第80話 もう子供じゃない

「ひまりーん!パスしてー!」


「OKユキぃー!」


 へいげんちほーのライオンのフレンズことヒマワリおばちゃんのお城では今日も飽きもせずサッカー大会が繰り広げられている。

 寝不足の僕は朝食の後に図書館にいるのが気まずいのでユキに泣きついて着いていくことした、ポジションはキーパーだ。



 僕の名前はクロユキ、みんなはクロって呼んでる。



 昨晩の出来事のせいで頭も心もまたぐっちゃになってしまった、フェネちゃんは本当に本心から僕を好きであんなことをしたんだろうか?


 彼女はサーバルちゃんばかりだった僕の心にグッと割り込んできた気がする、あんなの嫌でも考えてしまう。


 なんて僕の悩みなんてどうでもいいのだけど、僕はそれ以上に今朝の助手の様子が気になった。


 博士と二人で食い意地の張っていたあの助手が、ほとんど料理に手を付けなかったなんて…。


 残すなんて初めてではないだろうか?僕もユキもずっと小さいころにはよく父さんに「残すのは命に対する冒涜だ」とマジトーンで言われて仕方ないから頑張って食べた、嫌いな物はユキと補い合うことでなんとかしたこともあった。


「僕ピーマン嫌い」

「ユキはニンジン嫌い」

「「交換だ!」」


 でもどうしてもってときはよく博士と助手がこっそり食べてくれたんだ… 普通にバレてたけど。


 それくらい二人はいつも綺麗に食べていたし食材の命云々は博士達も承知の上だった、なのに今日助手は残した。



「助手?手が止まっているいるのです、口に合わなかったのですか?」


「いえ… 少し体調が優れないのです、二人とも作ってもらったのにすまないのです、今日は残すのです」


 博士もそれを無理に問い詰めないし、アライちゃんもフェネちゃんも「そう言うこともあるよ」と咎めることをしなかった。


 フェネちゃんはどこか申し訳なさそうな表情をしてた気がするけど、これは昨日の件で彼女に対して僕が過敏になっていてそう見えただけかもしれない。


 そんな朝食の時、なんとなく視線を感じていたので目を向けると助手と目が合ったんだ、僕は寝不足のボーッとした頭だけど「ん?」って思ってそのまま助手と目を合わせ続けた。


 この間一秒も無かったと思う。


 そしたら向こうが何か言い掛けた感じがしたんだけど、すぐに目を逸らしてなにも言わずに彼女は席を立った。


「少し、眠るのです… すいません博士、みんな…」


 そう言い残し助手は自分の寝床にフラフラと飛んでいった。


 なんだろう?心配だなぁ?





「若ぁー!いったぞー!」

「止めて若ぁー!」


 へ…?


 人これを油断という。


 僕の目の前にはすでに師匠が鬼気迫るドリブルでシュートを打ち放つ瞬間であった。


 つまり、気付いた時にはもう遅かったのだ。


「おォォォォォーッ!!!油断大敵だぞクロォー!!!」ズドォォォン!


 ハッとした… がその時にはボールが僕の目の前にあった。


 この瞬間、師匠の全力シュートを僕は顔面で受け止めることとなったのだ。


 ダーン! と衝撃が伝わり脳が揺れる。


「ベギラボゥッ!?」←クリティカルヒット


「「クロ~!?」」

「「若ぁー!?」」


 僕の意識は跳ね返り飛んでいくボールのようにどこか遠くへ行ってしまうのであった。







 私はシラユキ、みんなはユキって呼んでる。


 絵本のお姫様と同じ名前だけど、私自身はそんなにおしとやかではない。

 今もこうして叔母のひまりんのチームに混ざりサッカーというスポーツに興じている。


 そしてたった今双子の兄がパパの師匠であるヘラジカのフレンズの全力シュートを顔面ブロックして殉職した。←してない


「クロ~!大丈夫かぁ!?おばちゃんの声聞こえてるか!?返事しろよクロ~!?」


「…」


「あぁ~!?クロォー!?!?!?」


 取り乱すひまりんは兄を抱きかかえて泣き叫んだ… でも返事はない、ただの屍のようだ。←生きてる


「たいしょー落ち着いてください!」

「生きてます大将!」

「気絶したんだよ!手当しないと!」


 あぁ~あ、寝不足でボーッとしてるのにこのエクストリームサッカーに参加するからだよ… 確かにクロは“パパと同じ技”が使えるからキーパーに最適だけど、ボーッとしてるんじゃただのか弱い男の子だもの、おとなしく家で寝てればよかったのになーんでそこまで必死になって来ちゃったかなぁ?変なの。


「ヘラジカァ?お前よくも私の可愛いクロを…!」ギリッ


「すまん!しかし見事だクロ!私のシュートを逃げずに生身で受けるとはな!守られてしまった!敵ながら天晴れだ!」


 このままでは平原の二人の王が激突してしまうのでここは穏便に試合で決着をつけようと私は叔母をなだめた… しかしそれこそが私にとって誤算だった、まさかここで墓穴を掘ることになるとは思いもしなかった。


 やるからには勝ちにいこう!その意気でみんなと作戦会議に入った。


「でもおじょー!人数が一人減ったぜ!キツいんじゃないか?」


「やるしかないよロックスちゃん!いけるって!トリックプレーだよ!」


「最近はあっちのチームも結構頭を使うからヘラジカだけを封じても結構きついよ?どうします大将?」 


 ラビラビちゃんの言葉に大将であるライオン… ひまりんは血が上った頭を冷ますように一度深呼吸してから答えた。


「策はある、とっておきのやつがな…」


 凄い、まさに王者の風格… 低めの声でカリスマを振り撒くひまりんはここにその秘策を宣言したのだ。

 

 でもそれこそが私を追い詰めるものだった


「ユキ、野生解放だ… 畳み掛けるぞ?」


 はい出ました~…。


「そうっすよおじょー!やろうぜ!」←便乗

「頼りにしてるよお嬢!」←便乗

「野生解放お嬢がいれば間違いなく勝てるね!」←便乗


 あ、野生解放かー… そだねー?使えば大勝利間違いなし!なんせ手練れのライオンが二人もいるんだから!二人だけでも勝てるねきっと!さすがひまりんナイスアイディア!


 でも私は冷めた目で言ってやるのだ。


「やだ」


「えー?やろうぜお嬢!」

「頼むよお嬢!」

「もう勝つにはそれしかないよ!」


 だってさぁ?だってなんだかさぁ?だってだってなんだもん…。


「ユキ…」


 その時リーダーボイスを続けるひまりんは私の両肩を掴みまた鬼気迫る表情を向けた、この人はもう試合を死合に、変えるつもりなのかもしれない。


「クロの無念、晴らさねばならないな?そのためにお前の中のホワイトライオンの力が必要だ… これは家族の為の戦いだ、いいかユキ?お前のワガママでクロの情けない姿を晒し続けて敗北を選ぶのか?お前の家族愛はそんなものか!両親が泣くぞ!」


 それを聞いてからクロをみると結構ヤバイ顔をしていた。

 目はあらぬ方向を向き口から力なく舌を垂らし鼻血を出している。

 正直吹き出しそうになったけどこの雰囲気だと怒られそうだからいったん空を見上げて笑いを逃がし気を取り直すことにした。


 実は私の野生解放には問題がある、いや暴走じゃなくってもっと女性的な悩み。


 これは10歳くらいの頃までは対して気にもならなかったし、その頃にはだいぶ野生に慣れていた。


 あの頃はおばあちゃんのサポートもあってだんだんコツを掴んでいったっけ?ユキおばあちゃん、今私は一人でもちゃんと野生解放できるよ?今まで私のこと守ってくれてありがとう!今度一緒にケーキ食べようねおばあちゃん!ってそれは置いといて…。


 私の野生解放、問題は暴走ではない


 家族は大事、クロの仇はまぁ… ある意味自業自得だけどひまりんの言う通りとってはあげたい。


 でも野生解放するわけには…。


「ユキ、やれるな?」

「おじょーたのんます!」

「野生解放したお嬢好きだよ!」

「本当!スゴい素敵!」


 もぉ~!人がどんな気持ちで解放するかも知らないで!えーい南無三!


「わかったわかった!やればいいんでしょー!もう!こうなったらとことんやってやるんだから!その代わり絶対勝つよ!」


 私の野生解放の問題それは、私の体にまつわることである… ちょっとなんというか、通常時より色っぽくなるのだ。


「よく言ったぞユキ!さぁ一緒にヘラジカを倒そう!」


「むぅ~… じゃあちょっと下着外すから隠してて?///」


 私の胸、母に似たのか少々慎ましい… クロにからかわれるくらいには慎ましい。


 そんな慎ましい胸元だが見せつけるようにシャツのボタンを2つ3つと外して、皆さんには一旦壁になってもらい私はそう。


 ブラジャーを外しするすると取り出した。


 なんで嫌かってつまりこういうことだよ!


 野生解放!


「ガァァァア!いくよみんなー!!!」ボン!


 「「「おー!」」」


 フレンズ化した私の姿。


 パパと同じ白い耳と尻尾、そしてたてがみを思わせるかの如く増量したフワフワの白い髪、指には爪、口には牙。


 そして。


「うう… おっぱいが重たい…」


 はち切れんばかりのバストだ。


 もうバインバインだよ、性戦士の資格十分だね?私個人の意見としてはかなりやぶさかではある。


 先程まで慎ましかったはずの私の胸が大きく開かれたシャツの胸元からムッチムチの谷間を見せつけている、自分で言うのもなんだけどエロい、これはエロい、しかもノーブラだよ?こんなの見られたらお嫁にいけない。


 あれは今から5年… いや、3年前だったかな?まぁいいや、これは私の身体に女の子のアレが来るようになったある日、野生解放すると胸に違和感を覚えた。


 なにかなー?ってひまりんとかママとかと話してたらある日シャツのボタンが弾けとんでスゴいエッチな感じになった。

 まだその頃は外から来た人が少なくて見られたのは師匠とかだけなんだけど、私はそれ以来野生解放するのが恥ずかしくてたまらない、ママは落ち込むしパパはそのフォローに忙しくなるしクロは大爆笑するし… 思春期の女の子にそんな性的な属性をつけないでほしいよ。←切実


 なんでおばあちゃんの遺伝がよりによってこのパターンで…。


 そう、私は貧乳と巨乳を併せ持つ女だったのだ。


「んぉお!?ユキ!とうとう本気を出したな!来い!受け止めてやるぞ!」


「こうなったらもう師匠に勝ち目はないよ!」ユサユサ


 うぅ… 揺れるなぁ?でももうなっちゃったものは仕方ない!勝つぞぉ~!


 ポイッとブラをクロのとこに投げ捨てて私はユサユサさせながらひまりんとコンビネーションプレイで師匠に挑む。


「いくよユキ~?」

「OK!やっつけてやるー!」


 どーせなるなら普段から巨乳になりたかった、なぜ通常はママ似なの?いやママに似てるのは嬉しいんだけどなんか…。


 そんなわけで、チーム百獣の王VS森の王再開!





… 




 

 夢をみた…。


 グラグラと頭が揺れる中、僕は夢を見た。


 小さい頃の夢だ、ずっと小さい頃の夢。


 確か4才の誕生日、あの日港に祖父達を迎えに行った母とサーバルちゃんとユキは帰り道でセルリアンに囲まれたって言ってた。

 パパやみんなが慌ててるのを見て僕も怖いことが起きたと察したのを覚えている、だけど…。



「パパ強いんだぞ?心配するな、すぐ帰るからな?パパに任しとけ?」



 それを聞いて安心したのをよく覚えている、パパがいけばみんな助かるんだ、みんな帰ってこれるんだって思った。


 そして無事に帰ってきてくれた家族、その時にサーバルちゃんとまた会えた僕は思ったんだ…。


 強くなろう、パパみたいに強くなって僕がサーバルちゃんを守ってあげようって。


 でも実際守られていたのはずっと僕の方だったんだ、ずっとずーっと… これからも生涯僕が彼女の前に立ち脅威を退けるような日は来ないだろう。


 もう彼女には僕じゃないナイトが着いているから。


 じゃあ僕は誰のナイトになればいいの?だってみんなは僕を守ってくれるんだから。


 パパもママもサーバルちゃんも博士も助手もおばちゃんも師匠も島中のフレンズみんな僕を守ってくれる。


 今じゃユキだって僕の前に立って戦うことがある… でも僕だって強くなったつもりだ、セルリアンは今の僕にとって既に脅威ではない、サンドスターコントロールはパパより上手いしちゃんと全身で使える。


 でも… サーバルちゃんは僕をずっと小さな“クロちゃん”と変わらず接するのだろうし、助手はあの事件以来“か弱いクロ”と憐れんで過保護になるのだろう。


 フェネちゃんだってそう… “可哀想なクロくん”ってまるで赤ちゃんをあやすみたいに慰めてくれようとしてるだけなんだと思う、やろうとしたことはともかくね。


 じゃあ。


 じゃあ僕を…。


 今の僕を見てくれるのは誰…?


 そんな人がいたら僕はその人と新しい恋に踏み出せるの?



 小さくて弱い子供のクロじゃなくて。


 今のクロユキを見てくれる人…。


 それは誰?


 そんな人いるのかな?







「うぅイタタタ…」


 気絶しちゃったよ、ふぅ~強烈!なにあのシュート?大砲?僕顔残ってる?


 目が覚めて、体を起こすと野生解放したユキがおばちゃんと一緒に怒濤の攻めを見せているところだった。


 ハラリと頭から落ちてきたユキの下着をまじまじと眺め、華麗に動き回るユキと交互に見比べた。


「女の子って不思議だな~?なんでこれがあぁなるのかな?すげー揺れてるよ、痛くないのかな?」


 ゴール、またゴールと優勢の試合が続き、しばらくすると試合終了の合図が響き渡った。


「試合終了!ライオンチームの勝ち!ですぅ!」


「やーったやったー!アハハハ!」ユサユサ


 跳んで喜ぶもんだからもうユッサユッサと揺れている… ノーブラだしね?

 元気だなぁ、僕はいろいろ悩んでるって言うのに呑気なもんだよまったく、早くブラ取りにきてよなんで妹のブラいつまでも握りしめてないといけないのさ?


 


 尚、回収されたとき「エッチ!」とグーパンをくらった、とても不本意だ。

 自分で僕の頭に放り投げたんだろいい加減にしろこの期間限定巨乳妹め。


「クロ~?大丈夫かぁ?まだ痛むかぁ?」


 心配して撫でてくれるおばちゃん… ライオンおばちゃんも大概過保護だ、僕をいつまでも小さなクロユキだと思ってるんだろう。


 それが嫌と言うんじゃなく、だったら僕ってパークではいつまでたっても子供のままってことかな?って思ったんだ。



 どうしようか… これから。



 夜になるとまた昨晩のことが繰り返されるのかと不安になる、今度はもう止められる自信がない。


 フェネちゃんの優しさに、体ごと甘えてしまいそうだ。



 でもそれはやってはならないこと、ならやることは1つだろう。





 よし、決めた。





 

 僕は帰るなり夕食もとらずにギターだけ持つと。



 簡単な置き手紙を書きなにも言わずに図書館を後にした。

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