第94話 悩める猫の思い出

「いらっしゃいませであります!スナネコさんにクロさん!」


「お二人でいるなんて珍しいっすね?」


 ここは湖畔、ビーバーさんとプレーリーさんの家まできた、しかし歩きだと結構掛かったなぁ… もうすぐ夕方だ。


 二人の家も増築を繰り返しているかと思いきやそんなことはない、ここだけはずーっと最初に建てた時のままらしく、本人達が言うには…。


「この広さが私達には丁度いいのであります!」

「あんまり広いと落ち着かないっす!」


 とのことらしい… なるほど、広ければいいという訳ではないのは確かに分かる、逆に落ち着かないし同居してるのに距離を感じてしまうだろう。


「は!プレーリーさん?二人を見てくださいっす!この距離感… お互いの自然な気遣いや目配せ… もしかして!もしかしてっすか!?」


「おぉーっ!?お二人はデきてるでありますかぁ!?」←直球


 やはり、誰もが認める湖畔の二人の観察眼によると僕たちのことは見たらすぐに分かるレベルらしい。

 どうやら僕達の溢れでる愛に気づいてしまったようだね~?いやまいったまいった!


「実はボクとクロはただならぬ関係になったのですよぉ~?」


「「おぉ~!」」


「へ、変な言い方しないでよ!いやでも、うん… 僕達はつまりそう、こういうわけでして?えへへ///」


 僕は優しく彼女の手をとりじっと目を見つめた。

 そうなんだよなぁ?僕達そういう関係になったんだよなぁ?


 照れくさいけど人に話すのってなんだか楽しい、自慢してるみたいでちょっと嫌な感じにも聞こえるかもしれないけど、幸せだってみんなに伝えて楽しいのは幸せが溢れてるってことだと思う。


「急に見つめてどうしたのですかクロぉ?あぁ、まったく仕方ありませんねぇ?」


「え? スナ姉どうしt… ンンンン!?」


 彼女は向かい合うと空いている手で僕の前髪を撫で上げてくれて、キョトンとしてる間にその手を首の裏に回して流れるように僕の唇を奪ったのだ。


「おぉ~!?すごいでありまーす!?」

「ひゃー!?熱々っす~!見てられないっすよ~!?///」


 あぁん… とろけそう…///


 右手は指を絡み合わせ、左手は僕の首の裏へ… そして唇は唇へ。

 ゆっくりと離れるとお互いに恍惚とした表情を浮かべながら「ハァ…」とうっとりとした息を吐き見つめ直した。


「き、急にやめてよぉ?人が見てるよ?///」


「続きは我慢してくださいね?さすがに本番は人前では恥ずかしいので、ちゃんと我慢できますか?」


「で、できるよ!っていうかしないってさ すがに!」


「フフフ… そんなに照れてどうしたのですかぁクロ?これはただのプレーリー式の挨拶ですよぉ~?」


「むむむ… またからかって~!」


 小悪魔的に僕をからかうその笑顔、砂漠の天使ならぬ僕の天使。


 湖畔の二人も僕らを見て驚愕の表情を浮かべているようだけど、一言物申したい。


「若いでありますなぁ!我々も!負けられないでありまーす!」

「プレーリーさん待っt…ンンン~!?///」


 なにが「熱々っすねぇ~!?」だよ、君たち毎日してるだろそれ?しかも誰彼構わずしてるらしいじゃないか?今更僕らがチューしたくらいでなにを驚いているんだまったく。







 ここまで来ると図書館までそう遠くはないけれど、無理せず今夜は泊めてもらうことにした。


「それにしても、なんだかシロさん達のことを思い出すっすねぇ?」

「そうでありますな!確かあの時は、ディープキスについて詳しく教えてもらったであります!」


 いや、なに教えてんだよ…。


 ぶっちゃけドン引きした、え?だってなに?でぃ、ディープキス!?なんでそんなことになったのさ!あまりに意味不明なので聞いてみた。


「プレーリー式挨拶は世に言う“キス”という特別な行為らしく、その昔かばんさんのファーストキスは自分が奪ってしまったのでありますが!ディープキスならまだシロさんの物だということを話したのであります!」


「本人も納得したようなのでオレッちたちも安心っす!」


 まーたいろいろ聞きたくないことを聞かされちゃったなぁ…。


 その晩、また父と母の馴れ初め話を聞いた。


 なんでも父は心が深く傷付いてフラフラしてるところに二人と会ったんだそうだ、酷くやつれた顔をして湖畔に現れた父は二人に尋ねたそうだ。


 “二人はどうして一緒にいるの?”と…。


 思わず真顔になったそうだ、でもそんなことは二人にとって悩むようなことではない。


 “一緒にいたいから” …とそのままそっくり返してやったらしい。


 それからも一緒にいて困ることはないのか?と聞かれれば、特に無いし逆にいないと困る、というように話したそうだ。


 まったくなんて野暮な質問だ…。


「でも、シロさんは酷く悩んだ顔で言ってたっす」


 “じゃあお互いに好き同士なのに、片方が自分は隣にいる資格が無いって言い始めたらどうする?”


 この言葉、当時の二人には難しい言い回しだったそうだ。


 なんでも、自分ではあなたに釣り合わないから資格がありませんさよならって言って離れようとした場合どうしたらよいのか?


 本当は両思いなのに、一緒にいたいのに、片方がそれを拒む。


 恐らくこれは母のことだろう、例の父のフラれ文句…。


 二人もこの質問には大層悩んだそうだ。


 でもこれに対してビーバーさんが答えた。


「だからオレッち答えたっす!釣り合わないとか資格がないとかは自分じゃなくて相手が決めることっす!だから一緒にいたいなら、それでもいいからそばにいてほしいって返してあげればそれでいいんスよ!」


「あの時のビーバーさんは冴えてたであります!」


 当たり前じゃんって思うけど、あのときの父はその言葉に大変救われてそれでサバンナに母を迎えに行くことを決めたんだそうだ、たちまち目に光が戻りすごい勢いでバギーを走らせたらしい。


「ちなみに、その時ツチノコは博士たちと先にサバンナに行ってかばんに話をつけていたそうです」


「それって博士たちとツチ姉がその場にいたってこと?」


「そうです、なかなか素直にならないかばんに“お前がいらないならシロはオレがもらう”と鎌をかけたそうです」 


 ふぇ~やるなぁツチ姉、自分も父のこと好きだったはずなのにそんなことがよくできたなぁ?並みの精神力じゃできないよ、思いやりが人一倍あったからこその行動だ。


「まぁ… ツチノコも女ですから?あわよくばとは思ってたのかもしれません」


 なんて話すスナ姉はどこか遠い目をしていた、ツチ姉が懐かしいのかもしれない。

 そしてツチ姉はそのあと例の部屋で酔いつぶれてしまい例のゲロ酒事件に繋がったと、ただしあの部屋は最早僕とスナ姉のなかよしマーチが行わrゲフンゲフン。



… 



 その晩は二人のリクエストでしっとりと夜に合う曲を奏で、やがて眠りに落ちた…。



 それで僕が眠る直前のことだけど。



「クロ?」


「ん?」


「ボクに… クロの隣にいる資格はありますか?」


 さっきの話で不安にさせただろうか?背中を向けたままゴロンと横になりボクに話しかけるスナ姉。


 僕は起き上がり彼女の側に寄ると、優しく耳を撫でながら答えた


「スナ姉が僕のこといらないって思うまでは… 僕は死んでも君の側を離れない」

 

 なんて少しかっこつけてるだろうか?でも。


「満足…」


「よかった…」


 お気に召したようだ、だから僕も満足。





 早朝、僕達はまっすぐ平原を目指した。


 あそこには叔母がいるし師匠もいるから自動的に今の状態を伝えなくてはならない。


 こういうのをちゃんとしておかないと叔母はふてくされてしまうのだ、そんな可愛い性格をしている。


「おや?若じゃないか?それにスナネコも一緒か、家出したって聞いてたから心配してたよ?でも元気そうだね?」

「今帰りっすか?おかえりっす若!」


 ラビラビちゃんロックスちゃんは僕が家出する直前にサッカーをしてたから事情を何となく察しているのかもしれない。


「サッカーの時ぼーっとしてたし、悩みは解決したのかい?」

「なんなら、今日も混ざってくといいっすよ!」


 まぁこんな感じだ。


 どうやら丁度良くみんなで集まるところらしい、遠くの方からゾロゾロとチーム森の王が城に向かい歩いてくる。


「クロ!よぉく帰ってきたなぁ!たるんだ心を鍛え直してきたんだろう?目を見れば分かる!」


「ヘラジカ様、あれはただ寝不足だっただけですぅ!」

「ふぇあ… クロ?あのときはヘラジカ様がごめんなさいでござる」


 いろいろ心配されるのはいいんだが僕は皆に伝えたい、大声で言いたいんだ…。


 スナ姉は僕の恋人なんだって。


「クロはここでなにかあったのですかぁ?」


「聞いてくだサイ!ヘラジカ様の全力シュートを顔面で受けて気を失ったんですのよ!はぁ… 可哀想なクロユキちゃん!もう痛みはありませんの!?」ガシッ


「ぶわっ!?大丈夫大丈夫!大丈夫だから少し離れてよお姉様!」


 こんところ見せられないよ!スナ姉!スナ姉これは誤解だ!不可抗力だ!


「ふーん…」


 あ、気にしてないの?それどっちなの?


「まぁ騒ぐほどでもないかぁ…」プイッ


 あ!ヤキモチだ!僕には分かるよ!


「待ってスナ姉!お願い!ねぇ!飽きないでお願いだからスナ姉!」


「…」プイッ


「あーん!愛してるよスナ姉ぇー!!!」←ヤケクソ


 僕の悲痛な叫びは平原中に響き渡り、その言葉は二人の王の耳だけでなくその場にいる全員の耳に吸い込まれていった。





「ということなんですはい… 僕は彼女と愛し合っていますヒマワリおば様」


「フム… クロよ?お前もか」


 なんの話かな?


「はっはっ!ライオンよ!今度は殴り飛ばすなよ?」


「わーかってるよ!あの時は少しテンパってただけじゃーん?」


 な、殴り飛ばす?なんで殴られる必要なんかあるんですか!?


 これを切っ掛けに僕達はここでも父と母の思い出話を聞くことになった。


 しかし驚いた、パパとおばちゃんが姉弟喧嘩したって言うじゃないか?しかもママとの仲を認める認めないみたいな内容での喧嘩だそうだ。



 当時父と母はお互いの気持ちのすれ違いで焦燥しきっており、父はそんなボロボロの体で師匠に稽古をつけてくれと訪ねた。


「体が弱ったのは心の弱さだと思ったんだろう、私は見るからにフラフラしてるヤツにいつも通り稽古を付けたら大怪我させると思ってな?だから…」


 さすが師匠、脳筋と思われがちの森の王ヘラジカは弟子の体を気遣い療養するように叱咤したんだね?


「返り討ちにしてやったんだ」


 なんでだよ…。


 というのも、一度叩きのめしてから言ってやったんだそうだ「まるで話にならん」と

 

 心配しても意地を張って向かってくると思ったから逆にへし折ってやった方がいいという師匠なりの心遣いらしい、それから湖畔での下りを済ませて父はサバンナに走った。


 叔母との喧嘩はその戻りの時らしい。


「私はヘラジカからそんな話を聞いてたし、原因がかばんなのもすぐにわかったんだよ?この世の終わりみたいな顔してたと聞いたのに今度は仲良く挨拶に来た、私も変に考えなければよかったんだけどねー?その時かばんの気持ちを試そうとしたんだよ?」


 叔母は父と母がいい仲になったことの報告を直接本人たちから受けると、スッと立ち上がり言ったそうだ。


 “認めてほしければ私を倒してからにしろ”


 叔母は母に戦いごっこに使う丸めた紙の棒を手渡し、自分に戦って勝たねば仲は認めないと言い放った。


 その真意は… ほんの少しのヤキモチと、ここで父の後ろに隠れるようならただ父を盾にして都合のいいように使っているだけだからと思ったかららしい。


 でも母は意を決して棒を構えた… 認めてもらうのに必要なことならと立ち向かう決意を決めた、鬼気迫る叔母に気圧されて膝がガクガク笑いながらも懸命に前を向いていた。


 だが父は目の前で母が襲われるなんて暴挙を許さなかった…。


 “彼女に手を出すならたとえ姉さんでも許さない”


 そう言って棒を構え、戦い“ごっこ”と呼ぶにはあまりにも激し過ぎる、本気の戦いが繰り広げられた。


「私はシロの為にやってるんだってムキになったよ、そしたらシロはこのわからず屋~!って打ち返してきてさ?その時棒が壊れたんだ、こうなりゃ拳だってお互い殴り掛かろうとしたんだけど?シロはかばんにやめてって言われて拳を引っ込めたんだよ?でも私は頭に血が昇ってたもんだからそのまま歯ぁ食いしばれ!って殴り抜けた」


 左頬にいいのを一発もらった父はそのまま襖の向こうに1回転しながら吹き飛んでいったそうだ…。


「あ、あの時は本当にやばかったぜ!やべぇよ今思い出しても震えてくる!」


「二人で大将を押さえてね?その間に弟さんを連れてかばんとサーバルは避難したんだ」


 翌日師匠のとこに挨拶を済ませた両親は師匠に付き添ってもらい謝罪を伝えに再度城へ。

 何よりも先に言葉ではなく手を出したことを謝った父は、そのあと伝えることを全て叔母に伝え、叔母もまた言うべきことを全て父に伝えた。


「シロは優しい子なんだ… 私が悪いと言っているのにまずは謝ってきたし、私のやったことも結局自分を想ってのことだからと礼まで言ってきた… まぁ~?私の早とちりみたいなものだね?心配するなよクロ?スナネコ?二人の邪魔はしないからな?」


「邪魔されたところでボクとクロがやることをやった事実は消えないので大丈夫です」


「なに…?」


「あぁちょっとスナ姉!?もう少しやんわりと話そうよそういうのは!?///」


 両親にもいろいろあって現在の形があるんだなと感じた、祝福されたり困難が立ち塞がったりと、二人は出会いから今までたくさんの経験が重なった末に。


 やがて僕とユキが生まれた。


 経験により両親は様々なことを学び、周りの皆もまたそれに合わせて学んでいく。


 僕であってもそれは例外ではない。


「まったく~… シロもクロも私の元を離れていってしまうんだよなぁ?あぁ~あ~?おばちゃん寂しいなぁ?」


「アハハ… ごめんおばちゃん?でも僕やっと前に進めたから、どうか優しく見守ってほしいな?」


 叔母は優しい、何だかんだ僕らを祝福してくれる。

 いや、それを言うなら師匠達だって快く僕らを送り出してくれる。


 こんな人達に囲まれていることを、僕は感謝して生きていきたい。


「クロユキちゃんもいつのまにか大人になりましたのね… お姉様と駈け落ちする約束はどうしますの?」


「なにそれごめん知らない…」


「クロはボクとの結婚を考えておくと言って他の子ともそんな約束をいくつもしてきたのですかぁ?」


「いやいや待ってスナ姉!こんなに小さな頃の話じゃない?しかも何人も約束してた訳じゃないし!シロサイお姉様の話は普通に覚えがないよ!」


 そんな他愛ない話をしたのち、僕らはとうとう家に帰る。



 帰ったらフェネちゃんにハッキリと言わなきゃならない。



 僕にはスナ姉がいるからって…。

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