第95話 想いそれぞれ

 僕が家出した理由… それは身近なところで恋愛に関する悩みが生まれたからだ。


 その時僕はまだ恋愛と言えばサーバルちゃんのことしか見えてなくって、このまま一生片想いして生涯独身なのかなー?とか思っていたりした。


 でも良く考えたらそんなはずないんだ。


 だからこそスナ姉とお付き合いしてるという結果がある、だってスナ姉に励まされてサーバルちゃんのことを乗り越えることができたんだから。


 でもそもそもまったく違う人とそういう仲になった可能性だって否めないのである。


 例えば今回家出するに至った原因…。


 フェネちゃんであったり。







 僕はクロユキ…。


「クロ、大丈夫ですよ?ボクがついてるじゃないですか?」


「スナ姉… うん、ありがとう!」


 皆は僕を…。


「あ、クロ~!やっと帰ってきた~!」

「よく戻りましたねクロ、積もる話はあるでしょうが今はゆっくり休むといいのです」

「おかえりなのだクロ!なにか食べるのだ?なんでも作ってやるのだ!」


 僕をクロと…。


「えっと… おかえりクロくん?」


「フェネちゃん… うん、帰ったよ?」


「クロ…!」


「助手も、ただいま?」


「…えぇ、おかえりなさい」


 クロと呼んでくれる。





 とりあえず何においても挨拶だ、家出して散々迷惑かけたんだからそれからごめんなさいだ、面倒な話はそれから。


 例の件、とりあえず深く話すようなことはせずスナ姉とのことを話すのも今はタイミングを図っているところだ。


 そこで発覚したことなんだが、どうやら僕とスナ姉の例の曲をみずべちほーのライブで御披露目することに決定したようだ。

 博士は僕とスナ姉のことを知っててなにかイベントを用意してくれたのだろうか?


「お前達の関係については追い追い聞くとして、あれだけ完成度の高い歌なら皆に聞かせて然るべきなのです!」


 博士は気に入ってくれたみたいだね?あ、そういえば… 完成したら助手に聞かせてあげるって思ってたっけ?

 なんだか落ち込んでるみたいだったし、今は大丈夫なんだろうか?家出前に見たときよりは元気そうだけど、もし僕の曲で元気になるのなら今からでも…。


「助手、具合悪かったんでしょ?大丈夫?」


 気を使ったとかそういうんじゃないが、ただ元気なのかどうか気になったから、僕は至って自然にそう聞いたつもりだ。


「大丈夫なのです、平気ですよ?」


 助手は笑顔だったが、僕にはどこか疲れたような作った笑顔に見えた。


 やっぱり、助手も僕のせいでなにか思い悩んでいるのだろうか?僕はそれならばと曲の話を振ってみた。


「作ってた曲、スナ姉のおかげで完成したんだ?助手も気に入っててくれたから、よかったら聞いてほしいんだけど… どう?」


「もちろん、ステージでの演奏をゆっくり聞かせてもらうのです、楽しみはそれまでとっておかせてもらうのです」


「そっか… じゃあ、間違えないように練習しとくよ」


 なんだ、すぐにでも聞かせることはできたのだけど少し残念、でもそんなに楽しみにされては気合いをいれていかないとね。





 それから今夜中にけりをつけなくてはいけない件がある、僕がスナ姉と正式にそうなったということは一つほったらかしにしてはならない件がある。


「スナ姉、今夜… 話つけてくるから?」


「一人で大丈夫ですか?なんならボクも着いていっても…」


「大丈夫、僕の問題だもの?僕がちゃんと直接話をつけないと」


「そうですか… いえ、わかりました」


 なにやら少し落ち込んだようにも見える。


 あ… 今気づいた、もしかしてスナ姉は不安なのかな?ハッキリと誰となにをした… いやされたとは言っていないが、仮にも僕に好意があると言っている女性と夜二人きりで話すって言ってるんだ、確かに逆の立場で考えるとあまり気持ちのいい話ではない。


 安心、させてあげないとね?


「スナ姉、心配しないで?僕の居場所はスナ姉の隣だから」


「クロ…」


 そうだ、だからこそ僕は逃げていた事に返事をしなくてはならない。


 勿論フェネちゃんのことだ、彼女の告白を丁重にお断りしなくてはならない。


 だって僕にはスナ姉がいるから。


 かといって納得のいく説明をしなくてはならない、変に話が拗れるのは避けたい。


 僕はスナ姉と小さく手を繋ぎ見つめ合っていた、まぁパパ達じゃあるまいしあまりベタベタするところを人に見せるのも恥ずかしいから。

 


 だから手を繋ぐだけ。


 

 そう、今はね?









 夕食の後の、そんな愛し合う二人の姿を見ている者がいた。


「クロ… 巡り巡ってそこに行き着いたのですね?」


 それは助手だった。


 彼女もまたフェネックに言われたことで己のその気持ちが恋愛感情であると気付かされることとなり、自分が今までクロユキに世話を焼いていたのがその延長に過ぎないのだということも自ら認めた。


 家出をしていた彼がもし帰ってきたら、自分も正直に彼へアプローチを掛けようとあれこれ画策していたときだった。


 こともあろうに彼はなんとスナネコを連れて帰ってきた。


 サーバルへの気持ちはどうしたのか?フェネックのことは気にならないのか?私達を差し置いてポンと現れたスナネコに全て奪われたのか?などとマイナスな感情があることも彼女は認めていたが、同時に思っていた。


 クロ自身が自ら悩み、選んだ結果ならば私に口を出す権利はない。


 わざわざサバンナまで顔を出したくらいだ、きっとサーバルとのこともいろいろあったのだろうと結果を否定まではしなかった。


 それにそもそも、始めから自分が正直になっていればよかっただけの話だ… そう心の中で呟くと、寄り添う二人の影から目を逸らし背を向けた。


「クロが自分で選んだ道ならば、私はいつも通り見守るだけなのです… 家族として、長として、指導する者として」


 だけど、胸の奥にあるこの気持ちはどうしたらいいのか?どうするのが正解なのか?それは誰にも分からないけれど。


 彼女はそれが恋だとわかったとき、苦しいのと同じくらい楽しいとも感じた。

 

 だから…。

 

「どんなに誤魔化してもこの気持ちは消えません、消えるはずがないのです… でも消せないのなら、そっとしまっておくのです」


 胸の奥の深いところ、誰にも見えない深いところに…。


 本当なら彼の迷惑になるこんな気持ちなんていらない、いっそ捨ててしまいたいとすら思っていた… でもそんな事はできない、こんなに自分の中で大きな輝きを放っているものを彼女は捨てることができない。


 だから彼女はそっと扉を閉じた、自分の気持ちに鍵をかけたのだ。


 だけどもし、いつかその鍵が必要なくなるその時は…。




 その時はどうか、彼に開けてほしいとそう願います…。




 そう思うと、助手はフワリと飛び上がり博士のもとへ戻った。







 同時に、そうして音もなく飛び立つ助手のことをフェネックは見ていた。


「抱えたままなにも言わずに生きる… それが助手の出した答えなんだね?」


 彼女もまた、わかっていた。


 彼… 帰ってきたクロユキの心がこちらを向いていないということくらい、勘のいい彼女でなくても二人のごく自然な振舞いをみればそういう関係になったのだとすぐにわかることだった。


 あ~ぁ… フラれてしまったねぇ?


 だが率直に言うならば、彼女はクロユキが家出をするまでは自信があったのだ。

 それは彼が押し負けて受け入れようとする姿勢を見せたからというのもあれば、彼の恋愛状況に対して正論に近いものをぶつけていたからというのもある。


 叶わぬ恋に溺れるよりも目の前のアナタに好意のある子と一緒になるのはどうか?


 とフェネックは彼に迫ったのである。


 結果的に邪魔… というと聞こえが悪いが、横槍が入ったのでハッキリと既成事実ができる前に事は止められた。


 翌日の夜クロユキが家出をするまでフェネックは勝利を確信していた。


 もう助手はなにもしてこない、あとはまた二人きりになって昨夜の続きをすれば彼は自分を受け入れる。



 そうすれば優しく上手に私の大きな耳や尻尾を撫でてくれるんだ。


 可哀想なクロくん、私がずっと見ててあげるからね?心配しないで?私はクロくんから離れたりしないから… だから私を見て?



 そう、思っていた…。


 だが結果はクロユキが自負の念に囚われその場から逃げるという形になり、彼女はその状況に立ったとき気付いた。


 自分のせいで彼は悩み、余計に混乱させてしまった。



 私は先走りすぎたんだ…。



「あの、フェネちゃん?」


 そして今、彼は彼女のもとへ現れた。


「クロくん…」


「ごめん、急に家出なんてして?あの時のお返事なんだけど、聞いてくれる?」


 助手同様、ここで自分の恋は終わる。


 ちゃんとフリに来てくれるなんて偉いねぇクロくん?駄々こねてもどうにもならないし、私も受け入れるよ?


 二人はあの時と同じく、夜の地下室へ消えていった。

 







 デジャブみたい… あの時と同じで僕達は並んで座っている、ただしあの晩の様に触れ合えるほど近くはない。


「クロくんの言いたいこと、私はわかっているよー?」


 先に口を開いたのは彼女の方だった。


「あの、うん… フェネちゃんって鋭いから?もうなにも言わなくてもわかっているんだろうけど、でもちゃんと言わないとダメかな?って思って…」


 しっかりと意思表示しなくてはならない、これはスナ姉のためでもあり、フェネちゃんんのためでもあり、なにより僕自身のためでもある。


「急に家出したかと思ったら、少し見ない間にずいぶん大人っぽくなったねぇ?垢抜けたというか…」


「サーバルちゃんにフラれてきたんだよ、フェネちゃんと… ほら、ああいうことになったでしょ?だからって訳でもないんだけど、僕の心はこのままでいいのかな?って思ったんだ?だから…」


 そう… ひとつの切っ掛けとしてフェネちゃんとのアレは僕を行動させるに十分な効力を発揮していた。


「それだけじゃあないんでしょ?」


「うん…」


 そうだ、それだけじゃない… いやそれどころの騒ぎではない。


「フェネちゃんあの… 僕フェネちゃんの気持ちは嬉しいんだ?あんな風に気持ちを伝えられたことなかったから、それに女の子からあんな風にするのってすごく勇気のいることだと思うんだ?えっと… だからつまり、その…」 


 いざこういう場面になると、こんなに言いにくいものなのかと今痛感している。

 

 ごめんなさい… ってことは、どんなにやんわり伝えても相手を拒絶するということだ、どんなに優しく伝えても相手を少なからず傷つける。

 そして誰しも嫌われたくはない、僕自身もスナ姉への愛を証明するためとは言えフェネちゃんを拒絶する、それがなかなかできずにいた…。

 

 言わなきゃ、でも…。


 そんなダメダメな僕を見かねたのか、彼女のほうから僕へ言葉が送られる。


「ねぇクロくん…?」


 彼女はこちらに目を向けず少しうつむきながら僕に語りかけていた。


「やっぱり優しいんだねー?私のこと、傷付けないようにしてくれてるんでしょ?」


「え…?」


「新しい恋… ちゃんとできたんだね?そうでしょ?」

 

 結局、言わせてしまった。

 僕もここまできて、否定なんかしない。


「うん… できた」


「あの子となら、代わりじゃなくってちゃんと好きでいられそう?仲良くやっていけそうかい?」


「わかんない… でも絶対大事にしようって、絶対幸せにしたいってそうは思う」


 先のことなんかわかんないけど…。


「だってそうすればきっと… 僕が幸せになれるから」


 スナ姉となら大丈夫だ、どこへだっていける… 一緒ならどこにいても幸せになれる。


 そして僕の答えに対し少し間を置くと、彼女はまるでいつもと同じような口調で答えた。


「それならよかったー?あの子も不思議ちゃんだからさー?クロくん大変そうだなーって思ったんだ~?でもその分なら、なんか平気そうだねー?」


「フェネちゃん…」


「なーに?」


「ごめんね?あそこまでしてくれたのに、気持ちを踏みにじるみたいになって…」


 彼女は情けない僕のために助け船を出してくれたんだろうと思う、だからこうして自然な流れで僕も断ることができた。


 僕が言うとなんか偉そうになるけど、彼女は自分がフラれるための手助けをしてくれたってことだ。


 加えて彼女は言ったんだ。


「フフ、やだなぁクロくん?あんなのからかったに決まってるじゃないか~?クロくん可愛いからー?少しいじめたくなっちゃったんだよ~?だから、嘘に決まってるじゃないか?あんなの… 嘘に…」


 泣いてる… 彼女は背を向けて悟られまいとしているが顔を見なくたってわかる、声も震えてしどろもどろになっているんだもの。


 僕が責任を感じないようにわざとあんなことを言ってるんだ。


 頭が上がらない…。


 僕ってどこまでフェネちゃんに迷惑をかけて傷付ければ気が済むんだよ…!


 僕はそこからなにも言えなかった、すると彼女は「またね?」って背を向けたまま階段を上がって外へ出ていってしまった。


 僕はといえば。


「ごめん… ごめんね…」


 これが正しいことなのだけど、こうして彼女の心を傷付け踏みにじった事実に、ひたすら涙するしかなかった。



 僕は弱い… とてつもなく弱い。







 


「あぁフェネック!またいなくなったみたいだから心配してたのだ!一体どこへ行って… フェネック?」


 フェネックが図書館の外に出ると丁度彼女を探していたというアライグマと会った


 しかしいまのフェネックはいつもと違う、大きく心を揺さぶられたあとである。


「アライさん… グスン なんでもないんだ?ごめ、ごめんね…?」


 階段を上がりきるころ、彼女もまた涙を堪えきれなくなっていた。


「どうして泣いているのだ!?どこか痛いのだ?誰かになにかされたのだ?そんなやつアライさんがやっつけてやるのだ!すぐに案内するのだ!」


「違うよアライさん?眠れないから泣ける本を読んでいたのさー?たから誰も悪くないよ?でもどーもありがとうアライさん?」


 いつもの調子で涙を誤魔化したフェネックだったが、そもそも彼女自身がいつもの彼女ではない。


 最も付き合いの長いアライグマには、そんなことはお見通しだった。


「それは嘘なのだフェネック… あまりアライさんを見くびらないでほしいのだ?なにかあったことくらいアライさんすぐにわかるのだ!何年一緒にいると思っているのだ?でも言えないなら仕方のないことなのだ… 仕方ないが、でもせめて力にはなりたいのだ!」


「アライさん… ごめんね…」


「水くさいのだフェネック!謝る必要はないのだ!泣きたいときは胸を貸すのだ!」


 笑顔で大きく腕を広げたアライグマの懐へ、悲しみを堪えきれないフェネックは思わず飛び付いた。


「よしよしなのだ!大丈夫なのだ!アライさんがいつでもついているのだ!」


「ふぇぇアライさぁん…!」


 フェネックは思っていた、この悲しみは彼を本気で好きだった証拠であると。


 そして、本当にアライさんについてきて良かったと…。









「やりますね?自分のせいで生まれた悲しみに自らフォローをいれるとは」


「そんなんじゃないです…」


 少し離れた木の上で、博士は二人を見るフレンズに向かい話しかけていた。


「スナネコ、それにしてもサーバルのことで頭がいっぱいだったあのクロを見事ものにしてしまうとは…」


「そんな言い方はよくありません、タイミングが良かっただけです… あぁして泣いていますが、クロがフェネックに振り向いていてもなにもおかしくなかったんです」


 寝ていたアライグマを起こしフェネックを迎えに行かせたのはスナネコだった、クロの様子を見て家出の原因となったのがフェネックだと気付いていたのだ。


「そうですか… それにしても、まさか本当に三角関係になっていたとは」


「三人の様子に気付いてたのですかぁ?さすがは長ですね?」


「今ので確信しただけなのです、助手はなにも言わずに心に蓋をしたようですが…」


 フェネックだけではない、助手の様子にも二人は気付いていた。


 判断材料がここで全て揃ったのだ。


「つまり、フェネックが先にクロに迫ったが助手はそれを妨害していた…?」


「そのあとフェネックに言い負けたんでしょうね?それで家出する前の空気が出来上がったわけです、ボクの勘ですけどねぇ?」


 最終的に漁夫の利的にスナネコがクロを勝ち取った… というような状況だが、スナネコ本人もこれには少し罪を感じていた。


「博士、実はボクはとても悪いフレンズです… 人の心を弄ぶ大悪党なんです」


「何を… 下らないことを言ってないでクロのところへ行ってやるのです、今のクロはお前が一番の心の拠り所なのです」


「もちろん行きます、クロとの時間は特に大事にしないと…」


「スナネコ?お前もしかして妙なことを考えてはいませんか?」


「何も… じゃあ失礼します、クロに会いたいので」


 そう言うとスナネコは愛する彼の元へ早々に足を運ばせる。


 月明かりに照らされる彼女の足取りはウキウキとして… でもどこか必死さのようなものを感じさせていた。

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