第68話 オイナリサマ

「シロさん、ここで子供たちと待っていてください?」


 ゴコクエリア… そこにはジャパリ神社と呼ばれる場所がある。


 かばん達一行はシロのボートでゴコクに上陸するとすぐにカコの家に向かい、一旦子供達と行動不能のシロを預けた。


「オレが護衛と案内を勤める、なに心配するな?オレだってバカみたいにのほほんと暮らしていたわけじゃない、最短安全確実なルートで連れてってやる!と言ってもそう遠くもないんだがな?」


「はい!お願いします!」


 ツチノコが案内人に名乗り出た、かばんは子供達とシロを見ていてほしいとサーバル達夫婦をカコと共に留守番にさせ、ツチノコと二人で行くことを決めていた。


「かばんちゃん、気を付けてね?」


「うん、サーバルちゃんもみんなのことお願いね?」


 笑顔でサーバルに言い残し、足元に目を向けると子供達が自分を不安そうに見上げていた… 父はあの状態、さらに母が側を離れるとなるとその表情に不安を隠しきれないのも当然だろう。

 

 かばんはその場にしゃがみ込むと二人の頭を撫でた。


「いい子で待っててね?すぐ戻るからね?」


「大丈夫!」

「ちゃんと待ってる!」


「えらいね?パパのことお願いね?」


「うん!」

「パパのこと守ってあげる!」


 ここは心配ない…。


 かばんは数年ぶりに被ったガイドの帽子と大きなカバン背負いカコの家を後にした。







 道中二人は話をしながら歩いていた、二人が話すことと言えばもちろん彼のことだろう。


 片や気持ちが通じ合いあっという間に結婚するまでに漕ぎ着け、やがて二人の子宝にまで恵まれたかばん。


 もう一方は彼と会った初めてのフレンズ、もっとも仲の良い友人フレンズ… 次第に恋心を抱きながらも彼の本心を悟り敢えて身を引き、どこまでも彼が幸せであることを望んだツチノコ。


 二人の間にわだかまりはない。


 お互い良き友人であり、いまもこうして頼り合っている。


 ツチノコが少しばつが悪そうに尋ねる。


「なぁ?言いたくなかったらいいんだが…」


 目を逸らし少し俯きながらボソッと呟いた。


「船で何があったか… ですか?」


「ん~… いや、やっぱりいい!余程酷い目に逢ったんだろう?聞かなくてもわかる!」


 ツチノコは気になっていた…。


 彼がその場にいる人間を一人残らず始末してしまうほどの怒りとは?何をしたらそこまで怒るのか?


 普段は温厚な彼が命を奪うことを躊躇しない状況… それがとてつもなく卑劣なことなのは分かるが、いったい何があったのか?そもそもの原因を知りたいと感じていた。


「いいんです… ツチノコさん、聞いてください?」


「おいおい!?む、無理して言うことないんだぞ!?」


 かばんとしては彼女も知るべきだと思っていた、彼が自分を恨むほどの怒りを露にした原因を。


「彼は野生解放ができないことを理由に拷問を受けていました… 多分、追いつめて力を発揮させるためです」 


「拷問…」


 その言葉にツチノコはまた悔しい気持ちが込み上げる、だが起きたことに対しな何かできるわけではない、目を逸らしたまま下唇を噛み、黙って話を聞いた。


「その時僕はようやく彼と会うことができました、目が合った時に名前を呼び合って、まるで時間が止まったみたいな気分になりました、あんな状況なのに彼とまた会えたことが嬉しかったんです… でもその時僕は僕自身が人質になっていたことに気付きませんでした… あの人間、カインドマンという男は部下の男達に言いました

 “その女に人権はない、好きにしなさい”って…」


 その言葉にツチノコは目を丸くした… 正直“人権”というものをハッキリ理解していないが、その状況下において“好きにしろ”という言葉がどういう意味合いを持つか彼女にはすぐに理解できた。


「もちろん抵抗しました、その気になればあの人たちは僕に触れることもできません

 でも、抵抗すると彼がその分痛めつけられる… どうしようもなくって… 僕…」


 ぎゅっと自らの肩を抱き震えているかばんを見てツチノコは話を遮った、彼女もなにか察してこれ以上聞くことができなかったのだ。


「ま、まて!もういいわかった!すまない… 辛い話をさせて…」


「いえ… 結果的に僕は何もされていないんです、押さえ付けられて服を剥がれた時には彼がすべて…」


「そうか、それで怒りを我慢できずに野生解放を… そりゃキレて当然だ、寧ろ褒めてやりたいくらいだ、結果はどうあれな?」


 結果的にかばんは守られたが、かばんはそれをずっと気にしていた。


 彼が激怒して野生解放したのも、たくさんの命を奪ったのも。


 すべて自分のせいだということを…。


 かばんは震える肩を抱きながら一部始終を見ていた、全身に炎とサンドスターを纏いながら大きな光の爪で一度に何人もの命を奪い、怒りの咆哮を挙げる彼の姿を…。


 その姿が恐ろしい訳でも、周りに転がる人だった物が怖かったわけではない。


 彼女は自身の予知の通りあのまま彼の心が消えてしまうのだと気付いてしまったのがただひたすらに恐ろしかった。



「彼は僕にシャツを着せてくれて、そのまま僕を抱き上げたまま部屋を出ました…

 “もう怖くない、決して振り向かないで?”って、その時点では奇跡が起きたように彼の体のサンドスターロウは炎で浄化されていたそうです、あのまま帰ることができれば彼は助かったんです…

 でも、彼は怒りが収まらず船にいる人間全ての命を奪いました、僕のことだけじゃありません… アライさんを害獣と呼んだりフレンズ皆を畜生とかヒトモドキとか呼んだりしてたんです、それより前から彼には因縁がありました、もう… とてもじゃないけど許せなかったんだと思います」


 続けてかばんは「僕も同じように許せません」と口にした。


 ツチノコはそれ以上なにも言えなかったが、一環して思っていることがある。



 そんなの当たり前だ… 許せるハズがない、正直死んで当然の連中だ。

 綺麗事でなんとかできることではない、オレはアイツがどれだけ自分を責めてもそれを咎めない、誰かがやらなくちゃならなかったんだ。


 それをアイツがやっただけだ。



 その後、少し黙ったまま二人は歩き続けた。



 やがて大きな木が立ち並ぶ林が見えると、その上部には和風の建物の屋根が僅かに顔を覗かせている。


 それこそがジャパリ神社である。


「着いたぞ、あとはこのくそ長い階段上がるだけだ!」


「はぁ… これ前来たときも大変でした、サーバルちゃんが先走って下まで転がり落ちちゃって… そしたらその後にアライさんも」


「アイツららしいな…」


「あはは…」


 少し昔を思い出して、その天まで届くのかというくらい長く感じる階段を前に二人は意気込んだ。


 「じゃあ、行きましょう!」


 かばんが一段目に足を乗せたとき、ツチノコは声をかけた。


「なぁかばん?」


「はい?」


 言おうか迷っていたことだったが、心境を考えるに言っておくべきだと感じたツチノコは、今後のためにもそれを敢えて伝えることにした。


「お前は、シロのやったことは全て自分の責任だと思って罪悪感があるのかもしれないが、アイツは自分の意思でそうしたんだぞ?お前を助けるためってのは確かにお前のためだが、アイツの場合お前が目の前でボロボロになるのを見せられたら自分が耐えられないんだよ、つまり自分のためでもあるってことなんだ」


「…」


 かばんは黙ったまま話を聞き、彼の言葉を思い出していた。


“君を守れたんだ、後悔なんて少しもないよ”


 あんな状況で嘘をついても仕方がないし、彼はそもそも嘘が下手だ、彼は本心から満足していたのかもしれない。


「だからな?お前まで罪を感じているとアイツだって罪を感じたままだ、お前が言わなきゃならないことはそれに対する謝罪じゃない… 


 “助けてくれてありがとう”だろ?


 そうすりゃアイツだって自分のことも少しは許してやれるだろうさ?その後はいつものやつ言って好きなだけイチャイチャしたらいい、違うか?」


 そう言ってニッと口角を上げ小さな笑顔を見せるツチノコに、かばんは少し肩が軽くなった気がした。


 まずはありがとう。


 かばんは帰ったらまず彼にお礼を言うことを心に刻み込んだ。


「そうだ、うつむいてんじゃねぇ?さっさと神社に向かうぞ?」

 

 二人は長い長い石の階段を上がり始めた。







 長い階段を一段一段踏みしめて、上へ上へと歩き続ける。


 やがて鳥居が目前と迫り辛く長かった階段は終わる。


 二人はついにジャパリ神社に辿り着いた。


「はぁ… はぁ… 」


「だ、大丈夫かぁ?ハァ…」


「はい、なんとか… 歳かなぁ?なんだか前よりキツいです」


「歳ってお前…」


「えへへ… たまにシロさんが言ってたんです、体力落ちたなー?とか」


 登りきったころにはそんな世間話をするくらいに気持ちの余裕ができていた二人、切れた息を整え一度深呼吸… 水分補給もして一息ついた頃、再度立ち上がり鳥居の前に立つ。


「さぁ、行きましょう!」


「待て」


 意気込みもしてさぁ行くぞと歩き出そうと一歩前に出たかばんだったが、ツチノコは彼女の肩をポンと叩きそれを止める。


「な、なんですか?」


「神社にもルールがある、知っているか?境内のど真ん中を歩くんじゃないぞ?真ん中は神の歩く道らしく、俺達参拝客は左端を歩かなくてはならないんだ、飲食もするなよ?」


 ましてやこの神社が祀る神、オイナリサマに助力を願うとあってはルールを守るのは絶対だ、ツチノコは事前に参拝に関する礼儀作法を予習していた。


「オレが先に行くから後から同じように動け?」


「詳しいんですねツチノコさん!」


「ま、まぁな?///」


 そんなツチノコの照れた顔は久しぶりでどこか懐かしい、かばんは言われた通り後ろをテクテクとついていくとその時、腕のラッキービーストが唐突に声を挙げる。


「カバン 手水モシヨウネ」


「なんだ急に」

「手水?」


「手水ハ 手ヲ洗イ 口ヲススギ 手ヤ口ヲ洗イ清メル 禊ヲ簡略化シタ儀式ダヨ」


「そうなんですかぁ…」


 かばんは少し疑問だった、なぜこのタイミングで今更こんなことを言うのか… 自分達が前来たときはなんの説明もしてくれなかったじゃないかと妙な気分になった。


「ラッキーさんもしかしてツチノコさんに対抗意識を…?」


「はぁ?こいつがか?」


「丁度アソコニアルネ マズ右手デ柄杓ヲ持ッテ…」


 と何やら手水とやらの作法を説明しだしたラッキービースト… が、そこでツチノコは鋭い一言を浴びせる。


「そこは水が無い、手水とやらはできないからやる必要はない… 行くぞ?」


「ア…」


 悲しみの声が漏れる。


「ラッキーさん、また今度お願いします」


「…」


 やっぱり悔しかったのかなぁ?


 その後ラッキービーストが口を挟むことはなかった。



「参拝して神様が復活するものでもないのかもしれんが、一応願掛けも兼ねてやっとくか?神社だしな」


「はい!」


「なら賽銭を入れないとな?」


 ツチノコはコインを二枚取りだし片方をかばんに渡した。


「ジャパリコインだ、入れるぞ?」


「いいんですか?」


「使えない通貨を持ってたって仕方ない、こういうときにこそ使わないとな?」


 二人がコインを投げ入れるとカランコロンと賽銭箱から木に当たる音がする、他に何も入っていないのだろう…。


 そして二人は正面を向き直すと礼をする。


 二拝二拍手一拝、あるいは二礼二拍手一礼という。


 深いお辞儀を“拝”そしてその名の通り手を打ち鳴らすことを“拍手”という。


 古来から伝わる敬礼作法であり、神社では神に願い事を言うものだと思われがちだが、本来参拝というのは感謝をするためのものである。


 “感謝” “おかげさま” この心を忘れてはいけない。


「じゃあ、ツチノコさんにもこれをやらなくてはならないですね?」


「なんだよ急に?」


「クロの時、お百度参りをしてくれました… 今はシロさんのためについて来てくれました!ツチノコさん、ありがとうございます!」


 かばんは両手を体の前で重ね丁寧に深い礼をした。


「よしてくれ… なにも直接手を貸した訳じゃないんだ、なんにもしてやれない… だからせめているかもわかんねぇ神に祈ってみようと思っただけなんだよ」


「それが嬉しいんです、僕だってなにもできませんでした、辛くって悔しくって… ひたすら彼と息子の無事を祈るばかりでした

 でも、そうして一緒に無事を願ってくれる人がいると思うと、なんだか嬉しいんです!頑張ろうって気になるんです!」


 そして今二人はここにできることをしに来た… それは参拝ではない。


 神頼み… まさに神に力を借りにきた。


「さてどうする?罰当たりってやつかもしれんが… そこ、開けてみるか?」


「いえ、実はお供え物を持ってきたので試しに置いてみましょう?火山の時みたいになにか起こるかもしれません」


 かばんが取り出したお供え物それは… まさに狐色の正方形の物体、フワフワと柔らかそうな見た目をしている。


「油揚げです!なんでもキツネと言えば油揚げだそうなので!」


 丁寧に皿に乗せるとそれを御膳に差し出すかの如く前に置いたかばん、一歩引くとそれを二人でしばらく眺めた。


「「…」」


 何も起きない… 当然と言えば当然の結果ではある。


「なぁ?思いきって呼んでみるか?」


「そうですね、僕も姿が見えないと心に話しかけることもできないし…」


 二人は顔を合わせ意を決すると、互いに頷き「せーの」と小さくタイミングを図る、そして。


「「オイナリサマぁー!」」


「力を貸してくださーい!」

「助けてほしいヤツがいるんだー!」

「スザク様から紹介もいただいてまーす!」

「お供え物もあるぞー!」

「油揚げですよー!」



 シン… と静かな境内に、鳥や虫の声だけがこだまする…。


「ダメか…」


「結界?というのを張っているそうです、声が届かないのかもしれません」


「ならやっぱり開けて中を調べ…」


 その時 ピシャン… と小さく音がした。


「…ん?」


「どうしたんですか?」


 かばんは気付かなかったがツチノコの耳にはその音が確かに聞こえていた。


 

 誰かいるのか…?


 

「あ!?ツチノコさん!油揚げが!?」


 かばんの指差す先には何も乗っていない空のお皿、そこにあるはずの物がないのだ。

 二人がほんの少し目を離した隙の出来事だった、お供え物の油揚げは姿を消していたのだ。


「バカな!?どこから現れた!?」


 ツチノコは既にピット器官で周囲を警戒していたのにも関わらずその存在に気付くことができなかった。


「なぜかわからないが… 中にいるのは確かだ!開けるぞ!」


「は、はい!」


 ツチノコは賽銭箱を飛び越えて扉を勢いよく開いた。


 スパン!と気持ちのいい音で扉が開かれ、屋内に日の光が入る、中の様子が見えると油揚げをとった犯人の姿も露となる。



「誰だ!」



 そこには…。





「はぁ… 油揚げ… 油揚げ美味しい… 数十年ぶりの油揚げ… 油あg…あ…」ムシャムシャ


 そこには真っ白な狐のフレンズが正座で油揚げを堪能する姿が。


「えー… コホン…

 商売繁盛、福徳開運、食べ物に困らず、みなが笑顔でいられるように… ジャパリパーク守護けものが一柱、オイナリです、よく私の存在に気が付きましたね?」


 かばんとツチノコはこの時に思った。




 普通にいるじゃん!!!

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