後編

「どうしたのユキ?」


「え…?なに?」


「ボーッとしてないでご飯食べちゃいなさい?」


「あ、うん…」

 

 そんなにぼーっとしてた?ママにちょっぴり怒られた。

 

 今日で彼が来て丁度2週間、明日予定通り元の家に帰ってしまう。


 パパは彼に尋ねた。


「アサヒくん、明日ゲンキが迎えに来るけど君さえ良ければ伸ばしても構わないよ?ユキも寂しがるし」


 でも彼は言った。


「いえ、やらなきゃいけないことがわかったんです… とても居心地が良いのでずっと暮らしていたいくらいだけどいつまでも甘えてられません、でもまた来てもいいですか?ご飯も美味しいです!」


「ハハッありがとう?もちろんいいよ?いつでもおいで?」


「ありがとうございます!」


 多分、彼はあの日サッカーをして悩みが吹っ切れたんだと思う。

 ここでの生活も慣れて笑顔も最初よりずっと増えた彼、そんな彼との生活も今日まで。


 嫌だよ… だなんてこんなこと口が裂けても言えないけど、正直行ってほしくない。


 お願い行かないで?置いて行かないで?


 私のことこんな気持ちにさせておいてズルいよ?


 私、どうしたらいいの?


 教えてよ?



 そう、つまり私は恋をしたの。



 たった2週間、ほんの14日間の間に私は彼に恋をした。


 今じゃ寝ても覚めても彼のことばかり、あのサッカーの日から目が合う度に恥ずかしくなってつい逸らしてしまう、会話もしどろもどろ。


 せめてまともに話したいのにこの様。


 あの日彼に告白された… でもハッキリと「君が好きだ」と言われた訳ではない、代わりにハッキリしたのは私が彼を好きだということ。


 彼は行ってしまう、多分もう会えない。

 

 パークが一般解放されていない今、彼がここにこれたのはゲンキおじさんの力が大きく特例中の特例、だからもし会えるとしてもずっと先になると思う。


 でも… だからと言って後悔はしたくない、あの時彼は私を助けてくれた。


 辛かったはずのサッカーをさせてしまった。


 大事な気持ちを教えてくれた。



 貰いっぱなしではフェアじゃない、だから決めた。


 

 最後の夜、私はクロの部屋の前まできた、彼が寝泊まりしてる。


 コンコン… と小さくノックをして声をかけた。


「アッくん?起きてる?」


 覚悟してきたとは言え緊張しながら返事を待った。


 ガチャ… とすぐにドアが開き彼が顔を見せてくれたけど、私にはそんな一瞬の時間さえとてもゆっくりに感じた。


 彼と向かい合う、それだけで私の心は苦しくなり胸がキュンと狭くなる。


「起きてるよ、どうかした?」


「入っても、いい?」


「どーぞ?」


 既に頭がパンクしそうだった。


 クロの部屋で二人きり、初めて会ったときもそうしていたのに今は全然違う。


 でも確かめないと、ちゃんと話さないと。


「明日、帰っちゃうんだね?」


「うん、ありがとうユキ… 楽しかった」


「ひとつ聞かせて?」


「うん、いいよ?」


 落ち着いて、深呼吸して、ちゃんと目を見て彼に聞く。




「アッくんは私のことどう思ってるの?」




 尋ねると、彼は目を逸らすことなく答えた。




「好きだよ」




 胸が苦しい、張り裂けそうだ、チクチクと痛む、それから…。


 すごく嬉しい。


「私もアッくんが好き」


 勢いで言ってしまった、今の私は声も手も酷く震えてみっともない。


 でもう一つ伝えなくちゃならない。


「本当… に?」


「嘘なんかつかない、だから見てほしいものがあるんだけど… いい?」


 コクりと頷く彼を見てから私は恥じらいつつも自分のシャツのボタンを一つ一つ順番に

外し、やがて胸元が大きく開かれた。


「ユ、ユキ!?何してるの!?」


「いいから、見てて?目を逸らさないで?」


 “まだ”慎ましい私の胸元が露になり彼は手で目を覆いながらもしっかりとそれを凝視しているのがわかった。


 いけないとわかっていても目は胸元に、でもそれでいいの… 見ててアッくん?


「し、下着は?」


「外してきたの、邪魔になるから」


「ゆ、ユキ?これから何をするの…?」


「黙って見てて?」


 アッくんったら何を期待しているの?


 なんて言う余裕は今の私には無い、真っ赤な顔で私を見る彼の前で覚悟を決めた私は姿を変えていく。


 

 フレンズの姿へ…。




「見えるアッくん?これが私だよ?」




 その時私の体はフレンズ化することにより耳と尻尾、爪や牙が発現。


 髪の量は増えてパパのようにフワフワとしている、あと胸… 慎ましかったはずの胸もそのボタンの開いた胸元から深い谷間を見せている。


「おかしいでしょ?普通のヒトの女の子と違って私はフレンズでもある、普段は隠れてるけどちゃんと獣の特徴もあるの… 胸だってなぜかこの姿だとこんなになって苦しい」


「もしかしてその… 胸のことで嫌がってたの?サッカーの時」


「うん… だってアッくんもいるのにこんなの見せられないよ、変な女だと思われたくないもん、今だって本当はすごく恥ずかしいよ?でも私アッくんのこと大好きだから、隠しとくの嫌だなって…」


 もう、これで最後だし…。


 泣きそうだった、やっぱり嫌われるんじゃ?って思ってて… でもちゃんと知ってほしくて彼にこの姿を見せた、こんな私を好きだと言ってくれる大好きな彼の為にも。


 恥ずかしくって怖くって、思わずギュっと目を閉じて涙を堪えた。


「こんなのおかしいでしょ?アッくんが見てきた普通の女の子と全然違うでしょ?私とアッくんは全然違うの… これでも私のこと好きって言えるの?」


「そうだね、こんなの見たことない… 全然違うね?」


 やっぱり… 嫌だよね?


 でも、それでも私はアッくんが好きだよ?通じ合わなくても、この気持ちを教えてくれてありがとう…。


 サヨナラの前に伝えることができてよかった。







「だから俺はユキが好きだよ?他の誰とも違うユキだから好きだ、あとその… それ、凄く綺麗だと思う…」





 え…?





 気付いたら私は彼の腕の中にいた… 優しく、でもギュっと強く抱き締めてくれた。


 包み込むように回された手は私の猫耳を優しく撫でてくれている。


「本当に?本当に私でいいの?私お洒落でもないしお淑やかにしてるわけでもないんだよ?ご飯だってパパみたいに上手に作れないし、特別勉強ができるわけでもないのに?」


「どんなだっていいよ!何度だって言ってやる!俺はユキが好きだ、細かい理由なんてない!とにかくユキが好きなんだ!」


 理由なんてない、私も同じ…。


 そっか、前にクロに私自身が言ったことだっけ?


 恋ってそういうものだって。



 私は小さく彼の胸に顔を埋めた… アッくんってやっぱりスポーツしてたからなのか思ってたより逞しくって、背は私とそんなに変わらないけど、私にはこれが丁度いいって感じた… なんだかいい匂いもするなって。


 男の子って感じの匂い。


「俺、ユキにたくさん助けられたよ?ユキと会うために今までのことがあるならあの時優勝逃してサッカーやめてよかったとさえ思う、ユキにたくさん大事なこと教えてもらったよ?それにユキは俺のことちゃんと俺として見てくれた、だからこれから俺はユキのおかげで頑張れる… 学校だってちゃんと行くよ?周りの目なんて関係ない、サッカーなんかしてなくたって俺は俺ってユキが教えてくれたから」


 ダメ… そんなこと言われたら私ワガママ言っちゃう、やだやだ困らせたくない!困らせたくないけどでも…!


「アッくん…!」


 涙が出てきて、声が震えて、それから私も彼を抱き返した。


 背中に腕を回して決して離れず、決して離さないように強く抱き締めた。


「聞かなくてもいいから、ワガママを言わせて?」


「うん」


 どんどん涙が溢れてきた、こんなに泣いたこと無いってくらい涙が溢れ出てきた。



「行かないで!」


「うん…」


「私のこと置いて行かないで!」


「うん…!」


「離さないでよ!寂しいよ!アッくんがいなきゃイヤなの!大好きだよアッくん!全部アッくんのせいだよ!責任とってよ!アッくんのバカ…」


 抱き合ったまま、彼はなにも言わずに私のワガママを聞き続けた。


 私はいけないことだとわかっているのにワガママを言い続けた。


 ひとしきり泣いて、言いたいことを全部伝えた後、互いにじっと見つめ合う。


 すると私の体は始めから分かってたみたいに何か察して自然に目を閉じていた、それから間も無く…。




 彼と初めてのキスをした。







 翌早朝。


 身支度を済ませた彼を乗せバスは港に着いた、ゲンキおじさんの乗る船がすでに到着して彼を待ちくたびれている。


「アサヒ、お前がまだ居たいって言うならもう少し居てもいいんだぞ?」


「いい、大丈夫だよおじさん?夏休みだからってぼさっとしてらんなくなった」 


「なんだよ、いい顔するようになったな?… サンキューな!ユウキ!」


「礼ならユキに言ってやってくれ」


 そう言って私の頭にポンと手を乗せるパパ… すべてお見通しみたい、というか今の私の顔を見れば大体察しはつくのだろう、家族揃って分かりやすいらしいから。


「アッくん、また会える?」


「必ず会えるよ、俺を信じて?」


「サッカー頑張ってね?アッくんならきっと大丈夫だよ」


「え?いや、サッカーはしないよ?やるならまたみんなで楽しくしたいな?あの時は楽しかった、やっぱりサッカーはあぁでなくちゃね?」


 あれ?


 やることがわかったって言うからてっきりサッカーをまた始めるんだと思ってたのだけど、私の勘違い?じゃあ何をそんなに急いで帰ろうとしているの?


「聞いてユキ?将来の夢が決まったんだ、なんだと思う?」


「え、夢?」


「うん!ジャパリパークの職員だよ!だから今からいろいろ必要な知識を学びたいんだ?そしたら今度こそずっと一緒だよ?だからその時まで、俺のこと待っててくれる?」


「アッくん…」


 そんなことを考えていたの?私の為に?だからジャパリパークで働こうって?

 

 私… 私やっぱり貰いっぱなしだ。


「うん!約束だよ!」


「必ず戻るから!」


「浮気しないでね!」


「ユキもね?それじゃ、行くよ!」


 そう言って彼は行ってしまった、船が海の向こうへ進みどんどん小さくなっていく。


 やだ… 昨日散々泣いたはずなのに。


 また涙が…。


「ユキ?彼は彼のやるべきことを向こうで終えてくる、その間お前はどうする?」


「パパ…」


 彼が戻るまでにできる私のやるべきこと。


 わかんない、でも… でもとりあえず。


「料理、教えてくれる?」


「ハハッ、そうだな?逃げられないように胃袋掴めるようにならないとな?」







 数ヵ月… 私はパパに料理を学びながら考えていた。


 私が彼にしてあげれることって手料理を振る舞うことだけ?それって結局一緒にいないと意味がないことだよ、彼はこうしている間にもジャパリパークで働くための猛勉強をしてるんでしょ?してもらってばかり、私は彼にもらいっぱなし。


 もっと私から彼にしてあげられることはないの?



 やがて私は16歳の誕生日を迎えた、クロはいないけどみんなが私のお祝いの為に集まってくれている。


 ナリユキお爺ちゃんとユキお婆ちゃんも向こうから遥々来てくれた。


 二人の話は何度も聞いている、昔パークからヒトが居なくなるとき… お婆ちゃんはお爺ちゃんと離れるのがどうしても嫌で、フレンズ化が解けると承知で船に忍び込んだ。


 その時のことを、私は聞いたことがある。





「はわわ、見つかってしまいました… でもよかった?ナリユキさんに会えた…」


「ユキ!お前どうして…?」


「ナリユキさんと、離れたくなかっんです?どうしても… 私ワガママだから、ごめんなさい… たくさん迷惑かけて…」


「バカ!なにやってんだよ!クソ!消えるな!嫌だ!ユキ!消えないでくれユキ!頼む…!」


 島を離れるにつれてお婆ちゃんの体からサンドスターが消え始めた、フレンズは島を離れるとサンドスターの恩恵が消えてフレンズから元動物に戻ってしまう。


 それでも船に乗ったのは、お爺ちゃんを死ぬほど愛していたからだって。


「ナリユキさん… 大好きです…」


「ユキ!お前俺だって大好きだよ!愛してるぞユキ!だから消えるな!そうだ!結婚しよう!結婚して一緒に住もう!家族を作るんだ!子供つくってさぁ!きっとユキに似て可愛いぞ!」


「嬉しいです… じゃあ子供の名前、考えないと?」


 ミライお婆ちゃんや他のスタッフ達が見守る中、お爺ちゃんは願いを込めてお婆ちゃんにプロポーズをしたって。


 そしてこれで悔いはないって顔してお婆ちゃんの体が消えかけた、その時だった…。


 突如お婆ちゃんの体は眩い光を放った。


「ユキ?なんだこれ?これは一体…」


 光が収まるとそこにはフレンズ化したままのユキお婆ちゃんがお爺ちゃんの腕の中にいた、すぐに目を覚まし言ったそうだ。


「はわわ~?私大丈夫なんですか?なんだかお腹がすきました…」


「どうなってんだこりゃ?大丈夫なのか?元動物に戻るんじゃ?島を離れてるのに?」


 なんとフレンズ化を保った、これはお婆ちゃんが初のことで今までまったく前例のないことだったらしい。


 その時ミライお婆ちゃんがハッとして声高らかに皆に言った。


「見ましたか皆さん!二人が愛の力で奇跡を起こしましたよ!拍手です!」


 説明はつかないけどこのことはカコお婆ちゃんが言うには。


 案外本当に“愛”の輝きでサンドスターを自ら産み出して体を保てるようになったのかもって… 多分お互いに愛し合うことでけもハーモニーがなんちゃらとかなんとか?私には難しくてわからないことを話してた。


 つまりLOVE&PEACEだね?素敵だと思う。



「シラユキちゃん?お誕生日おめでとう!」


「ありがとうユキお婆ちゃん!」


 だから、お婆ちゃんは恋の大先輩… もうちょっとよく聞いてみようかな?


「お婆ちゃん?お婆ちゃんはどうして消えるとわかってて船に乗ったの?結果消えなかったわけだけど」


「どうしても一緒にいたくて… あと、私はナリユキさんにいろいろ貰いっぱなしでしたから?最後くらい私からナリユキさんに何かあげたかったの… 結局、今度は幸せをもらっちゃったんですけどね?」


 同じだ… お婆ちゃんは私と同じだった。


「シラユキちゃんも恋をしたのね?けしかけるわけではないけど、後悔はしないようにしてくださいね?本気の恋なら尚更、私も考えるより動くタイプだから、シラユキちゃんも悩むくらいなら直感を信じてみたら?あ、このことはユウキには内緒ですよ?怒られちゃう!」


 その時気付いた。


 そうだ、考えて悩むなんて私らしくない!こういう時は悩む前にいつだって動いてたじゃん!だから… よし!

 



 思い立つとすぐにパパに話したのだけど。


 パパは…。



「ダメに決まってるだろ!バカなことを抜かすな!」


「どうして!お婆ちゃんだって外にいるじゃない!」


「状況が違うだろ!」


 私はこの時島を出ることを決めてそれを実行しようとパパに話した、でもこの通り猛反対を受け私達は言い合いになってしまった。


「私だってお遊びでこんなこと言ってる訳じゃないもん!どうしてわかってくれないの!パパならわかってくれるって信じてたのに!」

 

「俺は別に彼とのことに文句はない!だが向こうで暮らすことは許さない!あんなところでフレンズとして育ったお前が暮らせるはずがないだろ!」


「勝手に決めないでよ!そんなのパパが向こうに馴染めなかっただけでしょ!私はパパとは違う!上手くやってみせる!今度は私がアッくんの為に頑張りたいの!」


 今思えば… こんなこと言うべきではなかったんだ。


 私はパパの心の闇、とてもデリケートな部分に触れてしまった。


「あぁわかった!好きにしろ!そんなに行きたいなら勝手に出ていけッ!」


「言われなくたって出てくよ!大嫌い!」


 この言葉を最後に、ここから数日間私はパパと一度も口を利かずに島を出ることになる。

 顔もほとんど合わせずに身支度を進め、自分でお爺ちゃん達に連絡を取り向こうにいく準備を進めた。


 それで私が家を出る前日の夜のことだ、ママと博士たちが私の部屋に来た。


「明日、行っちゃうのねユキ?」


「うん…」


「パパとは話した?」


「…」


 話してない、目も合わせない… でも私ってバカで意地っ張りの見栄っ張りだから、素直に謝れないし顔も見れない。


 それに、これから話し合ったところで私は答えを変えるつもりはない。


「ユキ?パパがどうしてあんなに怒ったかわかる?」


「パパは向こうが嫌いだからでしょ…」


「まぁ、そう… じゃあ、博士さん助手さん?あとはお願いしてもいいですか?」


 ママは二人の話をよく聞くようにと私の部屋を後にした、博士達が言うにはママの口から話すにはとても辛い内容だから自分達が代わりになると自ら名乗り出たそうだ。


「なんなの、話って…」


「ユキ、お前には物語を聞かせてやるのです」

「長くなりますがお前ももうそこまで子供ではないのです、ちゃんと最後まで聞くのですよ?」


 物語… 今更、物語なんて…。


 でも二人の話す物語の内容に私はおとなしく口を閉じた。


「「“白猫の話”をしてやるのです」」


 白猫の話。


 私が小さいころ博士達の話で1番好きだった話だ、ただ長すぎて最後まで聞いたことがない… でも何度も聞かせてくれと二人にねだった。





 

 

“ その昔、小さな白猫が両親と仲良く三人で暮らしていたのです、彼はとても活発で素直な猫でした。


 ある日白猫は同じくらいの子供が集まる場所に行きそこで友達を作ったのです、そこでは彼以外に猫はいません、猫はその白猫だけでしたがみんな同じように友達として仲良くしてくれました。


 その中でも特に仲のよい女の子が居ました、白猫はその子ととても仲良しで二人はいつも一緒でした… がある日、白猫が元気よく彼女に飛び付いたのです。


 白猫はほんのじゃれるつもりで飛び付きましたが、猫にはみんなと違い鋭い爪があります、女の子は怪我をしてしまいました。


 白猫は何度も謝りましたが周りのみんなが彼を責めたて、彼は逃げるように両親に連れられていきました、最後に女の子は言いました「近寄るな化け物」と… ”




「待って… 昔聞いた話と少し違うよ、白猫が島に来る話でしょ?」


「お前たちは小さかったので端折ったのですよ」

「子供に聞かせるにはやや残酷なのです、ですが今はすべてを知るのですユキ」


「…」




“ それからしばらくして白猫もショックから立ち直ってきたころです、母親と夕食を取っていた時でした。


 二人はその夜父親が帰るのが遅いので先に夕食を食べていたのですが、ドアがガチャっと開く音を聞き父親が帰ったのだと笑顔になりました、母親も出迎えてあげるよう白猫に言いました。


 ですが… 白猫が玄関まで行ったときに見たのは父親ではなく武器を持った見たこともない連中でした。


 彼は怖くなり母親の元へ走りましたがその武器、銃というとても殺傷能力の高い道具で彼は後ろから…。


 バンッ!


 と撃ち抜かれてしまい、彼は幼くしてその命を落としました。 ”



「嘘!なんで…!」


「黙って聞くのですよ」「まだ話は終わっていません」



“ それ見て怒れ狂った母親はその場にいる全員の命をその爪を使い奪いました、連中全員が動かなくなったころに騒ぎを聞きつけた父親がようやく帰り… その時には母親は泣きながら冷たくなっていく白猫を抱きしめ、父親もまたそんな母親を抱きしめ涙を流していました。


 しかし、彼は生き返ったのです。


 母親が自分の命を分け与え代わりに生き返らせたのです、目を覚ました白猫は言いました「ママはどこ?」と。


 父親はただ「ごめん」と抱きしめてやることしかできませんでした。


 母親は代わりに犠牲になったのです。 ”



「…」


「大丈夫ですかユキ?」

「続きを話しますよ?」


「うん…」



“ 大きくなった白猫はそれまでに学校というところで何度も迫害を受けました、ですが周りと違う母親から受け継いだ自分の姿を怨むことは決してしません。


 彼は代わりに周りを怨み、憎むようになりました…。


 そうして生活に耐えかねていた彼に父親が最後の手段に出ました「どんな動物も仲良く暮らせる島がある」と話したのです、そこは彼の母親の故郷で、白猫も話にだけは聞いていたのでそれがどんなとこなのかすぐに理解することができました。


 既に迫害される人生にうんざりとしていた彼はその楽園に行くことを決め、船に乗りました。


 父親は共に行けませんでしたが、彼は今度こそ0からやり直そうと島に足を踏み入れ、精一杯生きることを決めました。


 そうして島に着くと、彼はいろんな動物に会いしました。


 島の皆は珍しい白猫に興味こそ持ちますが否定的な気持ちは一切なく彼にとってまさにそこは楽園、それから彼にはいろんなことが起きました。


 島の長の料理番となり料理を学び、時にそれを皆に振る舞い、自分の居場所を確立していき、友を増やし、弟子もとるようになりました。


 姉弟として彼を迎え入れる者や、白猫が師と仰ぐ者もできました。


 ですが崖から落ちて死にかけることもあったのです、島でも苦労することはあります。


 そう、いろいろ… とてもいろいろあったのです。


 そしてそんな忙しい人生を送る白猫はある日恋をしました。


 それは散々自分を迫害してきた動物である人間… その人間の女の子でしたが、楽園に住むようになった彼にとって種族のことなどどうでもよいことで、彼はどんどん彼女に夢中になりました。


 二人は何度も泣き、笑い、怒りを互いに繰り返しましたが、やがて結ばれ二人の間に子供ができたのです。


 可愛い男の子と女の子の双子でした。 ”



「ここまでは、知っていますね?」

「少し休みますか?」


「平気… 聞かせて…」



” 母親を失い、さらに父親と離れて暮らしている白猫にとって家族との暮らしはこの上ないほどの幸せでした。


 子供が病気になったりとトラブルはあるものの順風満帆な生活だったのです、子供は二人ともすくすくと育ち、彼はそんな二人の成長を妻と見ているのが幸せでたまらなかったのです、初めて二人が歩いた時は跳んで喜びました。


 ですが、ある日事件が起きたのです。


 島の外から悪い人間が入ってきたのです、大きな船に乗り物騒な道具を持った危ない連中でした。


 目的は島にいる珍しい動物達で私利私欲の為の実験をするためです… 白猫も島の動物達もそれが許せませんでしたが、戦いになっては双方無事では済みません、かといって話し合いでも卑劣な連中は引き下がることはありません。


 だから彼は連中に取引を持ち掛けました、


「自分を好きに使っていいから島の住人達には手を出すな」とそう言って己を犠牲にして島を守ったのです。


 自分を仲間として受け入れてくれた皆のため、そして家族を守るために白猫は自ら連中の手に落ちました。


 ですが… 連中は約束を破りました。


 白猫の持つ本来の力を引き出し、それを研究したかった奴らは彼の怒りを煽るために彼の妻を拐いました、そしてこともあろうにわざわざ彼の目の前に連れてきて乱暴しようとしたのです。


 約束が違う、妻を離せ。


 そう言って暴れる彼の目の前で妻の服を剥ぎ取り、そして極めつけには「早くしないとお前の大事な女が男どもの慰みものになってしまうぞ」と言い放ちましたり


 その時、白猫の怒りは爆発したのです “





「白猫はかつての自分の母親のように怒れ狂い、自らを繋ぐ枷を破壊して連中を瞬く間に八つ裂きにしました」

「そしてその船に乗る人間は一人残らず白猫の手により殺されてしまいました」


「もういい、やめて…」


「それでも彼の怒りは止まず、やがて船を沈めてしまうまでに至り…」


「やめてって言ってるでしょ!もう十分伝わったよ!もう聞きたくない!」




 この話が、パパのことだってことくらい私は知っていた。


 でも私が昔聞かされていたパパの話にこんな暗い話はなかった、綺麗なとこばかり聞かされていたということに今気付かされた。


 私がずっと小さい頃… パパが急に帰らなくなって、それなのにそのまま船でゴコクに行くことになっていつもと違うところから船に乗ってママが変な人達に連れていかれた。


 何が起きたかなんて知らない、でも二人の話す物語に心当たりはあった。


 パパとママが迎えに来てくれたとき、パパはボーッとして笑うことも喋ることもできなくなっていた。


 治ったから良かったけど、当時私とクロは凄く不安だった、このままパパは戻らないんだと思って凄く怖かった。


 パパがパークに来た理由も初めて知ったし、お婆ちゃんが私の中にいた理由もこの時何となくわかった。


 私は… 何も知らずにパパに酷いことを言ってしまった。


「自分をヒーローだと言ってくれるお前達に自分の犯した罪を知られたくなかったのですよ」

「アイツなりに悩んでいたことなのです、責めないでやってほしいのです」


「それを私に聞かせて… 二人は私にどうしてほしいの?」


「なにも?我々はユキの決断にも文句はないのです」

「ただ知っておくべきと思ったのですよ?」


「なぜシロがあれほど声を荒げて止めていたのか」

「それはユキ、結局お前が心配なだけなのです… アイツは、親バカなので」


 パパの気持ちもしっかり理解した上で行くかどうかもう一度考えてくれ… と二人は言っていた。



 その晩…。

 

 私は眠れずに一晩中泣いて過ごした。







「ユキ、行くの?」


「うん」


「それならば、それで良いのです」

「我々はただ、ユキの巣立ちを笑って見送るのです」


 私はそれでも行くと決めた。


 かつてお婆ちゃんがそうしたように、後悔したくなかったから。


「パパは?」


「照れてるみたい」


「違うよ、私のこと… もう顔も見たくないんだよ」


「ユキ!」


 うつむく私の肩をガッと掴んで、ママは私に強く言い返す。


「パパがユキのことあれくらいで嫌いになるわけないでしょ!」


「でも… 私、酷いこと言っちゃった」


「本当はパパもユキのこと応援したいんだけど、素直になれないだけだよ?いいユキ?これをあげる?」


 ママが私に手渡したのは… 牙?それに白と茶色の羽が一枚ずつ付いている首飾り。


「これは?」


「パパが結婚して最初のクリスマスにくれたんだよ?牙はパパので、羽は博士さんと助手さんのもの、これはお守り… だからきっとこれがユキを守ってくれる」


 そんな大事な物を… と私は返そうとしたんだけど、ママはいいから持っていきなさいと私の首に掛けた。


「確かユキ達を仕込んだのはその夜なのです」

「正に性なる夜なのです」


「え?」


「そ、それはいいから!/// いいユキ?頑張ってね?お爺ちゃんとお婆ちゃんと、あとアサヒくんによろしくね?それから…」


 ママがそう言うと後ろから尻尾にリボンのような物を付けたラッキーがピョコピョコと独特な足音をたてて歩いてきた。


「図書館のラッキーさんが一緒に行きたいみたい」


「ラッキーが?どうして?」


「…」


 ラッキーはその質問に答えてくれず、ただ私の元から離れずに黙って佇んでいた。



 それから港に着くと、既に迎えの船が到着していた、お爺ちゃん達も乗っていてわざわざ迎えに来てくれたみたい。


 私は船に乗るとママ達に大きく手を振って別れを告げる。


「ママ!みんな!いってきます!」


「いってらっしゃい!」


「ユキなら何だかんだ大丈夫なのです!」「よい報告を待っているのですよ!」



 遂に海に出た、私を乗せた船はパークを出て外の世界を目指す。



 私にもわかったよクロ、死ぬほど好きな人ができたの… もし帰ってきたら、パパ達のことよろしくね?



 いってきますクロ…。


 いってきますパパ…?


 

 さよなら。



 ジャパリパーク。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る