第44話 しんこう

「サンドスターロウ…?パパそれなに?ラッキーは何を言ってるの?」


「なんでもない、なんでもないんだクロ… 何も心配いらないよ?パパもママもユキも博士たちもサーバルちゃんも、島中のみんながお前の味方だからな?」


「パパどうしたの?苦しいよパパ… パパ泣いてるの?どうしたの?どこか痛いの?ねぇパパ?」


 俺は息子を強く抱き締めて、泣いた。


 後ろでアラートを続けるラッキーなんて意にも介さず、最悪の病に侵された息子を抱き締めて頭を撫で続けた。


「シロ?なにやら騒がしいですがなにかあったのですか?」


 チュウイ!チュウイ!サンドスターロウガ!…。


「は… 博士、ラッキービーストが…!」「シロ!どういうことですか!?我々に説明するのです!」


 …ケンシュツサレマシタ!チュウイ!チュウイ!


「…」


 何も言わなかった、何も言う必要はない。


 賢い二人にはなにが起きたのかすぐにわかっていると思ったからだ。


「こんなの嘘です… きっと夢です、そうでしょう…?」


 助手が希望を失ったようにその場に崩れ落ちた。


「ありえないのです、調べたはずなのです!コイツがポンコツなのです!かばんのラッキービーストに再検査させるのです!」


 受け入れがたい現実に博士もラッキーの故障を疑っているようだ、でも。


 これは現実だ。


「パパ…?」


「ん…?」


 抱き締めていた腕をゆっくりと緩めて肩に手を置き向かい合った、息子の顔には不安とか驚きとか怒りや悲しみなどいった感情は見られず、ただジッとこちらを見ていた。


「ぼくは病気なの?」


「いや… そうだ…」


 そんなことはない… そう言っても良かったのかも知れない、だが俺にはまっすぐこちらを見てそれを尋ねるクロに嘘をつくことができなかった、黙っていても仕方がない。


 仕方がないんだが…。


 しかし…!





 セルリ病…。

 

 と仮に呼んでいる。


 体内にサンドスターロウが混入してサンドスターを侵食する、やがて体はセルリアンに変質していく。


 始めに感覚が消え始める、俺の時は右手の痛覚からやがて全身の痛覚が消えた。

 その後右手の触覚が消えて続けて全身からも触覚が消えた。

 すぐに味覚も消え、間も無く視界は光の強弱と凹凸しかしかわからないようになった。


 そして首の裏に石、セルリアンの核になるものができた。


 クロはまだ初期段階だ、まだセルリアンじゃない… だからクロには石はない。


 まだ間に合う。


 間に合うはずだ…!


「シロさん?」


「かばんちゃん、クロが… クロが俺と同じ病気に…」


「う… そ?」


 先ほどまで息子を叱っていた妻もそれを聞くと顔が青冷め涙を流し、クロを抱き締めた。


 ごめん… ごめんね?

 

 と何度も何度も謝っていた。


 信じてやれずに怒号を飛ばし、挙げ句手を上げようとまでしたことを深く深く後悔している様子だった。


 クロが「もういいよ、大丈夫だよ」と言っても、妻は自分を許すことができずにただ謝り続けていた。


「サーバルちゃんとユキは?」 


「今母親が出てきてサーバルを慰めているのです」

「伝えてやりましょう?クロも悪気があるわけではないのだと…」



 翌日から俺はすぐに決心した。



 


「クロ、よく見てごらん?これがサンドスターだ」ボゥ


 手の上に光の玉を作り出しベッドで横になるクロに見せた。

 興味深いのか、クロは俺がサンドスターで作り出す色んな形の芸が好きだった… 今もまじまじと球体を見つめている。


「眩しいか?」


「大丈夫」


 これから俺はサンドスターコントロールをクロに教え込む、だからまずは理屈を教える。


 大丈夫だこの子は賢い、きっとすぐに覚えてくれる。


「いいかクロ?サンドスターはフレンズの体に必ずあるんだ、みんな必ず持ってるものなんだよ?」


「ぼくも?」


「もちろんだ、ユキもママもみんなの体に備わっているんだ?パパはカコおばあちゃんに習ったからサンドスターの扱いがとても上手いんだ、クロもやってみたくないか?」


「やってみたい!」


「よし、じゃあ上手にできたらみんなに自慢しような?」


 ほんの遊び感覚でいい、うまく使えさえすればいいんだから。

 

 俺は作り出したサンドスターの球体をそっとクロに手渡すことにした、実際手に持ってみればわかりやすいと思ったからだ。


「ほら、持ってごらん?」


「うん!」


 だが手に置いた瞬間球体が消えてしまった、飛散してしまった訳ではなく例えるなギュルンッと吸い込まれてしまったような感じだ。


「あれぇ?なくなっちゃった…」


 吸いとられた?やっぱり吸収能力が覚醒したのか、あるいはサンドスターロウが活発なのか?


 もう一度だ…。


 だが何度やっても結果は同じで、俺は何度もサンドスターをクロに手渡したが触れた瞬間その手に吸い込まれてしまう。


 何度も何度も何度も何度も試した…。


 だが結果は変わらない、俺はイタズラにサンドスターの消費を繰り返すばかり。


 くそ!できるはずだ!


「う…」


「パパ大丈夫!?」


「あぁ心配ないよ?ちょっと疲れただけだから… 平気平気!」


 根こそぎ持っていかれてしまった…。


 もう空っぽだ、気を抜いたら倒れてしまいそうなほどに。


「ハァ… クロ?よくわかんなかったかもしれないが、自分の体にあるサンドスターを探してみるんだ?そしてそれを動かしてみろ… 右手、左手、右足、左足って順番に集めるんだ?がんばれ…」


「できないよ… わかんない…」


 だよな、わかるわけがない…。


 この子は野生解放だってできないんだ、俺とは決定的に違う部分… 自分の中のサンドスターに気付くことができない。


 でもあるはずなんだ、クロの中に眠るサンドスターの波が!


 スキャンでも数値として出ている、間違いなくクロはサンドスターを持っている。

 セルリ病になったのが何よりの証拠だ、まだ食い尽くされてないはずだ。


 頼むクロ… お前にも力がある。

 

 気付いてくれ、頼むよ?


 頼む…。




 


 数日教えてみたがやはり体内のサンドスターを感じとることができていないクロには何をしてもコントロールはできなかった。


 参ったな…。


 俺はイスに座り策がないことにただひたすら項垂れていた。


「シロさん…」


「ごめん… ごめんかばんちゃん、俺は何にもしてやれない、なんの力にもなれない」


「そんなことないです!クロもわかってくれてます!何にもできないなんて、それは僕のほうが…」


 夫婦揃って子供たちに見えないところで泣いていた、原因も原理も分かってるのに何もできない自分達の無力さが悔しかった。


 でも、彼女はなにも悪くない…。


 この体質は俺から遺伝したんだ、だからそもそもの原因は俺なんだ。


 俺がこんなじゃなかったらクロは苦しまなかったのに、妻が自分を責めることもなかったのに。


 俺が… 俺みたいなやつがいるから!


「ごめんかばんちゃん…」


 気が付くとまた謝っていた、俺は彼女に謝ってばかり、謝るようなことをしてばかり。


「クロがこうなったのも、君を泣かせてばかりなのも、全部俺が悪い…」


「そんな、変なことを言わないでくださいよ?そんなことありません!」


「クロは俺の遺伝であぁなったんだ、そして俺があれに苦しんだ時も今も、君は心配してくれてたくさん泣かせて…」


「当たり前じゃないですか!大事な旦那さんと息子ですよ?泣くほど心配することだって時にはありますよ?」


 ちがう…。


 俺が言ってるのはもっと根本的なこと、極論とも言うかもしれないが、つまりそういうことなんだと俺個人としては思ってる…。


 だって結局俺のことでトラブルが起きるんだから。

 

「ごめん、俺は… 俺みたいなやつはそもそも存在しなければよかったんだ!そしたらクロも君も苦しむことはなかった!」


「シロさん…!!!」


 パァン!


 と乾いた音がなる。


 頬を鋭い痛みが襲い、視線は横に逸れた。


 平手打ち、俺は妻に打たれた。


 少し理解が追い付かぬままフッと妻を方を見直すと、彼女は怒った顔で目にはたくさんの涙を浮かべ、そして俺を睨み付けていた。


「シロさん、自分の時も似たようなこと言ってました… 覚えてますか?」


 自分の時… 俺がセルリアンになったとき彼女に残したメッセージがある。


 覚えてるさ、本気でそう思ったからだ…。


「“俺は君と会えて良かった、だけど君は俺と会わない方が良かったね” こう言ってましたね?あの時僕がどうなったか知っていますか?」


「…」


「あんなに泣いたことがないくらい泣きました、もう散々泣いた後なのに自分でも信じられないくらいの大きな悲しみでただ泣くしかありませんでした…」


 本当に、本当に俺ってダメなやつ… また彼女のこと泣かせてる。


「クロにもユキにも、シロさんがいないと会えなかったんですよ?シロさんがいたから僕は恋をして愛し合うことも覚えたんです、それからそんな大好きなシロさんとの間に二人の子供を妊娠して、僕はこの上ないほど幸せでしたよ!今だってそうです!何度苦しんだって構いません!一緒にいれたらそれだけで幸せなんです!だから!だから…」


 肩も声も震え、顔は涙でグシャグシャになった彼女は… それでも力強く俺に言った。



「二度とそんなバカなこと言わないで!」



 本当に本当に、何にもわかってないバカだよね俺は?



「ありがとう、ごめん… わかったよ?一緒に考えてくれる?どうやったらクロが助かるのか?」


「はい…」


 母さんは俺を助ける時に言っていた…。

 

 “こうなったのはすべて自分のワガママのせいだ”と。


 俺にも同じことが言える。


 俺がかばんちゃんを好きになったのも俺のワガママだ、それでツチノコちゃんには大きな迷惑をかけたし、そのせいでかばんちゃんもたくさん傷付いた。


 運良くかばんちゃんと愛し合うことになりクロとユキができた、この妊娠も俺がかばんちゃんを愛したばっかりにできた幸福、子供というのはある意味両親のエゴでこの世に生を受けるんだ、だから自立するまでしっかり見てやらなくてはならない、これが親の責任なんだとそう思う。


 母さんもきっとそう思って俺を生き返らせた、母親として子供を生かさなくてはと思ったんだ。


 もちろんこんなこと本人には聞けないが、俺も似たような気持ちだから大体その通りなんだと思う。


 たからクロは絶対助ける…。


 

 方法があるならどんなことにでも食らい付いてやる。



 これが今の俺がやらなくてはならないこと、つまり役割だ。






 深夜、クロの泣き声で目を覚ました。


「クロ、どうした?」

「どこか痛い?苦しいの?」


「パパぁ… ママぁ… 怖いよぉ…」


 夢にうなされたのかと思い二人でクロを抱き締めてやり頭を撫でていた。


 大丈夫、パパもママも側にいるから恐くない、なにも恐れることはないんだ。


 そう言い聞かせるように。


 しかしクロは…。


「目が見えないよぉ、どっちがパパかママかわかんないよぉ… 顔がわかんない!光ってモヤモヤしてて全然見えないよ…! ぼくの手はどこ?右手がないよ…!やだやだやだぁ!恐い!恐いよ… ぼく死んじゃうの?いやだよぉ… 恐いよ」 


 泣きながら今の症状を訴えるクロは取り乱して暴れている、俺は落ち着かせるように抱き締めるが…。


 もう右手の感覚が消えたのか?


 そんな… 進行が早すぎる。


「クロ、パパはここにいる!ママは隣にいる!手だってちゃんとあるぞ!今握ってる、本当だ!」


「わかんないよ!…グスン ここはどこ?昨日はこんなお部屋じゃなかったよ…?」


 視界が変わったのか?俺の時と同じ、やはりそれもずっと早い…。


 頼む、助けてくれ… 神様どうか…。

 

 俺はどうなってもいいから。





 翌日から博士たちの計らいでクロに元気を出してもらうために色んなフレンズが来てくれた。


 姉さんも師匠もアライさんたちもだ、PPPだって忙しいスケジュールの合間を縫って来てくれた。


 泣いてばかりのクロだったが、みんなの声を聞くとたまに笑うようになってくれた。

 

 その時、進行も少しも遅れた気がした。


 心で負けていては勝てないということだろうか?とにかく、博士たちに助けられた…。


「助かったよ、ありがとう」


「いいのです、お安いご用なのです!」

「そもそもは私の不注意が招いたことなのです… 私に何かできるならなんだってやるのです」


 やはり助手は責任を感じているようだったが、俺は助手を責めようとは思わない… だったらやっぱり俺のこの体質が悪いと思うし、それでは切りがない。


「じゃあ助手もクロと話してあげて?きっと元気出してくれるから」


「言われなくても、そのつもりです」





 サンドコントロールはいつ意識を失うかわからないクロに今覚えさせるには時間が足りない。


 とにかく元気付けて進行を遅らせる、それから…。


「かばんちゃん?カコ先生のとこに行くよ、明日の朝だ」


「すぐ準備します」


「船はどうするのです?」

「バスでも行けるでしょうが…」


「俺が乗ってきた船を使おう、こんなこともあろうかと父さん達が来たとき動くように整備してもらってる… でも大人数は乗れない、俺とクロだけで行こうと思う」


 ゴコクに船を出す、父さんたちには都合よく連絡ができるものがない… ならば頼れるのは先生しかいない。


 妻も着いて行くと言って聞かないが、ユキを頼むと言ったら渋々了承してくれた


 クロには負担を掛けるかもしれないが、朝出て夜までに戻るくらいの気持ちで行くつもりだ… 先生ならなにかしら解決方法を出してくれるかもしれない。


「ならば、私を連れていくのです」


「助手が?」


「向こうの港に着いたら足はどうするのです?飛んで運んでやるのです」


 助手、気持ちは嬉しいし思いは伝わるけど…。


「私からも頼むのですシロ」


「博士まで…」


「助手はずっとあの事を気にしていたのですよ?お前たちもクロ本人も助手を責めませんが、助手は自分を責め続けているのです、ならば気が済むまで手伝わせてやってほしいのです」


 わかった…。


 長にここまで言われては、俺も妻もうなずくしかなかった。

 助手を連れていく、そうして力になってくれることで本人の気が済むのなら是非手伝ってもらおう。


「遅くても二日以内に戻る、その間留守を頼むよ?」


「わかりました」


「博士、少しお暇を頂きます」


「自分の納得が行くようにやるのですよ?助手!」





 翌日、俺達は三人でゴコクを目指す。

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