第81話 げりらライブ

「クロ~?ご飯できたよ~?ってあれ?」

 

 いないじゃん?ギターもないし…。


「なにこれ、手紙?」



“ 数日帰りません、探さないで


            クロユキ ”


「え…っとこれはもしかすると」


 私はシラユキ、みんなはユキって呼んでる。


 晩御飯ができたから兄を呼びに来たんだけど姿が見えない、代わりに置き手紙がある。


 理由はわからない、でもどうやら兄は…。


「家出!?大変だよどうしよう!?」


 家出したようです。


 









 僕はクロユキ、みんなはクロって呼んでる。



 黙って出ていったのは悪いと思うけど着いてこられても困るし、食事くらいとも思ったけどあんまり夜も更けるとまた“来客”が現れるかもしれない。

 それに正直助手のことだって気になる、様子を見てると何となく原因は僕にある気がする、だから逃げるというわけではないのだけど離れることで少しは変わるならそれもいいのかな~なんて思った。


 でこれはあとから決めたのだけど、この旅で曲を完成させたい、そしてそれを助手に聞いてもらえばいいんだ。

 わざわざ聞きにきてくれるほど気に入ってくれたみたいだし、それで少しでも元気になるなら僕にできることをしたい。


 本当は空気に耐えられなくて逃げただけなんだけど、そうして都合よく理由つけてみると僕の気が楽になる。


 曲を贈るのは親孝行… とは違うけどそんなようなものだと思ってる、両親だけでなく二人にはいつもお世話になってるし、それにいつまでも半端じゃあ曲も可哀想だし。


 そうしてしばらく歩くとみずべちほーに入った。


 ここにはおなじみライブ会場… ステージがあるが夜なので静かだ、しんと静まり返った夜のステージには昼間とうって変わった不気味な雰囲気さえ感じる、月明かりが照らす夜のステージは美しいがホラーな感じも否定はできない。


 ただ、そんな静かな夜のステージの上で動く影を僕は見逃さなかった。


「あれは…?」


 目を凝らしながら徐々に近づいて行くとわかった、見間違えではなくちゃんといる、幽霊でなくて良かったと内心ホッとしたものだ。


 ところで、近寄ると先に向こうが僕に気付いて声をかけてきた。


「誰!? …ってあなた、もしかしてクロかしら?一人で来たの?こんな時間に珍しいわね?」


 PPPセンターポジでお馴染み、プリペ… プリンセスさんその人である。


「こんばんは、ちょっと旅に出ようかと思って… ステージを見たら人影が見えたから寄ったんだ?」


 僕がそういうと彼女はさらに疑問の表情を浮かべて僕に尋ねた。


「なんでわざわざ夜に?このこと博士たちは知ってるの?」


「いやーちょっとね…」


「ふ~ん?さては家出したのね?ユキとケンカでもした?」


 鋭い…ッ!というよりは僕が分かりやすいだけだろう、多分誰が見ても家出なんだとわかるんだ、正直僕が似たような状況の人に会っても家出かな?って思うし。


 無論ユキとケンカしたくらいではこんなことにはならないのだが、かといって細かい理由は言うわけにはいかない、強いて言うなら自分探しとでも言っておこう。


 それから話を逸らすわけではないが逆にこちらから彼女のこの状況について尋ねてみた。


「プリンセスさんは?夜のステージで一人なんて… 練習?」


「ん~まぁ… そんな感じ?」


 彼女も少しはぐらかすような態度をとっている、メンバーとケンカでもしたのかな?それで僕に対してもそう聞いたのかもしれない、というのは少し悪い言い方だが要は仲間意識を感じて僕にそう尋ねたってことだろう。


「ケンカ?」


「いや、違うのよ!?みんなとはいつも通り仲良しよ?」


「ふーん?お互い、訳ありってことだね?」


 人それぞれ言いにくいこともあるだろう、「そうみたいね…」と少し疲れたような笑みを浮かべた彼女は、小さく溜め息をつくとステージの縁に座り込み足を下ろした。


「悩みなら聞こうか?」


「悩んでる子に悩みを話すなんて…」


「話すだけで楽になることもあるじゃないか?」


「なによ?自分だって話そうとしないくせに…」


 もっとも僕には解決できないだろう、ただこういう性分なのだ… 目の前であからさまに悩んでますって顔されたら僕は放って置けない、無責任だが聞くだけでも聞きたい。


 ただ僕が知りたがりというのもあるのだけども。


「無理にとは言わないけど…」


「んー… そうね…」


 やっぱり、僕では頼り無いのだろうか?昔はプリペンちゃんって呼んで彼女も小さい頃よく可愛がってくれたんだ、ぴょこぴょこの尻尾をユキと一緒に掴まえたら「あひっ!?」って声を挙げたのをよく覚えてる、後でママに怒られたが。


 つまり彼女もまた僕を子供と思ってるのだろう、別に自分を大人とも言わないけど小さく無垢な子供って訳でもない。


 少しは頼られる男になりたいものだ、その点僕は両親のことは尊敬している。


 父も母もみんなが頼りにしてる人物だ。


 だが、プリンセスさんはフッと顔を上げこちらに目を向けぬままボソボソと僕に言った。


「アイドルがファンの前で弱音なんて吐けないわ?でも、たまたまほんの少しの独り言を聞いてしまった… それでいいかしら?みんなには内緒よ?」


「え?」


「なぁに?」


「いや… わかったよ、聞かせて?」


 意外、話してくれるんだ?





 ペンギンアイドルPPPのメンバープリンセスさん、概念ごと消えかけていたアイドルの存在をパークに復活させた第一人者。


 彼女には当初から悩みがあった… それは自分が先代と先々代のアイドルグループに存在していないロイヤルペンギンのフレンズであるということ、それでもアイドルに憧れてメンバーを集め復活に導いた。


 最悪自分がファンに受け入れられなくても復活してパークを盛り上げてくれればとそう思っていた彼女だったが、それでも小さな希望にすがり付き練習に練習を重ねメンバーではトップの実力、歌もダンスも他の4人に負けることはなく、リーダーこそ自ら譲っているがグループのセンター的ポジションとして活躍した。


 今では伝説のアイドルとして彼女に憧れるフレンズも少なくない、ユキだってメンバーだと彼女が推しだ。


「みんなに認めてもらえたって最近になってやっと思ったのよね、でも今度の試みは流石に不安なのよ?」



 彼女の言う“試み”それは?



「ソロ活動?」


「と言うほどではないんだけど、メンバーそれぞれでソロの曲をやってみないか?ってマーゲイの提案でね?一人づつ曲を用意してあるんだけど…」


 彼女の悩みとは、今だからPPPとして認められている自分がソロになったとき、もしかすると誰にも相手にされないのではないか?ということだった


 つまり自分にファンがいるのではなく、飽くまでPPPにファンがいるんだと不安に駈られているのだ


「それは考えすぎだよ?でも意外だね?結構自信家だと思ってたから」


「よく言われるけど、虚勢を張ってるだけよこんなの?自分に負けないように“できる!大丈夫!”って言い聞かせてるの、みんなの前では笑顔!これがアイドルだから?」


 聞いたとき、プロ意識の塊のような人だと思った… でもそれ故にストイックに自分を追い詰め慢心することなくここまでやってこれた。


 彼女自身、気を抜くと一気に普通の女の子に戻るんじゃないかということを恐れているのかもしれない。


 僕個人の意見としては十分ソロでもいける実力を持ってると思うんだ、だってここまでPPPを引っ張って来たのは実質彼女だもの、メンバーそれぞれを推したファンがいるけど、彼女は中でも上の方に位置してるはずだ。


 自信… つけてあげられないかな?


 お節介かもしれないが聞いてしまった以上なにもしないというのは僕のポリシーに反するし、何とかしたい。


「さぁ、私は話したわ?次はクロの番よ?」


「え?」


「私だけ話すなんて不公平じゃない?ほら、どーして家出なんかしたの?アイドルに人生相談なんてそうそうできないわよ?」


 これもプロ意識だろうか?僕の話を聞くと言い始めた頃にはすっかりいつものアイドルプリンセスだった… 意外にも影の深い部分があるとわかったけど、やっぱり根本的に彼女はこういう性格なのかもしれない。


 それにしても、正直に話すべきだろうか?


 いや、小出しにしていこう…。


 僕が話そうとしたとき、彼女からこんなことを言ってきた。


「もしかして… 恋の悩みかしら?」


「え!?」


「あら、当たりね!ということは… サーバルのことかしら?どう?」


 半分正解… というか根本を突き詰めるとまったくその通りだ、もしかして僕の顔には“サーバルちゃんが好き”と書いてあったりするんだろうか?それともそれほどまでに僕の悩みといえばサーバルちゃんのこととパークでは周知の事実なんだろうか?


 僕はフェネちゃんのことを伏せて自分のことを彼女に話した、確かに向こうは話してくれたのに自分は話さないというのもよくないので、話せる範囲で話していこう。





「ふーん?言われてみれば確かにクロのこと子供の頃と変わらず接していたかも、そうよね?もうこんなに大きくなったものね?ごめんなさいね?」


「あ、いやいいんだ… 大人の扱いってのもよくわからないし、変わらず接してもらえるのは信頼みたいなものだから」


 彼女は立ち上がり僕の頭にポンと手を置くと、幼少期との身長差を感慨深く感じているようだった


「すっかり背も伸びて、なんだか肩も逞しいわ?やっぱり男の子なのね?」


「まぁ… ね?でも力の強い子はたくさんいるもの、見た目だけだよ」


「ううん… こうして改めて向かい合うとわかるわ?なんだか頼りがいみたいなものを感じるもの、いつかあなたが誰かと愛し合う時、その誰かはこの胸に飛びこんで慰めてもらえたりするのね?なんだかちょっぴり羨ましいわ?」


「あ、ありがとう…///」


 そんなことをアイドルが言ってもいいのかな?恥ずかしくないの?結構真顔で言ってるけど実は天然だったりして?

 

 でも、改めて今の僕を見てもらうってこんな感じなのかな?話して良かった、少し気が晴れた。


 そうして気が緩んでしまったのか、僕はまるで吐き出すみたいに今の気持ちを語り出していった。


「正直さ、サーバルちゃんと会う度にまだ好きだなーって思うんだ?でも相手の幸せを壊してまで手に入れたいのか?って聞かれたら、それは嫌なんだよ… だって笑っててほしいんだもの?無理に僕のものにしてもきっとあんな風に笑ってくれない、サンも可愛い弟みたいなものだし、そう思うとやっぱりこの状態が理想なんだよね?可能なら、こんな気持ちは忘れてしまいたいけど」


「偉いわね?サーバルの幸せを願うために自分の気持ちを押し殺せるなんて… 忘れるってなんだか悲しいことだけど、そうよね?辛いわよね?私よりずっと立派よ?って… アイドルの活動ばかりで恋なんてしたこともないのだけどね?」


 気付くと僕らはお互いにお互いを励まし合っていた。


 彼女は僕の恋心を、僕は彼女の今までの努力を。


 やがてアイドルとかファンとか、男の子とか女の子とかそういうのも関係なしに他愛ない話で笑い合っていた、並んで座りジャパリマンを半分こして食べて、父の昔話とか聞いて。


 なんでも、父はパークに来たばかりの頃今の僕達みたいにここでジャパリマンを食べていたそうだ、ただし一緒にいたのはフルルだって… 不思議な子とフルルが話しているのが見えたから大層驚いたそうだ。


 恋仲を疑われたこともあるって?しかもフルルとプリンセスさん両方… 本当にパパってヤツはまったく。←呆れ






  

「ねぇ?それ、ギターだっけ?弾いてみてよ?聞いてみたいわ!」


 と彼女は僕が背中に背負うギターを指差した、やはりアイドルとはミュージシャンのようなものだから音楽に関するものは気になるんだねきっと。


 快く了承した僕はケースを開きギターを取り出すと音を合わせていく、慣れたものだ。


「じゃあなにがいいかな?せっかくだからPPPの曲にしようか?」


「あら!弾けるの?」


「うん、聞いたことあるのは大体弾けるよ?弾き方さえ覚えればそんな風に音を出してやればいいだけだからね」


「へ、へぇ~…?なんかそんな単純な話ではない気がするけど、まぁ細かいことはいいわ!聞かせて!」


 この時僕が弾いたのは。


 “わたしたちのストーリー”という曲だ。


 原曲はわりとポップなものなので僕のギターに合わせるのは少し難しかったけど、好奇心で練習しておいて良かった。


 僕が弾いて彼女が歌ってくれた、セッションというやつかな?人に合わせたのは初めてだけど、これは楽しい。


 ~♪~♪~♪


 やっぱり、歌ってる時の彼女は生き生きしてるし、なんかやっぱりアイドルっていうか… 美人だなー?って思った。


 楽しそうに見えるのはうまく合わせられた証拠だろう。




 



 さらに不思議なことに…。


「プリンセスのゲリラライブだよー!?」

「サイコー!もっと歌って~!」

「クロも楽器じょーずだよー!」


 フレンズが集まってきた。


 ゲリラライブとはね?ちょっと気分転換にセッションしてただけなんだけどなぁ?さすがはアイドル、溢れ出るカリスマを隠しきれなかったようだ。


 というのは即ちこういうことだ。


 僕達の周りにはいつの間にかたくさんのフレンズが囲み熱狂的盛り上がりを見せていた。


「「「プリンセス!プリンセス!」」」


 とコールは鳴り止まず、2~3曲をやったらお開きのつもりがアンコールが続いてしまい即興でいろいろ弾かなくてはならない、僕としてもなかなか困っている… がしかしだ。


「ね?これは紛れもなくプリンセスさんの力だと思うんだけど… どう?」


「もう、何よこれ?私嬉しくって… グスン」


 鼻を鳴らし嬉し泣き寸前の彼女に僕はこっそりと伝えた。


「でもファンの前では笑顔なんでしょ?もう少し我慢して?そろそろ騒ぎを聞き付けて… あ!来た来た!」


 ステージ裏からは4人の影… 誰かは言うまでもない、彼女達だ。


「おいおいなんだこりゃ?夜のライブなんて予定にないぞー?」

「でも、ファンが集まってしまった以上アイドルとして期待に答えなくちゃあいけないな?」

「リハーサルも無しに… 大丈夫でしょうか?」

「あ、クロだ~?一緒に歌ってたの~?」


 PPP!全員集合だ!


 改めて5人並び直すとステージに照明がついた、マーゲイさんも気付いて協力してくれたのかもしれない。


「みんな… もう!遅いじゃない!ファンが待ちくたびれてるわ!」


「勝手に始めといてよく言うぜ!でも、悩みは解決したみたいだな!」

「最近また様子が変だったから心配してたんだよプリンセス?」

「一人で眠れない夜が続いてましたよね?」

「ご飯の時間くらいみんなで食べよーよ?」


 あとは… 大丈夫みたいだね?ゲリラライブか、PPPの影響力恐るべし!それにしてもこんなに沢山の前で弾いたの初めてだから緊張したよ… ちょこちょこ間違えちゃったし。


「クロ!行っちゃうの?」


「うん!旅の途中だから!またね!」


 去り際、僕が曲を作ってることをすでに聞いて知っていた彼女は「完成したらステージで歌うといいわ!」と大きなエールをくれた。



 果たしてこの旅で完成するだろうか?


 でも、元気はもらったよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る