第23話 しんぱいごと

「ふぁ~!いらっしゃぁい!ようこそぉ!じゃパリカフェへぇ!… あらぁ!シロちゃんにかばんちゃん!元気ぃ?今日は二人きりぃ?あぁ~もしかしてデートぉ?どーぞぉゆっくりしてってぇ!」


 と楽しげに挨拶をしてくれたのは店主のアルパカさん、今日も元気にお客様としてもてなしてくれている。


 少し早口なところを見るに、俺達は今日最初のお客さんなんだろう。


「おはようアルパカさん、ちょっとバスの電池をね?いいかな?」


「いいよいいゅぉ~!どうぞ使っちゃってぇ?子供達元気ぃ?お誕生会行けなくてごめんねぇ?」


「ありがとうございます、今年で4才になりましたよ?お気持ちだけで嬉しいです

 実は子供達も来てるんですけど、ユキがロープウェイ怖がっちゃって… 今下でサーバルちゃん達が二人とも見てくれてるんですよ?」


「あらぁ、そうなんだぁ?顔見たかったけどぉしょうがないねぇ~…」


 実は二人でカフェデートになったのにはそういう訳があるのだ。

 俺達は高山に登る前に下でいつもの二人、ジャガー&コツメに軽く挨拶を済ませていた。





「「コツメちゃーん!」」


「はーい!コツメカワウソだぞー!」


「ジャガーちゃんもおはよう、この前はお姉さんにお世話になったよ、ありがとう」


「おはようみんな!お姉強いだろう?変なこと言ってたと思うけどあぁ見えて実はシロのことも気に入ってるんだよ?」


 ジャガーちゃんには“百獣の王会議”のことも謝りつつ世間話をしていた。

 

 それにしても話によるとブラック姐さんは俺を気に入ってるらしい… もともと「シロは強い」とジャガーちゃんから聞いているらしいのでそれで買ってくれているのもあるが、やはりホワイトタイガーさんに圧勝してしまったのがさらに興味を引いたらしく、特に俺の技… シャイニングライオンパンチ(名前迷走中)の完成を心待ちにしているとか。


 やけに世話を焼いてくれたのはそういうことか、俺と言うよりは俺の技に興味関心があるみたいだ。


 そんな俺達はまず電池の充電がてらカフェでゆっくりしていこうというツアーのプランを考えていた、でもさすがに大人数になるのであの最高に人力を使うロープウェイは2往復が必要だ、小さいのでさすがに子供が二人とは言え5人乗りは危ない。

 そこで俺の体力的な話も考慮し最初は妻とクロを連れて俺が運び、そのあと俺だけ下に戻りサーバルちゃんと交代してユキを抱っこして連れていく。


 でもここで問題発生、ユキは高所恐怖症なのです。


「やーだ!ここにいる!」


「でもユキ、みんないっちゃうんだぞ?」


「一人ぼっち?」


「そうだよ?だから行こう?パパがずっと抱っこしててあげるから?」


「やー!怖いもん!」


 困ったもんだが、怖がる娘を無理に連れていくのもここでわざわざ母さんに代わってもらうのもなぁ… それにこの様子で出てこないとこを見ると今はサンドスター不足で眠っているのかもしれない、あるいは母さんも高いとこが苦手で引っ込んでいる。


 ん~… と悩んだ末に。


「仕方ない、俺は残るか… 分かったよユキ?パパとお留守番しようか?」


「うん…」


 よっぽど恐いのか、ユキは抱き上げてやると小さく体を丸めて顔を埋めている


 が、そこでサーバルちゃんはこんなことを言った。


「待ってシロちゃん!じゃあわたしが見ててあげるよ!」


「サーバルちゃんが?いいの?カフェ久しぶりでしょ?」


「大丈夫だよ!」


 お言葉に甘えようか迷って決めかねていたところに、妻と手を繋いで歩くクロが急に走りだし、サーバルちゃんの足に抱きついてこんなことを言ったのだ。


「ぼくも残る~」


「え?クロちゃんはカフェ行かなくていいの?」


「三人でお留守番する!」


 これ見よがしにお姉ちゃんに甘え始めたな?恥ずかしがったりベタベタし始めたり忙しい子だ。


 妻が「どうしましょう?」と困った顔をしていると、サーバルちゃんは「たまには二人でデートしてきたら?」とニコやかに言ってくれた、そんなことを言われてはデートしたくなってしまう、だが大丈夫だろうか?


「二人ともいいのか?」


「「いいの!」


「大丈夫だよ!ジャガーもカワウソもいるから!みんなで遊んで待ってるよ!」


「ユキあそぶー!滑り台するのー!」

「ぼくもー!ジャガーちゃんに乗る~!」


 大変だ、息子がジャガーちゃんの優しさにつけこんでいけないことをしようと… ではなくイカダのことだろう。

 クロは“大きい川のジャガークルーズ”が好きなようだ、ちなみにユキはなんで高所恐怖症なのにあの滑り台を滑ろうと思うのか?っていうか濡れるからやめなさい、しかも最後飛ぶんだぞ?


 そんなサーバルちゃんの粋な計らいで俺達夫婦は子供が生まれてから初の二人きりのデートをすることになったのだ。


 楽しみー!





「充電をするとお湯がでないから先に一杯もらおうかな?」


「は~いわかったよぉ!紅茶でいいのぉ?」


「はい、お願いします!」 


 俺達は紅茶がくるとそれを一口飲み、お互い目を合わせると小さく笑いとてもリラックスした気分になれた。


 よく考えたら二人っきりで来たのは初めてだったかもしれない、たまにこうして足を運びたいものだ。


 温かく優しい味の紅茶がロープウェイで疲れた体に染み渡る。





 一息ついてから屋根に登り電池を繋いだ。


 下に降りると店内は電力を奪われ少し暗くなっている、この状態では機械を動かすことはできないのでお湯は出ない。


 その為か妻とアルパカさんはテラスに移動したらしい、薄暗い店内は静かで姿も見当たらない。


 自分も外に出ると妻を見付けたので同じテーブルに着くと、その時彼女は何やらボーッと景色を眺めていた。


 アルパカさんの姿はない、恐らく草むしりにでも行ったのだろう


「どうしたの?ボーッとして」


 ぼんやり景色を眺める妻が少し心配で尋ねてみた。


「あ、いえ… 近頃バタバタしたのでゆっくりしたのは久しぶりだなって」


 家事育児に追われて疲れていたのかもしれない、帰ったらゆっくり休ませてあげよう。

 もっと積極的に妻を助けていかないとな、夫婦は協力して子供を育てるものだから。


「ごめんね?家事もしてもらって勉強も教えてあげてるし… 大変だよね?」


「あ、いえ!それはいいんです!僕も好きでやってますから、親の義務ですよ?それに困った時はシロさんが助けてくれるじゃないですか?サーバルちゃんだって子供達を見てくれるし、博士さん達だって…」


「でも無理しないでね?俺のできること、なんでもやるから…」


 妻の手に自分の手を優しく乗せてそう伝えると、妻はその手の上に更に手を乗せて答えた。


「辛くなんかないんです、僕は毎日幸せですよ?だけど…」


「…?」 

 

「シロさんはまた何か無理してませんか?悩んだりとか…」


 俺が?

 

 悩んでる…?


 というほどではないと思うが、あれをどうしよう?これをどうしよう?と小さな考え事は毎日絶えない、がそれは悩みというよりは本当に考え事に過ぎない。


 もちろん無理もしていないので「そんなことないよ」と普通に答えると、彼女は言うのだ。


「本当ですか?シロさんちょっと前から難しい顔してますよ?」


「悩みなんて… かばんちゃんなかなか三人目ができないなーくらいだよ?」


「も、もぉ~///またそんなこと言って誤魔化して!」


 悩み?もしかしてあのことを言ってるのだろうか?


 悩みと言うより心配事のひとつとして、これは母さんがもし生き返ったらその後の話になるのだが…。


 いや、これはサーバルちゃんにも深く関係のあることだろう。


 もし父さんもシンザキさんも二人を向こうに連れて帰るということを考えているんだとすれば、俺はそれを黙って見送ることができるんだろうか?


 あんなところにまた母さんを?あのサーバルちゃんも…?


 子供を容赦なく背中から撃ち抜くような奴等がいて、フレンズを畜生と呼ぶようなところなんだぞ?


 まだまだ先のことで必ずしもそうなる訳ではないし今考えたって仕方ないんだろうけど、とうも俺には向こうに住むことで幸せになれるとは思えない。


 そんなことを考えることはしばしばあったのは認める、妻には全てお見通しだったようだ。


「何か不安なことがあるなら話してください?些細なことでもいいんです、シロさんに何かあった時に何も知らないのはもう… 嫌です…」


 ずいぶん暗い顔をさせてしまった。


 あれから数年経つが、妻は未だに俺が急に消えた時のことをトラウマのように感じているのだろうか。


 俺はこの先のことに対する気持ちを妻に隠しているわけではない、それにほとんどは俺の経験からくる偏見だし、向こうの人だってみんながみんなフレンズを畜生と呼ぶのかと言えばもちろんそうではない。


 中にはやはりミライさん達みたいに愛してくれる人もいる。


 俺がこの気持ちを隠していたから何か起きるわけではないだろう、きっと答えがでるまで十年はかかることだし今すぐにどうこうって訳じゃないんだ。


 でも…。


 そうやって物事を甘く見ていたから俺はあの時セルリアンになってしまったんじゃないのか?


 背負い込んでいるつもりもないが妻にはどんな些細なことも伝えたほうがいいかもしれない、全然全く関係のないことだと思っていることも大事に繋がることがあるんだ。


 蝶の一羽ばたきの風がどこかでハリケーンを起こすかもしれないって… こういうの、バタフライエフェクトとか言ったかな?


 さておき、それに師匠にも昔言われたじゃないか?「ツガイの間に隠し事なんてするな」って。


 よしわかった、かばんちゃんにだけは話しておこう、話すとすっきりするかもしれない。


「じゃあ、悩みと言うか心配なことがあるんだけど聞いてくれる?」


「はい?」


「かばんちゃんは、“海の向こうの世界”… 俺の故郷にはまだ興味ある?」


 少し黙ると妻は答えた。


「…正直、興味はありますよ?」


 まぁそうだろう、彼女ならそう答えると思った。


 知らないことを知りたくて、自分のルーツとは?ヒトとはなにか?と気になってゴコクに行ったはずだ。


 しかし、「だけど…」と複雑そうな表情をした彼女はすぐに続けて答えた。


「行こうとは思えません、もちろん暮らしたいとも… カコさんの話とシロさんのことを知ったら、とても行きたいだなんて思うことはできないです… 子供達だって連れていけません、聞いた感じ危険すぎますから?シロさんは、向こうのこと気になるんですか?」


「いや…」


 少し言いにくくって目を逸らして小さく答えると、彼女はハッとした表情と不安そうな表情がまざったような顔で俺に言った。



 それだけは無いってことを俺に。



「もしかして… 帰りたいんですか?」



「ッ!」


 その時真逆のことを言われたため、俺はつい大きな声を出してしまった。


「誰があんなとこにッ!」


 思わず過剰に反応した俺はそうして強い口調で言い返した、妻は驚いた様子で体ビクッと跳ねさせ、目を丸くしてこちらを見ていた… やってしまった。


 そしてその後、すぐに申し訳無さそうに目を逸らしていた。


「あ… ごめん」


「いえ、いいんです… ごめんなさい適当なことを言ってしまって、そうですよね?シロさんにとっては“あんなところ”ですよね?」


 俺はそのまま「ごめん… ごめん…」と妻の震える手に優しく触れた。


 怖がらせるつもりはなかったが、自分の弱い部分を突かれて少し過敏に反応してしまった。

 俺はそんなダメな旦那だが、妻はそれでも優しく手を握り返してくれた。



 その時、震えているのは俺の方だった。


 

 怖がっていたのは妻よりも俺の方だってことだろう。


「まだ、先のことなんだけどさ?」


「はい」


「母さんが生き返って、サーバルちゃんもシンザキさんと一緒になったら、二人はどこで暮らすことになるのかな?って思ったんだ」


 そのまま俺が心配に思っていたことをぽつりぽつりと話始めると、妻は黙って聞いてくれて時々相槌を打ってくれた。


 勿論向こうに連れ帰ると決まった訳ではない、シンザキさんはこっちに住んでもいいと言っているし、父さんだって当事者だ… 無理にでも残ってくれるかもしれない。


 でも考えるとやはり不安ではあった。


 俺の子供の頃、つまり昔に起きたことだが、いろいろな苦労をしてきた。

 でも今は幸せだし結果的に母さんとも会えた、なにも問題はないんだ。


 そう言えるが…。


 俺だってかばんちゃんの言うようにとても向こうに戻ろうとは思えない、幼い俺の背中を撃ち抜き、母を畜生と呼ぶような世界なんてとても…。



 とても許す気にはなれない。



 復讐してやろうなんて気にもならないがとても許せそうにない、父さんだってずいぶん苦労したはずだ。


 ここでいいじゃないか?


 ここに住むみんなはすごく綺麗な心で俺に接してくれる、かばんちゃんだって純粋な気持ちで俺を見てくれる心も外見もとても綺麗な女性だ。


 みんなすごくすごく綺麗な心を持ってる。



 でも俺の心は綺麗に見せているだけだ。



 今だって昔のことを掘り返し怒りと憎しみ、そして恐怖が心の底からどんどん湧いてくる。

 


 上っ面を綺麗に見せても、奥の方は酷く汚れて歪んでいる、恨みや憎しみが深く根付いているんだ。


 彼女達を見ているとよくわかる、俺は。


 だから俺の心は…。



「俺の心は、歪んでいるね…」








「そんなことありません!」


  


 俺の心にあるどうしても消えない暗い部分を伝えた時、妻は強めに言い返してきた。


「シロさんの心だって綺麗です!歪んでもいません!」


 そう言うが…。


「そうかな?でもどうしても許せないんだよ、仮にフレンズが向こうで認められて俺の存在も当たり前に受け入れられても、俺にはもう許すことができない…」


 そうだ、正しい心を子供達に偉そうに説きながら俺自身がそれをできていない。


 だからこそ、子供達には正しい心をと思っているのもあるが…。


「そんなの当たり前じゃないですか!僕だって許せませんよ、クロとユキくらい小さい頃のシロさんをまるでそれが当然みたいに… きっとその現場を見たらお義母さんだけじゃありません、僕だってその人達のこと!」


 妻も怒りに震えていた… 確かに、妻の言う通り俺も親として子供達が昔の俺と同じ目にあったとしたら、そいつらを皆殺しにしたところで怒りは収まらないだろう。


 でもだ… 親として当たり前だがダメなのだ。


 家族を手に掛けられたと怒れ狂いいくつもの命を奪うなど…。


 そんな事は本来思うことすら良くない。


「かばんちゃん、君までそんなふうになったらダメだ、過ぎたことだよ?昔のことだ… だからそれ以上は言ってはいけない」 


「だって!だって…!酷すぎますよ… なんですか“畜生の子供”って?なんでその人達はそんなこと言うんですか?なんで言えるんですか?」


 勿論家族が同じ危険にあったらだとか、俺が過去に受けた仕打ちに対する怒りも妻にはあるのだろう。

 だが加えて、自分が“ヒト”のフレンズなだけに同じヒトが言ったとは思いたくないんだと思う、それになぜ同じヒトなのにみんな優しくできないのか?と悔しいのかもしれない。


 彼女は大粒の涙を流して悲しみ、同時に怒っていた…。


 俺はあと何回君を泣かせるんだろうね? 


「ごめん、ごめんね?さぁおいで?もう忘れよう?ここに住む以上は関係のないことだよ、終わったことだから?ミライさんたちもいるんだ、信じていれば良い方向に変わるさ?」


 俺は席を立ち妻を優しく抱き寄せた。


 そう終わったことだ、そういうことがあったから俺はここで幸せになれたんだ、とても許すなんて無理な話だが、別に俺自身が外交しに行くってわけじゃないんだ。


 俺達には関係無いんだ。


「シロさんは悪くない、悪くなんかないのに… シロさん…」


 俺の胸に顔を埋めすすり泣く妻…。


 どこまでも優しい君。


 俺の為に泣いてくれる君。


 こんな素敵な人をこれ以上悲しませてはいけない、切り替えていかないと。


 もう忘れてしまえ、あんな世界は俺とは無関係だ。


「シロさん?僕はシロさんのこと幸せにしてあげることができてますか…?」


「君といるだけで幸せなのに子供までいるんだ、しかも二人… これ以上幸せになるにはどうすればいいのかわからないよ?それくらい幸せだ」


「良かった… でもそれなら、僕はもっと幸せです!」


 そう幸せだ、本当にこの上なく幸せだ。


 時間も周りも気にせず抱き合って、お互い目を合わせると。


 ゆっくりと唇を近づけ、少し長めの口付けを交わした…。









 …ところをたまたまやってきたトキちゃんに見られてとてもとても恥ずかしい思いをした。


「火傷しそうだわ…」


「「~!?///」」

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