第69話 こころのなか

「あなたがオイナリ様なんですか?」


「えぇ、みっともないところをお見せしましたね…」


 オイナリサマ… 例の異変が四神により終息を迎え人々がパークから撤退した後のことだ、彼女はこのジャパリ神社で来たるべき時が来るまで自らに結界を張り己を封印したのだった。


 いつかまた、パークが笑顔で溢れるその時まで。


「起きてるじゃねぇか!」


 今日のツチノコはツッコミがキレキレだった、いざ神社にこうして来てみれば油揚げを貪り面と向かって話もできる。


 封印とはなんだったのか?とオイナリを問い詰めた。


「誤解なさらないでください、話しかけてもらえれば声くらい届きますよ?

 ただ、パークに仇をなす者かどうかその場で見極めなくてはなりません、身勝手な願いを言いに来る者や今となっては神社がなにかすらわからない者すらいます… その様にいろいろ来ますが、この私オイナリに直接用があるとなればその見極めは特に重要なのです、あと油揚げごちそうさまでした」


「あ、いえ… まだありますけど食べまs」「是非ッ!」


 二人にはオイナリが残念な神にしか見えていなかったが、あのスザクが推薦するくらいなのだからきっと長い油揚げロスで少しハシャいでしまっているだけなのだろうと思うことにした。





「では、御用を聞きましょう… このオイナリにどんな用事ですか?」


 ぼんやりと光を見せるオイナリの両目は二人を怪しげな瞳で見つめている。


 この光は野生開放とは違う… もっと妖しく、神聖さを感じる。


 かばんはそんなオイナリと目を合わせ今回ここに来た目的を彼女に伝えた。


「夫がスザク様の浄化の炎で心を焼いてしまいました… でも僅かに残った心で懸命に僕達に希望を与えてくれるんです、どうか夫を助けるためにお力を貸してはいただけませんか?」


 スザクの名を耳にするとオイナリの目付きがキッと鋭く変わった、先程までと違う異様な威圧感を与えてくる。


「先程からスザクの名がでるようですが彼女は火口で石板になったはず… それに心を焼いたとはどういうことです?あなたの夫は何者ですか?スザクとなにがあったのです?」


 しかしかばんは落ち着いて、物怖じすることなくこれまでに至る経緯をオイナリに話していった。





 人とフレンズのハーフ、そして人のフレンズであるかばん、この事実だけでオイナリには相当の驚きがあったようだが、さらに驚いたのがやはり。


 スザクの復活、そして悪い心を持った人間がパークに上陸… さらに浄化の炎を自分の物にした類い希な存在、シロ。


 あまりにもいろいろ起きてしまったため、オイナリは現状を理解するのに時間が掛かっていた。


「スザク様から尾羽を一枚頂きました、紹介状として見せるようにと…」


 かばんは尾羽を取りだしオイナリに差し出した、受けとると興味深そうにじっとその瞳で見つめ、やがてかばんにそれを返すと口を開いた。


「フムなるほど… 確かに四神獣スザクの物とお見受けしました、まさか本当に復活しているとは… しかしスザクにここまでさせるのですから、あなたたちはパークにとっても良い存在ということですね?

 いえ聞くまでもありません!よくぞフレンズ達を守ってくれました、このオイナリ… あなたの旦那さんの為に力を貸しましょう」


 その時事情を知った神獣、オイナリはかばんたちに力を貸すことを快く約束してくれた。


「あぁ…!ありがとうございます!ありがとうございますオイナリサマ!」


「さすがは神様だ!やってみるもんだな神頼み!」


 喜ぶ二人を見て顔を綻ばせるオイナリ、彼女は非常に優しい神で、四神と比べればさらに協力的な神獣フレンズである。


 ただしそれは飽くまでパークのため、彼女はパークに仇なす存在を決して許しはしない、手段も選ばない。


 仮にカインドマンの件にオイナリが関わっていれば、彼女は始めから容赦せずその神の力を連中を葬る為に使っただろう。



 そう考えればある意味、シロに当たった連中はまだ猶予があった分マシだったと言える。


「ツチノコ、あなたが何度もここに足を運んでいたことも私は知っています」


「っはぁ!?起きてたのか!?」


「そうではありません、ただ結界の中は何が起きているのか手に取るようにわかるのですよ?故に、あなたのお百度参りも知っています… “クロを救ってくれ”と何度も呟いていましたね?」


「そうだ… 実はその件も無関係じゃない、クロはかばんとシロの息子だからな」


 オイナリの結界、それは神社の鳥居をくぐった段階で入ったと言える… ただしオイナリ以外にその結界の気配を認識することはできない。


 オイナリはその時眠っているような状態だが、入ってきた者を見ることができるし声を聞くこともできる、これは目や耳で認識しているのではない。


 結界の中にいるということはもう彼女の手の平の上で踊っているにすぎないのである。

 つまり、彼女がツチノコのピット気管に反応しなかったのも境内に入った時点で既にオイナリの術中にハマっていたからだ。


 もっとも、他の力ある神獣なら結界の気配を察知することもできるのかもしれないが。



「その、クロという子には何もしてあげられませんでしたが… その後どうでしたか?」


「いや助かったんだ、そもそもシロが野生開放を封じられたのはクロのサンドスターロウを全て肩代わりしたからだ、そしてその代償が今回シロを追い詰める結果に至った…」


「そうでしたか… 聞こえていながらなにも力になれずに、申し訳ありません…」


 息子の為に深々と頭を下げる神の姿にかばんは慌てて話を進めた。


「いえ、いいんですそんな…!?それより本当に力を貸してくれるんですよね?」


「勿論です」


 オイナリはクロユキの一件から全てが始まっていることを知ると何も手を貸さなかったことを申し訳なく思った、そしてこの時彼女は改めて決めたのだ。


 今度はこの力、この正しき心を持つ者達の為に使わせてもらおうと。


「お百度参りの分もここで全てお返ししましょう?さて、具体的に何を望むのか教えてくれますか?」





 神獣、オイナリを連れて二人はカコの家に戻る…。





 行きも帰りも何事もなく移動した三人。


 尤も、帰りはオイナリがいるので何かあったとしてもそんじょそこらのセルリアンなど取る足らないだろう、


 家につくなり子供たちとサーバルが出迎えてくれた。


「二人ともただいま!いい子にしてた?」


「「ママおかえりなさい!」」


 子供たちは無事にまた母親に会えたことに安堵してぎゅうと強く抱き合った、かばんもそんな子供達を抱き締め、頭を優しく撫でた。


 「二人ともずっといい子にしてたよ!一度も泣かなかったし、シロちゃんもちゃんとご飯食べて元気そう!… あれぇ?そっちのフレンズはだぁれ?真っ白で綺麗だね!ギンギツネ達によく似てる!あ、私はサーバルキャットのサーバル!よろしくね!」


 サーバルもかばんとツチノコの帰宅に安心したのかいっきに息を吐ききるかのように喋り始めた、そしてオイナリを見るなり右手を招き猫のようにクイッと曲げて自己紹介をするサーバル、その姿にオイナリは「クスッ」と小さな笑いがでた。


「あれ?どうしたの?」


「いえ、懐かしいなと思ったのですよ?昔あなたとそっくりな子がパークを救うとこを近くで見ていたので… あぁ失礼、私はオイナリ、ジャパリパーク守護けものの一柱です」


 サーバルは気付かないが、オイナリはかつての仲間の面影に少し笑みが溢れた。


 双方自己紹介を済ませると早速シロの元へと向かった。





 どうやら丁度眠ったところらしく、彼は小さく寝息をたてながら目を閉じていた。

 その場ではカコが付いており、三人が戻ったときオイナリの姿を見て少しハッとしたのが見えた。


 どうやら、彼女達は古い知人同士のようだ。


「カコ博士、お久しぶりですね?ずいぶん歳をとったはずなのになにやらお若いではありませんか?」


「少し、訳ありなんですよ… でも本当に久しいわオイナリ様?あ、彼がユウキくんですよ?ホワイトライオンのユキちゃんとナリユキくんの息子、そしてかばんちゃんの旦那さんで二人の子供の父親です、話は既に聞いてますね?」


「えぇ… 初めましてユウキ?それともシロとお呼びしたほうがいいですか?」


 眠る彼に向かい声をかけ、優しく頬に触れたオイナリはじっと彼の顔を見ていた。


「なるほど、確かに神の気配を感じます… 彼が浄化の炎を持っているというのは本当のようですね?」


 彼女はすぐに彼の中にあるスザクの力を感じ取った、神同士でしかわからない謎の感覚があるのかもしれない。


「それにしても、話を聞く限り彼はずいぶん無茶お好きなようですね?」


 なにか感慨深いのか、目を細め彼から一歩引いてカコに並ぶとそう言った


「そうは思いませんかカコ博士?」


「そうですね…」


 何の意図があるのか… それは二人にしかわからない、かばんもツチノコもただ黙って二人の様子を伺っていた。

 

「“あの彼”とよく似ているではありませんか?周りの為に動き不幸になるのは自分だけでいいと言う彼に… もっともこちらの彼は結婚して子供もいる分、人並みに幸せを感じることはできているようですが?」


「さぁ… 誰のことだか、私にはわかりませんね」


「そう?それにしても、どうしてパークにくる男の人はこんなにも自分を犠牲にしたがるのでしょうね?不思議なものです」


 二人が意味深な会話を繰り広げると、カコは黙って部屋を出た…。


「私は外にいるわ?なにかあったら呼んでちょうだい?」


「あ、はい… わかりました」


 バタンと扉を閉めるとそのまま壁に寄りかかりカコは思った。


 本当… 男の人ってバカばっかり。




 


  

 「さて、彼の心を取り戻すのに夢の中に入りたい… そうでしたね?」


 いよいよ、シロ復活のために神の力を借りる時がきた。

 かばんとツチノコは何が起こるのかとただじっと身構えてオイナリの話を聞いた。


「所謂“夢枕”に立つような状態ですが、それをやるには私の力、それからかばん… あなたの力と、それとなにか彼との思い出が深い品はありませんか?」


「思い出が深い品… ですか?」


「えぇ、それはあなたと彼の強い想いで簡易的にけもハーモニーを起こしてくれます、その力でより彼の心の深い部分まで入り込むことができるでしょう… なにか良いものはありませんか?」


 思い出が深い物… かばんにとっては彼と過ごした時間の一分一秒がどれも特別な物だ、だが具体的になにか“物”と言われると少し悩んだ。


「指輪はどうだ?」


 ツチノコが尋ねた… 確かに結婚指輪は彼から彼女に、彼女から彼に想いが強く強く込められている、即ち二人の愛の絆… オイナリも「それは素晴らしい」と笑顔を向けている。


 しかしかばんには肌身離さず持ち続ける彼との想いが非常に深い代物がもうひとつある。


 かばんはそれを思い出すと、オイナリに見せた。


「あの… 結婚一年目に彼から初めて貰ったプレゼントがあります」


「まぁ、それは?」


 それは“御守り”。


 シロの牙と長の二人の羽が付いた、クリスマスの夜に貰ったプレゼントだった。


 当時シロは姉の牙を使った御守りを身に付けており、初めてのお揃いの品として二人で所持していたのだが、シロが持っていた御守りは右腕の再生に使われたため今はかばんしか持っていない。


 それでもかばんはそれをいつも身に付けていた、彼と離れている時はいつもそれを握り締め無事を祈った…。


 辛い時、悲しい時、寂しい時、恐い時。


 そんな時は御守りをグッと握り締め、彼から勇気をもらっていた。


 彼女にとってそれはこの世に二つとない宝物、彼からの想いが込められたとてもとても大事なもの。



「フム、かなり強い想いが込められていますね?それに元は彼の体の一部、これがあれば間違いなく彼の心の奥まで入れるでしょう、ではかばん?こちらへ」


 オイナリが優しく手を引きかばんをシロの元へ、彼女がこれからやることとは?


「これからかばんに彼の心を読み取ってもらいます、そしたらこの御守りを触媒に私が結界を作り出し、そこに夢の世界を作り出します」


「夢を… 作るのか?」


 ツチノコがよくわからないのも当然である、それはかばんにもよくわかっていないし当のオイナリ本人も説明をうまくできない物だからだ。


 だが言うなれば…。


 まず御守りの強い想いの力でけもハーモニーを起こし、オイナリがそれを利用してかばんに彼の心を読み取らせる、同時にそのイメージをオイナリが結界で隔離しその場に空間として残す。


 そこには目に見えないが、確かに夢の世界として存在する結界が存在することになる。


「ではいきますよ?ツチノコも、来るなら御守りに手を触れていてください…」


「わ、わかった!もちろんついていくぞ!」



 かばんは右手に御守りを、左手に彼の手を握り目を閉じた…。




 シロさん、今行きます… だからどうか僕に心を覗かせてください?僕はここにいます… 中に入れてください?




「想いの力が強くなっていきます… さぁ、行きますよ?決して御守りから手を離さないでください?」





 ビュン… ビュン… と真っ暗な空間なはずなのに景色が伸びていくような感覚があり、物凄いスピードが出ているように感じていた。


 そしてやがてそれはピタリと止まり、何も聞こえなくなってしまったのかというくらい暗く静かな空間に三人は降り立った。






 

「成功です二人とも、目を開けてください」



    


 オイナリのその言葉にゆっくりと目を開く二人、そこは彼の眠る寝室ではない。


「ここは…?」

「酷いな、焼け野原じゃねぇか…」


 とてもじゃないが美しいとは言えない世界、そこに彼の姿はなく三人だけが残る。


 だが、かばんにはここがどこかすぐにわかった…、


 ここはしんりんちほーの自宅、図書館だ。


「嘘… シロさん…」


 その情景にかばんは一種の絶望のような物を感じた、まさかこれほどとは思わなかったのだ。


 木々は焼け、図書館も焼け落ちてギリギリ形を保っているような状態、家族で住む家も半焼状態で人の気配はこの三人以外に存在しない。


「心が焼けてしまった… まさに文字通りの風景ですね?スザクの力が如何に強大かわかります、でも家が半焼とは言え形が残っているということはここに心が残っているということ、恐らくはここがスタート地点…」


 オイナリは家を指差すと二人を連れてドアの前まできた。


「ではかばん?ツチノコ?行きましょう…」


 かばんは意を決し、グッと握っていた拳をほどくとドアノブに手をかけた…。



 ギィ…




 扉を開けると三人はその中へ。


 彼の心の奥へ足を踏み入れた。

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