第52話 サバンナコンビ

「シロさん!怪我はないですか!どこも痛くないですか!?僕が、僕のことがわかりますか!?答えて!」


「落ち着いてかばんちゃん?平気、無傷だよ?子供たちは?」


「あ… はい、子供たちも無事です…」


 ずいぶん焦るじゃないか?


 だが当然か、俺だってかばんちゃんが同じ目にあったら焦る、もっと取り乱しているかもしれない。


 それにしても参ったな、フレンズの感覚に慣れすぎて身の危険に気付くことができないなんて。


 まぁとにかくだ…。


「サーベルさんありがとう、助かったよ」


「本当にね?たまたま通りかかったのだけど、かばんが叫んでいなかったら私も気づかなかったわ… 奥さんに感謝するのよ?」


 キンッ と剣を鞘にしまい彼女は俺と妻の肩をポンと叩いた。

 そういえばそうだ、かばんちゃんが叫んでいなかったら子供たちごと下敷きになっていたんだ、助かった…。


 でもなぜ?彼女は離れていたから俺の頭上の異変に先に気付けたのかな?


「ありがとうかばんちゃん、でもスゴいね?どうしてわかったの?」


「いえ、何となくというか… とにかく良かったです!良かった…」


 まだ涙が止まらない妻は俺をぎゅうと強く抱き締めた…。


 体が震えている、目の前で家族を失う瞬間を目の当たりするのがよほど怖かったのだろう、そんなのは彼女でなくても耐えられない。


「パパ大丈夫?」

「痛い?」


「あぁ… 平気平気!ママとサーベルさんが助けてくれたから、いいか?二人ともこれで怖いのはわかったな?もう変なとこ登るんじゃないぞ?」


「「はーい…」」


 少しすると音を聞いてシンザキさんとサーバルちゃんも駆け寄ってきた、婚約した若い二人のデートの邪魔をしてしまったのは大変申し訳ない。


「どうしたの!?すごい音がしたよ!?」


「シロが油断して瓦礫の下敷きになるところだったのよ」


「えぇ!?大丈夫なのシロちゃん!?」

「怪我はないんですかねぇ?」


「サーベルさんが助けてくれたよ、大丈夫」


 そう言えばサーベルとサーバルってなんか似ててごっちゃになりそうだね?というのは置いといて、俺のせいですっかり興が冷めてしまった、気を取り直して次の場所に移ろうか。





 俺たちは遊園地を出て一旦港に戻ることにした、父さんたちの船はもうすっかり見えなくなっている。


「そう言えば、シンザキさんとサーバルちゃんはこれからどうする?一緒に図書館に戻るのはもちろん大歓迎だけど、住居スペースが…」


「それなんですがぁ、サーバルさえ良ければ一緒にサバンナちほーに住もうかと思っていたんですよぉ?テントがあるので僕は実質どこにでも住めますし、尤も雪山は避けたいんですがぁ…」


 ほぅ?やはりサーバルキャットの住み慣れたサバンナちほーこそが自分のホームだと言いたいのか、しかしそうなると少し複雑な問題が一つある。


「サーバルちゃん…」

「かばんちゃん…」


 かつてサバンナの名コンビと言われた二人がとうとう別々の道を歩むことになるってことだ、たまに別行動することもあったが妻とサーバルちゃんは常に一緒だった。


 子供ができた時はそばで支え、産まれたときは共に喜び子育ても手伝ってきてくれた。


 子供たちにとってもサーバルちゃんはもう一人の母親のようにずっとそばに当たり前にいてくれた存在だ、しかもクロにとっては初恋を奪った女性…。


 去年スナネコちゃんがここで言ってたっけ?ゴールは別々のスタートラインだと。


 つまりこういうことなんだろうな、決して今生の別れと言うわけでもないが彼女たちにとっては互いの身を裂くように悲しいことだろう。


「かばんちゃんあの… わたし…」


「サーバルちゃん、少しお散歩しない?」


「え?うん…」


 たまにゆっくりと二人で話したいこともあるんだろう、妻は「いいですか?」と許可をとってきたが止める理由なんてない、俺が快く了承すると二人は浜辺の方に歩いていった。


「ママとサーバルちゃんはどうしたの?」「ユキもいきたーい!」


「大事なお話だよ、パパと待ってよう?」


 そしてこの時、サーバルちゃんと別々で暮らすことになったらどうする?


 俺はそんな質問を子供たちにした。


「出てっちゃうの…?」

「どうして?」


 なんとも言えない表情をしている、なにか大事なものを失ってしまったようなそんな目で俺に質問を返してきた。


「サーバルちゃんはシンザキのおじさんと結婚するんだ、そしたら図書館じゃ狭くて暮らせないんだよ」


「やぁだぁ!サーバルちゃんも一緒じゃないとやぁだぁ…!やだぁ…」


 ユキは泣き出してしまった。

 

 俺としてはクロの方が心配だったが、クロはすでに大きなショックを受けたあとで耐性がついたのか、至極冷静な目で俺を見ていた。


 そして泣きだすユキを見てクロは頭を撫でながら言ったのだ。


「ダメだよワガママ言っちゃ…」 


「なんでぇ!クロは寂しくないの?」


「寂しいけど… サーバルちゃんはおじさんといた方が幸せなんでしょパパ?」


 難しい質問をしてくるなクロ… こういうのに順位をつけるべきではないんだ、納得させられる上手い言い方が俺にできるかはわからないが、聞いてくれ。


「その方が幸せっていうと、なんだか俺達といない方がいいみたいに聞こえるだろ?そうじゃないんだよ?誤魔化してる訳じゃないが、大人になったらなにがなんでも一緒にいたいと想える人がいずれできるんだよ?パパとママみたいにな」


「それが恋?」


「ん~… そうだなぁ、正確には愛だ、恋は大きくなると愛になる」


「わかんない」

「ユキも…」


 今はわからなくていいさ、いずれ嫌でも理解することになる、心があるかぎりそれは間逃れないことだ。


 ただクロはすでに恋をしている、ユキはこうして泣いているがクロの方が辛いに決まっているんだ。


 この子は5才だが、好きな人が自分じゃない男のとこに行ってしまうという辛さに耐えている…。


「クロ、泣いてもいいんだぞ?」


「泣かないよ… 男の子だもん」


「偉いな?でも子供の特権でもあるんだ、内緒にしといてあげるから、辛いなら我慢するなよ?」


「男の約束?」


「あぁ、そうだ…」


 やっぱりクロも歳並みなところがたくさんあって、泣いているユキを慰めるために撫でていたその手を止めると、自分の目から津波のように押し寄せる涙を拭い何度も何度も目を擦るのに使っていた。


「よしよし、サーバルちゃんに心配かけないように笑っておめでとうって送りだしてやろうな?できそうか?」


「「うん」」


「偉いな、二人とも…」


 そんなふうに子供たちを慰めている俺も、二人が泣いているところを見るとついもらい泣きしてしまった。





 

 

 浜辺を歩くサーバルとかばん。


 かばんにとってはシロとの思い出が深い浜辺だが、今日は生まれてからずっとそばにいてくれた親友サーバルと共にその砂浜をゆっくりと並んで歩いている。

 

 お互いの気持ちを伝える為に。


「サーバルちゃんは初めて会った時のこと覚えてる?」


「もちろん覚えてるよ!狩りごっこで怖がらせちゃったよね?」


 二人はあれからずーっと一緒だった。


 お互いに無いものをお互いが持っており助け合って生きてきた。

 不安な時は「大丈夫だよ」と励まし合い困難を乗り越えてきた。


 かばんが一人海に出た時もサーバルは着いていった、シロとかばんが結婚しても一緒にいることをお互いが強く望んだ。


 子供ができてゴコクに行ったときもサーバルは変わらずかばんを励まし続け、腕を治す為にそばにいてやれないシロの代わりに出産にだって立ち合った。


 大変な双子の子育てをかばんの為に率先して手伝っていたし、家事が忙しい時は代わりに子供の面倒を見てよく一緒に遊んでいた。


 サーバルがいないとかばんはここまでこれなかったし、かばんがいないとサーバルは他のフレンズ同様縄張りであるサバンナを離れず変わらない毎日を送っていただろう。



 サーバルちゃんのおかげで今の僕がいる。


 かばんちゃんのおかげで今のわたしがいる。



 今日、そんな二人は行動を別にする。


「サーバルちゃんはシンザキさんと暮らすことになったらどう?幸せ?」


「えっと… う、うん///なんでだろう?なんだかすごくウキウキするんだ?不安もあるけど、でもシンザキちゃんとならなんだって乗り越えられる気がするよ、かばんちゃんの時みたいに!」


「ふふ、シロさんみたいなことを言うんだね?」


「え?そーお?えへへ!」


 かつてシロは言った。


 “かばんちゃんがいればなんでも作れる気がするよ”。

 

 実際彼はかばんや家族の為なら何だって作ってきた、料理だけではない… 彼は家族のためなら何だってできた。


 同じようにサーバルも、初めて知った恋や愛という感情を抱かせてくれたシンザキ、彼の為なら自分はなんでもやってみせるし料理も掃除も洗濯も全部覚えてみせる、文字だって覚えてやろうとそんな強い気持ちを持っている。


 実際彼女もまた、今日という日が来るまでにシンザキの為に不器用ながらも料理や家事全般、ある程度の文字を読むくらいのことなら覚えることができた。


「僕はねサーバルちゃん?シンザキさんの為に頑張ってるサーバルちゃんがすっごく素敵だと思ったよ?慣れない道具を使った作業や複雑な味付けを覚えていろんな物を美味しく作れるようになったでしょ?ずーっと僕の隣で支えてくれたサーバルちゃん… 僕はもう大丈夫だよ?だから今度はシンザキさんを支えてあげて?僕の時みたいに大丈夫だよって励ましてあげながら」


「わたし… かばんちゃんやシロちゃんみたいに器用じゃなくって、でもシンザキちゃんのためになにかしてあげたくて!いっぱい頑張ったつもり!支えられてたのはわたしの方だよ?かばんちゃんもシロちゃんもすごいんだよ、いろんなこと思い付いて協力してなんでもできて!わたしのドジもすぐにフォローしてくれてなんでも教えてくれて… クロちゃんもユキちゃんも可愛い、“大好き”って抱き締められたら、わたしも自分の子供みたいに二人のこと大好きだって思って…」


 本当は離れたくないに決まっていた。


 でもサーバルはそれでもシンザキと共にありたいと感じたし、かばんはサーバルにも自分と同じくらい幸せになってほしいと思った。


 だから…。


「バイバイだね、サーバルちゃん!」


 お互いのために、別れを選ぶ…。


「たまに遊びに来てね!わたしも絶対行くからね!」


 二人は互いに抱き締めあった… これまでのこと全部を走馬灯のように思い出し、たくさんの涙を流しながら。


「「またね?」」


 最後にはお互い笑顔を向けあい皆の元へ戻った…。




 


 


 俺達はこれからロッジへ行く、サーベルさんは危険だからと図書館まで護衛してくれると言ってくれた。


 嬉しいが、俺の弱さが浮き彫りになったようで少し複雑だ。


 そして日の出港を背に、俺達は今二手に別れる。


「サバンナちほーはあっち、俺達はロッジへ行くから真逆になるけど… 元気でね二人とも?どうか気を付けて?」


「大丈夫だよ!どんなセルリアンがきても、自慢の爪でやっつけちゃうから!」

「任せきりも難なので、僕もサーバルぅ守りますかねぇ?」


 ゴールは別々のスタートラインか…。


 妻同士の別れは済んだようだ、思い出しまいこんで、お互いに行く先は未来へ。


「シロちゃんかばんちゃん!クロちゃんユキちゃん!それからシロちゃんママも!今までありがとう!みんなに教えてもらったこと忘れずに、わたしも素敵なお嫁さんになるようにがんばるよ!」


 涙を浮かべたサーバルちゃんに向かい、子供たちは言った。


「「サーバルちゃん!」」


「グスン… え?」 


「「おめでとう!!!」」


 子供たちにとってサーバルちゃんは大好きなお姉ちゃんだったろう、特にクロにとってサーバルちゃんは特別な存在だった。

 

 幼いクロユキの初恋、それがサーバルちゃんだ。


「ユキちゃん、クロちゃんと仲良くね?パパとママをあんまり困らせたらダメだよ?また遊ぼうね?」


「うん…!」


「クロちゃん?わたしもクロちゃんが大好きだよ?でもシンザキちゃんの好きとは違うみたいなんだよ…」


「うん…」


「クロちゃんもユキちゃんも自分の子供みたいに大事、クロちゃんのお嫁さんにはなってあげられないけど、二人のお姉ちゃんにはなれるよ?だから離れて暮らして二人が大きくなっても、わたしが二人のお姉ちゃんなのは変わらないからね!だから… 二人とも大好きだよ!」


「「サーバルちゃん大好き!」」





 この日、かつてサバンナコンビと言われたかばんちゃんとサーバルちゃんの二人はそれぞれの道を歩いた。

 

 心配はいらない、なにがあっても妻と子供は俺が守ってみせる。


 だから君は安心して幸せになるんだ、今まで守ってくれてありがとう。


 ここからは夫であり父親の仕事だ…。


 サバンナちほーへ向かい歩き出した二人の背中を見送ると俺達もバスへ戻った。


 気を使ってくれたのかすでにバスで待機していたサーベルさんがこちらに気付いた。


「別れは、済んだの?」


「うん… それじゃ護衛の方頼むよ?情けないけど、今の俺ではみんなを守りきる力がない」


「百獣の王とハンターの名に置いてあなたたちの安全は保証するわ?シロ、あなたは立派に父親をやっている、たった一年の辛抱よ?だから自信を持って」


「うん、ありがとう…」



 バスはサバンナとは反対側のロッジに向けて走り出した。

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