第93話 隣にいるのは恋人
地下迷宮の一室で… 少しだけ頭痛を抱えつつも心地よい微睡みから目を覚ました僕は、目の前にいる愛しい人の姿を確認してここ数日の悩みとはなんだったのか?というほどの安心感を感じていた。
気分は爽快。
ソファーベッドに並んで体を横にしている彼女、淡いブロンドでショートヘア、耳も尻尾も可愛らしい彼女…。
一糸纏わぬ姿に一枚の毛布で互いの体を包み、触れ合う肌から伝わる体温が昨晩僕達がしたことが夢ではなかったということをしっかりと教えてくれた。
僕はクロユキ。
「ん… クロ?よく眠れましたか?」
「うん、スナ姉と一緒だったから」
皆、僕をクロと呼ぶが…。
「あの… ねぇ?痛く… なかった?」
「平気です、クロはとても素敵でしたよ?心配しないでください」
彼女に呼ばれると、そんな呼ばれ慣れた名前さえも特別に感じる。
僕はクロユキ。
「スナ姉?」
「なんですか?」
「大好きだよ?」
「ふふ… じゃあボクとおんなじですね?」
自分よりもずっと大切な人ができた。
…
今、僕の頭をこうして少しズキズキとさせる原因はどうやら二日酔いというやつらしい、お酒は飲んでも飲まれるなと父は言っていたけどこれが例のそれのことなんだね。
でも言った本人は飲んだ翌朝この世の終わりかというくらいぐったりとしてた、無理に飲まなければいいのに煽りに乗るからだと僕は思う、パパはゲンキおじさんに言われるとすぐに乗るんだ。
昨晩たいしてお酒の悪い部分が気にならなかったのは“別の事”に集中力を全振りしてたからだろうか?意識もハッキリしてて何がどういう事になったのか全て鮮明に覚えている、そして思い出しただけでまた体が熱くなる。
ただ今は頭痛に悩まされているので、やっぱりお酒は二十歳になってからにしようと切に思った。
僕、大人になったのか… いや、この場合男になったというのが正しいだろうか?
なんていうかとても…。
とても幸せだった、とてもとても満たされた夜だった。
あんなに心も体も満たされた時間は、僕の人生で初めてだったかもしれない。
でもこれが僕の独り善がりであったり、スナ姉にとってはいつもと同じで僕を慰める延長に過ぎず、ただ文句も言わずに僕を受け入れただけだったとしたら?これまで皆から子供と扱われてきた身としては正直そんな風に不安になるのも確かだ、でも。
「クロ?浮かない顔ですね?」
「え、そうかな?そんなことは…」
「やっぱり、ボクじゃサーバルの代わりには… なれませんか?」
浮かない顔をしてたのは彼女の方だった、悲しそうに毛布にくるまり僕から眼を逸らしている。
スナ姉は昨日から表情が豊かで、泣いたり笑ったりと普段よりも忙しそうだ。
普段大きく表情に感情を表さない彼女にとってそれは、彼女の行動や言葉に嘘がないってことだと思う。
そしてこんな豊かな表情を見せてくれるのは僕だけの特別なんだと思うと、悲しんでる手前少し気が引けるが妙に心が踊る。
だが“自分ではダメだ”と悲しい顔をする彼女、つまり不安に感じていたのはなにも僕だけではないということだ。
「待ってよ、聞いてスナ姉?」
僕は昨晩と同じように覆い被さるようにまた彼女に迫った、昨晩と違うのは今朝は僕の方がやけに積極的だってこと。
「サーバルちゃんのことはもういいんだ、僕はスナ姉がいい!代わりじゃなくてスナ姉がいいんだ!」
「クロ… 本当にボクでいいんですか?」
潤んだ瞳が僕を見つめている、この顔も笑った顔も全部僕が独り占めしたい。
「スナ姉じゃないと嫌なんだ…」
そう素直に伝えた。
すると彼女が僕の背中に腕を回すので、こちらもそっと抱き寄せて今度は僕の方からキスをした。
舌はいれたりしないけど… それは長く、熱い口付けだった。
名残惜しそうに唇を離すと僕も彼女も息が荒くなっていた、ここまで顔が近いと吐息が御互いの顔に当たるのが分かる。
「クロは欲しがりですね?」
「スナ姉だって、こんなに…」
変なの、僕らこういう関係になってまだ一晩しか経ってないのにこんな… でもなぜだろう?不思議と前からこうだったような一体感を感じる。
まるで抑えが利かない、彼女が目を閉じるのを確認すると僕はまた貪るように唇を重ね、彼女を求めた。
…
僕はスナ姉が好きだ、今ならハッキリと言える。
“そういうこと”したからだろ?って言われるかもしれないし、本命にフラれたからって移り気が激しいヤツだと思われるかもしれないけれど、でもなんとでも言えばいいさ。
僕はちゃんとスナ姉が好きだ、何度でも言ってやる。
僕はスナ姉が好きだ。
そしてスナ姉の気持ちもしっかりと僕に届いた、だから最中はお互いにクドいくらい愛の言葉を囁き合った。
僕がどんな顔してどんな声でそれを伝えていたかはわからないけど、彼女はとろんととろけそうな笑顔で何度も何度も僕の名前を呼び愛を伝えてくれた。
愛してるって気持ちが混ざり合っていた。
そう思うとどこまでもどこまでも僕は満たされていった。
…
「はぁ、アイテテ…」
「お水です、慣れないお酒をあんな勢いで飲むからですよぉ?それに朝からあんなに張り切るから~?」
今は流石に服を着て少しゆっくりとしている、そりゃなにもパンツを履いている暇が無いくらい盛りあってるわけではない。
僕はコップ一杯のお水をもらいそれをぐっと飲み干した。
「ありがとう、でもスナ姉はあんなに飲んでたのになんで平気なの?」
「大人だからです」
つまり僕が子供だって?ちゃんと昨晩大人になっtゲフンゲフン。
というのはさておきだ、確か酔い潰れる父を見て祖父やゲンキおじさん、それにツチ姉が言っていたことを思い出す。
「情けないな、普段から飲まないからだぞ」
「おーいおいおいユウキィ?もうへばっちまったのかぁ?嫁さんの前でいいとこ見せないとなぁ?」
「ハッハァ!歳ばっかくってガキなのは変わらないなぁシロ~!」
対する父の反応。
「くっそ…!」グビグビグビ
タァン!
「おかわりだぁい!… オロロロロ」←自主規制
「「「ハーハハハハッ」」」←爆笑飲んべえ三人組
そんなときは慌てて母が助けに行くのだが。
「かばんちゃんしゅきぃっ!」抱きぃ
「あーん!もう飲まないでくださーい!」
このように、何も酒に強いから大人というわけではないのだと思う、僕が思うに安い挑発に乗らないことこそが大人だと思うのだ。
故に少し煽られたくらいで自棄になった父もまだまだ子供なところがあるってことなのだろうと思う。
「どうでしたか?初めてのお酒は?」
「ん~… 僕にはまだ早いかな?」
「じゃあ、“ボク”はどうでしたか?」
それはえっと、あのつまりそういう…。
いつものからかう笑顔だが、少しだけ頬を染めて照れくさそうにしている姿に僕の心はまたキュンと狭くなった。
答えは決まっている。
「あの、最高でした…///」
「エヘヘ、ボクもですよ?ボクは今とても幸せですクロ?まさかこんなことになるとは、こうなるなんて思ってなかったんです」
もうこのままここでスナ姉と暮らしたいな、なんて思ってしまうほど濃密な時間を過ごしている。
僕はどこに住んだっていいんだ、彼女が望むなら宿無しだって構わない。
砂漠に住もうと言うなら僕もそうしよう、寒くたって雪山がいいと言うなら身を寄せ合って暖かくしよう。
必要なら料理でもなんでも生きる術はなんだって身に付けてみせる。
だって僕は…。
スナ姉のおかげで深かった心の傷を乗り越えたんだから。
…
「では博士にユキ?詳しく説明をお願いするのです」
「私悪くない、博士の勘違いに騙されただけだもん…」
「ユキ!?卑怯なのです!共に過ごした仲間ではありませんか!」
ここはジャパリ図書館、私はシラユキ。
私達がサーバルちゃんの家を後にした翌日の朝だった、助手妊娠(嘘)の件を本人に問い詰められ現在尋問の最中である。
「だって博士が勝手に妄想ストーリー繰り広げたからそうなったんじゃん!」
「一体何がこじれてそのようなことに…」
「す、すまないのです… ですが助手?それならなぜあんなにも焦躁としていたのです?我々てっきり
“我々”とか言ってるけど勘違いしたのは博士だけだから、純粋な私は騙されただけ!
それにしても、確かにそれならそれで謎がいくつも残るよ?助手のこともそうだし結局クロは家出のハッキリした理由教えてくれないし、フェネちゃんだって様子が変だったよ
「わ、私も体調不良にくらいなるのです…」
「助手?なにか悩みなら話してみるのです?長としてではありません、親友として聞くのです!」
「そうだよ助手?それに私達家族でしょ?」
問い詰める… というと聞こえが良くないのだけど、私達は単に助手が心配なだけ。
本当に悩みとかでないとしたら単に助手の言う通り体調不良なんだろうけど。
なにかな… いろいろタイミングが良すぎて引っ掛かるなぁ。
「話せないのなら無理には聞かないのです、そういうこともあるでしょう?長である前に一個の人格を持ったフレンズなので」
博士の言う通りではあるけどこの件はどうも謎が多すぎる、クロの家出に助手の体調不良、それからフェネちゃん。
なにか繋がりがあるはずなんだけど…。
それからまたいつもの日常に戻り皆でお昼を食べている時だった、そういえばこうして女の子だけの食卓なんて今まで何度あっただろうか?女の子しかいないフレンズの住むこの島で男の子がいると言うのが基本希なのかもしれないけど、パパがいてクロがいてってそんな当たり前の風景だから、こうして女の子だけの食卓というのが私には逆に新鮮だ。
アライちゃんが私達に尋ねた…。
「そういえば、結局クロはどうしたのだ?見付かったのだ?帰らないのだ?」
その言葉にピクリと反応する二人、フェネちゃんと助手の姿を私は見逃さなかった。
やっぱり二人とクロはなにか関係がある、話せないみたいだったけど、何を悩んでるのクロ?
「クロはギター片手に自分探しとでも言っておきましょうか?気が済んだら帰ってくるのです」
「どこにいたのだ?」
「サバンナです、シロ達もいたので顔を出しに行ったのかもしれませんね… そうそう、作ってた曲が完成したみたいですよ?スナネコと完成させたそうです」
博士がそう言った時だ、また助手とフェネちゃんがなにか反応を示していた… スナ姉に反応したの?それとも曲の方?
「そ、そーなんだー?クロくん元気にしてたー?」
「なにか決意を固めたような顔をしていました、スナネコとも息がバッチリで、クロがギターを弾きスナネコが歌っていました、なかなかどうして良いコンビだったのです
後でマーゲイに曲のことを伝えに行きましょう助手?この際ステージで演奏させるのです!確かプリンセスも曲ができたら教えてくれと言っていたそうなのです!」
こうして一歩引いて客観的に見るとわかる、助手とフェネちゃんはクロの話に少し取り乱しているけど必死にそれを隠している。
目が泳いでてしきりに髪を触ったりして落ち着きを取り戻そうとしてる。
だから私は…。
「二人ともそんなに慌ててどうかしたの?」
「「!?」」
少し意地悪というか、わざとらしくそれにツッコんでみる。
いつも冷静な二人にしては珍しい、特にフェネちゃんは滅多なことではこんなに驚いたりしないのに…。
「いや~?てっきり一人なのかな~?って思ってたからねぇ?スナネコとは最近会ってなかったから珍しいなー?ってさー?」
「な、なんでもないのです… それにしてもあの曲ができたのですか?是非私も聞きたかったのです、博士?食べたらすぐにマーゲイの元へ行きましょう」
「ふーん…」
あからさまに取り乱してる、まるでつっこんでくれって言ってるみたいに… だから私は二人に尋ねた、直球になんの捻りもなく聞いた。
「二人ともクロと何かあったんじゃないの?家出の理由本当は知ってるんでしょ?」
「「…」」
二人ともまるで今にも泣き出しそうな顔をしている… これは当たり、やっぱりクロの家出には二人が絡んでたんだ。
「ケンカ?」
「いえ…」
「そんなんじゃないよー?」
「クロはやけに思い詰めてたよ?恋に悩んでるっていうか、サーバルちゃんのことでまた悩んでいたんだろうけど… 二人とも関係あるんでしょ?」
「「…」」
黙り混む二人を見ていると少し可哀想になってくる… やがてアライちゃんが「二人ともなんなのだ?フェネックもアライさんに隠し事なんて水くさいのだ!」と図らずとも私の手助けになっていく。
「ねぇ二人ともハッキリしてよ!それとも言えないようなことをクロに…」
私が少し熱くなってきた時だ、博士が間に割って入り私をなだめた。
「ユキ、もうやめるのです?そんな炙り出すような尋ね方は良くないですよ?」
「でも…」
「二人の顔を見るのです、何があったかは知らないですが恐らく何かしてしまった上で責任を感じているのです、クロだってそのうち戻ってきます、その時三人で話し合って解決させるのですよ?二人が言いたくないということはクロにとっても言えないことかもしれませんよ?今のところはとりあえず詮索は止すのです」
博士の言うことも一理あるけど~?んん~気になるなぁ…?
「アライグマもいいですね?この話は終わりです、さぁお昼のつづきですよ?食事中手を止めておしゃべりをするのはマナー違反なのです」
「ぐぬぬぅ!わかったのだ、なんだかよくわからないがいろいろあるみたいなのだ…」
「ごめんねアライさぁん…」
「私からもすいません博士、ユキ…」
無理に聞くことは禁ずる、博士からの命令だった。
たまに長っぽいことして~まったく。
…
食後に私がモヤモヤとしていると博士がこそっとその件について話してきた。
「お前にはわかりますかユキ?何が起きているか…」
「わからないよ、だから聞いてたんじゃない?」
「これは飽くまで私の勘ですが、もしかすると三角関係とかいうやつかもしれませんね」
「三角関係…?」
…ってクロとフェネちゃんと助手が!?嘘でしょ!?
私は「また適当なこと言って!」と博士の推理にケチをつけてみた。
「勘だと言っているではないですか?さすがに昨日の今日で考えを押し付けたりはしないのです… ただ、スナネコと一緒にいると言った時の二人の顔を見たでしょう?まるで焦っているような“どうしよう”って感じの顔をしていたのです、案外助手かフェネックのどちらかがクロにアタックしたのかもしれませんよ?」
でも、真相は闇の中だからなぁ~?
そんなの言われたら気になるじゃん?
クロ、スナ姉とどうしてるのかなぁ?なんだか荒れてるみたいだよ~?こっちは…。
…
「へっくし!」
「お?大丈夫ですか?やっぱり夜にあの格好はさすがに寒かったでしょうか?」
「あ、いや大丈夫!へーきへーき!」
誰か噂でもしてるのかな… ユキか?また僕を小バカにしてるのかもしれない、まったくそんなんじゃいつまで経っても男ができないぞやれやれ。←勝者の余裕
「では、もう少し二人きりでダラダラ過ごしたいとこですが… 行きましょうか?」
「うん、一度帰って僕らのこと報告したいんだ… ダメかな?」
彼女は僕の言葉に少し困ったような表情をしたかと思えば、それを誤魔化すようにふっと顔を上げ笑顔で答えた。
「えぇ… そうですね?そうしましょう」
「いやだった?」
「そんなことはありません、クロにはボクの全てを提げたとみんなに言いふらしてやりましょう?」
や…!いや!それは!?///
えへへ…///
言い方ってものがあるでしょ?
でもよかった、なんか都合の悪い関係なのかと思って不安になっちゃった。
そして、これから僕たちは地下迷宮を出て図書館を目指す。
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