第70話 とびら

「あ、あれ!?なんでぇ!?」


「オレ達は確かに家に入ったよな?」


「フム… これは深層意識に入りましたね」


 三人が焼け野原のしんりんちほーから半焼した家に入った時、とてもとても不思議なことが起きていた。


「ドアが… たくさんある…」


 かばんは自分の家に入ったはずだと思い混乱していた。


 だが、厳密にはそうではない。


 彼の心が投影した馴染みのある風景が、住み慣れたしんりんちほーとそこにある家だっただけなのである。


 ドアを開けると中には焼けた跡もない、広さだっておかしい、どう考えても元の家より何倍も広い… 半焼していたはずの家なのに壁も屋根もしっかりとしている。

 

 そして部屋の形は丸くなっており、四方八方にドアがある。


「これは恐らく記憶の扉」


「「記憶の扉?」」


 そのドアには文字が書いてあるプレートのような物がかけられている、例えばそれは“家族”や“友人”であったり… 恐らくその名の通り彼の思い出に繋がる扉なのだと見受けられる。


「試しに入ってみましょう?彼がどんな思い出を持っているか… それがわかります」


 オイナリは“家族”という扉に手を掛け、それを開いた。





 それはとても明るい世界だった… 焼けてなどいない青々とした緑に木々、そして図書館… 家族の住む家。


 しっかりと形が残っている。


 そこでは彼が笑っている…。


『ほらクロ!ユキ!がんばれ!ここまでおいで!』


 嬉しそうに笑う彼はその場にしゃがみこみ子供達に声を掛けていた。

 すぐ隣にはかばんもいて心配そうに二人を見つめている。


 そう、これは子供達が初めてその足で立ち上がり歩き始める瞬間である。


「シロさん…!? シロさんが!」


「お止めなさい… これは飽くまで映像と同じ、触れることも声が届くこともありません、私達はここに存在しないのです」


 かばんには彼の元気な姿がやけに懐かしく愛しかった、隣にいる自分に少し嫉妬してしまったほどだ。


『よしよし!よく頑張ったな二人とも!』


 よちよちと歩み寄る二人を抱き締める彼の顔は、とてもとても幸せそうな笑顔だった。

 

 この時のことはかばんにもとても嬉しい出来事の1つとして強く印象に残っている、懐かしいが昨日のことのように思い出せる。

 

「かばん、大丈夫か?」


「平気です… でもなんだか嬉しいんです、シロさんも僕と同じように幸せだったんだと思うと」


 無意識に止めどなく流れる涙を拭いながら、記憶の中の彼を眺め続けていた。


「彼は良い父親ではないですか?これは子供達の為にも俄然何とかしてやりたい思うものですね?ではもう少し探索しましょう、見てください?別の扉が出現しています」


 オイナリの指差す先には図書館に入るための扉、だがその扉にはまた文字が書いてある


「“子供達”… か」


「先程の映像はランダムでしょうか?“家族”の扉から細かく分類されていくようですね?入ってみましょう」



 


 開けるとそこは図書館の中だったが、さっき外で見たはずのシロがそこで本棚を漁っていた… そこにバタバタと走り込んできた今よりもずっと小さな子供達が彼に言った。


『パパ絵本読んでー!』

『読んでー!』


『パパちょっと忙しいんだけどな~… でもまぁいいか、どれがいいかな~?』


 恐らく何か調べものでもしていたのだろう、忙しいと言いつつ子供達二人を肩や背中乗せ絵本探しを始めた。


 彼は目に止まった一冊を手に取りタイトルを読み上げる。


『これにするか?“とりのおうさま”だって… 博士達のことかな?この島の王なので!なーんちゃって…』


 へらへらと笑いながらページを捲る彼に、子供達がその絵本について鋭い意見をぶつけてきた。


『ユキそれ嫌い!』

『ぼくも!』


『どうして?』


 表紙を見る限りそんなに悪いものには見えない、だが子供達はむくれっ面でそれを拒否した… その理由とは。


『だって王様可哀想なんだもん!』

『みんな助けてあげないなんてひどいよ!』


 絵本にしちゃ悲しい内容だな… と彼は興味が沸いたのかそれを読み始めていた。


『どれどれ…?ん?著者不明なのか… 珍しいな』




 数分後…。




『あぁ!あぁう!?うぇぇ… 王様可哀想ぅ!こんなのあんまりだぁ!?』


『パパ早く別のやつ読んでー!』

『泣かないでー!』


 号泣していた… 子供達はそんな父の耳と尻尾を引っ張り次の本を探すよう促している。


「感受性豊かですね…」

「アイツ本当泣き虫だよな…」


「い、いいじゃないですか!可愛いじゃないですか!優しいってことですよ!」


 ひとしきり泣いた彼は子供達と目線を合わせるようにしゃがみこみ、二人を強く抱き締めた。


『なんだよ二人ともぉ!優しいじゃないかぁ~!パパ幸せ!』


『キャァハハハ!くるしー!』

『パパの泣き虫ー!』


 どうやら子供達の心に優しさを感じ、それが嬉しくて印象に強く残った記憶らしい。

 


 間もなく、スーっと音もなく彼と子供達の姿が消えていく、確かにこれは映像の再生のようだ。


 三人はだんだんここがどういうとこなのか理解し始めた。


「オイナリ様の言う通り、記憶が映像みたいに再生されるみたいですね?」


「ドアを開くごとに書いてある言葉に関わる記憶がランダムで再生されるようですね、恐らく彼の心は原因の記憶に触れたとき見つかるはずです」


「なるほどな、ということは罪の記憶ってところか… ん?なぁ、地下室の扉にもなにか書いてあるみたいだぞ?」


 ツチノコがそれに気付き階段を降りる三人、扉の前に立ち止まるとその文字をオイナリが読み上げる。


「なんでしょうこれは?“かばんちゃん総集編”?」


 明らかに他の扉と違う雰囲気の言葉で、とにかくそれは異質感が半端ではなかった。

 かばんはその扉に妙な予感を感じとり二人を止めた。


「この扉は開く必要ないと思います、上に戻って別の扉に入りましょうよ?」←焦り


「そうか?でもお前に関する記憶だぞ?もしかしたら罪を感じてるとかで目的の扉に近づくかもしれない」


「一理ありますね?開けましょう」ガチャ


「あぁ~!?待ってくださぁい!?」


 開いた瞬間とてつもない物が三人の目に飛び込んだ。

 






『シロさぁーん!』笑顔で駆け寄る

『シロさん♪』隣でニッコリ

『シロさん…///』恍惚とした表情

『シ~ロさん?エヘヘ』甘え

『もぅ!シロさん!」怒った顔も可愛い

『グスン…もぉシロさぁん…』嬉し泣き

『シロさん?起きて?』モーニングコール




 他にも、とにかくいろんな表情やパターンのかばんが「シロさんシロさん」と彼を呼ぶ映像が延々何回も続き終わりが見えなかった


「あわわわわわ!?///」


 真っ赤になった顔を押さえ慌てふためくかばんの隣で、ドン引きした残り二人は無表情でただただそれを眺めていた。


 そして極めつけには。


『ユウキさん…?///』寝室


 バタンッ!!!


 瞬間かばんは力強くドアを閉じ、その扉を背にして二度と開くまいと言わんばかりに涙目で二人をキッと睨んだ。


「なぁかばん… なんかさ?すまん…」


「いえ…」


「い、いいではないですか!愛されている証拠です!いや羨ましいですね~?こんな素敵な旦那さn」「僕開けないでって言いましたよね?オイナリサマ?」


「ひぇ… ごめんなさい…」


 嫌だったわけではない、気持ちとしては非常に嬉しい、でも人に見られるのはさすがのかばんもキツいものがあった。


 例えば逆にシロがいろんな表情やパターンでかばんを呼ぶ映像ならかばん自身も「えへへ///」で済んだのに、いろんな自分を見せられしかも人に見られるというのは規格外の恥ずかしさであった。


 そんな彼女の眼光は神様もビビるレベル。


 オイナリはそんな目で睨まれていた。






「と言うわけで、最初の部屋に戻って来ましたね」


「まずは原因の罪の扉を開く必要があるな」


「じゃあ、この“辛い思い出”って扉を開いてみますか?きっと思い出したくないような辛い記憶だと思うけど、もしそれで苦しみ続けるのなら、僕が支えになりたいってそう思うんです」


 そんなかばんの強い意思に、二人も黙って頷いた。


 数ある扉のうち“辛い思い出”という扉、ここには読んで字の如く彼にとっての辛い記憶が封じ込められているのだろう。


 思い出したくもないが、決して忘れることのできないような辛い記憶…。


「それじゃあ… 行きます!」


 ゆっくりとドアノブに手を掛け、扉を開く。


 辺りは眩い太陽の光に包まれ一瞬目が眩んでしまう、慣れてきたころ周囲の様子が見えてくる。


「おや?これは驚きましたね?」

「なんだぁ… こりゃあ?」


 三人とも面食らったのも当然のこと、そこは三人にはまったく見覚えがなく、パークと比べればまるでずっと未来を見ているような風景が広がっていたからだ。


「どこ?ここ…?」


「パークの外ですね、このような形で見ることになるとは」


「ぶったまげた、外はこんな感じなのが普通なのか?」


 外の世界、そこはシロの… いやユウキの生まれ故郷だった


 かばん達から見ればバスやバギーのような乗り物、それが大きな音をならしながら結構な速度で行き交っている。


 それなりに設備が整っていた旧パーク時代を知るオイナリでさえこれには驚いている、恐らくこの風景を知ることができたフレンズはただ一人。


『見てくださいナリユキさん!ユウキがまた友達を増やしてますよ!』


 聞き覚えのある声だった…。


 その声の主の元へ向かうとそこには猫耳に尻尾、そして雪のように真っ白で美しい髪の女性が立っていた。

 隣には高身長の男性… かばんもツチノコも彼が誰なのかはすぐに気付いた。


「今、ユウキって…」

「もう一人はナリユキだって?」


「フム… どうやら彼の両親のようですね?懐かしい… あぁしてみるとやはり夫婦ですね?二人はとてもよくお似合いです」


 まだ肉体を持っていたころのホワイトライオンのユキ、そしてまだ若い頃の彼の父ナリユキだった。


 二人が見ているのはいわゆる幼稚園や保育園の類い… まだ彼が幼いころ、とてもとても幼い頃のことだ。


『数日様子を見てみたが、特に問題は無さそうだなぁ… 安心したよ』


『でも複雑ですねぇ?もうガールフレンドを作っていますよ!』


『それはほら、ユキに似て顔がいいからモテるんだろう』


『そうですかぁ~?ナリユキさんに似て女の子が好きなだけじゃないんですかぁ~?』


 当時彼は3才… これまで関わりは持たせなかったがいい機会なので同じくらいの子供達の中に入れてみることにしたのだ、これは彼がしっかりとヒトの群れに馴染むために必要なことだった。


「あれ、シロか?おいおいなんだ?随分小さいんだな?」


「ユキにそっくり、でもお耳と尻尾がありますね?…   あ、まさかっ!?この記憶はもしかして!?」


 “辛い思い出”。


 この映像がその扉の向こうのことだということを忘れてはならない。

 しばらく楽しそうにしていた小さな彼だったが、あるタイミングでそれは真逆のものとなる。



 当時、彼には特に仲の良い友達がいた。



『ユーキくんあーそーぼー!』


『わーいアイちゃんだー!』


 “アイ”という黒髪をポニーテールしている同じ3才の女の子だった… 二人は数日前に仲良くなったばかりだが、とてもとても仲が良かった。


 二人はいつでも一緒に遊んでいた。


「これから何が起きるか、二人は知っているのですね?」


「話にしか聞いてないけどな…」


「例の子が女の子だったのも、今始めて知りました…」


 これから何が起きるか?二人はそれを知っている、もしかすると全てここから始まったと言っていいのかもしれない。


 彼がとても小さな頃の、とてもとても大きなトラウマが…。


『キャー!?』


 という悲鳴が建物中に響き渡る… その中心に彼はいた。


『アイちゃん…?』


 小さな彼のその手には血が付いていた。 


 そしてすぐそこにうずくまる黒い髪の小さな女の子、彼女は肩から血を流し、泣き、震えていた。


『痛い…!痛い痛い痛い!痛いよぉ!パパママぁ!痛いよぉ!助けてぇ!痛い!痛い!痛い!』


『アイちゃん… ごめんね…?大丈…』


 痛みに泣き叫ぶ彼女を見て震えながら手を差し伸べる彼だったが、その言葉を遮り彼女は言った。


『いや!こないでっ!こないでっ!あっちいってぇ!』 




  



『“バケモノ!!!”』







 彼の目にも涙が浮かんでいた…。


『バケモノ… ぼくは… バケモノ…?』


 たくさんの大人が彼を彼女から遠ざけ始めていた。


『女の子を爪で切り裂こうとしたぞ!』

『やっぱり危ないのよ!』

『他の子も危ない!全員近づけるな!』


 彼はその時始めて本当の孤独を感じた、目に移る全ての人間が彼を敵として認識していたからだ。


 するとその瞬間…。



 小さな彼に重なるように大人の姿の彼が三人の目に映る。




「これは…!例の事件ですか?」


「マジで体が燃えてやがる…」


「シロさん…」


 かばんの記憶にはまだ新しい、彼が怒りに震える姿…。

 小さな彼とダブるように、血に濡れた自分の爪をボンヤリと眺めている。



 シロさん… もしかしてこの時の事を思い出して罪を感じていたんですか?

 違います、子供の時とは違いますよ?シロさんはただ僕を… みんなを守ってくれただけじゃないですか?


 

「シロさん!」




 思わず彼女は走り出していた。


 ただそこに映るだけのはずの彼の元へ。


 触れることのできない彼の元へ…。



「かばん、無駄です… 見えているだけです、本当に彼がここにいるわけでは…」


「いや待て、なんか… あれ見てみろよ?」


 存在していない、映っているだけの彼…

のはずたった。


 なのに。


「シロさん!もう自分を責めないで!」


 ギュウ


 かばんは確かに彼を後ろから抱き締めていた、体を包む炎も血まみれの手も気に止めることなく抱き締めていた、触れることができたのだ。


「シロさん、迎えにきました!帰りましょう?」


「…?」


 決して離すまいと強く抱き締めていたはずだったが、かばんに悲しい瞳を向けた彼はその瞬間まるで初めからいなかったみたいに姿を消してしまった。


 同時に周りにいたはずの子供達も大人達も彼の両親も消えてしまった。


 静かにその場所だけが残っていた。


「そんな…!?シロさんどこ?どこに行ってしまったんですか!?」


 突如腕の中から消えた彼を探し周りを見回すかばん、だがそこには自分を含む三人以外に誰もいない…。


「まさか、今のは残った心が出現した?」


「トラウマにダブって心が罪の中をフラフラしてるってところか?」


「だとすれば、彼のこの“辛い思い出”を追体験していけばまた心に出会えます、その度に皆で語りかけるのです!」


 消えた心の断片は彼のトラウマのすぐそばにあった…。


 これから三人はもっと深く彼の心の闇に踏み込んでいくことになるだろう。

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