第46話 パパに任しとけ

 キョウシュウに戻ってから。


 言われた通りカコ先生のサンドスタードリンクを1日コップ一杯飲ませている。


 大量に持ってきたし作り方も聞いた、急に進行がぐっと早まるようなことがなければ大丈夫、大丈夫なはずなんだ。


 みんなもよく遊びに来てくれてクロも楽しそうにしている、進行は今のところ停滞して順調と思われる。


 このまま例の“反転”という現象が起きてくれれば体内のサンドスターロウは一時的にサンドスターに変わりクロは正常に戻る、そうすれば父さん達が来てけもハーモニーを発生させる機械でクロの中の悪いものは全て消しさることができる。


 そのあとは俺と先生でじっくりコントロールを教えてやればよい、クロならきっと俺も先生も超えてしまうサンドスターの達人になれるはずだ。



 子供たちの誕生日まであと約1ヶ月だ…。




「クロ、安定してくれてますね?」


「いや、でもまだ反転が起きていない… まだまだ油断はできないよ」


 もしも間に合わなかったら?けもハーモニーでもダメだったら?


 その時、俺は親として石を砕かなくてはならない。


 目の前で自分の子供が爆ぜるところを見なくてはならない、我が子を手に掛けなくてはならない。


 そんなの、できる気がしない…。






「ねぇママ?」


「なぁに?」


「サーバルちゃんはいつ結婚するのかな?」


 ある日クロがこんなことを言ってきたそうだ、この話題で表情ひとつ変えないところを見るにいよいよ感情が失われてきたのかもしれない。


 停滞ではなく遅らせていただけということだ、確実に進行はしている。


「結婚したらいなくなっちゃうのかな?どこか遠いところに住むのかな?」


 妻は答えられなかった、心の傷が進行を早めてしまうため皆言動には気を使っていた、この話題では何を言っても悲しませるだけだと思っていたからだ。


「ママもわからないの?」


「うん… 今度、聞いてみるね?」


「うんん、いいや?多分間に合わないから」


 妻はまた何も言えず泣くしかなかった…。


 なんでそんな悲しいこと言うんだよ?もっとがんばれよ!もうちょっとしたら父さん達が助けにきてくれるんだぞ!


 そしたらまた前にみたいに耳引っ張って起こしてくれよ?いつもみたいにユキと早起きしてイタズラしにこいよ?


 まったく… 親不孝もいいとこだぞ。


 

 だから…。

 


 絶対助けてやるからな。



 

「シロ カバン 子供達ノ誕生日マデ アト3日ダヨ」


「「!?」」


 ある日の朝、妻の腕に付けられたラッキーがそれを知らせてくれた。


「シロさん!」

「やった!これなら間に合う!よかった!」

 

 それを聞いたとき嬉しくって二人で強く抱き合った。


 ついにここまで来た、クロはまだ大丈夫だ。


 約2ヶ月耐えたんだ、3日ぐらいなんてことはないさ。


 やっぱり先生はすごい、あの時は焦ってキツく当たってしまったがきっとここまで計算に入っていたんだ、クロが良くなったらお詫びの品と一緒に謝らないと、あと感謝!とにかく感謝だ!


「クロ!具合はどうだ?」


「平気、でも変なんだ?すごく怖かったのにもう全然怖くない、お腹が空かないからご飯も食べなくていいし眠くないから眠らなくてもいいんだよ?」


 こっちも、かなり進んでるな…。


 でも大丈夫だ!もう心配いらないんだ!


「クロ、もうすぐ誕生日だぞ?いくつになるか分かるか?」


「うん、5才」


「もうすぐだ、そしたらじぃじ達がきてすごい機械で病気を治してくれるからな?よく頑張ったな?あとちょっとだからもう少しがんばろうな?」


「そっかぁ」


 まるで興味が無いって顔してる、生きようが死のうがもうどうでも良くなってるとでも言うのだろうか?


 妻はそんなクロの姿を見ていられず顔を覆って泣いている、俺は「大丈夫、大丈夫だから」と慰めて髪を撫でた。


 希望を捨ててはいけない、そうだ!


「クロ、元気になったら何がしたい?行きたい場所はあるか?会いたいフレンズさんとかやりたいこととかなにか食べたいものは?お前の食べたいものなんでも作るよ、誕生日と治ったお祝いだ!」


 俺の言葉に光を失った目でじっとこちらを見て考えている

 

「なんでも言ってくれ?パパがぜーんぶ叶えてやる」


 すると言葉が決まったのかゆっくりポツリポツリと話し始めた、俺はそれに黙って耳を傾け手を握った… もうその手には伝わらないであろう感触、握り返してはくれないが俺は黙って手を握り続けた。



「じゃあ、遊園地に行きたいな?みんなで遊びたい、温泉もカフェも行きたいしロッジでお泊まりもしたい、ジャガーちゃんのイカダも滑り台もしたいな?あとおばちゃんのお城も行きたい、ししょーのとこのお姉ちゃんたちにも会いたいしスナねぇちゃんにも会いたいな… みんなに会いたい、全部行きたい」


「あぁ、それじゃあ島を一周しよう?ママもユキも連れて島のちほー全部を回るんだ、楽しそうだろ?」


「楽しそう、約束だよ?」


「パパに任しとけ?男の約束だ!」


 少しでも元気になってくれればそれでいい、だからその約束を守るために今はただ耐えてほしい。


 俺はその約束を必ず守る。


 だからクロ?お前もそのために生き延びるんだ、頼む。


「あとね…?」


「うん?」


「パパのカレーライスが食べたいな?」


「サーバルちゃんのじゃなくていいのか?」


「今はパパのがいい…」


「そっか、じゃあ最高にウマイやつを作るよ?楽しみにしててくれ」


 あと3日だ、そしたら助かるんだ。


 でも…。


 時に現実はどこまでも非情で、俺達が抱いていた淡い希望なんてあっさりと打ち砕いてしまうんだ。





 誕生日の前日。



 月の綺麗な夜だった、その日の晩にクロはじっと月を眺めていた。


 雲ひとつない夜空に輝く満月に引かれていたのかもしれない、セルリアン化が進行している証拠である。


 そしてその時。


「うぅ… ううぅ… !」


「クロ!?どうしたの!?苦しいの!?」


「ママ!クロはどうしたの!?」 


「クロちゃん!大丈夫!?クロちゃん!」


 容態は急変した…。


 もうとっくに限界だったんだ、なのにここまで耐えてくれていたんだ。


 他でもない俺たちのために… 期待に応えるために必死に心を繋いでいたんだ。


 でももうダメだったんだ。


 クロは苦しんで苦しんで… 体から黒い煙のようなものをあげ始めている。


 サンドスターロウが溢れている。


「シロ… 方法はないのですか?」

「すまないのです、そもそもは私がちゃんと見てさえいれば!」


「シロちゃん!クロちゃんが!クロちゃんが…!?」


「シロさぁん!」

「パパぁ!」


「…」


 俺は苦しむクロをなにも言わず抱き締めた。


 するとその時、クロが喋り始めたのだ。


 俺に対してなのかみんなに対してなのかそれはわからない、でもとにかく話してくれた。


 息を上げながら残った感情を燃やして精一杯今の気持ちを口にしていた。



「パ…パ…」


「ここにいるよ」


「ママ…は…?」


「みんないる、ユキもサーバルちゃんも博士達も…」


「みんな… 泣いてるの? ぼくの…せいだね…」


 違う…!違う違う違う違う違う!お前は悪くなんてないんだ!全部俺が悪いんだ!俺がもっと普通だったらお前を苦しませることなんてなかった!小さなお前にこんなに気を使わせることもなかった!


「ごめんクロ… ごめん!ごめんな…!」


 絞り出された俺の言葉が届いていないかのように、クロも絞り出したように話始める。


 ずっと思っていたことを。


「ぼくは… 死ぬんじゃなくて、セルリアンになるんだよね? やだなぁ… みんなにイジワルして困らせるセルリアンなんて… 大きくなったらパパみたいに強くなって、サーバルちゃんをお嫁さんにしたかったなぁ… 僕が守ってあげたかったなぁ…?」


 「ぇ…」と後ろで小さく声がした、クロの気持ちに彼女が初めて気付いた瞬間だった。


「パパ… ぼくが悪いセルリアンになったら… すぐにやっつけてね…?イジワル…したくないから…」


 返事はできなかった。


 息子に手を掛けることの了承なんてしたくなかった。


 それがクロの願いで正しいことだとしても、それは俺にはできないと思ったからだ。


 辛すぎる。


 こんなの辛すぎる。


「みんな… いっぱい迷惑かけて… ごめんなさい…」


「謝るなよ!お前が悪いことなんてひとつもないんだ!」




 なんで謝るんだよ?なんでお前は…。




「ぼくサーバルちゃんに… ちゃんと謝らないと… ごめんなさい… いっぱいヤキモチ妬いて… おめでとうって言えなくって…」


「クロちゃん…?クロちゃんやだよ!わたしクロちゃんのことなんにも… なにもわかってあげれなくていっぱい傷つけたのに!消えちゃやだよ!わたしにも謝らせてよ!もっとお喋りしようよ!たくさん遊ぼうよ!」


「ぼくが… サーバルちゃんと結婚したかっなぁ… だって… 大好きなんだもん…」


 やがて全身を俺の体に預けてダランと腕を下ろしていた。


 限界だ…。



「おめでとうって… 言わないと… ユキおばぁちゃんに… 言われたから


サーバルちゃん… ごめん… なさい…


おめで… 」






 その言葉を言いきる前に意識が途切れた、それに合わせて黒い煙が体を包み始める。


「クロ!?いや…!クロぉ!?」


「クロ起きて!起きてよぉ…!グスン」 


「こんな…こんな残酷なことがあっていいのですか!」

「私の、私のせいです!全て私が!」


「クロちゃんダメだよ!起きて!起きてよ!いやだよ!クロちゃんお願い起きて!やだぁ!」



 クロの首の裏に石がある。


 確かに無機質な冷たい感触があるのがわかる、じきにクロはセルリアンとして俺達に襲いかかる。



 ダメだ。



 ダメだクロ!戻ってこい…!


 約束守らせてくれよ!行きたいとこたくさんあるんだろ?カレーライス作ってほしいんだろ?



 クソ…!ダメなのか!どうしようもないのかよ?



 いや、まだできることがあるッ!



 ふと思い出した、カコ先生との会話。


 “先生… サンドスターロウのコントロール… 本当にできないんですか?


 言ったはずよ、四神にしかできないと…”



 だからなんだよ。


 子供も救えないで何が父親だ!




「かばんちゃん、みんなも… 俺が今からやることを決して止めないでくれ」


「何をするんですか?」


 俺は返事も待たず グッ と弱点の石をその手に握りしめた。


「いや!シロちゃんやめて!お願いクロちゃんを殺さないで!」


 クロから引き剥がそうとするサーバルちゃんを気にも止めず俺は妻にあることを頼んだ。


「かばんちゃん、残りのサンドスタードリンク全部持ってきてほしい…」


「…嫌です」


「頼むよ、時間がない… 何とかする、必ず何とかしてみせるから」


「でもシロさんはどうするんですか!」


「俺は家族を置いていなくなったりしない!約束する!」


 

 そうだ、俺は負けるつもりはない。


 必ず救ってみせる。


 息子を助けられるならなんだってやってみせる、それが不可能だって言われても絶対に助けてみせる!


「……… わかりました!」


 ごめんかばんちゃん、ありがとう。


「シロ、やめるのです… お前までセルリアンに!」

「これ以上犠牲を増やしてはなりません!」

 

「信じてくれ、なんとかしてみせる」


 博士達は口では止めているが行動までは起こしていない、二人ももし助かるならと心の奥で希望を信じているのかもしれない。


「ユウキ…」


「母さん、親の責任だ… 俺のワガママを聞いてほしいんだ?頼むよ、母さんが俺にしてくれたように俺もクロを助けたいんだ」


「ダメよユウキ、ママと同じになっちゃダメ… お願い…」


 俺はそれを無視した…。


 母さんが俺を助けたように、俺もクロを助けてみせる。


 俺のエゴでこうなったも同然なのだから、俺はクロを絶対に助ける。


 このままお前は大人になって幸せに暮らす権利がある、俺は親としてそれを守る義務がある。



 例え自分を犠牲にしてでも子供の幸せは守ってみせる。



 サンドスターロウがなんだ!クロから出ていけ!この子の人生を奪わせはしない!



 母さんも、そう思ったから俺を助けてくれたんでしょ?



「シロちゃん?なにするの…?」


「クロのサンドスターロウを全て吸い出すんだ、離れててくれサーバルちゃん…」


 首の裏の石に右手を置いてクロのサンドスターの流れを感じとる…。


 よし…。


「今助けてやるからなクロ?


 パパに…


 任しとけ…!」 





 瞬間、暗く禍々しいものが流れ込み俺の体を蝕んでいくのがわかった。


 



「ガァァァァァァァァッッッ!?!?!?」









 

 暗い暗い闇の中、そんなところでクロユキは目を覚ました。


 目の前には女の子が立っている。


「ここはどこ?お姉ちゃんは?緑色の… サーバルちゃん?」


 目の前にいる女の子はサーバルによく似たフレンズだった。


「セーバルだよ、この前はジャパマンありがとうね?君はとても愛されてるね?」


「セーバルちゃん?火山のセーバルちゃん?」


「そうだよ?ところで光は見える?」


「見える、あそこ…」


 クロユキが指差す先にはスーッと一筋光が通っていた。

 セーバルが「そこに走って」と指示するとクロユキは何も考えずに走った、振り返らずに走り続けた。


 なぜかそうするべきだと感じていた、そしてやがてクロユキは光の中へ消えていった。


「さて、次のお客さんの相手をしないとね」


 セーバルはクロユキが消えるのを見届けると、暗闇に向かいそう言い残した。





 



 クロユキが次に目を覚ます時、それは見慣れた寝室、窓から差し込む太陽の光、青々とした緑の匂い、そして鳥の声。


 自分は確か目もよく見えないし匂いもわからなくなり、空腹もなければ眠くることもなくなっていたはず。


 体を動かすと手がわかる、足もわかる、何かに触れている感覚も布団の温かさもよくわかる。


 あれは悪い夢だったのだろうか?とクロユキは首を傾げた。


 ベッドを降りて寝室を出ると家には誰もおらずそこにはラッキービーストだけが静かに佇んでいる。


「クロ 誕生日オメデトウ 5才ニナッタネ」


「ありがとうラッキー」


 今日はクロユキとシラユキの誕生日だ。


 まだ少しボーッとしていたクロユキだったが、確かにあったあの悪夢のような日々よりも家族の行方が気になった。

 家には気配がない、きっとシラユキは自分よりも早起きしていて父と母はパーティーの用意をしているんだと良い方向に思考をまとめた。


 彼は扉を開けて家を出た。


 見慣れた外の風景、なぜかとても久しぶりに感じる。


 周りから声がするのでクロユキはそこに向かう。


「クロ!おはようなのです!おめでとうなのです!」

「おはようなのですクロ?お誕生日おめでとうなのです」


「ハカセとジョシュ… おはよう!」


 長の二人は優しく頭を撫でてくれた。


 父や母はどこか?と尋ねたところ、飾り付けやらなにやらをしているらしいと聞き、とにかく会いたくてそこまで走った。


 なぜか体が以前より軽い気がした。


「あ!クロだ!ママ!サーバルちゃん!クロが起きたよ!」

「ほんとだー!起きたんだね!おはよークロちゃん!」

「クロ…!こっちにおいで?」


 双子の妹と憧れのお姉ちゃんと大好きな母… クロユキは腕を広げる母のもとに飛び込んだ。


「ふふ、お誕生日おめでとうクロ?よく眠ってたね?」


「おめでとうクロちゃん!5才だって!すっごーい!」


「クロは寝坊助だねー!ユキの方がずーっと早起きしたもーん!」


 とてもとても幸せだった… あの辛い日々はなんだったのだろうか?長く恐ろしい悪夢だったのか?


 そんな風に割りきってしまうくらいに幸せを感じた。


 だがふと… 父の姿が無いことに気付いた。


「パパはどこ?」


 クロユキは母に尋ねた。

 

「…」


「ママ?パパは?」


 一瞬目を逸らし複雑そうな表情をした母にもう一度尋ねた、するとすぐにいつもの優しい笑顔に戻り母は言った


「みんなのごはんを作ってるんだよ?パーティーだから大変そうだけど、おはようしておいで?」


 母はどこか寂しげな表情で教えてくれた。


 だがクロユキは安心感を覚えた。


 なぜか父には会えないのではないかと不安だったのだ、頭には最後に聞こえた父の言葉が響いている「パパに任しとけ…」


 パパに任しとけ… パパに任しとけ…


 とても頼もしく優しい言葉だ、クロユキ自信も将来何かの時に使いたいと思うほどに。


 でもなぜか寂しげなその声に不安を覚えたクロユキは、すぐに厨房まで走った。


 そこに行けば父はいる。


 いつものようにみんなの食事を用意しているに違いない、歌って踊りながらフライパンの上の物をかき混ぜたりして楽しそうに料理をしているんだ、そうに決まっている。



 厨房に着くとクロユキは叫ぶ。



「パパ…!」 






 厨房には…。






「おはようクロ!誕生日おめでとう!カレーだったよな?今作ってるから、お昼にみんなが来たら食べような?」




 父がいた…。

 笑っておめでとうと言ってくれた。




 そんな元気な父の姿にクロユキは安堵した。



 しかし…。



 クロユキは同時に父の姿に少し違和感を覚えた。


 父は息子クロユキを抱き上げていつものように笑っているが…。





 そこにあるはずの猫耳と尻尾は、父… シロから消滅していた。

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