第27話 花嫁修業
図書館に帰るなりいろいろと長に報告することとなった。
まず母さんとユキのこと、それからシンザキさんのプロポーズ、それに対するサーバルちゃんの気持ちの問題…。
正直博士達に恋愛のことを話すのはかなり不安だが、相手が不確定だった俺の時と違いサーバルちゃんの場合相手が確定しているので頼りになるかもしれない。
信じてるよ長?
「え~そんなわけで、こちらが母です」
「ママですよ~!」
「ホワイトライオンのユキ、話はよく聞いているのです」
「博士、当時の異変を生き抜いたフレンズとは、興味深いですね?」
当たり前かもしれないが、二人と母は旧知の仲というわけではなさそうだ、当時のフレンズは本当に一人もいないのかな?
「二人とも、母さんはユキのサンドスターが続く限りしか話せないからあんまり質問攻めにはしないでね?連日外にでてるとユキに負荷がかかるんじゃないかって心配なんだ」
「お前のことを見てきた我々にはそれくらいわかります」
「それにユキがお前と同じなら、お前とまったく同じ“体質”である可能性もあります… 肝に命じておくのですよ?」
サンドスターの吸収か… ユキは俺と同じでヒトの姿とフレンズの姿を持っている。
俺はフレンズの姿が通常に落ち着いたけど、ユキはまだわからない… なにせ生まれ直後は俺と違い耳も尻尾もなかった。
いずれ母さんのようなホワイトライオンになるのか、ずっと2つの姿を使い分けるようになるのか。
いずれにせよサンドスターの量が少ないってことは“吸収”の能力が備わっている可能性が高い。
子供の姿をしたフレンズなんてこの子達だけだから、単に成長するまでサンドスターが少ないだけともとれなくはない、もしかするとある日を境にグッと保有量が増えるのかもしれない。
ユキだけじゃない、クロはどうなんだろうな?単純に男の子のヒトのフレンズと言うべきなんだろうか?
…
「それにしても、サーバルがプロポーズを?」
「あのシンザキとかいうヤツですか、冴えない男ですがサーバルキャットのことなら右に出る者はいませんね」
「ねぇ博士達?わたしプロポーズをされてからいろいろ教えてもらって考えたんだけど、結局恋愛ってなんなのかな?」
「サーバルにしては哲学的なこと言うようになったのです」
「お前もいつまでもバカではないということですね?いいでしょう」
ここが学んで来たことの終着点となるだろうか?そんな緊張感を他所に長の二人はサーバルちゃんの問にあっさりと答えてみせた。
「敢えて生物学的な話に置き」
「その場合に語る恋愛とは即ち…」
「「発情です」」
おいおい…。
難しいこと言ってサーバルちゃんを混乱させるのはやめてあげてほしいな… まぁ、生物学的な話をすれば確かにそうなんだけど。
「えぇ~!?じゃあどうして気持ちがモヤモヤしたりウキウキしたりするのー!?」
…ん?今の聞いたか?つまり今回のことでサーバルちゃんの心が飛んだり跳ねたりしてるってことでは?それ則ち答え。
だが二人はその発言そのものには特に反応せず、質問の答えとして淡々と返した。
「それは我々フレンズがヒトの特性を持ってしまったためです」
「そもそも“恋愛感情”と言うのはヒトの間にしかないのです」
「そうなの?」
「フレンズになることでヒトとしての心も備わったが故に、もともと獣だった我々も愛だの恋だのと心が動くのです」
「単なる動物なら繁殖期なりが来て、適当なオスとメスがツガイを作り子供を生みます… それを育て、自立させ、その子供がまた次の命を繋ぐのです」
「繁殖のために恋愛をして胸が締め付けられたり、時に体にまで影響を与えるほど心の傷を負ったり、または相手の気を引こうと試行錯誤を繰り返したりと… そんな回りくどい真似をする動物はヒトしかいないのです」
「なまじ知能が高すぎるために起きてしまったヒトという動物の面倒な部分ですね」
ずいぶん小ざっぱりと合理的な発言をするんだなぁ?そりゃ変な話、頭空っぽにして子孫を残すためだけにそうするなら恋愛なんてものは壁にすぎない、動物の場合はメスの奪い合いで戦ったりするが、人間の場合はライバルを打ち倒しても意中の子は振り向いてくれないし、たまに私情のもつれなんてので物騒な話は聞くけど、そんなことをしても相手は喜ばない… むしろ遠ざかるだろう。
つまり恋愛は生物界最大の目的の邪魔になっているということになる。
「じゃあ、恋とか愛とかって結局子供を作りたいだけの気持ちってこと?」
まぁそうなるよな、でもそれで片付けられるほど単純な気持ちではない、世の中科学じゃ説明のつかないこともあるんだ。
そんな俺の心を代弁するかのように二人は答え始める。
「それは違います」
「わかってて言ってませんかお前は?」
そう言うと俺達夫婦を指差し、二人の長は言った。
「あの二人が単に子供作りたいだけのために傷つき悩んできたように見えますか?」
「まぁ、確かにシロは少し節操のないところもありますが」
「そんなことないよ!二人は真剣に愛し合っていて!… あれ?」
華麗にフォローを入れてくれるサーバルちゃん… やっぱりそうだ、彼女はもう分かっているんだろう、言葉で説明できないってことも自分の正直な気持ちにも。
「ならばわかるでしょう?ヒトの持つ複雑な心というのは本能で動く獣にとっては面倒なものですが、そのおかげで心と心を通わせることができるのです」
「そしてそれは… 我々フレンズも同じなのです」
思わず拍手したくなるね、やるじゃないか長!さすが長!たぁよれるぅ~!頼もしい~!
模範解答と言ってもいいんじゃないか?ここまで完璧に答えてくれたらサーバルちゃんも納得するだろう、あとは彼女自身にあるその気持ちを自らが受け入れるのみ。
怖いものじゃないんだ。
フレンズ、つまりヒトの姿をとったことで当然の心なんだよそれは。
「それでサーバル?お前はそのプロポーズ、受けるですか?」
「受けないですか?」
「「どうするのですか?」」
「えっと… でも、シンザキちゃんは本当にわたしなんかで… だってわたしなんにもできないよ?料理だって野菜を切るのしかしたことないし、お片付けしたらお皿とか落としちゃうし、お掃除も洗濯もきっと余計に汚しちゃうだけだよ?こんなわたしがお嫁さんでいいのかな?」
彼女にしてはネガティブな発言をするんだな、これも彼女の性格故の問題だろうか?
相手を気遣うあまり自分では迷惑になるだけではないか?と考え込んでしまっている。
だがこの場合それこそが間違いだ。
そんなことはみんな知っていることだし、彼女のそれを欠点とも思わない。
それをよーく知っているのが俺の奥さんだ。
「サーバルちゃん、そんなの関係ないんだよ?」
妻はサーバルちゃんと向かい合い、彼女の手を握り言った、それは妻が彼女に言われて救われてきた言葉。
「フレンズによって得意なこと違うって教えてくれたじゃない?」
「でも、わたしお嫁さんが得意なフレンズじゃないよ?きっといっぱい迷惑かけて嫌われちゃうよ…」
「もう、サーバルちゃんったら僕と同じようなこと言ってるよ?」
「え?あ…」
なぜだか、懐かしくなるな…。
かばんちゃんもああして自己嫌悪みたいな理由で俺を遠ざけていたっけ、今サーバルちゃんがまったく同じ状況になっている。
あぁしてシンザキさんを気遣うってことは、サーバルちゃんにとってもう大事な存在ってことなんじゃないか?
気付いているかい?今君が両想いであることを前提に話しをしてるってことに。
「サーバルちゃん?それってシンザキさんのことが好きってことなんじゃないの?」
「あの、えっと…///」
嫌われたくないということは自分も向こうに好意があるってことだ、そしてそれを恐れるってことは…。
「シンザキさんが好きだから、臆病になってるよね?」
「うぅうみゃあ~///そんなぁ… でもでもわたしじゃ幸せにできないよ?かばんちゃんみたいにシロちゃんのためにいろいろできる自信がないよぉ!」
自分にも似た経験があるせいか妻の読みは鋭かった、みるみる顔を赤くして手で覆ってしまい話す言葉もしどろもどろのサーバルちゃん、自分の話してきた言葉の理由をかばんちゃんが答えたと察したんだろう。
「サーバルちゃん?どうしてシンザキさんがサーバルちゃんを選んだかわかる?確かに、いろいろできる綺麗なフレンズさんも器用で可愛いフレンズさんもいるかもしれないけど、その中でどうしてサーバルちゃんにプロポーズしたかわかる?」
その答えは俺がヤキモチについて教えた時に話しただろう、とても単純で簡単なことなんだ。
俺はもちろん、当然博士達もわかっている… かばんちゃんもよくわかっている、だから妻は彼女に言った。
「サーバルちゃんが好きだからだよ?シンザキさんは家事ができるとかそういうの以前にサーバルちゃんじゃなきゃダメだからサーバルちゃんにプロポーズしたんだよ?」
そう、シンザキさんは彼女を死ぬほど愛している… これは間違いない、見ているだけでわかる。
「わたしじゃなきゃダメ!?どーして!?高く跳べたり速く走れるだけなのに?」
「こういうことに理由なんかないよ?だって家事ができる子がいいならその子に声を掛ければいいだけだもの、何ができるとか関係ないんだよ?プロポーズしたってことはありのままのサーバルちゃんに側にいてほしいってことだもん!」
シンザキさんがプロポーズをして、それにちゃんと答えるためにたくさん考えて悩んで、みんなにいろんなこと聞いて…。
結婚がなにかとか、好きって気持ちを理解しようと頭使って、ヤキモチを妬くってことにも気付いた。
そんな心の中のいろいろごちゃごちゃしたものを、彼女は今まとめているんだろう。
…
帰ってくるなりサーバルちゃんは少し気持ちがドタバタしてしまったことだろう、そんな忙しい日だが、何事もなく夕食も済み洗い物を片付けている俺の元に何やらスッキリとした顔の彼女は現れた。
「シロちゃん、いつも美味しいご飯ありがとう!」
「どういたしまして、どうかしたの?」
「ううん… シロちゃんヤキモチのお話してくれたでしょ?あれの答えをハッキリしとこうと思って!」
シンザキさんがサーバルちゃんへのプロポーズを破棄して別の子… 例えばスナネコちゃんと結婚すると言ったら快くお祝い申し上げることはできるか?って感じだったな。
無理に答える必要はない、彼女に自覚してもらうための質問だったから。
だが律儀にもわざわざ答えを教えてくれるというのだ、ならばありがたく聞かせてもらうじゃないか?
君の決意というものを。
「正直… 嫌だなって思ったよ?だってシンザキちゃんはわたしにプロポーズしてくれたのに、なんで後から別の子に変えるの?って、その相手がスナネコでもアライさんでもフェネックでも、PPPみたいにアイドルでも嫌だって思った! その… 誰にもとられたくないって思ったんだ?かばんちゃんの言ってた意味がやっとわかったよ?確かにこんなこと考えてたら自分のこと悪い女の子だって思っちゃうもん!きっとシンザキちゃんが好きって言ってくれるわたしはこんな子じゃないって」
「それを聞いたら、シンザキさんは自分のこと世界一幸せな男だと思うだろうね」
「どうして?」
「かばんちゃんの時に俺がそうだったからだよ、それだけ意中の相手に気に掛けられるのは嬉しいんだ… 自分の気持ち、これでわかったね?」
「うん…」
「じゃあ次会った時は良いお返事をしてあげないとね?」
サーバルちゃんはそのまま顔を隠したまま走り去った…。
実に恋する乙女やってるね彼女は、あんな照れてる顔初めて見た、天真爛漫な元気な子って感じだったけど、すっかり乙女になってしまったねぇ?
にくいねぇ~シンザキさん?先越されちゃったね~ナカヤマさん?
…
翌朝、子供たちにいつも通り起こされ外に出た時だ、いつもの朝とまったく違うことが起きた。
「サーバルちゃんおはよー!」
「早起きさんだー!」
なんと子供達より早起きして外でサーバルちゃんが待っていたのだ、彼女は俺を見るなり言った。
「おはよう!今日はシロちゃんにお願いがあって早起きしたんだー!」
こんな早くからどうしたのか?と寝起きでボーッとする俺の頭にこんな言葉が叩き込まれ、俺は一気に目が覚める。
「わたしにも料理を教えてもらおうと思って!」
「え…?」
「だめかなぁ?」
そう彼女は、所謂“あれ”をやりたいのだ。
「はなよめしゅぎょー?って言うんでしょ?博士達に聞いたんだ!」
花嫁修業!そうつまり花嫁修業とは!
結婚前の女性が家事全般のスキルを向上させるための修業である。
既に結婚が決まっている場合や、あるいはどこの嫁になっても恥ずかしくないように既に備えておく、所謂女子力のようなものもそう呼べるのではないだろうか?
もし今のサーバルちゃんを格ゲーのキャラ選択画面に表示させたとしたら。
“覚悟を決めたサーバル”
とかで表示させるだろう。
「ねぇシロちゃんお願い!わたし頑張るから!」
「か、カバンチャーン!」
ガチャ!バタン!
「えー!?なんでぇ!?教えてよー!」
驚きのあまり子供たちを外に置き去りにして着替え中の妻の元へ駆け込んだ… 「キャア///」とシーツで体を隠す妻を見て若干やスイッチが切り替わりそうなのを抑え込み、俺は例の件を話した。
「サーバルちゃんが花嫁修業したいって!」
「え、えぇ!?ってことはサーバルちゃん」
そう、とうとう自分の気持ちに気付いたってことだ、即ちプロポーズを受諾したことを意味する。
「「や、やったー!?」」
喜びのあまり妻とチューってやってるところにユキ(母)が、クロをつれて家に入ってきた。
「オッホン!… はわわ~お腹すきましたね~?クロユキちゃん?」
「朝ごはんはー?」
「ひゃ!?///」
「ご、ごめんね?すぐ!すぐ作ります!」
…
今日からサーバルちゃんも俺の弟子になる、アライさん達から見れば妹弟子というやつか。
火は克服してるみたいだけど、どこまでできるかな?
…
「ねぇ~おばーちゃん?サーバルちゃんもパパもママも何のお話しをしているの?」
「クロユキちゃん?サーバルちゃんは好き?」
「うん」
「じゃあサーバルちゃんが幸せになるなら一緒に喜んであげましょうね?できる?」
「サーバルちゃんが嬉しいならぼくも嬉しい!」
「いい子ですねー?」
それだけ言い残したユキはスッと耳と尻尾消してシラユキに戻った…。
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