第51話 よち
「カコさん、少し聞いてほしいことがあるんですけど?」
「どうしたの?私でよければ何でも話して?あ、もしかして妊娠でもしたのかしら?」
「え?いやいや、そうじゃないんですけど!」
そういえば、なかなか三人目ができないね?ってシロさんに言われたことがある。
これから子供が増えるのはいいけどなんでだろう?
かばんはカコに言われたことでそのことも少し気になってしまったが、今聞きたいことはこのことではない。
あれはケンカして仲直りして、かばんがシロから指輪を貰った次の日の朝のことである。
「幻覚…?のようなものを見たんですけど」
「どんな?」
彼女が朝起きて先に行ってしまった子供たちを追いかけようとせかせかと着替えなどして準備をしているときだ。
前日の夜に少しばかり“夜更かし”をしてしまい、ぐでっと眠る彼の姿とお互いの指輪を見てニヤける顔を抑えきれないかばん。
朝食の仕度を彼の代わりにしてあげようとドアノブに手を掛け「いってきます」と声をかけた時だ。
「なんていうかこう… 一瞬だけ視界がぐしゃっとした感じがしたんです、そしたらなんだかいつもと空気が変わった気がして」
「それで、どうなったの?」
彼女がシロの方を見ると、寝ていたはずの彼が体を起こして窓の外を眺めている姿がそこにあった。
かばんはそれにとても違和感を感じた。
窓はいつ開けた?彼はいつから起きていた?起きていたならなぜ声を掛けてくれなかったのか?耳はどうした?窓の外になにかあるのか?自分が見る限りなにもない、ただ外が見えるだけだ。
かばんは彼に近づいて顔を覗き込んだ。
「そしたらただボーッと外を眺めるばかりで僕にも気付いてないみたいで、声を掛けても眉ひとつ動かさずにただ外を… いえ、虚空を見つめているって感じでした、なんだかまるで…」
「心を失っているような?」
「あの、はい…」
その様子を見たかばんは焦って声をかけた、そして彼に触れようとした瞬間また例のぐしゃっとした感覚があり、次の瞬間目の前には泥のように眠るいつもの猫耳の夫が寝転んでいた。
「気のせいにしてはハッキリ見えてしまって、でもラッキーさんもいつもと変わらないって言うし寝不足じゃないか?って… やっぱり疲れていたんでしょうか?白昼夢?というものかとも思ったんですけど、なんだか不安で」
「そして今回彼はスザクの封印でフレンズの姿を封じられてしまった… 確かに、偶然にしては不安が残るわね」
かばんは密かに感じていた、もしかしてあの状態に向かって時間が進んでいるのではないか?と…。
だがなぜ自分にだけそれが見えたのか?不安も大きいが疑問も強かった。
「かばんちゃん?あなたは自分の野生解放についてどれくらい理解してる?」
「野生解放ですか?えっと… 実はよくわからなくて、感情が高ぶったときに目が光ってると注意を受けたことがあります、そういうときは触れてもいないのにお皿が割れたり何も話していないのに思ったことが伝わったりとか… あの、何か関係があるんですか?」
彼女が初めて野生解放をしたのはシロのセルリアン化を治す時、その日以降なにか枷が外れたかのように感情の高ぶりと共に野生解放をしてしまうことがあった。
ヒトのフレンズが野生解放した場合なにが起きるのか?ナリユキとシロが話したことがある… たがそれは推測の域をでない飽くまで二人のSF染みた会話であり、裏付けされたわけではない。
たが、かばんの話を聞けばそれを理解するのにカコほどの明晰な頭脳がなくてもそう時間はかからないだろう。
「それはサイキック、超能力よ?エスパーとも言うわ」
「超… 能力?」
超能力。
通常の人間にはできないことを実現できる特殊な能力のことで、科学では合理的に説明できない超自然な能力を指すための名称。
「例えば手を触れずに物を動かしたり、相手の考えてることがわかったりとかかしらね」
「だからお皿やティーカップが割れたんですか?でも考えがわかるだなんてそんなこと一度も… あ…」
「なにか心当たりがあるの?」
考えがわかる?
ある、えっと確かあのときは…。
かばんが頭を悩ませた結果とある晩のことが一番最初に思い浮かぶ、それは…。
…
二人が地下室のベッドで絡み合っている時だった、なぜだかかばんは彼の思っていることがダイレクトに心に伝わってきた。
“好き好きかばんちゃん愛してる可愛い可愛い可愛い俺のかばんちゃん俺のもの誰にも渡さんマジ好きめっちゃ愛してる刺激的に情熱的に愛し合おう朝まで好き好きかばんちゃん…”←繰り返し
「ユウキさぁん!嬉しい!///」
「…?ハァハァ…俺もさ…」←思考停止
…
「…~!////」
「そ、その様子だとやっぱり心当たりがあるのね?」
夜のことかしら?
それはともかく… と二人は超能力の話しに戻った。
「人間の脳にはまだ隠された力があると言われているの、でもその力に今の人間では耐えられない… だから脳は自身を崩壊させないように無意識にリミッターをかけている、というのが仮説としと言われていることよ?SFとかファンタジーとかとも思われているけどね?」
「はぁ…」
「サイキックの覚醒をあなたの野生解放と見るなら、ヒトの野生解放とは“進化”と言ったところかしらね?」
超能力にもいろいろある、触れずに物を動かすサイコキネシスや心の声を聞くテレパシー、透視や千里眼、瞬時に場所から場所へ移動するテレポーテーション即ち瞬間移動、それから情報を読み取るサイコメトリー…。
そして…
「予知… というのもあるわ?」
「予知って、これから起きることがわかってしまうということですか?」
「そうよ」
予知とは、時系列的にみてその時点では発生していない事柄について“予め知る”ということ。
情報や経験則から出した“予測”とは違う、それは飽くまで予想でありどんなに確率が高くても不確定なものである。
予知能力とは、どうやっても知り得ない未来の出来事を100%正確にわかってしまうという能力である。
「予知夢って言って先のことを夢で知ってしまったりするって話もよく聞くわね、それを“神様が教えてくれた”なんて言って予言を残したりする人がパークの外には希にいたりするわ」
「僕は夢で見たわけでもないし神様の声なんて…」
「予知と言い切ってしまうのは確かに早計かもしれないけど、今彼に起きていることは偶然にしては少し不安要素が大きすぎる… 気を付けるに越したことはないわ?彼をよく見ててあげて?あなたに言われたらきっと彼も無茶苦茶なことはしないはずだから」
もし、かばんの見たシロの姿が近い将来の彼の姿だとしたら…。
なにが起きてしまうのか?
これからなにが起こるのか?
お願いだから静かに家族で暮らさせてほしい… とかばんは不安な気持ちグッと堪えて切に願った。
「わかりました、ありがとうございますカコさん!」
…
数日後、ゴコクから戻った俺達はいつものように旅がてら図書館へ帰る手筈だ。
ただ、クロが元気になったらやりたいことというのが少し多いものだから… まずは遊園地でブラブラして遊んで行こう、それからどうしようかな?前はサバンナから帰ったし、ロッジの方から帰ろうかな?温泉もライブ会場も通れるし。
「パパー!ママー!見てー!」
と上の方から声がした、娘の声だ。
見上げてみるとなにやら高台から俺達を見下ろす娘がいた。
「ユキ!なんでそんな高いとこに!?怖くないのか!?」
「危ないよユキ!今行くからそこでいい子にしてて!」
「ぼくもいるよー!」
クロまでいるのか?どうやって上がった?ユキはともかくあんなところ子供の力で上がれるわけない、パルクールでもしたってのか?
「うぇぇ… 高いぃ…」
「あぁもうユキは本当に言わんこっちゃない… パパが行くまで動くんじゃないぞ?」
「シロさん、大丈夫なんですか?」
「え?うん、何でもないよあれくらい?心配?」
そこまで弱くなったつもりはないんだけどな?まぁいい、ならとくと見るがいい…。
人間としてのユウキくんの肉体スペックをな?フフフ…。
と意気込んだ俺だったが、クロがユキに向かって言ったのだ。
「もぉ~!こっちだよユキ!ぼくのマネして降りてみて!」
おいおいよせ!危ないぞ!?と俺もかばんちゃんも青冷めていた、しかしその時とても予想外の光景を目の当たりにすることとなる。
「んしょ… よっ… と… ほらー!簡単でしょ?上がったときた同じように降りたらいいんだよ?」
「「…!?」」
へぇアッ!?なんだ今の!?
先ほどパルクールと言ったな、“パルクール”とは…。
壁や地形を活かし、“走る、跳ぶ、登る”などの移動動作を複合的に実践する事で、生活やスポーツに必要な全ての能力を鍛えていく… 似たようなものとして“フリーランニング”というのがあるがこれは本人たちから言わせると全然別物らしい。
今クロはそれをやってのけた。
建物同士の間にある縁やパイプなどを利用し、時に壁を蹴りあげたりして巧みに下へと降りてきたのだ。
それはおかしい、クロはそんな子じゃない。
本の虫だとまでは言わないし運動音痴というわけでもないがユキと比べると肉体スペックがかなり落ちるはずだ。
というか並みの子供のはず、普通の男の子のクロにあんな動きは不自然だ、あれではまるでユキじゃないか?
「く、クロ?今のなに?いつできるようになったかママに教えて?」
「さっきだよ?ユキのマネしたらできたの」
そんなことってあるかよ?なんだうちの子は天才だなさては?しかも参考にされた動きのご本人は高くて降りられないときた、なんで上がれたんだよ逆に…。
ともかく泣いている娘を放ってはおけない、今いくぞユキ!
俺も軽やかな動きとクロにはない長い手足を使い巧みにユキの元へ辿り着く… 見たろ?フレンズの力など無くてもこれくらい造作もないのさ?
「もぅクロ?危ないことしてあんまりママたちに心配かけないでね?」
「はーい」
見てないね、まぁいい…。
「さぁほら、パパに掴まりなさい?降りるよユキ?」
「ユウキ、今のを見ましたか?」
「わぁビックリした!?いきなり変身しないでよ母さん…」
「クロユキちゃんすごいですね?あんなに身軽な動きできましたっけ?」
母さんも驚いて口をあんぐりとしている様子だ、どうやらやはり前からできたという訳ではなさそうだ。
クロはたった今あの動きを覚え実践したということ… でもなぜ?まさかサンドスターの循環に気付いたから?
「とにかく、降りましょうか?さぁ抱っこしてユウキ!」
「母さんなら自分で降りられるでしょ?なんですぐでなかったの?」
「はわわ~!?どうしてママには冷たくするのユウキ?ママは悲しいです、やっぱり離れていた時間が長すぎて心も離れてしまったのね…」
「あぁもうはいはい!落ち込まないでよ母さん?さぁ行こう?掴まって?」
「そうこなくっちゃ~♪さぁママとハグして?」
父さん大変だったろうな、母さんのワガママに振り回されて… まぁいい。
その後、下に降りると怪我でもしたら大変だと二人にはよく注意しておいた。
こういうのはできるから大丈夫とかではなくだ。
落ちたらどうするだとかどこかに引っ掻けて怪我したらどうするだとか、なにせここは古くて腐食や経年劣化の酷いところだってあるんだ。
が、その時だった…。
「シロさん危ない!」
妻の叫びを聞いたとき初めて認識した、くどくど子供たちに言っていた割に俺も“経年劣化”に気づけなかったのだ。
軋んだパイプの音が聞こえてすぐに。
ガゴンッ!
と音がして頭上から鉄が降ってくるのが見えた…。
「…!?逃げろッ!?」
俺は子供たちを妻の方へ突き飛ばした、だが自分は…。
まずい、間に合わないぞ?早く盾を作っ…。
反射神経が落ちていた、それにフレンズの頃なら鉄の軋んだ音にもすぐに気付いていたはずだ、目視したあと子供たちを担いでその場から離れることも容易かっただろう。
だが、今の俺は人間だ… 足が遅くて力が弱くて体も弱い、当然空は飛べないし泳ぐのが早い訳でもない。
野生の勘なんてものはサンドスターロウと一緒に封印中だ。
ガシャァン!!!ガラガラ…
重い金属音がその場に鳴り響いた。
「シロさん…!?イヤァァァ!?」
人は弱い… その代わり動物よりも頭がよくっていろいろ考えていろんなもの作ってそれらを使うことができる。
でも、人はとても弱い…。
あっけなく死んでしまうことも少なくないほどに。
…
「あれ…?」
生きてる?
「シロさん!あぁよかった… よかった!」
妻も安心したのかその場にへたりこみ泣き出してしまった、子供たちもその顔にはまだ不安を宿している。
俺は助かった?どうやって?
なんとうまいこと俺の立ち位置にだけ瓦礫や鉄屑が落ちていない、俺は無傷だ… もしかしてこれもスザクの加護だろうか?
そう思って呆然と立ちすくしていると俺の前に一人女性が現れる。
「シロ、無事のようね?どうしてぼさっとしてたの?以前のあなたならあんなの簡単に避けられたでしょ?」
その手に持つは鋭いサーベル、頭にはブロンドヘアに猫耳… 哀しみを感じさせるその青い瞳と凛とした立ち姿の彼女。
なかなか会う機会がなかったが、ここで会うことになるとは…。
「サーベルさん!」
サーベルタイガーさん、百獣の王の一員で担当はハンター… 決まったちほーに留まらず困っているフレンズは見過ごせない慈愛に溢れたフレンズだ、出身はサバンナだそうだ。
他の百獣の王シリーズ五人と比べると恐らくジャガーちゃんに次いで常識人だろう。
「子を持つ親ならもっとしっかりしなさい?まったく、家族に心配かけて… あら?耳と尻尾はどうしたの?」
どうやらサーベルタイガーさんが俺の頭上に降り注ぐ瓦礫をそのサーベルで切り払ってくれたようだ。
これぞ九死に一生得たというやつかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます