第43話 おいしくない

 熱が下がってからクロが少しおかしい。


 まずあまり外に出たがらずひたすら読書に没頭している、前は読書もすれどよくユキと走り回っていたのに。


「クロいい天気だよ!一緒にカブトムシ捕まえようよ!」


「行かない、本読んでる」


 と来たもんだ…。

 

 前は仲良く~してた~のに~?なぜ行かな~い~の~?♪


「クロ、あんまり暗いとこで本読んでると目が悪くなるぞ?」カーテンシャー


「眩しい!閉めて!」


 わかったよぉ~…?


 変だな?なぜこんなにも引きこもるようになったんだ?寝るときも一人にしてほしいのか風邪を引いたときの小部屋で眠っているし、一人でおねむできるようになったことをむしろ喜ぶべきだろうか?いや、なんだか素直に喜べないな。



「博士たちはどう思う?」


「治った後ではなく、風邪引いたときの様子を思い出すのです」

「なにか心当たりはないのですか?」


 ここのところクロの様子を側で見てくれている博士たちに相談してみた、二人から見てもやはりどこか暗く怒りっぽい感じがするらしい。


 メキメキと知識をつけていくのは良いが、あの様子ではさすがに心配になってくる。


「風邪の時の方が返って元気にも見えたよ、サーバルちゃんのご飯が食べたいなんてマセたこと言ってたからさ?だからあの時は全部サーバルちゃんに任せたんだよ、そしたらボーッとしながらも笑ってた」


「博士、まさか?」

「えぇ、サーバルが何か言ったのかもしれないですね」


 サーバルちゃんが?


 クロに何を言ったというんだ?お粥の後戻ってきた彼女に話を聞いたが別に変な感じではなかったな?確かお腹いっぱいになって眠ったって。

 


 何を話していたのかな?



「え?クロちゃんが寝込んでたときの話?」


「うん、ほら… なんか最近暗いでしょ?なにかあったのかなって」


 聞くだけ無駄な気がするが…。

 

 だってサーバルちゃんがクロを傷つけるようなこと言うはずがないし、鍋を持って出てきた時もニコニコしていたからきっとクロもサーバルちゃん看病されて安心して眠ってしまったんだと思った。


 証拠に翌日熱も下がった、病気は気からって言うから心が満たされて元気になったのかと俺は思ってた。


「そうだね、最近クロちゃんわたしともあんまりおしゃべりしてくれないし… なにか言っちゃったのかも」


「あ、ごめんね?責めてる訳じゃないんだ、何かきっかけが分かればと思って」


「うん… でも普通に話してたつもりだよ?元気になったらお外で遊ぼうねー?とか、もっと上手にたくさんおいしいもの作れるように頑張るよ?とか… そしたらクロちゃん“もうすごくおいしいよ?”って、あの時は笑ってたし、わたしもそれが嬉しくって」


 なるほど、風邪を引いてもいつものイケメン台詞を吐いていたわけか


 相変わらず4才とは思えないツボを押さえたスケコマシテクニックだな、サーバルちゃんにシンザキさんがいなかったら将来普通に子供三人くらい作ってたかもしれない。


 彼女の話を聞くにやはり問題はないように思える、普段通り仲良く会話しているだけ。


 …とこのときはそう思っていたが、その後に続けて言った彼女の言葉を聞き雲行きが怪しくなっていくのがわかった。


「それから、どうして料理習ってるの?って聞かれたんだけど…」


「…!?」


 なんだって?


「なんて… 答えたの?」


「え?普通に答えたよ?シンザキちゃんと結婚するから花嫁修行してるんだよ?って」


「あ、あぁ~そうかなるほど、その時クロはなにか言ってた?」


「お腹いっぱいになったみたいで、眠くなったって…」


 それか、間違いない…。


「なるほど、わかった」


「シロちゃん?わたしやっぱり何かひどいこと言っちゃったのかな?仲直りしたいよ… 教えて!どこが悪かったのか!」


 言ってもいいのかな?


 でもおかしいな、前はふてくされて「嫌い!」ってそっぽ向いてたのに全然反応が違うじゃないか?


「サーバルちゃん、ちょっとこの件俺が預かるよ?とりあえず晩御飯にしよう?」


「あ、うん… わたしも…!」


「いや、今日は休んでいいよ?料理って心が現れるから?モヤモヤしてると怪我したり失敗したりするんだよ、俺も何回もやって博士たちに怒られたもんさ?」


 落ち込んでるとそんな味になるし、ムカついてるとそんな味になるんだよね?逆に楽しそうに相手のこと考えてると、わりとすんなりそんな感じのいいものができる。


 こんな責任を感じた暗い顔していたらきっとそんなご飯を作らせてしまう。


 …が彼女はそれでも立ち上がる。


「ううん!作るよ!おいしいご飯作ってまたおいしいって言ってほしいもん!クロちゃんにまた笑ってほしい!」


 なんて前向きな子だろうか… 彼女のこういうところは素直に尊敬に値する。


 わかった、そこまで言われたら断れないな。


 その粋や良し!では作ろうじゃないか?なにか力の付くもの!こんなときはやっぱり中華がいいかな?





「クロ~?晩御飯の時間だぞ?おいで?」


 用意が済んだので薄暗い図書館で読書に没頭する息子を呼びに来た、明かりくらいつければいいのにと手を出すと「やめて!」と怒鳴ってくる、皆を待たせて食卓から離れているのですぐに連れていきたい、サーバルちゃんもソワソワと待っている。


「いらない」


「どうして?」


「お腹空かないんだもん」


 嘘かな?いけないな育ち盛りなのにちゃんと食べないだなんて、たくさん食べないと大きくなれないんだ。


 俺は意地を張ってるだけだと思い説得を試みることにした、まぁ頑固なこの子がどれだけ聞いてくれるわからないのだけど、とりあえず話だけでも聞いてもらおう。


「本ばっかり読んで動いてないからだぞ?」


「勉強しちゃダメなの?」


「そうじゃない、バランスってもんがあるんだ?外で思いっきり走り回るのも大事なことなんだよ、ユキも寂しがってる」


 本当にそうだ…。


 前は読書も外遊びも両立していたのに、図鑑も持ち歩かず淡々といろんな本を読み漁っている、それは物語だったり何かの参考書のようなものだったりいろいろだ。


「なぁクロ?最近全然食べないじゃないか?少しでいいから食べよう?みんなも待ってるんだ」


「…」


 やっぱりそうか…。


「サーバルちゃんに会いたくないのか?」


「うん…」


 そうだよな… クロは失恋したんだ。


 でもなんでこんな距離を取るようなマネをするんだろう?こんなのかばんちゃんにそっくりじゃないか。

 

 もしかすると、会いたくないと言うよりは合わせる顔がないといった感じなのかもしれない。

 

 大好きで大きくなったらお嫁さんにしたいとまで言ってるのにそのお姉ちゃんはもう変なおじさんと結婚することに決まっている。

 

 それでも好きなものは好きなんだろう、でもどんな顔して会えばいいのかわからない。


 そんな感じか?これが4才の悩みか?


「おばあちゃんに言われたんだもん…」 


「ユキおばあちゃんか?」 


 母さん?意外な名前が出たな… と俺は思った、母さんはクロに何を言ったんだ?


「うん、サーバルちゃんが幸せなら一緒に喜んであげるんだよ?って」


 母さんいつ言ったんだよそんなこと、つまり顔を合わせたらまた怒ったり酷いこと言ったりしそうだからそれで中に籠ってるのか?

 

 おいおい、お前本当に4才か?数ヵ月で精神年齢増えすぎだろ。


 本当はおめでとうって言えるのがベストだ、でも小さなクロにはそれができないんだろう。


 きっと話してるうちにまた「嫌いだ」と心にもないことを言って傷つける、だからなるべく距離をとるんだ。

 そしてストレスが溜まり気性が荒くなったり無口になったりする、無心で本の内容を覚えてると気が紛れるのかもしれない。


 なるほど、合点がいった…。


「そっか… でもサーバルちゃんさみしがってるぞ?またクロの為にご飯を作ったんだ、元気の出るもの沢山な?食べてあげたら喜ぶと思うけど?」


「ぼくじゃないよ、おじさんのためだよ」


「ちがう、みんなの為だよ?シンザキさんは今ここにいないし、だったら食べるのは俺達だろ?ほら行こう?クロを連れてくるって言ってきたんだ、頼むからパパを嘘つきにしないでくれ?」


 それを伝えると俺に気を使って顔を立ててくれたのかもしれない、クロはとぼとぼとこちらに向かい歩き始めた


「よしよし、ありがとうな?」


 と抱き上げてやるとぎゅっと俺にしがみつき顔を埋めておとなしくしていた。





「あ、クロやっと来たの~?ユキお腹ペコペコなんだよ!」


「今日は豪華でしょ?サーバルちゃんとパパとママも手伝ったの、みんなで作ったんだよ?」


「我慢の限界なのです…!じゅるり」

「早く食わせるのです!じゅるり」


 いつもどおり「いただきます!」をすると、皆待ってましたと言わんばかりに料理に食いついた。


 美味しい美味しいと皆それぞれ料理に手を伸ばし食べてくれる。


 そんなところを見ていると作った甲斐があるし、主に頑張ってくれたサーバルちゃんもニコニコとみんなが食べるところを楽しんでいる。


 …が、料理を少し口にしてすぐに食べるのをやめてしまった子がここにいる。


 そうクロだ、彼女はクロの方に目を向けると、手を止めた姿を見てはすぐにまた笑顔が消えてしまった。


 そんなサーバルちゃんに気付いたのか、妻がクロに尋ねた。


「クロどうしたの?残ってるよ?」


「もういらない…」


 やっぱり、空腹じゃないんだろうか?無理に食べることもないが… なんだろう?一口でやめてしまうなんて、なんかおかしいな?


「たくさん食べないと大きくなれないよ?」


「そうだよ!ユキはたくさん食べて強くなるの!」ガツガツ


 妻は心配のつもりでクロに話しかけていた、だが返ってきた言葉に一瞬その場は凍りつく…。





「おいしくない」





 確かにそう聞いた… クロは「おいしくない」とそう言ったのだ。


 実際は美味しくないなんてことはまったくない、味はバッチリだし見た目も悪くない。


 皆口を揃えてうまいと笑顔で食べている、これはお世辞でもなんでもなく本当にうまいからだ。


 なのにクロは「おいしくない」とハッキリそう言ったのだ。


「あ… ごめんね?お口に合わないなら無理に食べることないよ?何か食べたいものはある?何でも言って!わたしがんばって作るから!」


 静まり返った食卓に震えた声でサーバルちゃんが強がりを言った。


 彼女にして珍しく、今にも泣き出しそうなのがすぐにわかるほどの強がり、だが息子クロはそんなサーバルちゃんの気持ちも無視して言った…。


「何もいらない…」


 それでもそんなことを言うクロを妻はとうとう叱りつけてしまう。


「クロ!どうしてそんな態度をとるの!サーバルちゃんに謝りなさい!」


「だって“味がない”んだもん…」


 待て、なんだって?


 その言葉に疑問を覚えたのは俺だけか?周りを見ても落ち込んでいるサーバルちゃんかオドオドとしている長だけ、ユキはクロの皿にある春巻をとって口に運ぶが「おいしいよ?」とモグモグ口を動かしている、つまり味は確かにある。

 

「そんなわけないでしょ!みんなおいしいって食べてるんだよ!そんなこと言うのクロだけだよ!」


「本当だよ!味がしない!全然しない!ちっともおいしくない!お腹も全然空かない!」


 俺は違和感を感じていたが、サーバルちゃんにとっては「お前の作った飯なんて食わない」とそんな風に聞こえたんだろう。


 彼女は耐えきれず泣き出してしまった。


 聞き分けのない息子に怒った妻はさらに強く怒鳴り付け、とうとうその態度を見かねてか手を振り上げた。


「もう!いい加減にしなさ…!」

「待った… かばんちゃんちょっと待ってくれる?クロ、ちょっとパパとおいで?」


 俺は手を上げようとした妻を止めた。


 違う、クロは言い訳がしたくてこんなこと言ってるんじゃない、振り上げられた妻の平手を掴んで止めると、俺はクロを連れて図書館まで走った。




 もちろん、ラッキーを連れて…。



 

 図書館に着くなりクロは怒りの声を上げた。


「なんだよ!パパもママもぼくが悪い子だと思ってる!嘘なんかついてないのに!お腹も空かないし何を食べてもおいしくない!味がないんだもん!ぼくは我慢してるんだ!本当はサーバルちゃんとおじさんが結婚するなんていやだ!でもぼくは邪魔なんだ!」


「待て、落ち着け?パパは怒ってない… クロ、もう一度聞くぞ?“味がしない”んだな?何を食っても味が無いんだな?目はどうだ?ちゃんと見えるか?物に触ったとき感触はあるか?痛みは感じるか?匂いはどうだ?音は聞こえるか?」


 嫌な予感が… すごく嫌な予感がする。


「パパ…?」 


「答えなさい…」


 パパは何の話をしているの?


 ってそんな顔で俺を見ている、だが聞かなくてはならない…。


 確かめなくてはならない。


「サーバルちゃんのごはんだけじゃなくて何を食べてもおいしくない、味がないから、それはジャパリマンでもなんでも同じ… 目は見えるよ?でも明るいとこにいくとなんだか眩しい、だからカーテンは開けないで本を読むんだよ?えっと、かんしょく?触った物はちゃんとわかるよ?痛いところもないよ?さっき本の端で指を切っちゃったけどそれも痛くない… あれ?もう治ってる?血が出てたのに?」


 あぁ…。


 あぁ…。


 いや嘘だ!そんなはずはない、何かの間違いだ!クロは俺とは違う!こんなことありえない!ちゃんと確かめたんだ!だから大丈夫だこれは気のせいだ!


「ラッキー、クロをスキャンしてくれ!」


「…」


「ぼさっとしてんじゃねぇ!さっさとスキャンしろよッ!!!」


 反応がハッキリしていないラッキーを怒鳴り付けすぐにスキャンをするよに指示を出す、よほど酷い面してるのかクロは俺を心配してくれていた。


「パパどうしたの…?」


「心配するな、何があってもパパが絶対何とかしてやるからな?」


 精一杯笑顔を作り、俺はクロの頭を撫でた


 ラッキーのスキャン機能…。


 生物の状態をチェックできる、身長体重から脈拍や体温、怪我の具合やフレンズならサンドスターの量も分かる。


 なんでも分かるんだ。


 そう、なんだって分かるんだ。


「スキャン開始…」


「パパ何してるの?」


「風邪治ったばかりだろ?健康診断だよ?」


 ラッキーはスキャンを終えてなにか機械音を鳴らしその場に佇んでいる、集めた情報を処理して結果を割り出しているところだ。


 ピコーン… と音が鳴り目が緑に光るとラッキーはスキャンの結果を口にした。



 


 今の気分は?ハッキリ言って最悪だ…。


 聞かなきゃ良かったとすら思った。


 なんで?だって前は平気だったじゃないか?


 なんで…。








「サンドスターロウガ検出サレマシタ!注意!注意!サンドスターロウが検出サレマシタ!」




 アラート音とともに耳を赤く光らせたラッキーはサンドスターロウの注意を促している。




 つまりクロは…。



 俺と同じ病気になった。

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