中編

「ユキったら、アサヒくんとすぐに仲良くなりましたね?」


「そうだね、二人とも人見知りするような子でもないし、あんなものなのかもね」


 アサヒが来て既に数日経っていた。


 シロとかばんは自分の娘と彼を会わせることでどうなってしまうのかと不安な気持ちがあったが、すんなりと打ち解ける様子を見てほっと胸を撫で下ろしていた。


 というのは年頃の男女を会わせるということ以上にシラユキがアサヒに迷惑をかけないか心配だったのだ、フレンズとしかほとんど関わらなかったシラユキが外から来た同じ年頃の少年に出会ったときどんな接し方をするのか?お互いに違いに戸惑ったりしないだろうか?と…。


「ユキとの関わりもだけど、彼はこうしてここで羽を伸ばすことで自信を取り戻すか吹っ切れるかできるといいんだけど…」


「確かみんなの期待を裏切ってしまったって、プレッシャーに負けてしまったんですね… 無責任に“がんばれ”と言うのも考えものです」


「才能ってのは、みんなから大きな期待を向けられることがあるからね?本人は好きにやってただけでもその才能故にみんなから彼ならできる大丈夫に決まってるって気持ちを押し付けれられて生きてきたんだろう、そのせいか一度の失敗も許されないと思い込んできたんだと思う」


 そう、彼には大きな期待が向けられていた。


 そして中学最後に起きてしまったそのたった一度の失敗が彼の心を今も追い詰めていた。


 そんなトラウマから才能があるはずの彼は楽しかったそれをやめてしまった。


 高校に入ってからは「是非入ってくれ」と先輩や顧問の教師から部活の勧誘をしつこいほど受けたが、彼が首を縦に振ることは決してなかった。


「なんでやらないの?ってそんなことは言わないけど、それならそれでやっぱり歳並みにらしい生活をしてほしいからね」


「ヒトの暮らしはどうも複雑みたいですね?僕にはやっぱりこっちの暮らしが合ってるみたい…」


「うん… 俺もそう思うよ」


 シロは過去に起きた自分のことを振り返り、彼と重ね、時にクロのことを思い出した。



 今どこにいるんだろうなクロは?お前なら彼になんて言ってやる?お前今どうしてる?彼女には会えたか?


 まぁ、クロならやっぱり器用にやってるんだろうけど。


 なんにせよ、悔いは残すなよ?でも、いつでも帰ってこいよ?クロ?







「ここに来てもう10日経っちゃったんだ… 早いなぁ」


「居心地はどう?やっぱり向こうと比べたら便利な物も少ないし住みにくい?」


「そんなことないよ?確かに向こうはなんでも道具があって便利だけどね、でもできればずっとここで暮らしたいくらいだよ… 学校行かなくていいし」


 ユキもいるし…。


 なんてことを思いつつも、シラユキと話す際彼は溜め息混じりにそう答えた。


「学校?って勉強するところでしょ?どうして?苦手なの?」


 そう、彼は学校に行きたくなかった。


 しかしシラユキが言うような理由ではない、とは言え勉強というものも決して好きでも得意でもない、彼は成績で言うところの中の下といったところだ。


 ただし無論理由は勉強が追い付けないからではない。


 学校には仲の良い友人もいる、ただ… 今の彼にとってはそれが逆に煩わしくてしかたなかった。


 今の彼にとって学校は居心地が悪い場所となっていた。


「勉強は… まぁ得意でもないんだけどさ?それはいいとして、もう行かなくていいかな?ってちょっと思っちゃってて… 実際学校へ行くことに今は意味なんて感じてないんだよ、もうやめたっていいとすら思ってる」


 ここに来る前からずっと考えてた。


 

 何が面白いんだ学校なんて。



 こんなことを言うと、彼女は自分を止めるんだろうか?


 よくある展開… 「そんなのダメだよ」「頑張ろうよ」「逃げないで向き合おう」こんなことを言われるのだろう、実際彼は学校なんてどうでもいいとぼやくと周りの皆から口を揃えて似たようなこと言われていた。



 ユキ、君なら何て言う?

 バカだな俺、こんなことを彼女に話してなんになるんだ?ただ同情されたいだけじゃないか?



 そんなことは彼自身もわかっている、でも弱った彼の心はついその方向へ動いてしまう。


 そんな彼の言葉に、シラユキはキョトンとした顔で言った。


「そうなの?じゃあしょうがないね?でもやめたあとはどうするの?」


「え…?」


 彼は思わず目を丸くした、学校をやめることを止められなかったのは初めてだった。


 周りの皆は彼に言う「やめるくらいならまた始めてみようよ?」「どーせダメならその方が悔いが残らないよ?」彼にとってはそんなものクソ食らえだった。


 たがそんな彼にシラユキはやめることを前提にこれからどうするか?という話を始めたのだ。


 彼は思った。

 


 ユキはいつも前を見てる、なぜこうなったということよりも、これからどうするかということを大事にしている。

 学校の皆とも違うし、俺なんかとは似ても似つかない。 


 眩しすぎる。


「どうって…」


「あ、ごめんね?私向こうのことよく知らないなからそこまではわからないや… なんか無責任なこと言っちゃった」


「いやいいんだ… ねぇ?ユキは俺を止めないの?」


 一瞬だけ「ん?」と疑問の表情を見せたが、すぐにニコッと笑い彼女は答えた。


「何が理由なのかは無理には聞かないけど、アッくんがやめたいと思うならそれでもいいと思うよ?目的があってそれまでのことを終わらせるのは悪いことではないと思うし、でも後悔のないようにしてね?それにパパが前に言ってたの、“若いうちは頭空っぽの方が夢詰め込める”って… でも頭空っぽは言い過ぎだよね!」


 もう、そんな君が眩しくって眩しくって…。



 シラユキ、彼女はパークで生まれパークで育ってきた。

 

 故にアサヒとは圧倒的に感覚がズレていたが、今の彼にはこの感覚のズレが心地よく感じていた。


 彼、アサヒは彼女と話しているとこう思えてくるのだ。


 “くだらないことで悩んでいる”と。


「ユキ…」


「なぁに?」


 そんな彼女の名前を呼んだ、ただ呼んだだけ… するとその青い瞳がじっと覗き込むように彼の目を見つめ、彼もその空色の瞳を見つめた。


 純真無垢で真っ直ぐなその瞳に嘘はない、あまりに純粋なので彼は自分が酷く濁った存在に感じたほどだ。

 だからこそ彼はそんな彼女が羨ましい、自分に正直に生きるシラユキに強く憧れた。

 

「あの… アッくん?」


「ん…?」


「あんまりじっと見られるとなんだか恥ずかしくなってくるんだけど…///」


「あ、ごめんつい…」


 見とれていた… と言っていいのかもしれない、照れながら目を逸らすシラユキはその白く透き通るような肌の為か、頬が紅潮しているのが彼にもハッキリとわかった。


 チラチラと目線を彼に向けるシラユキは照れたまま彼に言った。


「アッくんたまに真面目な顔で見つめてくるから、私なんだか緊張しちゃうよ…」


「なんか… ごめん、普段はこんなことないんだけどさ?なんか、なんでかな…」


 彼は思った。


 自分のことを、ただの“アサヒ”という人間として見てくれる子が彼女意外に他にいるだろうか?


 周りの子は少なくともなにか一つの印象を持って彼を見るはずだ。


 アサヒ?あぁ“あの”アサヒかと…。


 でもシラユキの場合は違う、きっと彼女ならこう言うのだ。


「アッくんはアッくんでしょ?」と。



 どうしよう… と彼はシラユキを見ていて気付いた、いつからこうだったのか?いや恐らく始めからだろう。


 夜寝るとき、彼女はもう眠っているだろうか?と考えている。


 朝起きるとき、彼女はもう起きてるだろうか?始めに考える。


 姿が見えると彼女を目で追う自分がそこにいることに気付いた、彼女に話しかけられると自然と笑顔が溢れ、彼女が笑うと胸が踊った。


 もし、もしも…。


 もし今から煩わしい人間関係を全て投げ出して彼女の元に残ったら、彼女は俺を受け入れてくれるのだろうか?


 何考えてんだよ俺?


 こんなこと思うってことはそうだ。



 俺はユキが好きなのか…。



 胸が高鳴るわけだ。




 普通の少年アサヒは、フレンズの世界に生きる人間とフレンズ両方の血を引く少女。


 シラユキにいつしか心を奪われ。


 恋をしていた…。







 アッくんの悩み、私じゃ解決できることじゃないんだろうけど…。


 私は彼がたまに見せる暗い表情が気になって仕方がない、話しているとよく笑ってくれるけど根底になにか単純でない暗いものを感じる。

 外で何かあったのは分かる、けど外であったことに対して私ができることは少ないし、多分何もできない。


 でも、だから今、せめて今。


 もし私が側にいることで嫌なことを少しでも忘れられるなら…。



 私は私が彼にできることをしたい。



 だから私はなにか気分転換になればと思い立ちすぐに彼に声を掛けた。


「ねぇアッくん!へいげんちほーに行かない?」


「へいげんちほー?」


「うん!私の叔母さんがいるの!パパのお姉ちゃんだよ!」


 そうだひまりんのとこに行ってみよう!


 私がそう考えたのはあそこではいつも当たり前のように合戦という名の遊びを繰り返しているからだ。


 多分今日はサッカーをしてるはず、サッカーは外でも超有名スポーツだからきっとアッくんもできるはず… できないとしても外では試合観戦でエキサイトするらしいから、きっとフレンズ同士の超次元サッカーなら観戦だけでも楽しんでもらえるはず。


 なんと言ってもフレンズ同士の戦いはいつでもエクストリーム。


 何が言いたいかと言うと混ざるのも観戦するのもきっと気分転換になるってこと。



 というわけで。



「ひまりーん!遊びにきたよー!」


「おぉユキぃ~!よく来たなぁ!そっちの子は例の彼かい?」


 着くなりアッくんに興味を示したひまりん… の尻尾を愛でながら私は彼を紹介した。


「うん!アッくんだよ!一緒に住んでるの!」尻尾ナデェ


「アサヒです、お世話になってます」


「ほぇ~?礼儀正しいねぇ?そんなにかしこまらなくてもいいんだよぉ?ユキの“彼氏”なら私の甥っ子みたいなもんさ!」


「えぁ!?か、彼氏!?」


 彼氏… 彼… 氏… あれだ、彼ぴっぴとか言うやつね、私知ってる!ほら?恋人のことでしょ?そうそう… って待ってよ!


「や!ちょっともう!ち、ちがうよ!とーもーだーちー!///」


「なんだそうなのかぁ?」

「結構お似合いだと思うよ私は?」

「おじょーの彼氏ってことはやっぱりつえーんだろ!」

「ユキお嬢ったら照れてるんだね?」


 チームライオンの面々にあらぬ情報が流れている。


 誰なのそんな膨張された情報を流したのは!博士たちね!そうでしょ!まーた長が暴走してるんだよ絶対そうだよ!


 なによもう!


 彼氏なんて!


 私に彼氏だなんて…。


 私なんか。


「ごめんねアッくん?フレンズって女の子しかいないからこういう話しはすぐ大きくしちゃうの…」


 もう最悪、これで変に距離とかとられたらどーするのさ?


 せっかく仲良くなれたのに。

 

「いいよ、こっちこそごめんね?俺なんかがユキの彼氏と間違われちゃって?」


「なんで?アッくん優しいし素敵だと思うよ?」


「え?」


「え?」


 あれれ、変なこと言っちゃったかな…。


 彼は驚いたのか目をまん丸にして私を見てる、顔も赤いし… 日差しが強いからのぼせちゃったのかな?


 と思っていた私に対して彼はこんなことを言う。


「その… ユキだってほら?優しいと思うよ? 美人だし… なんて…/// ハハハ」


「あ、ありがと…///」


 これは変化球、私にとっては斜め上の答えが返ってきた。


 私、今どんな顔してる?やだなんか… ニヤけてるよこれ絶対、あぁ口角が上がってるのがわかる。

 

 もうアッくん変なこと言って!いや!嬉しいんだけど…!


 美人だなんて…。


 私より美人なんてたくさんいるじゃん?ひまりんとか師匠とか、みんな私よりずっと美人のはずだよ?


 それにパークの外にはヒトの女の子がたくさんいるんでしょ?もっと美人で可愛くてお洒落で優しい子なんてたくさんいるはずだよ?こんな向こうのことなんてなんにも知らない私より話の合う子がいるでしょ?


 褒め上手なんだね、そうに決まってる… アッくん顔も結構整ってるしモテるんだよねきっと?今のはお世辞だよね?


 でも…。


 それでも私は嬉しいよ?





「来たぞライオン!いざ勝負だ!」


「ねぇヘラジカさぁーあ?あれどう思う?」


 ライオンの指差す先には若き男女、アサヒとシラユキがモジモジと向かい合う姿があった。


「うむ!似合いだな!当時のシロとかばんを見ているようだ!それがどうした!さぁ勝b…」

「いやあれで友達だって言い張るんだよユキのやつ…」


「そうなのか?照れているだけだろう!」


「素直じゃないよねぇ?ちょっと私達で一肌脱がないかい?」


 ヘラジカが「いいだろう!さぁ脱g」とシャツ捲し上げたところでライオンがそれを止め話しは進められていく。


 ライオンのフレンズ… シロの母から“ヒマワリ”という名付けられた彼女は、その時の経験から彼女は恋というものにやや敏感だった。



 いいかユキ、おばちゃんに任しときな?その気持ちをずっとしまっとく気か?彼はすぐに帰ってしまうんだろ?なら急げ、早いほうがいい、ヘラジカは頼りにならないし私が手助けしてやるからね?







「アッくん?みんなはここでいっつもなにかを競いあってるんだよ?ママが私くらいの頃にスポーツを教えるまでは本気で殺り合ってたんだって?」


「えぇ… かばんさんそれどうやって止めたの?殺り合うて…」


 なんでもひまりんが「怪我人がでないうちになんとかしたい」と伝えたところ、紙の棒と紙風船を使った“たたかいごっこ”をママが考案、そのあとにひまりんの部屋にあるマリを使ったサッカー(のようなスポーツ)を伝えて平原を後にしたって、ママはさすがだね!


※父親もケイドロを伝えました。



「それでね?今日はサッカーなんだけど、アッくんもどーかなー?って」


「サッカー…」


「うん!女の子ばかりだとやりにくいかもだけど、体を動かすと気持ちいいかなー?なんて思って!」


 その時彼の表情が険しくなったのがわかった、なんだか苦い表情というか。


「ごめん… 見てるだけでいいかな?」


 苦手?いや違う… 別の理由?やっぱり女の子に混ざるのがイヤとか、でもそんなにイヤかなぁ?でもなんていうか見てる感じだと、サッカーそのものが嫌みたいな。


 なんにしても余計なことしちゃったみたい、私ってどうしてこうもっと考えて動けないのかな?もっと考えて話さないと。


「あ、うん!無理にとは言わないよ?私あれこれ考えるより体動かして忘れるタイプだからアッくんも悩んでるみたいだしどうかな~?って思ったんだけど… そうだよね、私と同じとは限らないよね?ごめんね?」


「いやいいんだよ!ユキは悪くないから!大丈夫!俺の問題なんだ、本当にごめん…」


 そんな彼の様子が心配であまり集中できなかったのもあり、始まるなり今日の試合はこちらが圧倒的に劣性になっていった。


 私はアッくんが気になって珍しく心がぐちゃぐちゃして調子がでないし、なぜかひまりんも動きが悪い気がする… なぜ?手を抜いている?三人だけが好調では師匠たちには勝てない、統率の取れた師匠チームはとても強いのである。


「いやぁ~今日は不調だねぇ?どうする?」


「ごめんねみんな?私がもっとしっかりしてれば…」


「お嬢は悪くないよ?こんな日もあるさ」


「そうだぜ!くそ!オレがもっと器用ならなぁ!」


「でもどうする?いまのままじゃストレート負けだけど…」


 ツキノちゃんの言う通り今のままでは私たちは0対10のストレート負けだ、10点先取のこの試合、現在点差はなんと0対8。


 悔しいなぁ~。



 でもその時叔母が言うの。



「心配するな策はある…」



 名案があるそうですよ?気になる~!(棒)



「本当っすかたいしょー!」

「大将流石です!」

「聞かせて大将!」


 この下りには嫌な予感しかしない。


 思わず耳を塞ぎたいほどだ、聞きたくないよ今そのセリフは?お願い許してひまりん私もっと頑張るからお願いお願い…。


「ユキ、野生解放だ」



 もぉ~!やぁだぁ~!?!?



「やだ」


「お嬢!頼むよ!」

「頼むぜおじょー!」

「お願いお嬢!」 


「やだったらやぁだーっ!!!」


 まだ普段ならいいよ?普段ならね?


 でも今日はほら、アッくんが見てる!

 クロならまだしもアッくんが私の野生解放を見ることになる。


 あんな姿見せて変な女だと思われたら残りのアッくんとの生活をどう切り抜ければいいの?それはイヤ、私だって女の子だもん。


 あんな姿を見せたら幻滅するに決まってるよ?


 胸を露出するやらしい女の子だと思われてそういう目で見られるよ?



 嫌われちゃう。



 それだけは嫌…。









 遠目で見ていた、するとユキが… なにか困ってる?嫌だ嫌だと駄々をこねているように見える。



 その姿を眺めるアサヒはシラユキの様子に思わず立ち上がった。


 彼にはその理由はわからない、それもそのはずシラユキは彼の前では決してフレンズの姿を見せたことはないからだ。


 一度だけ彼は尋ねた。


「ユキには耳と尻尾ないんだね?」


 その時ーシラユキははぐらかすように慌てて答えた。


「えっと… えっとね?滅多にやらないの!本当に必要な時だけしか変身しないことにしてるの!」←焦り


 父親同様大きな力を持つためその責任を重んじているのかと彼は納得した。


 なにも知らないアサヒは「俺とタメなのに立派だなぁ…」と感心したものだ。


 しかし現実はそんなご立派な理由ではない、彼女はズバリ胸のことを気にしていただけである。


 シラユキもうら若き十代、思春期なのだ。


 普段のシラユキの胸は母親同様に慎ましいサイズであり歳相応と言えば歳相応の大きさをしている、無論普段からフレンズ化はしないので下着のサイズもその状態に合わせてある。


 しかし彼女は野性解放した際にその時の数倍は胸が膨れ上がる、それを見た彼女の祖母に当たるカコ博士は言った。


「フム、なるほどね…? 下着、私のお古で良ければ使う?」


 シラユキは「戻ればいいから」とそれを丁重に断った。


 その姿を晒すのもまだ身内ならよい、嫌だけど身内ならまだ許容範囲… 最悪フレンズは皆女性、見られてもダメージは最小限に抑えられる。


 年頃の娘シラユキはその胸の悩みを抱え今を生きてきた。


 そしてそんな彼女に今、最大のピンチが訪れる。


 同じ年頃の男の子の前で野性解放をしてそのハチ切れんばかりの胸を揺らしながらサッカーに興じなくてはならないのだ。


 アサヒもそうだが、シラユキも思春期のいろいろ難しい乙女、現在それだけは回避したいために全力で断りを入れ続けている。



「…ん?ライオ… いや、ヒマワリさん?」


 立ち上がり何事か?と様子を伺うアサヒに一瞬だけライオンが目配せをしたように見えた、彼に向かいニヤリと笑った彼女は畳み掛けるようにシラユキを追い詰め始めた。


「ユキ!ワガママ言うんじゃない!勝ちたくないのか!」


「勝ち負けより大事なことが私にはあるのー!何で今日はそんなに厳しいの!?」


 その時彼のなかで小さくくすぶっていたものが燃え始める。



 彼女… あんなに嫌がっているじゃないか?勝つためにみんながユキに対し何を求めているのか知らないけど、俺はここでそれを見てるだけでいいのか?


 俺はユキが好きなんだろ?好きな子が困ってるのにここで傍観者を決め込むのか?


 甘えんなよアサヒ… お前がサッカーをしないのはただのワガママだろ?ビビるなよ、たった一回のミスじゃないか?




 彼の悩みとはまさにその“サッカー”である、当時彼はサッカー界では天才、あるいは神童とも呼ばれていた。


 彼の中学校が全国大会決勝まで行けたのは間違いなく彼による功績が大きい、しかし…。


 当時彼はキャプテンだった、そして決勝という大舞台、チームメイトや顧問の教師など学校からの応援や期待、そんなプレッシャーからかなり切羽詰まっていた。


 かなり大事な局面でミスは許されないのはわかっていた、しかしそんなシチュエーションの中で彼は焦りから大きなミスを犯し、事もあろうにレッドカードを貰い退場してしまったのだ。

  

 統率をとれなくなった結果チームは無惨に敗退、彼は皆の期待を大きく裏切ることになった。


 それからというもの、彼は周りの目が怖くなり部活にも一切顔を出さなくなった。


 サッカーの試合に置いて彼が起こしたたった一回のミス、その失敗は期待の大きさに比例し、今も彼を追い詰め続けている。


 そんな彼の気も知らず、周りの人間は言う


「才能を無駄にするな」「逃げるなよ」「お前にはサッカーしかないだろ?」「諦めるな」「みんなお前の力を必要としている」


 アサヒに言わせればそれは。


 クソ食らえだ!!!


 彼は心の中でそんな周りの無責任な目にうんざりしていた。


 小さな頃からサッカーボールでばかり遊び、とにかくサッカーが好きだった彼は。


 その時、サッカーが大嫌いになった…。



 だけど。


 この時、彼は思った。



 見た感じ師匠?さんのチームはまだまだ俺から見ればバラバラだ、ヒマワリさんのチームはなぜか不調、指示が行き届いていない?いやしていない?


 試合を見てて思った…。


 俺ならこうする。

 違うこうだ。

 あなたはそっちじゃない。

 なぜ今パスをしなかった。

 周りをよく見ろ。

 一人で突っ走るな。



 俺なら勝てる、巻き返せる。




 気付くと彼は走ってた。


 そして「嫌だ」と今にも泣いてしまいそうな顔になっているシラユキの元に駆け付け彼女の腕を引いた。


「ユキ!」


「アッくん…?」


 グッと引き寄せられた彼女は潤んだ瞳で彼を見た… 何かこれまでと違う強い意志を持った目をしていたことに、彼女もすぐに気付いた。


「ヒマワリさん、交代します… ユキの代わりに俺が!」


 それを聞いたライオンは表情には出さないものの心の中では笑っていた。



 ナイトの登場だね、いい子だ… そうでなくちゃユキは任せきれん。



「ユキが野生解放すれば勝てるんだ、ユキはホワイトライオンだ、君にその代わりが勤まるのかい?君はただのヒトじゃないか?」


「生意気言いますけど、みんな俺の指示通りに動いてくれますか?“絶対”勝たせてみせますから」


 絶対かぁ、言うねぇ~?


 これは予想以上、ただアサヒの器量を試しただけのライオンだったが彼はこの点差を巻き返すというのだ、面白いと言わんばかりにライオンはこの局面をアサヒに一任した。


「わかったよ~?いいみんな?アサヒの言う通りに動くんだ!」


「「「了解!」」」


 部下の三人もそれを快く了承し、試合は再開となる。


「アッくんごめんね?私のせいで出ることになっちゃった…」


「いやいいんだ、おかげで思い出したよ!俺ってやっぱりサッカー好きだった!… あと、ユキのことも!」


「え?え!?」


「じゃあ行ってくるね?勝利の栄光を君に!なんてね?でも絶対勝つよ、見てて?」







 今、告白されなかった?


 

 そんなことで頭がいっぱいで私は試合にまったく集中できなかったけど、驚いたことに彼は本当にあの状態から巻き返したのだ。


 チームに指示をだし、時に自ら先陣を切り師匠達を簡単に抜いていった。


 なんだかよくわからないフェイントや技術で師匠チームはボールに触れることもできない一方的な試合となっていった。


 その間も私の胸は高鳴ったまま…。


 逆転勝利なんて正直どうでも良くて楽しそうにサッカーをする彼ばかりが目に映る。


 アッくんの悩みってサッカーだったんだね?楽しくてやっていたのにつまらなくなったって聞いたけど… なんだ、ちゃんと楽しくしてるじゃん?


 結果はいいとして、私の為に嫌だったはずのサッカーをやらせてしまった…。


 あと、あと…。


 私を好きだって…?


 それってどういう意味?


 そんなこと言われたら胸が苦しいよ?



 ズルいよアッくん…。

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