない。


 ただユキが自分にとって悪い存在ではないということだけは肌で感じ取っていた。


 この日改めて奇妙な縁で再会を果たした二人は、ユキの時間が続く限り話を続けた。







「「パパー!」」グイグイ


「Zzz… 5分… あと5分…」


 朝になるとすべて丸く収まっていた。


 かばんちゃんもサーバルちゃんもなにやら不思議そうな顔をして姉さんを見ていた。


「じゃあそういう訳だからな、ママさん大事にするんだよ?」


「どういうわけかな?わかんないや!」


「聞いてたんだろ~?バレてないとでも思ったのか?」


 バレててたのか… おっぱいの話をされたときに少し動揺したのがまずかったな。


 ともあれこれで姉さんの恋は終わったわけか、なんて声かけたらいいか迷うが相手が父さんなだけに少し安心したのが本音だ。


「はぁ~あ!あの様子だとサーバルには男ができたんだろー?恋もよく理解してないような子に先を越されたか~…」


「意外だね、姉さん結婚願望強いんだ?」


「大体お前のせいだと思うよ?男が来たってだけでパークじゃ有名人だったんだから?おまけに結婚式なんて挙げちゃってみんな興味津々さ」


 そ、そうだったのか…。


 なんということだ、恋愛ブームは俺が巻き起こしていたのか!そう言われてみれば心当たりがある、オオカミさんの薄い本シリーズもそうだ!


「諦めないで?まだチャンスはあります!」


「本当かいママさん?」


「クロユキちゃんがいるじゃないですか」


「えぇ!?ちょっとなに言ってんのさ母さん!?クロは4才だよ!?」


「そうね~4才でサーバルちゃんに恋するおませさん… そんなところは本当にユウキとそっくりですよ」


 それは言わないでほしい、恥ずかしいとかじゃなく…。


 それを言われて少し黙ると、母さんも何も言わず姉さんも何も聞いてこなかった。


「クロかぁ~?そんじゃいい男になるのを楽しみに待ってるかぁ!」


「やめてよ姉さんまで…」


 あなた今度は俺の娘になろうとしてないか?マジやめてそういうの。


「じゃあ元気でね?たまに遊びに来てくださいね?“ヒマワリちゃん”?」


「えっへっへ///やめてよそれ~柄じゃないってぇ~!」


 昨晩で姉さんには名前がついていた… 父さんの発言を元に母が命名。


 その名は “ヒマワリ”。


 父さんの言うように明るく笑う姉さんにはピッタリといえるだろう、次に父さんに会ったときどんな顔するか楽しみだよ。


 母さんとの拗れもなくなった、なんだかこれでようやく姉さんが本当の意味で姉さんになったのかと感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る