第53話 おちこまないで

「セルリアンよ!下がって!」


「サーベルさん!俺も…!」


「ダメよ、家族に付いていてあげなさい!」


「くぅ…ッッッ!」


 剣を抜き、一人立ち向かうサーベルタイガーさん… 懐に飛び込んだ彼女は瞬く間に自分の倍の大きさはあろうセルリアンを石ごと真っ二つにしていた。


 助かった、助かったのだが。


 自分も今は守られる立場なのかと思うと。

 


 少し… 悔しかった…。



 自分はなんて無力で弱い生き物なんだ。


 戦えない訳じゃない、でも前みたいに的確な動きはできないだろうし、そこででた焦りは判断力をさらに鈍らせるだろう… ヒトが得意とするはずの“考える”という能力さえ欠如してしまうということだ。


 それでは死にに行くも同前。


 そんな今の俺は守らなくてはならないはずの子供達とそう変わらない…。


 いや、うちの子はスペックが高いだけに、俺は子供よりずっと手の掛かる大人なのかもしれない。


 だが戦い、即ち敵を倒すのが父親の仕事か?と言われるとそうではない、俺の役目はみんなを守ることだ。


 家族を… みんなが笑って暮らせる空間を守ること、強ければいいというものではない。


 でも…。


 いざというとき役に立てないのかと思うと、劣等感を感じずにはいられなかった。







 図書館に帰ってから…。


 サーバルちゃんのいない生活というのに家族全員慣れるには時間がかかりそうだった。


 サーベルさんの護衛付きでロッジを周り、雪山の温泉に入り、帰りがけにPPPに挨拶をしてチケットを頂いたが。


 いつものならそこで子供たちと元気に喜んでくれるはずのお日さまみたいな女の子がいない。


 サーバルちゃんがいない…。


 子供たちはサーベルさんとも仲が良いが、彼女がサーバルちゃんの代わりというわけではない、サーベルさんは飽くまでサーベルさんだ。


 名前は似てるがまず雰囲気が違いすぎる。


 無事に図書館に帰った初めての夕食がとても静かに感じたのは気のせいではないだろう。


「ゆっくりと」

「静かに」

「「いただきますですよ」」


 と博士たちは言っているが、食事中も変に落ち着きが無かったので恐らく賑やかな食卓に慣れてしまったのだろう。

 

 静かな空間が好きな二人だがその静かな食事風景に違和感を覚えているに違いない。


 帰ってからというもの、クロはよく図書館の木の天辺に登り遠くを眺めるようになった。


「風邪を引くのです…」


 と助手が上着を持っていったりしてよく気にかけてくれているが、やはりどこか遠い目でずっと向こうを眺めている。

 

 あの方角はサバンナちほーだ、心にぽっかり穴でも空いてしまったのだろう。


 そういうときは何をやっても手に付かない、覚えている限り料理は失敗するし怪我もする。


 クロも読書に集中できないのか一冊も読もうとしない、森にも入ろうとせずただ遠くを眺めている。

 

 誰か来たら気になってユキとちょっかい出しに行ってるが、基本はああして遠くを眺めては、心配して側にくる助手にくっついていることが増えた。


 ユキはあんなに活発だったのに、サーバルちゃんという遊んでくれるお姉ちゃんがいなくなってその運動量をもて余している。


 サーバルちゃんだって料理を習い始めてから子供たちとまったく遊ばなくなったわけではない、彼女はうまいことその辺を両立していた。


 そうして彼女が馴れてきた頃は俺も妻も非常に助かった。

 

 でも今、彼女はここにいない。


 クロはあんなだし、俺と妻は家事をする間構ってやれない。


 気に掛けているとは言え博士たちにだって仕事がある、いつでも相手ができるわけではない。


 ユキはかなりフラストレーションが溜まってるのか物に当たることが増えた、おもちゃを壊したり本を投げたり草花を執拗に引っこ抜いたり急に穴を堀り始めたり虫をいじめたり… 注意はするが理由が理由なだけに強く叱ることができない。


 しまいには「サーバルちゃんがいない」と泣き出してしまう。




 はぁ、困ったなぁ…。







「かばんちゃんは大丈夫?」


「はい、僕にはシロさんがいてくれますから?確かにずっと隣にいてくれたサーバルちゃんがいないのは寂しいけど、もうお互い子供ではないんです… それにやっぱり、そんなサーバルちゃんだからこそ幸せになってほしいですし」

 

 そうだ、彼女が幸せならそれに越したことはないのだ。


 この辺の悩み、例えばクロが心配で少しベッタリとしてたサーバルちゃんと同じような状態だろう。


 子がいずれ親離れするように、親が子離れするように、サーバルちゃんも俺達のことは気にせずサバンナで幸せに暮らしてほしいと思っていた。


 でも思ったより俺達のほうがサーバルちゃん離れできていなかったようだ。


「暇を見付けて、顔を見に行くべきかな?子供たちはあんなんだし…」


「僕もすぐにでも会いに行きたいんですけど、それだと子供たちがいつまでたってもサーバルちゃんに頼りきりになってしまいそうで… そしたらサーバルちゃんもこっちが気になって向こうで安心できなくなってしまいます」


 難しいなぁ…。


 時間を掛けて慣れていくしかないか、本当に子供たちのお姉ちゃんみたいな子だったからな、変な話俺も妹が嫁に行ってしまったみたいなそんな気分だ。


 それに比べてかばんちゃんは偉いなぁ…。


 俺よりずっと長い間彼女と一緒で、過ごした時間が一番長くて誰よりもよく彼女を知っているだろうに。


 一番寂しいはずなんだ、でもだからこそこれを悲しまず真っ正面に祝ってやれるのかもしれない。


 そうだよなぁ、祝うつもりなら悲しむんじゃなくて喜んであげないとなぁ…。






 ある日姉さんが来た。


「よぉうシロぉ!元気そうか?体には慣れたか?」


「おはようねえさん、なんとかね… 今日はどうしたの?」


「なぁにたまに子供たちの顔を見にこようと思ったのさ?」


 多分心配で見にきてくれたんだな。


 姉さんはサーベルさんが護衛してくれたことも知っている、俺がどういう状態なのかもよく知っている。


 そして子供たちがサーバルちゃんがいなくて寂しがっていることも…。


「クロ~!ユキ~!おばちゃんに顔を見せておくれ~!」


「「わーい!ライオンおばちゃーん!」」


 二人もこういうときは元気だ、もしかしたらいろんな人と遊ばせているうちに寂しさが紛れていくかもしれない。


 近場でいいから誰かに会わせたほうがよさそうだ。




「そういえば~?昨日スナネコと会ったよ?」


 スナネコちゃんが?この辺に来てるんだ、珍しいな…。


 姉さんが言うには、VS森の王チームの真っ最中にひょっこり顔を出したらしく、丁度向こうと比べて人数不足であることに困っていたので姉さんチームに加えてサッカーに興じていたらしい。


「おぉ~楽しいですねぇ~!」

 1ゴール決め

「満足ぅ…」


 ここまで見えたな…。


 今はどこへ行ったのか尋ねてみたところ、一晩城で姉さんと夜を共にしたあと早朝に師匠のアジトに向かったらしい。


 なんだまだ近くにいるじゃないか?


「子供たち、ずいぶん寂しがってるね?代わりと言っちゃ難だけど、スナネコとは滅多に会えないから連れてきたら喜んでくれるんじゃないかい?」


「なるほどね…」


 顔を出してこようか、師匠とも俺がこの状態になってからあんまり話せてないし、誕生日の時はいろいろバタついたから子供たちもスナネコちゃんとはあまりしゃべってないだろう。


 というわけで…。


「かばんちゃん、ちょっと連れてくるよ」


「大丈夫ですか?誰かについていってもらったほうが…」


「心配するなよかばん?ちゃーんと姉ちゃんが帰りがてらついてくからさ?」


「はい、じゃあお願いしますお姉ちゃん!」


「おぉう!任しとけぇい!」


 まぁ、帰りは俺とスナネコちゃん二人でくるから実質俺が護衛になるんだけどね。


 久しくバギーのエンジンを掛けた俺は姉さんを後ろに乗せて師匠のもとへと走らせる。


「ヒマワリちゃーん?またきてね~?」


「ママさーん!まったねー!」


 いつのまにか母化したユキに見送られながらバギーは静かに走り出す、思えば姉さんを後ろに乗せるのは初めてのことだ、姉さんはふざけてるのかあるいはそういうものだと認知してるのかぐーっとしがみついてきて少し気が散る、背中が心地よい感触に…。


 よし、今のは内緒にしといてくれ。


 なんて男性特有の邪な思考を巡らせていると、姉はそれとは裏腹に大真面目な話を俺にしてきた… 真面目に家族を心配してくれる姉に対し申し訳ない限りだ。


「シロ… お前はサーバルのこと以上に自分のことで悩んでるな?」


「…わかる?」


「わかるとも、お前の姉ちゃんになって結構長いよ私は?」


 さすが… というか俺がわかりやすいだけかもしれない、ツチノコちゃんにさんざん言われ続けたことだ、俺が単純なのは今更否定しない。


「姉さん… そもそも俺はホワイトライオンを封じられているんだ、こうなると姉さんの弟として相応しいのかな?今の俺は…」


「バカなこと言うなよぉ~、あんなの1つのきっかけに過ぎないじゃないか?仮にお前がこれから鳥になろうが蛇になろうが犬になろうが可愛い弟であることに変わりはないよ?ちゃんといつも通り姉ちゃんとして接してくれよ~?」


 少し卑屈だったかもしれない、姉さんがそんなことで姉をやめるなんて言わないだろうし、逆に頼むから弟をやめるなとお願いされてしまった。


 俺にもわかっていたはずだ、姉さんがこういう人だって。


 だから姉さんなんだって…。


「ごめん… でも情けなくって、こんな中途半端な力で俺は家族を守っていけるのかな?一年なんてすぐだって言うけど、その短い一年のうちにいろんなことが起きるんだ… パークは平和な側面、脅威も大きい」


「なぁシロぉ?お前は戦いの中に生きていたいのか?違うだろ?お前は優しい子さ、本当は戦うのが好きじゃないはずだ、だから最初は力を隠していたんだ違うか?一度暴れたときだってそんな自分が許せなかっただろ?自分の力を人を傷付ける怖い力だと怯えていたよな?」


 そうなんだけどさ… そうだけど!強くないと、俺には守らないとならないものが多過ぎる…!


「ヘラジカを師匠と呼ぶのも一時期私のとこで生活したのも力のコントロールを覚えるためだろ?戦うためじゃない、みんなを傷つけないためだったはずだ?だとしたらそもそもその力、必要のないものだろ?」


「…」


「家族を守るために強くありたいのは分かる、でもそんなに背負い込むなよ?もっと周りを信じろ、平原にはヘラジカたちも姉ちゃんたちもいる… 博士たちだってちんちくりんだが相当に強いフレンズだ、加えてハンターだって島中を巡回しているんだぞ?何も戦うことだけが守ることじゃない、お前ならわかるだろ?」


 大事なこと… 俺は忘れてしまっていたんだろうか?

 

 姉さんの言う通りかもしれない、フレンズの力を使いこなしサンドスターコントロールも覚えていろいろ戦いに取り入れていた俺は力に溺れていたのか?守る守ると言って積極的にセルリアンを倒しに行ってなかったか?必要以上に師匠の稽古に身が入ってなかったか?子供たちにカッコいいとこ見せようと危険であるはずの戦いを楽しんでいたんじゃないか?


 コントロールは戦いの為に習っていたんじゃないし、フレンズの力は戦う為にあるんじゃない。


 これじゃあ“連中”と一緒じゃないか?


「うん、ありがとう姉さん…」


 姉さんの言う通りだ、他に守る方法がいくらでもあるはずだ。


 この両腕は…。


 妻を抱き締め、子供たちを抱き上げ、長を始めとしたたくさんのフレンズのための料理を作るのに必要なんだ。


 戦いだけじゃない、俺のやることは… できることは戦いだけじゃないんだ。





「シロ!ライオン!よく来たなぁ!今日は二人がかりか!いいだろう!かかってこい!」


「あんたじゃなくてぇ?スナネコに会いにきたんだよ~?今シロは戦えないしさ」


「そうなのか… ふむ、残念だ」


「いや、ごめんね師匠?師匠の顔も見たかったんだ… 俺今こんなだから?師匠の体当たり食らったらバラバラになっちゃうよ」


「なに一年の辛抱だ!戻ったらまた相手をしてくれ!そぉだぁ、その間に私ももっと強くなっておかなければな!師匠として恥ずかしくないように私も頑張るからなシロ!」


 あなたこれ以上強くなる気ですか?そのうち怒りがきっかけで黄金のヘラジカとかになったりして、しかもそれが1→2→3ってどんどん強くなって赤くなったり青くなったりしたあとに体が勝手に防御と攻撃を加えるヘラジ勝手の極意を習得して銀髪の神々しい姿になるんじゃ…。


「シロ~?どうしたボーッとして?」


「あ、いや何でもないない… 師匠、スナネコちゃんは?」


「まだ寝ている!」


 あらあらお寝坊ちゃんですねぇ~?もう昼過ぎなんですが?


 しばらく雑談なんぞして待っていると奥から目を擦り大あくびをしながら体を伸ばしつつ歩いてくる砂漠の天使スナネコが現れた。


「おはようございますシロぉ… ふぁ~…」


「おはよう、もう昼過ぎだよ~?」


「ボク、昼間はあまり出歩かない習性なのでぇ… じゃあ今日はここまでにしとくでぇすぅふぁ~」


「あぁ起きて起きて!子供たちに会ってくれない?二人ともサーバルちゃんがサバンナに帰ってから寂しくて情緒不安定気味なんだよ?スナネコちゃん二人とも仲良しだし元気でるかなー?って、ほら!なにかごちそうするよ?」


 寝惚けていたのでなんとも言えない感じではあったが、結果を言うとまぁOKとのことなので連れていくことになった。


 これで少しでも元気が出てくれるといいのだけど。


 とそこで…。


「二人が落ち込んでると言うのですの!?ならわたくしも!わたくしも連れていきなサイ!」


 悪いな、このバギー二人乗りなんだ… とまでは言わないがこの人はこのままだと走ってでもついてくる、構わないんだけど森で体力が尽きて倒れられたらさすがに後味が悪い。


「シロサイ、残れ」


「でもヘラジカ様!クロちゃんとユキちゃんが!?二人にはお姉様である私の愛が今こそ必y」「残れ」


「はい…」



 師匠… 流石です…!

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