第24話 どうして?
「ふー!とうちゃーく!」
橋のそばに佇む巨大滑り台のてっぺんに辿り着き、高らかに声をあげた彼女こそコツメカワウソさんその人である。
「ユキもー!」
「ぼくもー!」
続いて子供たちもカワウソの後ろからヒョコっと顔をだした。
その光景を見ていたサーバルとジャガーはわたわたとしながら滑り台に向かい叫んだ。
「おーい!二人とも本当に大丈夫なのかー!最後は川に落ちるんだよ~!」
「溺れちゃうよー!いい子だから降りてきてよ~!」
「今滑るねー!」
「待っててー!」
事は数分前、子供たちがカワウソの楽しそうな姿を見た事が始まりだった。
巨大滑り台を滑り、橋を飛び越えダイナミックに川に落ちる「わーい!」というその姿に子供たちは…。
「「たのしそー!」」
と子供らしい実に無邪気な目を向けた、そして厄介なのは橋に隣接された滑り台には川に入らずとも橋から歩いて滑り台に上がれることである、子供たちは猫科の二人の目を盗み滑り台に上がった。
「ねぇジャガー!どうしよー!?」
「受け止めるしかないんじゃないか?」
「えー!?怪我するかもしれないよ!待ってて二人とも!いま行くから!」
しかし、心配で子供たちの回収へ走るサーバルとは裏腹にカワウソスライダーが無慈悲にも始まってしまったのである
「「「たーのしー!」」」スィー
「うみゃー!?待ってー!?」
勢いよく滑り出した3人はそのままジャンプ!宙に投げ出された。
「わーい飛んでるぞ~?」ヒュイー
「「きゃぁ~ハハハハッ!」」ヒュイー
バッシャーン!
やがて大きな水しぶきを上げて川に落ちた3人を見てサーバルはただ唖然として青冷めるしかなかった、ジャガーはすかさず川に飛び込み救出に向かった…。
が!
「飛び込み成功ぉー!」バシャン
すぐにカワウソは二人を抱えて水面に顔を出したので大事には至らず、当の子供たちも初めて足のつかない深さの水に入ったにも関わらず…。
「「たーのしー!」」
この笑顔である。
「カワウソ!子供たちが溺れたらどうするのさ!」
陸に戻った三人に二人は詰めより、ジャガーはカワウソに注意を入れた。
しかし、こちらの能天気に見えるコツメカワウソ、何も考えずに二人を抱えて飛んだわけでないのだ。
「そのためにワタシが一緒だったんじゃーん?子供たちだけで滑ろうとしてたから混ぜてもらったんだ~!」
即ち、止めても無駄だろうと察した彼女はいっそのこと三人で楽しむことにしたのだ。
楽しいことは皆で共有するのが一番だという彼女らしい理由でもある。
「はぁ~よかった… クロちゃんユキちゃん?すっごく心配したんだよ?」
「楽しかった!」
「もう一回!」
「一回だけにしよーよ!わたし何回も流されてるから!危ないよ!」
そう、サーバルも好奇心で何度も飛んでいるがその度に流されてジャガーに救出されていたのだ、経験者は語った。
「ほら子供たちー!今度はこっちに乗りなよ!」
「ジャガーちゃんの舟だー!」
「乗せてー!」
「ワタシも乗るー!」
そこでジャガーが滑り台から気を逸らす為にイカダを用意した。
びしょ濡れになった子供たち共々クルージングを楽しむこととなになる。
「サーバルは来ないのかい?」
乗り込んだ三人を他所にその場に立ちすくむサーバルにジャガーは尋ねるが…。
「二人がそろそろ戻ると思うからここで待ってるよ!」
「そっか… じゃ、いっくよー?」
「「サーバルちゃんいってきまーす!」」
「うん!後でねー!」
そう言ってハシャぐ子供たちを見送ったサーバル。
ふとこの時彼女は、そういえばいつも誰かといたからこんな時間はとても久しぶりだ!とそう思った、なので誰に話しかけるでもなくぶつぶつ一人言を口にする。
こんなこともたまにはあるだろう。
「寝るときは博士たちも近くにいるし、朝は子供たちに起こしてもらうし、ご飯もいつもみんなで食べるでしょ?明るいうちは二人と遊んでるし、ゴゴクでもみんなと一緒だったしー?あ!スナネコと寝たこともあったんだった!えーっとそれからー?シンザキちゃんとりゅーせーぐん?を見て、子供たちとお風呂に入って、それからシンザキちゃんが… シンザキちゃんと…」
シンザキちゃんと…。
シンザキちゃんと… 結婚?
一人なので、ここ数日のことを思い出していると結局シンザキのことに帰結する自分に気が付いた。
「結婚?わたしが?」
サーバルはシンザキから沢山のアプローチを受け、そしてついにプロポーズを受けてしまった、だが率直なところ実感というのがまったく湧いていなかった。
結婚… とはそもそもなんなのか?サーバルは考えた。
身近な例としてシロとかばんを思い浮かべると。
二人は毎日仲良しで、シロは隙あらばかばんに抱きついたりしてしょっちゅう怒られているのを見掛ける。
でもかばんもかばんでそれは満更でもなく、何かの仕事中にやるから怒られるだけである。
博士と助手はその時よくこう言っている。
「盛ってやがるのです」
「ですね、シロは年中発情期なのです」
「昔必死に隠してやったのはなんだったのでしょうか?」
「まったくです」
つまり… とサーバルは答えをまとめた。
「つまり、結婚したいってことはシンザキちゃんはわたしと赤ちゃんをつくりたいってこと? し、シンザキちゃんとわたしの… 赤ちゃん!?な、なんかこれは合ってるけどそうじゃない感じがするよ~!///」
サーバルはつい夜の地下室から聞こえるあの“声”を思い出して妙な気分になってしまった、彼女は両手で顔を覆いブンブンと首を振り気を取り直した… つもりだが。
「でも、あの時のかばんちゃんの声…」
と既に思考がそっち側にとられてしまっていた、彼女とて興味が無いなんてことはないのだ。
サーバルの聞く限り「いや」とか「ダメ」などと言葉では聞こえるが、本当はダメなんかじゃなく、むしろ求めているいるように聞こえる、要は嬉しそうに聞こえるのである。
子作り、つまり交尾とは…。
彼女達の認識では繁殖、即ち種を残す為の行為である。
生きて子孫を残す。
それはまさに生物界最大の目的と言っていいだろう。
だがシロとかばんに関してはどこか違う目的が見えるような気がするとサーバルは感じていた
「かばんちゃん、“してる”時はシロちゃんの名前を何度も呼んだりしてるし…
“大好き”とか“愛してる“っていうのも何度も言ってたと思うし、え~っとつまり~?二人はこ、交尾をして気持ちを確かめ合ってるってことかな?///ってことは~…」
妙な発想の為かサーバルはやや思考が暴走気味であった、脳内はピンク一色。
「シンザキちゃんと交尾をすればわたしの気持ちがわかるってこと?///
あ、あれ~!?これもなんか違うよ!だってそういうことは心に決めた一人としかしちゃいけないってかばんちゃん達が言ってたもん!」
前にシロがこっち関連の疑いを掛けられたときのことを思い出した。
かばんはその相手(誤解)に対して相当な敵意を向けていた、それほどヒトにとって交尾というのが心の面でも強い意味を持ち、故に気持ちがわからない状態でそういったことをするのは間違いである、とサーバルはこの考えを改めた。
危うく暴走するところだったと一息ついて火照った体が冷めるのを待った。
考えてみてわかったことは、シロとかばんが単に子供を作るために夜の地下室に足を踏み入れているわけではないということだ、即ち二人にとってそれは恋や愛の延長である。
「ちゃんと好き同士じゃないとダメなんだよねきっと!後でかばんちゃんにこっそり聞いてみよーっと!」
…
間もなくすると二人が電池を持って高山から降りてきた、なにやら顔が赤いがなにかあったのだろうか?と少し気にはなったが、きっとロープウェイで疲れているだけだろうと聞くことまではしなかった。
「ただいまサーバルちゃん、任せちゃってごめんね?二人はどこかな?」
キョロキョロと辺りを見回すシロ、サーバルしかその場に居ないことにすぐに疑問を感じたようだ。
「あ、おかえり二人とも!今ジャガーがイカダに乗せて運んでるところだよ?」
「ワガママ言わなかった?大変だったでしょ?」
「大丈夫だよ!でも滑り台でハシャいじゃって服がびしょ濡れになっちゃって… それで濡れたまんまいっちゃったよ~!」
「大丈夫!?」「溺れなかった!?」と二人はアタフタしていたが、カワウソがついていてくれたので落ちてもすぐに上がってきたと伝えるとほっと胸を撫で下ろしていた。
確かに自分もかなり不安になったので、実の両親である二人がさらに取り乱すのは当然だろう。
サーバルは、任されたからには自分がもっとしっかり見ておくべきだったと反省した。
それでも二人は「気にしないで」と自分を励ましてくれる、二人はとても優しい。
子供達にだってよっぽど悪さをしない限りは執拗に怒鳴り散らしたりしない。
きっとこんなに優しい二人だから、お互い恋をしたんだ…。
とサーバルは思った。
その子供たちも二人に似て思いやりがあるのは毎日遊ぶサーバルもよく知っている。
ふと、また博士達の言葉を彼女は思い出した。
「子供に甘いやつらなのです」
「まったく、親バカなのです」
確かに本当によっぽどの悪さしない限りは二人は子供に怒鳴らない、例えば先日クロユキがシンザキに蹴りをいれたが、かばんはそれを意味のない暴力でただ単に人を傷付ける行為だとキツく叱っていたと聞いた。
尤も本人は不服だったのかそっぽを向いて聞いてはくれなかったそうだが。
だがその時はシロが諭してしっかりと謝らせた、もともとシンザキは子供のやることだと特別気にも止めていなかったらしく、なんとその謝罪を受けたあと彼は言ったのだ。
彼は言った、自分よりサーバルの方が落ち込んでいるので行ってあげてくれと。
サーバルはその頃「嫌い!」とクロユキにハッキリと言われたことにとてつもなくショックを受けていた、確かに落ち込んでいるのは自分の方だったと再確認した。
まぁ結果として「本当は大好き」と言われて復活した彼女だったが、この件にはシンザキの優しさがよく滲み出ていたことに気付いた。
そう彼は優しい、サーバルの為に自身を犠牲にする強い覚悟もある。
彼はサーバルを失うくらいなら自分が… 迷わず行動してしまうような男だ。
サーバルはそれに気付いた上で考えた。
シンザキちゃんは自分よりもわたしの方が大事なの?
どうして?セルリアンの時だって自分が囮を続けないとわたしが狙われるからって逃げないでその場に残ろうとして手…。
それで食べられちゃったら意味ないよ!わたしが助かってもわたしのことわかんなくなっちゃったら、それが悲しいってことすらわかんないのに…。
クロちゃんの時だってそうだよ?痛かったのはシンザキちゃんの方なのにわたしの方を心配してくれて…。
自分のことはいいの?どうしてそんなに優しいの?
どうして?
どうしてそんなにわたしのことばかり気に掛けてくれるの…?
「サーバルちゃん?どうかした?」
「え?あ!何でもないよ?ボーッとしちゃった!」
「そう?あ、もしかしてシンザキさんのこと気になるの?」
「え!?え、えーっと!?えっとね?///」
「ふふふ、もぉ~サーバルちゃん分かりやすいね?」
嘘は苦手だった。
サーバルがロッジのジャパリマンをつまみ食いした時のことを思い出したりして、二人は目を合わせるとお互いニコりと笑った。
せっかくなのでサーバルは考えていたことをまとめてみようと思いかばんに相談してみることした。
サーバルの交遊関係において、彼女ほど絶大に信頼を寄せている人物は他にいない、難しいことなら博士たちに聞くより彼女に聞いた方がすぐに分かりやすく教えてくれるだろうとさえ思っている。
「かばんちゃん、あのね?結婚ってなにかな~?って考えてたんだ」
「あ、そっか?漠然と結婚って言われてもよくわかんないよね?」
「うん、それでね?かばんちゃん達のことを思い出したんだけど、つまり~… えっとぉ…///」
なにやら、人が多いと言いにくそうな彼女の顔を見たシロは「電池をバスに戻してくる」と気を使い席を外した。
女性だけで話したいこともあるだろう。
そしてサーバルは先程の疑問を思いきってかばんに尋ねた。
それは即ち、結婚とは子供を作る為にするのか?ということだが、どーもそれは飛躍しすぎな気がするので間違いなら具体的な目的が知りたい、ということである。
それを聞いたかばんはなんとなく言いにくそうにしていたサーバルの態度に合点がいったという感じで照れながら答えた。
「えーっと… 結婚するってことは夫婦になるってことなんだけど、それはわかる?」
「うん!つまりかばんちゃん達のことだね!」
「そう、子供を作る為って言うのは間違いではないんだよ?でもなんていうか、それも通過点に過ぎないというか…」
かばん自身、具体的な説明をするためにそういう話をするのは恥ずかしかった、確かにこんなこと真剣に話しているとはあまり人には知られたくはないだろう。
かばんの考えにおける結婚と子作りに関しての話…。
それは所謂過程に過ぎず、父母になった後も夫婦に終わりはないと告げた。
目的の一つとして“子供を作る為”に結婚が必要と考えるのももちろん間違いではないが、それだと子供さえできればもうお互い用はないと聞こえなくもない。
実際動ツガイを作り子供ができるとそれっきりになる動物も少なくはないが、ヒトという生き物にとってそれは当てはまる答えではない。
続けてかばんは答えた。
「例えば… あなたの子供がほしいとか、自分の子供を産んでくださいとか、そんなプロポーズは変だと思わない?」
「そうだね?プロポーズもよくわからないけどそれが変なのはなんとなくわかるよ!」
「だから結婚って、あなたになら自分の人生すべてを捧げられますってことだと僕は思う… 一緒に暮らして子供ができて、その子供が大人になって今度は孫ができて、それでもずーっと一緒にいるんだよ?子供を作る為だけじゃなくて、二人の人生を一つにすること… それが結婚かな?って」
人生を一つに…。
サーバルには話が大きくてピンとこなかったが、子供を作る為だけの結婚が間違っているのは理解できた。
「ごめんね?難しかったよね、なんて表現したらいいか僕にもわかんなくて…」
「大丈夫!なんとなく大事なことはわかったよ!」
自分の説明でほんの少しでも伝わってくれたのならよかった… とかばんは小さくホッとしていた。
「あ、そういえばプロポーズって男の人からするのが普通なんだって?」
「そうなんだー!じゃあかばんちゃんはどんなプロポーズをされたの?」
「え!?///えーっと… ハネムーンの終わりにね?これからもたくさんデートしよう?って言われて、綺麗なものを探したり美味しいものをたくさん食べて、それでいつか一緒に暮らそうって… その時はその夫婦として… みたいな///」
「わぁ~!素敵なプロポーズだね!」
まさかサーバルちゃんとプロポーズの話題で盛り上がるなんて… とかばんは顔を真っ赤にしたままそう思うとなんだか少しくすぐったかった。
そしてその時、自分達も大人になったんだと実感した。
「パパだー!」
「おかえりなさい!」
「ただいま~二人ともジャガーちゃん達のことたくさん困らせたな~?」
サーバルとかばんは子供達と話す父親らしいシロを見ながらこそっと話していた。
「そっかわかったよ!子供を作る為の結婚じゃなくて、結婚したいくらい好きな人なら子供を作りたいってことなんだね!」
「うん、だから僕はシロさんの子供を産めたことが本当に幸せ… サーバルちゃんはどう?シンザキさんとの赤ちゃんほしいって思う?」
「うみゃ!?えっと!えっとぉ…」
「ふふ、ゆっくり考えたらいいよ?時間はあるから?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます