第45話 はんてん
「クロちゃん、起きてる?」
「あ、サーバルちゃん…?」
その晩すっかり弱ってしまったクロユキが心配になりサーバルは寝室に顔を出していた。
いつもの明るい笑顔はない、先日の一件ですっかり落ち込んでしまったのももちろんあるが、彼女は責任を感じていたのだ。
もしかすると、クロユキの病気は自分のせいではないのかと。
「具合どう?」
「みんながいっぱいお話ししてくれたから少し元気になったよ」
「そうなんだ、良かった…」
クロユキは確かにサーバルの方を向いていたが、決して目は合わなかった。
否… 合わせることはできない、クロユキにはもうぼんやりとサーバルの輪郭しか見えていない、彼の目には人の形をした光体が見えているだけ。
最早声で誰かを判断するしかない
あるいは…。
「光の違いで誰かわかるようになったんだ」
「光?」
「うん、パパはみんなより少ないけどみんなと動き方が違ってて、ママはぎゅうっと詰まってるみたいで、ユキは二つあるんだけど、片方はきっとおばあちゃんだと思う、サーバルちゃんは…」
サーバルを見て少し首を傾げると、とても疲れた笑みを小さく浮かべて彼は言った。
「なんだか悲しそう…」
「え?」
今のクロユキの目には見えている、サンドスターの流れや強弱、その種類も…。
それは大きく緩やかだったり、時に静かだが爛々と輝きを灯していたり。
そしてサーバルの光は、とても弱々しく彼の目に映っていた。
「ごめんなさい…」
「え、どうして?どうしてクロちゃんが謝るの?」
「だってぼくがいっぱい酷いこと言ったからサーバルちゃんは悲しんでるんでしょ?、ご飯の時ママに怒られたのもちゃんと覚えてるよ?サーバルちゃんごめんなさい、ご飯… 食べれなくて」
謝りたいのはサーバルの方だった、クロユキの食事が進まなかったのは病気のせいだ、なのに自分はまるで被害者みたいに「おいしくない」「いらない」と言われてはその言葉に傷ついているだけ。
本当の被害者はクロユキだ。
もしかすると風邪の看病の時に自分が心ないことを言って傷付けてしまったからセルリアンに付け入る隙を与えたのではないか?サーバルはそんな風に自分を責めていた。
なのに彼は自分が悪かったと謝っている、サーバルが悲しんでいるのが分かるから。
「違うよ!違うよクロちゃん!謝ることないんだよ!わたしこそごめんね?きっとわたしがクロちゃんを傷つけるようなこと言っちゃったんだよね?だからこんなに弱っちゃって、ご飯も食べれなくなっちゃって…」
「うんん… 多分バチが当たったんだよ?サーバルちゃんをたくさん泣かせたから… パパが言ってたんだ?女の子を泣かせるとバチが当たるぞって、それに今もサーバルちゃんは泣いてるもん」
目は合わないがしっかりとサーバルを見てくたびれた笑顔を向けている、本当は恐くて辛くて悲しくて。
そんな気持ちのはずなのに、クロユキはそれでも優しかった。
感情が消えゆくはずのこの病気でも、まだ優しかった。
「泣いてないよ!だからクロちゃんはバチが当たったりしないよ!これから幸せになるんだよ!グス… またお外で遊ぼう?森をお散歩していろんなお花のことを教えてよ?ご飯もおいしく作るから!なんでも作ってみせるから!」
「泣いてるじゃん…」
「みゃあ~!泣いてないよぉ…!グス…ヒッグ」
…
翌日、早朝。
海は荒れてない、船出日和だ…。
「クロ?起きてるか?」
「パパおはよう」
俺は挨拶を返しベッドの端に座り込むとクロを膝に乗せた。
焦点の合わない目でこちらを見る息子を見ているとさすがに笑顔ではいられないが大丈夫だ、すぐに治してみせる。
「カコおばあちゃんのとこに行こう?助手も一緒だ」
「カコばぁば?じぃじ達が来たの?」
「いや、パパの持ってる小さい船があるからそれに乗っていく… カコ先生はなんでもできるからきっとクロを治してくれる、会いに行こう?」
「うん…」
表情の変化が少なくなってるが笑っているのは分かる、そのまま前向きでいてくれ。
俺がクロを抱え助手が俺を抱える、そうして港へ向かった。
助手には少し負担をかけるが気を使ってる余裕もない、少し頑張ってもらおう。
「シロさん?クロをお願いします」
「かばんちゃんも、ユキを頼むね?」
「クロ早く元気になって遊ぼーね?」
「うん…」
いってきます!
助手に掴まり飛び上がるとすぐにキョウシュウを一望できるほど高いところまできた、この景色を今のクロは見ることができない、帰りは見せてやりたいな。
すぐに港に着き俺達は船に乗り込んだ、この船も8年ぶりくらいだろうか?燃料は前もって満タンだ、ゴコクまでかっとばすぞ。
船内ではクロが退屈したり塞ぎ込んだりしないように助手が話し相手になっている、何かお話を聞かせたり、しりとりしたり… 因に状態は膝枕だ。
「ま、待つのです!る… る… 流浪!」
「漆塗り」
「り、りす!」
「スタイル」
「また“る”なのです… もう思い付かないのです…」
しりとり強いなクロ…。
だけど元気そうだ、少し安心した。
…
特に問題もなくゴコクの港に着いた、早急にカコ先生のとこへ飛んでもらおう。
「森の開けたところに家がある、そこが先生の家!じゃあ助手、頼むよ!」
「掴まるのです!」
助手に抱えられてカコハウスへ飛んだ俺達はすぐに家のドアを叩いた、あまり余裕がない!頼む先生、居てくれ!
ドンドンドン
「先生ユウキです!先生いませんか!?」
ガチャン とすぐにドアが開いた、だが出てきたのは先生ではない、青い髪をフードで隠す彼女。
「なんだ騒々しい!あん?シロか?どうした?まだ時期には少し早いよな… 珍しいやつがいるようだが、助手だよな?なんだしばらくだな?」
「ツチノコちゃん!詳しくはあとで話す、先生はどこだ!早く会わせてくれ!」
焦っていた俺はがっしりと肩を掴み血走った目で彼女に訴えかけていた、グラグラと揺らしてさぞかし驚かせたことだろう。
そんな俺を見て彼女は逆に掴みかかってくると俺を怒鳴り付けた。
「なんだよ!なんか知らんが落ち着け!何があった!言ってみろ!」
「…ッ くぅ… クロが…」
「おい、クロがどうした?」
後ろの助手が抱き抱えるクロの存在に気付いたのか、ツチノコちゃんは俺をぐいっとどかしてクロに近寄った。
「クロ?久しぶりだな?どうした?」
声をかけてクロの様子を伺っている、その時彼女は当時の俺のことでも思い出したのか小さく驚きの声を出したのがわかった。
「ツチノコ… ちゃん…?」
「クロ、お前まさか…」
「察したのでしょうツチノコ?カコという者に早急に会わせるのです、クロを… 助けてほしいのです…」
事態は一刻の猶予もないことをわかってくれたのかすぐに家に招き入れてくれた、どうやら先生はお風呂掃除をしていたらしい。
「どうしたのツチノコ?」と薄着で現れた先生は俺を見て驚いていたが、すぐに事情を察すると白衣を羽織りベッドにクロを寝かせるように指示をした。
「クロユキくん?おばぁちゃんよ?分かる?」
「カコばぁば?カコばぁばは凄く明るいんだね?眩しいや…」
「明るい?」
やっぱり、クロにはサンドスターだけが見えているのか?なんども見るうちにそうやって人を判別することを覚えていたみたいだ、そしてクロの言動から察するにどうやら先生はかなりのサンドスターを保有してるように見えているみたいだ。
先生には病気のことと今の状況、これまでの経緯を全て話した。
それらをまとめた上で先生には治療法を見付けてもらいたい。
できる、先生ならきっとできる…。
俺達は部屋を移り情報を整理する。
…
「これは…」
「どうしたんですか?」
「ユウキくん?クロユキくんは最初にLBでスキャンしたときも異常は無く、火山に登ったときも変化はなかった… だからあなたの体質を受け継いでないとそう思ったのね?」
そう、それで間違いない。
確かに異常はなかった、クロもユキも普通の子供だった。
「そして風邪で熱を出したとき、その時も問題はなかった… 証拠にシラユキちゃんは無事、つまり未知のウィルスというわけでもないただの風邪ということ、ではなぜクロユキくんだけがこうなったのか?」
先生の話しは飽くまで仮説だということを前置きして続けられた。
「第一に、切っ掛けは助手さんが責任を感じているその件で間違いないと思う…」
でもその時点では何も起きなかった、先生はその点に関してクロの症状の進行… 初めは早かったのにあるタイミングで遅滞し始めたことを考えるとひとつの答えにたどり着いたと話す。
「後から症状が出てきたことを考えると私は思う、サンドスターの“反転”が起きたんじゃないかって」
「「「反転?」」」
つまり、クロにはさらに特殊な体質があることを示す。
吸収し反転させる能力… 早い話サンドスターロウでも都合よく自分の力に変換できるということだ。
でもだとしたらなぜまたロウの方に反転しまったのか。
「反転とか言うのが起きたとしたらスキャンに反応しなかったのも説明がつくな?」
「しかしそれなら何故今更このようなことになったのです?」
「恐らくサンドスターロウは反転しても元のような物が残ってしまうのね、あるいは記憶されてしまったとしか…」
ではその反転の理由はそもそもなんなんだという話になる、これに関しても先生はすでに答えを出している。
それはずばり“心の問題”。
症状の遅滞に関してはみんなに元気付けられることで抑制されているとすでに結果が出ている、「がんばれ」と応援されたり楽しく話したりと、それで明るくなった心が浸食を防いでくれるのだ。
それを前提とすると結果は見えてくる。
「ユウキくん、もしかしてこうなるまでにクロユキくんは“とても辛いこと”があったんじゃない?」
とても辛いこと…。
クロにとってとても辛いこと。
あったよな?身を削られるほどの辛さが。
そうだ、クロは失恋したんだ。
サーバルちゃんがシンザキさんと結婚することを本人から聞かされたあの日だ。
「時期も合う… それで間違いないわね」
悪い偶然が何度も重なったんだ。
サンドスターロウの種を植え付けられ、風邪で弱ったところにひょんなことから心にダメージを受けた。
その瞬間反転していたはずのサンドスターロウがまた反転、クロのサンドスターを食らい始めた。
助手が悪いわけではない、サーバルちゃんが悪いとも思わない… ただ、どれも小さなクロには早すぎる出来事だったんだ。
「先生、治すには… 治すにはどうしたらいいんですか?」
「けもハーモニーの奇跡に期待するか… あるいは一度クロユキくんのサンドスターを全て排出してまた一から回復を待てばもしかすると… でもそんなことはできない、できないのよ」
「助からないって言いたいんですか?」
「違うわ、サンドスタードリンクを飲ませてロウの浸食を引き伸ばすことはできる、ミライたちがくるまで耐えてくれたら…」
「進行が早いんです!父さん達を待ってる時間はない!」
落ち着け… そうしてみんなにもなだめられたが俺にもそんな余裕はない、ならどうすればいい?
サンドスターを入れ換えるなんてできるのかよ!ペットボトルの水じゃないんだぞ!
一度出してから… もう一度…。
一度出す… 全て…。
そうだ、俺ならそれができるんじゃないのか?サンドスターを入れ換えることが!
「先生」
「なに…?」
「サンドスターロウのコントロール… 本当にできないんですか?」
その場はシンと静まり返り、少しすると睨み付けるような目を俺に向けて先生は答えた。
「言ったはずよ、四神にしかできないと…」
「フレンズはそもそもサンドスターロウが体に入ることはない、やってみないとわかりませんよね?」
「そういう問題じゃないの、根本的に無理なのよ… ユウキくんの考えてることは分かる、バカな真似はやめて?いいわね?」
バカな真似?
バカな真似なのはわかってるんだよ!でも、それよりもっとバカなことがある。
「尤もバカなことそれは、息子が目の前でセルリアンに変わってしまうのをむざむざ諦めるしかないことだと思いませんか?」
「諦めるなんて言ってないわ、何とかミライたちが来るまで持ち堪えさせるのよ」
「父さん達がくるまで2ヵ月以上あるんですよ!クロがこうなるまでほんの数日のことでした!サンドスターコントロールを教えている時間もない!だったら…!」
焦った俺は声を荒げ先生を問い詰めた。
俺の出した答えそれは…。
「俺が全部吸いとってクロの代わりに処理すればいい!違いますか!!!!」
俺には言わずもがな吸収能力がある、そしてまたロウを吸収してしまった時のためにサンドスターコントロールを覚えた。
原理としては体に入ってきたときに元からあるサンドスターでロウを押し出して外に排出する、少量のうちに手を打てば十分に間に合う方法。
「クロユキくんの体内にあるサンドスターロウはすでにあなたの許容量を越えている、そんな膨大な量を取り込んだりしたら、下手すれば親子揃ってセルリアンになってしまう」
「だから聞いたんです、サンドスターロウはコントロールできないのかって!」
「無理よ、これは努力すればとかそういう問題ではないの!手を出してはダメ、まさに神の領域なの!」
だからって… だからって諦めていいのかよ!もしセルリアンになってしまったら、子供を手に掛けろというのか?
できるわけがないだろッッッ!!!
「お願い… サンドスタードリンクはありったけ用意する、みんなで元気付けてもう一度反転が起こればまだ間に合うはずよ?お願いユウキくん、家族のために無茶はしないで?あなたにはかばんちゃんもシラユキちゃんもいるのよ?」
“反転”という新しい能力をクロが持っていることがわかった、仮説だが間違いないと俺は思う、先生が言うなら間違いないのだろうと思う。
そして奇しくもそれは俺の体質の完成版と言えるだろう…。
コントロールはできないと散々言われたが、その反転があればサンドスターロウをサンドスターに変えられるんだ、戻るかもしれないデメリットがあってもつまりそれはサンドスターロウのコントロールに違いないんじゃないのか?
つまりクロは先生の言う神の領域に手が届くかもしれないってことだ。
だが、気付くのが遅すぎた。
すぐに覚えさせてやればよかったのに。
俺はバカだ…。
サンドスタードリンクを持てるだけ持った俺達は、そのまま足早にキョウシュウエリアに戻ることにした。
「行っちまったな…」
「ユウキくん… お願いだから無茶は…」
「オレも少し出る」
「どこへ?」
「神頼みなんて柄じゃないが、クロが助かるならお百度参りでもなんでもやってやるさ」
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